第2546話
結界の前に到着すると、レイの口から安堵の息が出る。
何となく感覚で隠れ家に向かっているというのは分かっていたが、それでもやはりこうして実際に目の前に結界が姿を現せば、安堵してしまうのだ。
この辺は、レイもやはり魔の森という場所に色々と思うところがあるのだろう。
「グルルルゥ?」
そんなレイの様子を見て、セトはどうしたの? と不思議そうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、隠れ家に到着したのだからレイが喜ぶだけなのでは? と、そのように思ったのだろう。
「何でもないよ」
レイはそんな風に言ってセトを撫でながら、いつまでもこうしてこのままでいるという訳もいかず、結界の中に入ろうとし……その前に周囲の様子を確認してみるが、そこには既に黒蛇の姿はない。
いや、隠れ家で一休みしてから結界の外に出た時、もう黒蛇はいなかったのだから今もいなくて当然なのかもしれないが。
「グルルゥ?」
どうしたの? とセトはレイに向かって視線を向ける。
「いや、黒蛇はやっぱりいないと思ってな。出来ればもう少ししっかりと話……は無理だけど、意思疎通してみたかったんだけど」
黒蛇はレイの言葉を理解することは出来たが、向こうの言葉……蛇語とでも呼ぶべき言葉は、レイも理解出来ない。
(俺が転生する時、もっとしっかりとゼパイルの知識を貰うことが出来たら、もしかしたらあの黒蛇についても知っていたのかもしれないけどな)
玲二がレイへと転生――もしくは憑依――する時、ゼパイルの魂が触媒となってそれは行われた。
その結果として、レイが得られたのは必要最低限の知識でしかない。
だからこそ、ゼパイルが生きていた時の知識はその大半が図書館の類で調べたものや、実際にその時代を生きていたグリムから聞いたものだ。
(そうなると、やっぱりグリムから黒蛇のことを聞いた方がいいのか?)
グリムはゼパイル一門を……その中でも、特にゼパイルを強く尊敬していた。
いや、それは尊敬ではなく憧れと評した方がいいだろう。
それだけに、もし黒蛇がゼパイルと関わりがあるのなら……もしかしたら、その辺についての情報を知っていてもおかしくはない。
とはいえ、今のグリムはケンタウロスの世界との繋がりを維持する為のマジックアイテム開発に集中している。
それを考えれば、出来るのなら今はまだグリムの邪魔をしたくないというのが正直なところだった。
「取りあえず、このままここでこうしていても仕方がないし、中に入るか。……丁度夕方に近くなってきたしな」
夕方になって太陽も傾き、魔の森の中に入ってくる日差しも少なくなってくる。
代わりに夕陽が当たっている場所は、それこそ燃えているかのように真っ赤に染まっていたが。
「ああ、夏だからこそ魔の森の中のモンスターも普段とは少し違う行動をとっているのかもしれないな」
オークナーガが、何故集団で移動していたのか。
もしかして、夏の暑さに参って涼しい場所を求めていたのではないか。
そう思ったレイだったが、改めて考えてみればオークナーガは水系の魔法を使っていた。
であれば、涼むといったことはそう難しいことではないだろう。
そんな風に思いながら、レイはセトと共に結界を越える。
当然だが、隠れ家の敷地内には特に他の生物の類はいない。
モンスターはおろか、普通の動物や鳥の類も姿をみせていなかった
「虫がいないのは、悪くないけどな」
夏になれば、森の中では多くの虫が活発に動き始める。
そんな中、蚊のように厄介な虫がいれば、特に何か被害がある訳でもないが、それでも普通に生活するには目障りだ。
そういう意味で、この結界の中はかなり生活しやすかった。
もっとも、レイがギルムで拠点としているマリーナの家も、精霊によってそのような虫が敷地内に入ってくるようなことはないのだが。
「グルルルゥ」
レイの言葉に同意しているのか、それとも他に何か言いたいことがあるのか、セトは喉を鳴らす。
「取りあえず、今晩は疲れを取る為にもゆっくりと眠った方がいいか」
実際には最初に隠れ家にやって来た時、少し昼寝をしてはいる。
しかし、その昼寝が終わってから魔の森を探索した結果、多くのモンスターと戦うことになってしまった。
