第2424話

 レイは冒険者達と遭遇したものの、突然武器を向けられたことに驚く。

 このトレントの森は、以前――いきなり出来た時――とは違って、今となってはそれなりに動物やモンスターもいる。

 だからこそ、樵達の護衛の為に雇われた冒険者は増築工事が始まった当初と違って、ある程度の腕利きが揃えられているのだ。

 そのような冒険者であれば、当然の話だが突然姿を現したからといって、ここまで強引に武器を構える……といったような真似をする必要はない。

 これが冒険者になったばかりの初心者であればまだしも、ギルドに認められた相応の腕利きとしては、稚拙な対応だろう。


「久しぶりだな……と言いたいところだけど、何だってそんなに過敏になってるんだ? もしかして、何か強力なモンスターでも現れたのか?」

「いや、違う。……多分な」

「多分?」


 何故そんなあやふやな言葉を? と若干疑問に思ったレイだったが、冒険者達はふざけている様子ではなく、真面目な表情でそう告げていた。

 そんな冒険者の様子を見ると、当然の話だがレイも現在このトレントの森で何があったのか疑問を抱く。

 ……とはいえ、地下空間から出たところで遭遇した妖精のことを考えると、何となく予想は出来ていたが。

 それでも、レイが見た妖精だけならそこまで大掛かりな悪戯は出来ない筈だった。

 だからこそ、違って欲しい。

 そう思いながら、口を開く。


「それで? 一体何があったんだ? 多分なんて表現を使うってことは、色々と分からないような……不思議なことがあるんだろ?」

「そうなんだよ!」


 レイの言葉に、慌てたようにそう言ってくる冒険者。

 それも一人ではなく、他の冒険者達も同様の思いを抱いているのか、レイに向かって強い視線を向けてくる。


「最初は、何かこう……置いてあった物がいつの間にか別の場所にあったりと、俺達の勘違いじゃないか? と思うようなことが多かったんだが……」


 その冒険者の言葉に、他の者達も同意するように頷く。


「そうそう、そんな感じだったんだけど……気が付けば、何故かもっと酷いことになってたりするんだよ。それこそ、鞘に収まっていた長剣が別の奴の長剣になってたりとか」


 普通なら、自分の長剣を他の人物の鞘に収めるなどといったことは、考えられない。

 そうである以上、それが妖精の仕業であることは、レイにも容易に想像出来た。

 ……それは、また。

 その長剣が自分の武器である以上、言ってみればそれは命を預ける相棒的な存在だ。

 それが他人の武器となるのは、命を懸けた戦いの時にそのようになるのは非常に厳しい。


「他にも色々とあったけど、気が付けば何故か全く違う場所にいたとか、そういうのもあったよな」

「ああ、ゼロリスのことか。あれは驚いたよな。気が付いたらいなくなってるんだから」


 そうして話を聞くと、かなり大きな被害を受けているのがレイにも理解出来た。


(これ、完全に妖精の仕業だよな。……厄介な真似をしてくれる)


