第2913話

「よし、取りあえず魔石はこれでいいな」


 そう呟くレイの視線の先にあるのは、六個の魔石。

 蜘蛛と鹿の魔石が一個ずつにトカゲとスモッグパンサーの魔石がそれぞれ二つずつ。

 その魔石は、レイがこの森に入ってから入手したものだ。

 それらのモンスターの解体をし……より正確には、それらのモンスターの中から取りあえず魔石だけを抜き取り、死体そのものは川の水によって血抜きをしている状態。

 本来ならこのような真似はしないのだが、今回は特別だった。

 何しろ、現在レイやセトの他にニールセンも一緒に行動している。

 幸い、ニールセンはモンスターの解体には興味がなかったのか、妖精らしく近くに生えている木の中に入って休んでいたので、今ここにはいないが。

 その間に魔獣術に必要な魔石を使ってしまおうというのがレイの考えだった。

 セトもまた、当然ながらそんなレイの言葉に異論はない。

 どんなスキルを習得出来るのか。あるいはどんなスキルが強化されるのか。

 それを楽しみにしながら、今はレイの側で円らな瞳に期待を込めて魔石に視線を向けている。


「まずはこのトカゲのモンスターだな。……セト、お前からだ」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らしてレイから渡された魔石を飲み込み……


【セトは『毒の爪 Lv.七』のスキルを習得した】


 脳裏に響いたアナウンスメッセージに、レイは納得の表情を浮かべる。

 トカゲの攻撃方法を思えば、その爪に毒があるのはそう不思議な話ではない。


(とはいえ、何気に毒の爪は使う機会があまりないんだよな)


 毒というのは、次第に相手を弱らせていくといった特徴を持つ。

 勿論毒の中には数歩歩いただけで死ぬような毒もあるのだが。

 しかし、セトの能力を思えばそのような毒を使って相手を弱めるような真似をしなくても、普通に前足の一撃で倒すだけの威力を持っている。

 なら、わざわざ毒を使わなくても問題はない。

 ……ただし、今回の件でセトの持つスキルでは毒の爪が最高レベルになったのも事実。

 他のスキルは光学迷彩とパワークラッシュがレベル六で、それにレベル五が続いている感じだ。

 そんな高レベルのスキルになった以上、出来ればそのスキルは活かしたいと思うのは当然だった。


「グルルルルゥ?」


 レイの様子を見たセトが、喉を鳴らしてどうしたの? と尋ねる。

 セトにしてみれば、自分のスキルのレベルが上がったのだから嬉しいのだろう。

 勿論、レイもまたセトが強くなったのだから、それを嬉しく思っていない訳ではないのだが。


「いや、何でもない。セトはいいスキルがレベルアップしたなと思って。そうなると、デスサイズはどうだろうな」

「グルゥ!」


 大丈夫! と、喉を鳴らすセト。

 何かの根拠がある訳ではないのだろうが、それでもレイなら大丈夫と思えるのだろう。

 そんなセトの様子にレイは笑みを浮かべ、魔石を空中に放り投げてデスサイズで切断する。


【デスサイズは『ドラゴンスレイヤー Lv.一』のスキルを習得した】


 脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 それを聞いたレイの表情は、複雑なものだった。


「えー……ドラゴンスレイヤーって……ドラゴン? トカゲだろ? いやまぁ、似てるのは間違いないけど」


 トカゲとドラゴンが似ているのは間違いない。

 だが、モンスターとしての格を考えれば、その二つは明らかに違う。

 だというのに、ドラゴンスレイヤーというスキルが習得出来たのはレイにとって驚きだった。


「あるいは……このトカゲ、もしかしてドラゴンの子供とか? いや、その割には翼がなかったな」


 黒竜の子供であるイエロは、初めて見た時から翼が存在していた。

 それに比べると、トカゲは大きさこそ普通のトカゲとは比べものにならない程の大きさだったものの、翼の類は存在しない。

 他にも、レイが知っている限りではドラゴンというのは集団で暮らすようなことはなく、基本的に単独で暮らしている。

 勿論、卵を産む時を考えたり、あるいは子育てをしている時は違うのかもしれないが……それでも、レイが倒したトカゲのように大きくなっても集団で行動するといったようなことは基本的にはない筈だった。

 レイもドラゴンについて全てを知っている訳ではないので、確実にとは言えないが。


(そうなると、いっそエレーナに聞いてみるとか?)


 エンシェントドラゴンの魔石を継承したエレーナだ。

 イエロを生み出したのも、竜言語魔法を使ってのことだと考えれば、間違いなくレイよりもドラゴンについては詳しい筈だった。


「あ」


 そう思ったレイだったが、同時デスサイズが習得したスキルがドラゴンスレイヤーだというのを考えると、エレーナにとっては面白くないのでは? と思ってしまう。

 具体的にドラゴンスレイヤーというのがどんなスキルの効果なのか分からない以上、エレーナがどう思うのかは分からないが。


(レベル一ってことや、これまで習得してきたスキルの傾向から考えると、別に一撃でドラゴンを確実に殺せるとか、そういうスキルじゃない……と思う。普通に考えれば、ドラゴンに対してそのスキルを使った場合、与えるダメージが大きくなるとか)


 実際にそのスキルを試してみないと何とも言えないのは間違いないが、それでも今の状況を思えば多分それで間違いないと思えた。

 ……問題なのは、レイのその予想が正しい場合でも、それを確認出来る手段があまりないということか。

 ドラゴンというのは、基本的に非常に数が少ない。

 こういうスキルを習得するのなら、それこそクリスタルドラゴンと戦う前に習得したかったというのがレイにとっては正直なところだ。


「まぁ、あのトカゲとまた遭遇したら試せばいいか。あるいはトカゲは無理でもワイバーンとかならそれなりに数はいるし」


 いない。

 レイの呟きを他の者が聞いたら、恐らく即座にそう突っ込むだろう。

 実際にワイバーンは普通のドラゴンと比べれば数は多い。野生のワイバーンもドラゴンよりも明らかに数が多いし、場合によっては竜騎士が自分でワイバーンの卵を孵し、育てることもある。

 レイもまた、ベスティア帝国との戦争においてかなりの数の竜騎士を倒している。

 しかし、それはあくまでもレイだからこそ……様々なトラブルに巻き込まれ、トラブルの女神に愛されてるといった表現が相応しいレイだからこそのことで、普通ならそう簡単にワイバーンと戦う機会というのはない。


「ともあれ、これでトカゲの魔石は使ったから……次はスモッグパンサーの魔石か。セト」


 そう言い、レイはスモッグパンサーの魔石をセトに放り投げる。

 それをクチバシで咥え、呑み込み……


【セトは『霧 Lv.二』のスキルを習得した】


 アナウンスメッセージがレイの脳内に響く。


「うん、これはまぁ……納得出来るよな」


 元々セトには霧というスキルがあった。

 そんなセトが自分の身体を霧にする能力を持つスモッグパンサーの魔石を使えば、こうなるのを予想するのはそう難しいことではない。

 とはいえ、セトとスモッグパンサーでは霧を使うというのは同じだが、その効果は大きく違う。

 セトのスキルの霧は、セトが霧を生み出すといったものだ。

 それに対して、スモッグパンサーの場合は霧を生み出すというのは同じでも、それに加えて自分の身体を霧にすることが出来る。

 ある意味、スモッグパンサーの霧はセトの霧の上位互換と言ってもいいだろう。

 ……もっとも、セトの霧はレベル一の段階で半径三百mに霧を生み出せるので、そちらではスモッグパンサーの霧よりも勝っているが。


「セト、取りあえず試してみてくれ。どのくらい霧が出るのか見たい」

「グルルゥ?」


 レイの言葉に、セトは不思議そうな視線を向ける。

 当然だろう。ここが平原……とまではいかずとも、ある程度周囲の状況を見渡せる場所なら、レイの言葉も理解出来た。

 しかし、ここは森の中だ。

 木々が生えており、視界は決して良好とは言えない。

 そのような状況だけに、セトはここで自分が霧を使っても意味がないのでは?

 そんな風に思ったのだ。

 だが、レイはセトの様子を見て何を言いたいのかを理解したのだろう。

 問題はないと、その身体を撫でながら言う。


「一瞥してその霧の範囲を見ることは出来ないけど、それなら森の中を走って霧がどこまで広がるのかを見てくればいいだろう?」

「グルゥ!」


 なるほど! と、そうのどを慣らすセト。

 コロンブスの卵……というのは少し言いすぎかもしれないが、セトには思いつかなかったことだった。

 話が決まれば、セトも行動に出るのは早い。


「グルルルルルゥ!」


 セトが霧を発動させると同時に、その身体から霧が溢れ出て周囲に立ちこめていく。

 それを満足そうに見ながら、レイはセトに声を掛ける。


「じゃあ。ちょっとどのくらいの距離まで霧が広がっているのか、見てくる」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、頑張ってと喉を慣らすセト。

 その声を聞きながら、レイは早速走り出す。

 ここは街道のように整備されている場所ではない。

 それどころか、村の人間達は森には入るものの、手前でしか行動せず森の奥には行かない。

 そうなると当然ながらここは狩人が入ってくるような事もなく、人間が踏みならした地面といったものとは違い、自然のままの地面だ。

 普通なら非常に走りにくいのだが、そもそも冒険者というのは未開の地に入って素材を採ってくることも珍しくはない。

 そういう意味では、レイもまたこのような場所を移動するのはそれなりに得意だった。


(これで大体三百m……当然だが、もっと霧の範囲は続いてるな)


