第2403話

 レイを中心に生み出された巨大な深紅の魔力は、女王の身体を内側から燃やしていく。

 それこそ、今までの炎帝の紅鎧でレイの身体を覆っていた深紅の魔力とは、桁違いと言ってもいいような、そんな巨大な深紅の魔力だ。

 身体の中を喰い荒され、焼くといった真似をされていた女王だったが、それはあくまでも炎蛇という小さな――レイと比べればだが――存在でしかない。

 同じような行為であっても、その規模は大きく違う。

 莫大な深紅の魔力は、それこそ今までの行動は一体何だったのかといったように、女王の身体を燃やす。


「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイいイイイイイイイイイイ!」


 一際大きな悲鳴を上げる女王。

 炎蛇の攻撃とは比べものにならない痛みを覚えたのだろう。

 レイという存在は、女王にとってまさに最悪の存在なのは間違いない。

 そのようなレイという存在が身体の内部にいる女王がどう対処するのか。

 どのような反撃をしてきても、レイは現在の自分ならどうとでも対処出来ると思っていた。

 実際、こうしている現在もレイの身体から放たれる深炎はレイの側に存在する肉を次々と焼き、炭や灰と化しているのだから。


「苦しめ。お前のお陰でケンタウロス達が被害を受けたんだ。少しでもその痛みを感じろ。……まぁ、俺が何を言ってるのか、お前には理解出来ないだろうがな」


 そう告げたレイに、当然だが女王が何らかのリアクションをする様子はない。

 そもそも体内を燃やされている今の女王に、そのような対応が出来る筈もない。

 ……それ以前に、体内で喋っているレイの言葉を女王がどうやって聞くのかといった問題もあるが。

 レイも自分の身体の中に誰かがいたとして、その誰かが喋っている声が聞こえるかと言われれば、その答えは当然のように否だ。


(女王が俺と同じような感覚器官をしてるとは思わないけどな)


