第2335話
「あー……うん。やっぱりな」
朝、レイがマジックテントから出て来て、ケンタウロス達が集まった場所に向かったところで、そんな声を出す。
そこにいたのは、レイの予想通り多くのケンタウロス達が自分達のテントに戻らず、その場で眠っている様子だった。
元々が草原で生きるケンタウロスだけに、身体も普通の人間よりも頑丈だ。
ましてや、今は草原が枯れるような寒さがある訳ではなく、外であっても一晩すごすことは難しくない。
そう考えれば、現在レイの視線の先に広がっている光景はある意味で納得出来るようなものだった。
「とはいえ、料理の一つもなしによくもここまで酒が飲めるな」
若干呆れの表情がレイの口から出たのは、当然のことだろう。
昨夜、レイがケンタウロス達に渡したのは、あくまでも樽に入っている酒だけだ。
酒を飲む際に食べる料理の類は何も出していない。
元々戦闘が終わった後の興奮を静める為の寝酒という意味で提供したのだから。
……だが、ケンタウロス達はそんな酒であってもこれまでのストレスを発散させるべく、宴会に突入した。
それでも食料を管理しているレイが酒しか出さなかった以上、本当に酒だけの宴会となった筈だったのだが……
そう疑問に思ったレイの視線の先に、何の肉かは分からなかったが、干し肉を見つける。
それを見て、何を肴にして酒を飲んだのかも、当然のように理解出来た。
基本的に食料の類はレイのミスティリングを使って一括で管理しているが、それはあくまでも全体の食料だけだ。
例えば、ケンタウロス達が集落から出発する時に、個人用として干し肉の類を持ってきたりした場合、レイとしてはそれに対して特に何も言ったりはしない。
あくまでも個人の持ち物である以上、その干し肉を宴会の肴として使っても、そういうものかと納得するだけだ。
「問題なのは、この連中が二日酔いになってないかどうかだな」
一応、昨日レイが寝る前に二日酔いにならない程度にしておけとは言ったし、もし二日酔いになっても仕事は休みにしたりはしないと、そう告げてはいる。
何より、林に広がっているドラゴニアスの死体を集めて燃やす必要があった。
放っておけばアンデッドになってしまう可能性があるのだから、レイがそのように思うのも当然だろう。
そう思い、どうやって寝ている連中を叩き起こそうかとレイが考えていると……
「ちょっと、レイ!」
そんな声が林の方から聞こえてくる。
ヴィヘラの呼び掛けは、レイと少し二人でゆっくりとしたい……といったようなものではなく、明らかに緊急性の高い呼び声だ。
また何かあったのか? そう思いつつも、取りあえずレイは二日酔いでダウンしているケンタウロス達よりも、ヴィヘラの声の方が優先されるだろうと判断してセトにはここに残っているように言ってからそちらに向かう。そして……
「これは……」
集落からそこまで離れていない林……具体的には、昨夜レイとヴィヘラがドラゴニアスの群れを倒したその場所で、レイの口から出たのは驚愕の声だった。
それだけ、現在レイの目の前に広がっている光景は異様と言うべきものだったのだ。
本来なら、そこに広がっているのは多数のドラゴニアスの死体の筈だった。
それこそ、デスサイズで胴体を切断され、黄昏の槍で頭部を砕かれ、そして浸魔掌によって身体の内部を破壊された、外見で見た場合は綺麗な死体だったり、魔力の爪や刃で斬り裂かれ……もしくは殴り、蹴り殺された死体。
そんなドラゴニアスの死体が大量に存在していなければおかしい。
いや、死体そのものは現在も林の中にある。
木々の間を埋めるかのような、そんな大量の死体が。
だが……問題なのは死体の状況。
本来なら、昨夜生み出されたばかりの死体である以上、言葉は悪いが新鮮な死体でなければおかしい。
だが、現在レイの視線の先に存在する死体は、明らかに風化が始まっている。
また、死体から漂ってくる血や内臓の臭いといったものも、何故か殆どしない。
全くの無臭という訳ではないが、それでも眉を顰める程の死臭といった訳ではないのだ。
そんな臭いの異常も、急速に風化が始まっている死体を見れば納得出来てしまう。
「どう思う?」