 三百mの場所はレベル一の時点で確認出来ていたので、特に問題はない。

 そのまま走り続け……霧が途切れたのは、丁度セトから三百mくらいの場所まで走った時と同じだった。

 それはつまり、レベル二になったことによって霧の効果範囲は丁度倍の六百mになったということを意味していた。

 それもセトを中心として半径六百mなので、直径にすれば一kmを越える広さとなる。


(とはいえ、霧は……別にただの霧である以上、目眩ましにするとかくらいしか使い道はないのか? それでも手札はあった方がいいのは間違いないけど)


 使い方に工夫をすれば、それなりに面白い使い方が出来そうだ。

 そんな風に思いつつ、レイはセトのいる場所に戻る。


「セト、この霧は大体倍くらいにまで広がっていたぞ。レベル二で倍ってことは、レベル三になると……更に三百m増えるのか、それとも今の状態から更に倍になるのか、それはちょっと分からないけど」

「グルルゥ!」


 レイの言葉に、嬉しそうに喉を慣らすセト。

 そして効果が分かった霧はすぐにセトがその効果を消す。

 そんなセトの様子に笑みを浮かべつつ、レイは次は自分の番だとスモッグパンサーの魔石を手に取る。

 そして空中に放り投げるとデスサイズで切断し……


【デスサイズは『氷雪斬 Lv.五』のスキルを習得した】


 お馴染みとなったアナウンスメッセージがレイの頭の中に響く。


「よしっ!」


 氷雪斬そのものは、レイはあまり使わない。

 基本的に氷雪斬というのは、デスサイズの刃を氷が覆い、それによって氷属性の攻撃を行うというスキルだ。

 氷属性の攻撃が出来るというのは、レイにとってはメリットだろう。

 しかし、レイの力があれば基本的に氷属性の攻撃をしなくても力押しで十分にどうにかなってしまう。

 他には氷によって刃が覆われるので、若干……本当に若干だが、間合いが伸びるといった効果もあるが、言ってみればそれだけでしかない。

 しかし、それもレベル四までだ。

 これまでの経験から、スキルのレベルが五になると一気に強力になる。

 であれば、氷雪斬もまたレベル四の時よりも圧倒的に強くなっている筈だった。


「セト、少し離れていてくれ。レベル五になった氷雪斬がどんな効果を持ってるのか分からないからな」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトは鳴き声を上げて離れる。

 そうして十分にセトが離れたところで、レイはデスサイズを手にスキルを発動する。


「氷雪斬!」


 その言葉と共に、デスサイズの刃は氷の刃に覆われた。

 効果そのものはレベル四までの氷雪斬と変わらない。

 だが、レベル五になった氷雪斬はデスサイズの刃を一m程の氷の刃で覆うといったよう形で強化されていた。

 また、デスサイズだからなのか、レイの手に重量はない。

 いつものように、殆ど重量を感じるようなこともないままにデスサイズを振るうことが出来る。


「なるほど、これは……以前よりも使いやすくなったのは間違いないな。てっきり氷を飛ばすとか、そういう効果を発揮するのかと思ってたけど」


 少しだけ残念そうにレイは呟くのだった。






【セト】

『水球 Lv.五』『ファイアブレス Lv.五』『ウィンドアロー Lv.四』『王の威圧 Lv.四』『毒の爪 Lv.七』new『サイズ変更 Lv.二』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.五』『光学迷彩 Lv.六』『衝撃の魔眼 Lv.三』『パワークラッシュ Lv.六』『嗅覚上昇 Lv.五』『バブルブレス Lv.三』『クリスタルブレス Lv.二』『アースアロー Lv.二』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.二』『翼刃 Lv.二』『地中潜行 Lv.一』『サンダーブレス Lv.一』『霧 Lv.二』new



【デスサイズ】

『腐食 Lv.六』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.二』『パワースラッシュ Lv.五』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.六』『ペインバースト Lv.四』『ペネトレイト Lv.五』『多連斬 Lv.六』『氷雪斬 Lv.五』new『飛針 Lv.一』『地中転移斬 Lv.一』『ドラゴンスレイヤー Lv.一』new


毒の爪:爪から毒を分泌し、爪を使って傷つけた相手に毒を与える。毒の強さはLvによって変わる。


氷雪斬:デスサイズに刃が氷で覆われ、斬撃に氷属性のダメージが付加される。また、刃が氷に覆われたことにより、本当に若干ではあるが攻撃の間合いが伸びる。レベル五になったことにより、刃を覆う氷の大きさは一m程になった。


霧:セトを中心に霧を自由に生み出すことが出来る。霧の濃さはセトが自由に決められるが、霧が濃くなればそれだけ消費する魔力も増す。霧は幾ら濃くしてもセトは問題なく行動出来る。レベル一では半径三百m、レベル二では半径六百m。


ドラゴンスレイヤー:竜種に対する相手に攻撃した時に与えるダメージが増える。増加率はレベルによって変わる。レベル一の時は通常の攻撃の二倍のダメージを与えられる。

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