 魔力を絞り出すイメージで炎帝の紅鎧に次々と流し込みつつ、少しだけ余裕のある頭で、レイはそんなことを考える。

 今の状況を考えれば、本来ならそんなことを考えていられる余裕はないのだが……それでも、レイは不思議とそんなことを考えていられる余裕があったのだ。

 女王は相手に爪で黒板を引っ掻くような嫌悪感を抱かせる音と共に、自分の意思を単語の羅列といった形で伝えることが出来る。

 実際に今までそれを何度も使われたレイとしては、女王の感覚器官が自分と同じだとは到底思えなかった。

 もしかしたら……本当にもしかしたらだが、自分の体内で喋っているレイの言葉が聞こえてもおかしくはないのではないか、と。

 とはいえ、だからといって今の状況が何か変わるとは思わなかったが。

 もし女王が頭の中に直接話しかけてきても、その言葉でレイが攻撃の手を緩めるといったようなことはないのだから。


「ん?」


 不意にレイの口からそんな声が漏れる。

 何故なら、視線の先に存在する肉塊が……深紅の魔力によって焼かれている肉の部分が、多少ではあるが回復したように思えた為だ。

 一瞬見間違いか? とも思ったレイだったが、次の瞬間には深紅の魔力によって燃やされ、灰となった場所の周囲から肉が盛り上がって傷を覆う。


「これは……再生能力?」


 そう、それはレイの見間違いでも何でもなく、明らかに最初に女王が使っていた、黒の鱗のドラゴニアスが使う再生能力と同等……もしくはより強化された再生能力だった。


「なるほど。振動を止めて再生能力に戻してきたのか」


 レイが体内にいる以上、振動による防御力の強化は意味がない。

 女王のその能力は、あくまでも皮膚を振動させることによって防御力を強化するのだ。

 つまり、体内にいるレイに関しては全く何の意味もないのだ。

 また……ヴィヘラとセトが地上に向かい、女王と戦っているのがレイだけとなったというのも、影響しているのだろう。

 だからこそ、振動による防御力よりも再生能力を選んだのだろう。

 ドラゴニアスを産むだけではなく、少なからず戦闘に対しての才能を持っているということの証だろう。


「けど……だからって、再生能力でどうにかなると思ってるのか!?」


 叫び、レイは更に魔力を炎帝の紅鎧に注ぎ込む。

 それこそ、魔力の大きさだけならエルジィンにおいても他に類を見ないレイだが、炎帝の紅鎧を数時間発動させ続けたことで、その魔力の残りは決してそこまで多くはない。

 だが、それでも今のレイにとって強力な再生能力を持つ女王を倒す手段としては、これ以外に思いつかない。

 あるいは、もっと時間を掛けて考えれば思いつくことがあるのかもしれないが、今のレイの状況で必要なのは、巧遅ではなく拙速だ。

 もしくは、一旦女王の身体から出て、この地下空間から逃げ出すという手段もあるだろう。

 この地下空間にいた無数のドラゴニアスは、現在全滅している。

 つまり、ドラゴニアスという種族全体にしてみれば、間違いなく大きな……いや、大きすぎる被害を負ったのだ。

 そして女王の能力についても、全てではないがかなりの部分が判明した。

 そうである以上、一度地下空間から撤退して、体力と魔力を全快してから、再び女王に挑む……という手段もある。

 勿論、女王もそのような真似はさせないように、現在地上にいるドラゴニアスでレイ達を襲わせたりはするだろうし、レイ達が回復している間に新たなドラゴニアスを産むようなこともするだろう。

 だが総合的に見た場合、一度撤退した方がレイ達にとって有利なのは間違いない。

 間違いないのだが……レイにはそのつもりは全くなく、ここで勝負を決めるということを決断していた。

 何か理由があってのことではない。

 それでも敢えて理由を挙げるとすれば、レイの直感がここで女王を倒さないと危険なことになると、そう訴えていたのだ。

 だからこそ、レイにとってここで退くという決断はなく、残り少ない魔力を使ってでも炎帝の紅鎧を発動させ続け、その身体を覆う深紅の魔力を強化していく。

 すると、レイの周囲を覆っている深紅の魔力はレイの思いに応えるかのように、加速度的にその勢いを増していった。

 女王の身体は再生能力によって燃やされた場所を即座に再生するが、その再生された場所は次の瞬間には再び炎によって燃やされる。

 炎と再生の双方がお互いの陣地を少しでも増やそうと争う。

 だが……その拮抗した状況は、徐々に……本当に徐々にではあるが、深紅の魔力が再生能力を凌駕していく。


「ぐ……」


 当然の話だが、既に残り少ない魔力を炎帝の紅鎧に注ぎ込んでいるレイも、平気な状態でいる訳ではない。

 レイの額には幾つもの汗が玉のように浮かぶ。

 炎帝の紅鎧を発動しているにも関わらず、レイの顔に……そして服に隠れて見えないが、背中にも掻いている大量の汗が蒸発しないのは、どこか不思議な光景だった。

 その光景を生み出しているレイは、とてもではないがそんなことを気にしている余裕はなかったが。


「ぐ……ぐぐ……」


 レイが呻くごとに、その身体を覆う深紅の魔力は激しさを増していく。

 最初こそ深紅の魔力の広がる速度は少しずつではあったが、今となってはレイの身に纏う深紅の魔力は、女王の持つ再生能力を圧倒するまでに勢いを増していた。

 ただし、当然の話だが今のレイにとっても、そんな圧倒的な攻撃を残り少ない魔力で行っている以上、負担は大きい。

 普段はまず見せることがないような、そんな表情のレイを見れば、それは明らかだろう。

 だが……レイはそんな状況になっても、決して注ぎ込む魔力を弱めることはなく、それどころかより多くの魔力を炎帝の紅鎧に注ぎ込む。

 そんなレイの魔力により、深紅の魔力はより一層激しさを増して女王の身体を内部から焼いていく。 

 既に深紅の魔力は、女王の身体の半分以上を焼き尽くしている。

 ……身体の内部から半分以上を焼かれ、それでもまだ生きている女王の生命力は、さすがにこれまで無数のドラゴニアスを産んできた存在というだけのことはあるのだろう。

 それでも身体の半分を焼かれてしまっている以上、今の女王の身体はとてもではないが本来の力を発揮するような真似は出来ない。

 それどころか、堤防が小さな傷から決壊するかのように再生能力と深紅の魔力のバランスは明らかに深紅の魔力の勢いの方が大きくなっていた。


「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 深紅の魔力の勢いが明らかになったところで、レイは気力を振り絞り、これまでよりも明らかに強大な魔力を炎帝の紅鎧に注ぎ込む。

 レイの魔力も限界にきていたのか、目が霞み、意識が朦朧としながらも魔力は注ぎ込まれ続ける。

 それこそ、レイの生命力を魔力に変えて炎帝の紅鎧に注ぎ込んでいるかのような、そんな強力な魔力がより強大な深紅の魔力を生み出し……それが、最後の一線を越える。

 再生能力を凌駕した深紅の魔力は、一瞬にして巨大な肉の塊たる女王の全身を包む。


「ギイイイイイイイイイイ!?」


 悲鳴と同時に、レイの頭の中には爪で黒板を引っ掻くような音と共に、単語が浮かぶ。


『灼熱……内部……虚無……精霊……命』


 そのような単語が思い浮かぶレイだったが、幸か不幸か今のレイは炎帝の紅鎧に魔力を込め続け、それによって生み出された深紅の魔力によって女王の身体を燃やしつくすことに精一杯だ。

 それこそ、既に女王の身体の大半……八割程は、深紅の魔力によって燃やされている。

 寧ろ、そのような状況であるにも関わらず、まだ生きている女王が異様なのだろう。

 普通に考えれば、例え女王であっても身体の八割を燃やしつくされて、生きているというのは信じられない。

 それでも生きていることが出来るのは、女王が持つ再生能力がかろうじてその生命を繋ぎ止めているのだろう。

 既に、レイが魔法によって女王の体内に放った炎蛇の大半は、深紅の魔力の勢いに押されるように消えている。……いや、深紅の魔力に吸収された、というのが正しい。

 勿論炎蛇は無数に存在する以上、当然の話だが全ての炎蛇が消えた訳ではない。

 今も、何とか二割残っている女王の身体の中で動き回っては女王にダメージを与え続けているのだが……幸か不幸か、今の女王にとっては深紅の魔力によって身体を燃やされる方の痛みが強烈で、炎蛇が暴れ続ける痛みは……勿論感じないことはなかったが、それでも無視出来る程に、深紅の魔力の痛みの方が強い。


「そろそろ……死、ねえええぇえぇぇっ!」


 半ば朦朧とする意識の中、それでもレイは今の状況を決定づける為、既に魔力を消耗しきった状態であるにも関わらず、最後の魔力を振り絞る。

 生命力と共に振り絞られた魔力は、一瞬にして深紅の魔力を大きくし……再生能力を使って何とか八割程度の被害ですんでいた女王の身体を、一瞬にして覆いつくす。


「ギ……ギィ……」


 ドラゴニアスの女王として存在していた者が上げるにしては、小さな悲鳴。

 だが、その悲鳴こそが女王にとって本当の意味で断末魔となり、そして女王の意識が消えると同時に、その身体の全てがレイの放つ深紅の魔力によって覆われる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 炎帝の紅鎧を維持していたレイも、本能でそれを察したのだろう。

 女王の身体の全てを深紅の魔力によって蹂躙し、燃やしつくしたのを理解すると、ようやく数時間もの間発動し続けていた炎帝の紅鎧を解除し、地面に横たわる。

 女王の身体が燃えた灰が周囲には存在していたが、魔力を消耗しきった今のレイにとっては、そんなことなど気にするような余裕はない。

 今のレイに出来るのは、地面に寝転がって少しでも荒い呼吸を吐き続けることだけだ。

 それ以外にも、極端に魔力を消耗した今の状況を、少しでも回復する必要があった。

 ……とはいえ、本来なら魔力を回復するのに一番いいのは、寝ることだ。

 だが、まさかこのような場所で寝るなどといった真似が出来る筈もない。

 レイが地面に倒れ込んで、どのくらいの時間が経ったか。

 数秒のようにも、三十分程のようにも、場合によっては一時間くらいの時間にも感じられた。

 それでもある程度の時間が経過し、ようやく息が整ったところでレイは立ち上がり……


「うん?」


 視線の先に自分と同じくらいの大きさを持つ、それこそ巨大な黒い石のようなものがあるのに気が付く。

 レイにとっては身近な魔石とは、また違う石。


「これが、核か?」


 恐らくは女王の身体のどこかにあった、核のようなものだろう。

 そう判断したレイは、念の為にとデスサイズを使ってその黒い石を切断する。


【デスサイズは『地形操作 Lv.五』のスキルを習得した】


 と、同時にそんな言葉が頭の中に流れる。


「……え? 何で?」


 レイは疲れ切っている状態から出したとは思えない程に、間の抜けた言葉で呟くのだった。






【デスサイズ】

『腐食 Lv.五』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.五』new『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.三』『氷雪斬 Lv.一』


地形操作:デスサイズの柄を地面に付けている時に自分を中心とした特定範囲の地形を操作可能。レベル二は半径三十mで地面を五十cm程を、レベル三は半径五十mで地面を一m程、レベル四は七十mを百五十cm程、レベル五は半径一kmを五m程、上げたり下げたり出来る。

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