 レイがいないというだけでも、伐採した木の運搬に苦労しているのに、そこに妖精の悪戯と思しき妨害行為が行われるのだから、仕事をしている方は洒落にならない。

 レイが聞いた悪戯の中では、運ぼうとした木が何故か滑って馬車に積めなくなったといったものがあり、それによって滑った木が足に落ちて骨が折れたといったような者も多い。

 セレムース平原の時の悪戯でもそうだったが、妖精の悪戯というのはやられた方にしてみれば洒落にならないようなものが多い。

 妖精にしてみれば、悪戯については無邪気なものではあるのだろうが、それによる被害は大きい。


「ともあれ、話は分かった。……色々と大変そうなのは間違いないな」

「そうなんだよ。……どうせならちょっと木を持って行ってくれないか? 今日の分もあるけど、今までの分が結構あるんだよ」

「分かった」


 レイにしてみれば、伐採した木を運ぶのはそう大変なことではない。

 であれば、ギルムに向かう時に木を運ぶのはレイにとってはあくまでもついででしかないのだから。

 レイは冒険者達と別れ際に声を掛ける。


「取りあえず、現在のトレントの森がおかしいというのは分かったから、くれぐれも気をつけてくれ」


 そう告げるレイに、ヴィヘラがいいの? と視線を向ける。

 その視線に込められている意味は、妖精達のことを話さなくてもいいのかと、そういうものだ。

 だが、レイとしては妖精のことをそのまま言ってもいいのかどうかは、微妙なところだと判断していた。

 何しろ、妖精だ。

 このエルジィンにおいても、存在してはいるが実際に発見されたということはほぼ皆無という、そんな存在。

 それこそ、ランクAモンスターやランクSモンスターに遭遇するくらいの運がなければ、妖精を実際に自分の目で見るといったことは出来ないだろう。

 そんな妖精が、最低でも一匹はこのトレントの森にいるのだ。

 ……いや、冒険者達から聞いた悪戯の頻度や規模から考えると、妖精がレイ達の見た一匹だけだとは到底思えない。

 それこそ、他に何匹も……何十匹、場合によっては百匹以上いる可能性すらある。

 そう考えると、やはり妖精の存在を冒険者達に知らせるのは色々と不味いのも事実。


(にしても、ドラゴニアスの件もそうだったけど、数の多い相手に苦しめられるのはどうにかならないもんかな)


 これで、妖精の数が一匹なら、特にそこまで警戒する必要はない。

 だが、問題なのは妖精が何匹いるのか分からないことだ。


(匹……匹か。妖精の数え方って、一人二人と、一匹二匹のどっちなんだろうな。……人に被害を与えているのを考えると、匹で十分な気もするけど。とはいえ、人間だって盗賊とかそういうのがいて他人に危害を加えてるしな)


 妖精と人間……いや、亜人とモンスターのどちらに判別すべきなのか。

 それを考えるのは自分ではないとレイも理解していたが、それでもトレントの森を進みながら妖精について考え……やがて、樵達のいる場所に到着する。


「おう、レイ! 戻ってきたのか!」


 最初にレイに気が付いた樵の一人が、嬉しそうに叫ぶ。

 当然だろう。樵達にしてみれば、木を伐採してもそれをギルムまで運ぶのが難しく、更には今では妖精に悪戯までされているのだ。

 であれば、それを一気に解決出来るレイが戻ってきたことは、心の底から嬉しいのだろう。

 先程レイがあった冒険者達も、レイの帰還を喜んではいた。

 しかし、樵達は実際に木を伐採している立場であるだけに、よりその嬉しさは強いのだろう。


「ああ、向こうで冒険者達に会って話は聞いている。色々と大変だったみたいだな。……取りあえず運びきれない木は全部持っていくから、伐採を頑張ってくれ」


 このトレントの森に、いつまで関わることになるのかはレイも分からない。

 だが、ギルムの増築工事が終われば、暫くは関わることはないだろう。……あくまでも樵や、その樵の手伝いや護衛をしている冒険者達は、だが。

 レイ達の場合は、湖やその周辺に住んでいるリザードマン達の件があるので、どうしても関わる必要があるが。


(そう言えば、リザードマン達の方も妖精に悪戯されてるのか?)


 ふと、そんな思いを抱く。

 リザードマン達が暮らしている生誕の塔のある場所は、トレントの森のすぐ外にあるが、正確にはトレントの森の中ではなく、外だ。

 そうである以上、妖精の悪戯の被害にあっているのかどうかというのは、レイには分からない。

 もっとも、妖精の悪戯そのものがトレントの森の中だけで行われているという認識そのものが、レイが勝手にそう思っているだけなのだが。


「じゃあ、木は頼む!」


 レイがリザードマンについて考えている間に、樵はそう言うと嬉しそうに護衛の冒険者を連れて伐採に向かう。

 伐採した木の運搬を気にしなくてもよくなったことで、樵のやる気に火が点いたのだろう。


「お人好しね」


 レイに向かってそう言ったのは、ヴィヘラ……ではなく、アナスタシアだ。


「そうか? どのみち、俺が増築工事の手伝いに戻れば、伐採された木を運ぶのは俺の仕事になるんだ。それなら今のうちに木を運ぶといった真似をしても、問題ないだろ。……それにミスティリングを使うから、簡単に出来るし。朝飯前って奴だな。……正確には昼飯前だけど」


 ザイの集落で朝食は食べ、それからこのエルジィンに戻ってきたのだ。

 まだ昼食の時間には少し早いが、それだけに昼食前というレイの言葉は決して間違ってはいない。


「昼食前ね。……まぁ、それはいいとして。早くギルムに行きましょう。妖精の件をどうするか決めないと。このトレントの森に妖精がいるのなら、それこそ今までのように大量に木を伐採するのは危険かもしれないわ」

「そうか? このトレントの森の木は、緑人達によってすぐにまた成長する予定だ。そこまで気にする必要もないと思うが。……そもそも、妖精が自然を大事にしているのかとか、そういう問題もあるわけだけど。エルフならともかく」


 エルフなら、自然を好むのだから森の中で暮らしていてもおかしくはないが、妖精とエルフは違う……と、そうレイは思う。

 あくまでもレイがそう思っているだけで、実際には違うのかもしれないが。


「でも、妖精よ?」


 未知の存在に対する好奇心が旺盛なアナスタシアにとっては、その言葉だけで全てが解決してしまうのだろう。

 しかし、生憎とレイにしてみれば妖精の件は大きい――アナスタシアとは違う意味で――が、トレントの森に生えている木々は、ギルムの増築工事の材料として必須なのだ。

 そうである以上、妖精について何らかの対応をとるにしても、木の伐採を止めるという考えはない。


「ギルムの増築工事には、トレントの森の木が必要なんだ。今の状況で、まさか増築工事を止める訳にもいかないだろ?」

「それは……」


 レイの言葉に、アナスタシアは反論をしたいが何も言えなくなる。

 実際、ギルムで現在行われている増築工事は、既に二年目に入っており、この先も数年は続く予定だ。

 そんな増築工事を止めさせることが出来るかどうかというのは、幾ら好奇心が最優先とされるアナスタシアであっても、十分に理解出来る。

 ダスカーがアナスタシアに深い恩義を感じているのは事実だが、だからといってギルムの領主という立場を捨てて、その頼みを聞くとは思えなかった。

 その辺はダスカーもそれなりに領主としての経験を持っているのだから当然だろう。

 また、トレントの森の木を使わなければいい……という方法も、ダスカーとしては受け入れることが出来なかった。

 ダスカーが増築工事を決めた大きな理由の一つが、このトレントの森で伐採出来る木なのだから。

 あるいは、トレントの森の木が普通の木であれば、最悪の場合は建築用の資材を商人から購入するということも考えられた。

 現在のギルムには増築工事で儲けようと……もしくはそれ以外にも辺境にある唯一の街たるギルムで何らかの商品を購入しようとして、多くの商人が集まってきている。

 そのような商人達に頼めば、莫大な費用は掛かるが、建築資材として木材を購入するといった真似も出来るだろう。

 実際、商人達の中にはレンガを始めとした建築資材をギルムに持ってきて売っている者も多いのだから。

 そうなれば、当初の予算を超えはするが、木材を購入することは不可能ではない。

 だが……それはあくまでもトレントの森で伐採出来る木が普通の木であれば、の話だ。

 現在トレントの森で伐採された木は、ギルムで錬金術師によって処理され、魔法に対して強い抵抗力を持たせることに成功している。

 また、建築資材としての耐久性に関しても、通常の木とは比べものにならないくらいに強化されていた。

 勿論、普通の木であっても同じような処理をすることは不可能ではない。

 だが……それでも、やはりトレントの森の木のような仕上がりにはならないだろう。

 トレントの森の木は、色々と特殊な性質を持っており、錬金術師が処理をする上で、その性質が大きな意味を持つのだから。


「そんな訳で、このトレントの森の木を増築工事の資材に使わないという選択は、ダスカー様にはないと思うぞ」


 そう結論づけるレイの言葉に、アナスタシアは不満そうな表情を浮かべるものの、それを口に出すことはない。

 レイの言葉には、それだけの説得力があったからだろう。


(まぁ、緑人達の協力があれば、一定の範囲内の木だけを伐採するという選択肢はあるのかもしれないが……今は言わない方がいいか。それで暴走されても困るし)


 そう考え、レイは見えてきた大量の伐採された木をミスティリングに収納するべく、行動を開始するのだった。

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