「そう言われてもな。……考えられる可能性としては、集落の地下に埋まっている何かが関係しているのではないか? としか言えないが」
「何かの動物やモンスターがこれ幸いとドラゴニアスの死体を食べたとか?」
「ドラゴニアスがいる場所で、他の動物やモンスターが生き残ってると思うか? 鳥は別だけど」
地上にいる相手としては、ドラゴニアスは嬉々として喰い殺そうとするだろう。
だが、ドラゴニアスはあくまでも地上を生きる者だ。
また、その攻撃手段はあくまでも爪や牙といった近距離のものだけで、空を飛ぶ鳥に有効な攻撃手段はない。
……実際には、ドラゴニアスにも手があるのだから、地面に落ちている石を投げるといった攻撃手段はあるのだが、飢えに支配されているドラゴニアスにしてみれば、そんな攻撃を行うなどとは思いつかなかった。
「そうなると……やっぱり地下が問題なんでしょうね。けど、それなら何で集落にいた私達は無事だったのかしら?」
「あの集落ではつい昨日までケンタウロスが普通に生活していたんだ。それを考えれば、俺達が無事でもおかしくはない」
「なら、これは……生きてるか死んでるかの違い?」
「だろうな。ケンタウロス以外ならとも思ったけど、俺達は普通に無事だったし」
もしこの地にある何かが自分達にも危害を加えるのであれば、それこそ自分達にも何らかの危害を加えていただろう。
そんなレイの言葉に、ヴィヘラも納得する。
「取りあえず……ドラゴニアスの死体を片付けなくてもいいのは、ケンタウロス達にとっても……ん? あれ?」
「どうしたの?」
不意に言葉を止めたレイに疑問を抱いたのか、ヴィヘラが不思議そうに視線を向けてくる。
そんな視線に対し、レイは少し考え……直接確認した方がいいと判断し、集落に戻る。
ヴィヘラは疑問を抱きながらそんなレイを追う。
集落の中では、ようやく何人かが起きようとしているように見えたが、ヴィヘラの前を進むレイはそんなケンタウロス達を気にした様子もなく、とある方向に向かい……やがて、足を止める。
「やっぱり」
何がやっぱり? と疑問に思ったヴィヘラがレイの視線を追うと、その先にあったのは……ドラゴニアスの死体。
そう、昨夜林で戦っていた時に別の場所から集落の中に入り込み、ケンタウロス達によって殺されたドラゴニアスの死体だ。
それを見たヴィヘラも、当然のように驚く。
自分達が先程見た林の中にあったドラゴニアスの死体は、既に風化を始めてすらいた。
それこそ、一晩でこの様子なら明日……どころか今日中にでも塵となって消えてしまうだろう。
だというのに、昨日同じように死体になったドラゴニアスは、こうしてまだ死体のままなのだから。
それも風化が遅くなっているといったようなことではなく、明らかに集落の外にある死体と違って、何らかの影響を受けてはいない。
死体はまだ新鮮だというのは、見て分かるのだから。
「これは……一体、何でこんなことになってるの?」
「何でだろうな。その理由は俺にも分からない。けど、こうした感じになってるってことは、きっと何かの意味がある筈だ。……普通に考えれば、集落の外だからか?」
「でも……この集落はケンタウロス達が勝手に作った場所でしょ? だとすれば、それが何らかの意味を持ってるとは、ちょっと思えないんだけど」
ヴィヘラの言葉は、レイにも強く納得出来るものだった。
とはいえ、理由を考えようとすれば予想するようなことは出来る。
「この集落を作る時にケンタウロス達が今のこの集落のような場所を作ったのは、この集落の地下にある何かに影響されたから……というのは、どう思う?」
「それは……まぁ、可能性としてはある、のかしら?」
レイの言葉に納得しそうになったヴィヘラだったが、だからといって本当の意味で納得する様子はない。
実際、今の状況を思えばレイの説には幾らか納得出来るのだが、それでも全面的に納得しろというのは不可能……とまで言わないが、かなり強引な説明になるのは間違いなかった。
少なくても、ヴィヘラはこうして集落の中にいても特に何かを感じるようなことはない。
もしレイの説が正しいのなら、この集落にいる自分達にも何らかの影響が起きてもおかしくはない。