大半はそこまで強力といった訳ではなかったが、中には巨狼や女王蜂のように明らかに高ランクモンスターの姿もあり、それらとの戦いは体力的にはともかく、精神的な消耗をもたらすには十分だ。
(とはいえ、巨狼も女王蜂も正面から正々堂々と戦ったって訳じゃないんだよな。だからこそ、負傷らしい負傷もせずに勝つことが出来たんだろうけど)
巨狼の場合は、レイとセトを相手にして向こうは明らかに侮っていた。
その侮っている状態でセトが王の威圧を使い、動きを止めることこそ出来なかったが、それでも速度を下げることには成功し、そのような状況で巨狼が本来の動きが出来ないところで強力なスキルを次々と使い、倒すことに成功した。
女王蜂の方は、セトが持つレベル六の毒の爪を使って木を毒で侵し、それを燃やして毒の煙を巣の中にデスサイズの風の手を使って導き、我慢出来ずに女王蜂が地上に出て来るまで毒煙をたっぷりと吸わせた上で、戦った。
双方共に、本当の意味で正面から正々堂々と戦って勝った訳ではない。
それは昇格試験の内容的に大丈夫なのか? と思わないでもなかったが、試験内容はランクAモンスターを二匹以上倒すことであって、別に正面から戦わなければならないという訳ではない。
であれば、大丈夫だろうと判断する。
「グルルルゥ、グルルゥ、グルルルルルルゥ」
お腹空いた! とセトがレイに態度で示す。
実際、今日のセトはかなり頑張った。
勿論レイも十分に頑張ったのだが、元々セトは食べるのが大好きなだけに、食事を楽しみにしていたのだろう。
そういう意味では、レイもまた食事を楽しみにしているのでセトのことは言えないのだが。
「そうだな。今はまだ夕方くらいだし、今日はゆっくりとするか。……その前に、何を食べる? 数が多いとなると、オークナーガの死体はかなり多いんだが」
それ以外には蜂もあるが、レイとしては蜂をどう食べればいいのかは分からない。
日本にいる時に、蜂の子を食べる地方があるというのは知っているが、レイが確保したのは蜂の成虫であって幼虫ではない。
……幼虫であっても、あまり虫を食べたいとは思わなかったが。
(そう言えば、トンボやミミズ、ゲンゴロウ……更にはウジ虫まで料理にした漫画があったけど……うん、出来ればそういうのは食べたくないな)
日本にいた時に見た料理漫画を思い出しつつ、やはり蜂を食べるのは止めようと判断する。
それでいながら、蛇の肉のように日本では一般的に食べられない食材も普通に食べるのだから、その辺りはレイだけに分かる何らかの違いがあるのだろう。
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
魔の森に入る前に倒した牛のモンスターの肉が、もの凄く美味かったことを覚えているのだろう。
だからこそ、魔の森で倒したモンスターの肉は、間違いなく美味いと思えた。
元々、セトはオークの肉を好んで食べる。
レイもオークの肉を好むので、ミスティリングの中には今まで倒したオークの肉が大量に入っている。
それだけに、魔の森のオークナーガの肉も楽しみだったのだろう。
レイもまた、そんなセトと思いは同じで、早速ミスティリングの中からオークナーガを一匹取り出す。
「さて、問題は……上半身のオークの部分はともかく、下半身の蛇の部分はどうするかだな」
オークはこれまで幾度となく捌いてきたので、解体するのに特に問題はない。
だが、蛇肉の部分は自分だけで上手い具合に捌けるのか。
そんな疑問がレイの中にはあったが、それでも挑戦することにする。
今はまだ夕方で、たっぷりと時間があるのだから、と。
「蛇の部分を捌くにしても、まずは上半身からだな。……しまった、血抜きしてくればよかったな。あ、いや。ならこっちか」
レイは出していたオークナーガの死体をミスティリングに収納し、魔石を剥ぎ取ったオークナーガの死体を取り出す。
この死体なら、多少なりとも血抜きはされているので、少しは早く血抜きが出来るだろうと、そう判断したのだ。
デスサイズの地形操作を使って穴を掘り、そこにロープで蛇の部分の尻尾の先端を結ぶと、首を切断してから穴の中に落とす。
正確には、ロープで縛っているので穴の中で宙吊りになるといった表現の方が正しいのだが。
そしてぶら下がったオークナーガの死体は、血を穴の中に流し続ける。
首が切断されているので、かなり派手に血が流れていく。
「取りあえず、時間を潰す為にこれでも食べるか」
そう言ってレイが取り出したのは、干した果実。
今日はかなり激しく身体を動かしたので、身体が糖分を求めていた。
干したことにより、一層濃厚になった甘みがレイの味覚を刺激する。
当然のようにセトにも干した果実を渡すと、嬉しそうに喉を鳴らす。
セトも、やはりこのように甘い食べ物は好きなのだろう。
そうして暫く干した果実を食べながらゆっくりとした時間をすごし……オークナーガの血が完全に抜けたところで、死体を穴から地上に戻す。
次に行うのは、上半身と下半身を切断すること。
上半身がオークで下半身が蛇である以上、両方を同時に解体するというのは難しい。
そうして切断してしまえば、上半身の部分は今まで何度も解体してきたオークと違いはなく、手早く解体していく。
下半身の蛇の部分は皮を剥ぐのに多少手間取ったが、それでも少しずつ解体していけばそう難しくはない。
「何だかんだと、俺も結構解体が上手くなったよな」
そう思うのは、やはりここがレイにとっての生まれ故郷に近いからだろう。
レイが最初にこの魔の森で目覚めた時は、身体能力こそ非常に高かったが、それでも冒険者としては素人同然だった。
そんなレイが、今ではそれなりにモンスターの解体も上手くなっているのだから、色々と思うところがあるのは当然だろう。
「よし、終わりと」
そうしてオークナーガの解体を終えると、レイの前には肉が用意されていた。
必要のない部分は穴の中に捨ててある。
実際には素材として使える部位があるのかもしれないが、オークナーガに詳しくないレイとしては、それを調べるつもりはない。
ミスティリングの中には多数のオークナーガの死体が入っているので、一匹程度は素材を集めるといったようにしなくてもいいだろうと、そう判断しての行動だ。
オークナーガの数が多いとなると、そのように使っても誰にも文句は言われない。
(ギルムにいる錬金術士達には文句を言われるかもしれないけど)
魔の森に棲息するモンスターである以上、その素材はどのような部位であっても非常に珍しい。
穴の中に捨てた部分に関しても、レイにしてみれば使い道のない部分だと判断しているが、錬金術師たちにしてみればお宝の山といった可能性は否定出来ない。
そう考えると、穴の中に捨てた部位もミスティリングに収納して持って帰った方がいいのかもしれないのだが。
「まぁ、その辺は今は考える必要はないか。今はまず、このオークナーガの肉を食うのを優先したいし」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトも同意するように鳴き声を上げる。
一応干した果実を食べていたセトだったが、やはり初めて食べる肉には興味津々なのだろう。
それはレイも変わらず……
「オーク肉として扱ってもいいと思うけど、具体的にどんな肉の味なのかは分からないから、まずは串焼きにして食べてみるか。セトもそれでいいよな?」
「グルゥ」
レイの言葉を聞いたセトは、勿論といったように喉を鳴らす。
串焼きはシンプルな分だけ肉の味をしっかりと確認出来る。
勿論、シンプルな料理だけに奥が深いのは間違いない。
それこそレイが調理出来るレベルとなると、それこそプロには遠く及ばないだろう。
だが、それでもオークナーガの肉の味をしっかり確認するという意味では、それは決して間違ってはいないのだ。
「取りあえず味付けは塩だけにして……」
一口サイズに切り分けたオークナーガの肉を串に刺し、焚き火を用意してからその周囲に刺す。
一応釜のマジックアイテムも持っているのだが、串焼きを作るとなれば釜よりも直火だろうと、そのような思いがレイにはあった。
ある意味で拘りと言ってもいいだろう。……そこまで厳しい拘りという訳ではないのだが。
ともあれ、そうして串焼きの準備を進めつつ、レイは他のオークナーガの肉をどう料理すればいいのかと考えるのだった。
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