だが、この集落の中で一晩経っても、ヴィヘラは特に何かが起きた様子はない。
であれば、レイの説を完全に信じるといったようなことは難しかった。
「もっと別の要素じゃない? レイの説だとちょっと厳しいと思うんだけど」
「そう言われてもな。他に何かそれらしいのはあるか?」
「なら、ラーリエに聞いてみればいいじゃない。この集落の出身なんだから、その辺について色々と詳しいことをしってるんじゃない?」
ラーリエ? とヴィヘラの口から出た名前に首を傾げたレイだったが、すぐにそれが誰を示しているのかを思い出す。
それは、この集落から逃げてレイ達と遭遇した面々の中でも、リーダー格でレイと何度も話をしたケンタウロスの女の名前だった。
そう言えばそんな名前だったなと思い出しながら、レイは周囲を見る。
ラーリエの姿を探してのものだったが、生憎と倒れるように眠っているケンタウロスの中には、ラーリエの姿はない。
「いないな」
「それはそうでしょ。仮にも故郷が壊滅したのよ? 宴会なんて馬鹿騒ぎに付き合う気になれなくてもしょうがないわ。今頃は自分のテントでゆっくりとしてるんじゃない?」
「そういうものか? ……そういうものなんだろうな。ケンタウロスの性格からして、こういう時は寧ろ積極的に宴会をやるのかとばかり思ってたけど」
「それこそ、その辺は人それぞれなんでしょうね」
「ともあれ、ラーリエから話を聞く必要があるな。……どのテントだったか覚えてるか?」
「さぁ? でも、別に扉がある訳じゃないんだし、適当に見ていけばいいんじゃない?」
適当にと、そう軽く告げるヴィヘラの言葉に、レイはそういうものかと納得する。
女が眠っているところに移動すると怒られるのでは? という思いがない訳でもなかったが、ケンタウロスは平気なのかもしれないと、そう考えながら。
「なら、行くか。……ラーリエが何かを知ってればいいんだが」
「聞いてみたらと言った私がこう言うのもなんだけど、そこまで期待しすぎない方がいいわよ? 聞いた話だと、ラーリエは別にこの集落の中でも重要な地位にいた訳でもないみたいだし、ラーリエの両親も特にそこまで重要な立場にいた訳じゃないみたいだし」
「つまり、あくまでも一般人だった訳か」
「そうね。それでもそれなりに皆に慕われていたし、責任感も強かったから私達と合流するまでドラゴニアスから逃げ続けられたみたい」
「……そういうものなのか。ある意味で凄いな」
素直な感想を口にするレイ。
何らかの役割でそのように行動したのならともかく、本人が自分の意思で何人もを引き連れて集落から脱出し、木々が邪魔となる林を抜け、それから草原を走って逃げたのだ。
レイ達と合流出来たのは運だったとはいえ、その運はあくまでもラーリエが必死に逃げ続けたからこそ、掴み取った運なのだから。
そのことに納得しながらも、レイはヴィヘラと共に……そしてレイが戻ってきたことで近付いてきたセトと共に、野営地のテントを覗いていく。
当然ながら、偵察隊の大半は酒を飲んで眠っている。
結果として、きちんとテントで眠っている者の姿は決して多くはなかった
「ここは……駄目か」
誰もいないのを確認して、次のテントに向かう。
殆どの者が酒を飲んで眠っている以上、ラーリエの姿を見つけるのは難しかったが……
「いたわ」
手分けしてテントを探していた中で、ヴィヘラが当たりを引く。
そんなヴィヘラのいる場所にレイが行ってみると、そこでは確かにラーリエの姿があった。
ラーリエだけではなく、レイが崩れていたテントから助けた子供の姿もそこにはある。
「何ですか?」
ヴィヘラの声で起きたのか、それとも起きていたのか。
その辺はレイにも分からなかったが、ともあれラーリエがいるというのを見つけることが出来たのは助かった。
「この集落についてちょっと話を聞きたくてな。……昨夜襲ってきたドラゴニアスが、林の中ではもう風化しそうになってるんだが、その辺の理由は知ってるか?」
そう尋ねるレイに、ラーリエは意味が分からないといったような意表を突かれた表情を浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます