第2328話

「うん、取りあえずこれでアンデッド化の心配はないだろ。……ドラゴニアスがアンデッド化すれば、かなり厄介だからな。この辺はしっかりとしておく必要がある」


 炎によって燃やされたドラゴニアスの死体を見て呟くレイだったが、その隣で様子を見ていたドルフィナはふと気が付いたように口を開く。


「レイ、ドラゴニアスは基本的に何でも食べるが、仲間の死体は食わないよね?」

「仲間の死体? どうだったか……多分、食べないと思うけど。それがどうした?」

「いや、ならドラゴニアスの死体を拠点なりどこなりに放り込んで、アンデッドにしたらこっちの戦力として使えるんじゃないかと思って」

「それは……また……納得出来るような、出来ないような……そんな微妙な感じだな」


 アンデッドとなった死体は、基本的に生きている相手ならそれが誰であっても……生前は自分たちと同じ種族の存在であっても、普通に襲う。

 ……もちろん、誰であっても襲うということは、当然のようにレイ達もまた襲われるということを意味しているのだが、ドラゴニアスの死体を投げ入れて、そこにレイ達がいないのなら全く問題はない。

 そして飢えに支配されていてもドラゴニアスは共食いの類をすることがない以上、アンデッドとなったドラゴニアスは強力な戦力になるのではないか。

 そう告げるドルフィナだったが、レイは難しい表情を浮かべる。


「どうしたんだい? 何か問題でも?」

「ドラゴニアスが共食いをしないとしても、アンデッドになった相手を仲間だと認識するか? もしかしたら、アンデッドになった相手なら仲間じゃないと認識して喰い殺したりしそうなんだよな。それに……やっぱりアンデッドを使うというのは個人的にはあまり好きじゃない」


 これは正義感から言っている……のではなく、レイとセトの五感の鋭さからくる問題だ。

 レイもセトも、通常の人間と比べると五感が非常に鋭い。

 それだけに、スケルトンのように肉が存在しなかったり、もしくはゴーストのように肉体を持たない存在ならまだしも、ゾンビのような腐りかけの死体がアンデッドとなって歩き回るとなると、その腐臭は嗅覚に強烈なダメージを与えてくる。

 ましてや、セトはレイと比べても大分五感が鋭い以上、そのダメージは強烈になってしまう。

 ……実際、ダンジョンの類でアンデッドのいる階層に行くと、いつもセトは悪臭で悲しそうに鳴いているし、レイもまたそれは同様だ。

 ダンジョンのように密閉空間ではなく、草原といったような場所だけに、腐臭が籠もったりはしないだろうが……それでも、今の状況を思えば許容出来ないとレイが思えるのは当然のことだった。

 また、腐臭以外にもやはりアンデッドという存在には色々と思うところがあるのも事実だ。

 レイの知恵袋……もしくは後ろ盾とも言うべきグリムがアンデッドだというのも、その辺の判断に影響しているのだろう。

 とはいえ、リッチロードと呼ぶべきグリムと、その辺のゾンビを一緒にしたと言われれば、レイに対しては孫を甘やかす祖父のような立場のグリムであっても、気を悪くするのは間違いないだろうが。


「そうか。……まぁ、これは思いついたから言ってみただけだし、気にしないでくれ」


 レイの口からあっさりと自分の意見を却下されたドルフィナだったが、本人は特に気にしている様子はない。

 本人の言う通り、本当に思いついたから言ってみただけなのだろう。


「ともあれ……後は、どうやってこの集落のある場所を掘っていくかだよな」

「は? 何故そんな真似を?」


 レイが何故急にそんな事を言うのか、理解出来ないといった様子で告げてくるドルフィナ。

 当然だろう。集落から逃げてきた女のケンタウロスを助けたかと思ったら、何故か急にその集落を掘るなどと言い出したのだから。


「この集落に何かがある。そう思ってるからだよ」


 そう言い、レイはドルフィナに自分が疑問に感じたことを説明する。


「……なるほど。言われてみれば、林の木がドラゴニアスに食われていなかったり、こんな場所に百匹近い数でやって来るというのは、違和感がある」


 ドルフィナも、レイから言われるとその理由に納得出来た。

 普通なら、実際にドラゴニアスの被害に遭っているドルフィナの方が、今回の異常さに気が付いてもよさそうなのだが……


(いや、実際にドラゴニアスに被害を受けている身だからこそ、気が付かなかったとか? 先入観的な感じで)


 ドラゴニアスに苦しめられていたからこそ、そのように考えた。

 そう思えば、レイとしても納得出来ない訳ではなかった


「とにかくそんな訳で、もし何かあるのならこの集落の地下だと思った訳だ。で、そうなると当然のように掘り出す必要があるだろ? まぁ、俺のスキルを使えばある程度は何とかなるけど」


 レイの……正確にはデスサイズのスキル、地形操作。

 現在レベル四の地形操作は、半径七十mの場所を、百五十cm程コントロール出来る。

 それを使えば、掘り出す際の苦労もある程度は何とか出来るだろう。

 だが、それは百五十cmよりも下の部分は、自分達で掘らなければならないということを意味してもいた。

 今の状況でそのような真似をするとなると、それこそ偵察隊が総動員で行う必要があるだろう。

 また、ここに本当にドラゴニアスが求める何かがあった場合、それを求めてまた新しいドラゴニアスが来ないとも限らない。

 ドラゴニアスを百匹近くも派遣してきたとなると、今回の一件で指揮を執っている者も一度の失敗で諦めるとは、レイには到底思えなかった。


(いやまぁ、ドラゴニアスが襲ってきても、それこそ林の外にはセトがいるし、セトに空を飛んでここまで来て貰って採掘作業を手伝って貰うにしても、ヴィヘラを向かわせればそれですむ。それに、ケンタウロス達もヴィヘラとの模擬戦で十分に強くなってきたし)


 周囲に視線を向けると、ケンタウロスの者達が休憩している様子が見て取れる。

 多くの者が、ドラゴニアスの死体を運ぶのに疲れたのだろう。

 戦闘が終わって少し休憩し、すぐにドラゴニアスの死体を集めたのだから、疲れるのは当然だろう。

 ……そもそも、ドラゴニアスは一匹ずつがケンタウロスよりも大きく、当然のように重量もある。

 そんなドラゴニアスを一ヶ所に集めるのだから、その運動量は下手な戦闘よりも大きい。


「この集落の生き残りは、採掘作業を承知したのか?」

「いや」


 ドルフィナの言葉に、レイは首を横に振る。

 この集落の生き残りの女、レイやザイ達と話をしているケンタウロスの女からは、まだ了解の返事を貰ってはいない。

 だが、今のこの状況を考えれば、レイにはこの集落を掘り返さないという選択肢は存在しなかった。


「何があるのかは分からないが、それが大きな意味を持つのは多分間違いない。なら、それに手を出さない選択はない」


 ドルフィナもそんなレイの意見には賛成なのか、頷きを返す。

 そして……次にドルフィナが口を開いた時は、そこには真剣な色はなく……いや、魔法に対するという意味で真剣な色ではあったが、ドラゴニアスのことについて聞く訳でもなかった。


「それで、レイ。今までも何度か見てきたけど、死体を燃やす魔法。これはもう少し魔力の消耗を抑えることは出来ないのかな?」

「無茶を言うな、無茶を。前にも何度か言ったと思うが、俺が『弔いの炎』を使うには、どうしても聖属性の要素が入る。普通ならそれで使えないのを、俺の場合は魔力を大量に消耗して、強引に発動させてるんだ。魔力の消耗を抑えるとなると、それこそ魔法の発動そのものが出来なくなる」

「うーん、それは分かるんだけど、それでも何というか……馬鹿らしくはないかい?」

「馬鹿らしい?」

「ああ。勿論、レイがその魔法を発動出来るのはいいよ。けど、それはあくまでもレイだからこそ、魔法を発動出来るんだろう? 普通の人では無理だと、そう言っていたよね?」

「そうだな」


 レイが持つ莫大な魔力があるからこそ、その魔力を使って無理矢理魔法を発動させているのだ。

 レイと同じ方式で魔法を使おうとしても、普通の魔法使いではとてもではないが、無理だろう。

 それが、ドルフィナにとっては不満だった。

 もし自分が使えない属性の魔法も自由に使えるようになったら、どうなるか。

 それこそ、ドルフィナであれば使ってみたい魔法、新たに開発したい魔法といったようなものが幾らでも存在していた。

 だからこそ、ドルフィナにとってレイの魔法というのは非常に興味深く……レイの持つ莫大な魔力がないと使えないというのは惜しいと思うのだ。


「だからこそ、レイのように好きな魔法を魔力の消費も少なく使うことが出来たら、凄いと思わないかい?」

「それはまぁ、凄いと思うけど……実際には無理だろ? そういうことが出来るなら、それこそ以前から他の魔法使いがやっているだろうし」


 自分が持っていない属性の魔法を使う方法というのは、当然のように以前から他の魔法使いがそれを行おうと研究してきた。

 だが、未だに成功例は報告されていない。

 あるいは、成功した例があっても自分で使うだけで他人に知らせたくないといったような者もいるかもしれないが。


「勿論、それが難しいのは分かってるよ。けど、挑戦してみずに諦めるというのは……違うと思わないかい?」

「ドルフィナの気持ちは分かるけど、俺だっていつまでもこの草原にいる訳じゃない。あくまでも俺は知り合いの二人を探してここにいるんであって、ドラゴニアスを倒してるのも、俺の探している相手が被害に遭わないようにという思いからだ」


 それはつまり、捜している人物……アナスタシアとファナの二人が見つかれば、この草原から立ち去るということを意味している。

 ドルフィナも以前からその辺については何度か聞かされていたので、そんなレイの言葉に色々と思うところがあったが、それを口にするような真似はしない。

 今の状況で自分が何を言っても、それは無意味……レイの決意を変えられるとは思っていないからだろう。


「そんな訳で、俺は本格的な魔法の研究には協力出来ない。……そもそも、俺の場合は魔法を半ば感覚で使ってるから、研究とかの方面には向いていないしな」


 これが理論的に魔法を使っている者であれば、研究者としてもかなりやりやすい。

 しかし、レイのような存在が研究に携わるとなると、感覚で使っているだけに、どうしても理論派の魔法使い達に比べて劣るのだ。

 もっとも、これは感覚派が理論派よりも劣っているという訳ではない。

 実戦になれば、感覚派の方が強いということも少なくないのだから。


「それは……」


 ドルフィナもレイの意見には即座に異論を唱えることが出来なかったのか、そうして黙り込み……


「レイ!」


 まるでドルフィナが黙り込んだのを待っていたかのように、レイに声が掛けられる。

 声のした方を見ると、そこにはザイの姿があり……そしてザイの横には、この集落から脱出してレイ達と遭遇したケンタウロスの女の姿がある。

 そんな二人を見て……レイは覚悟が決まったのかといった視線を女に向ける。

 この集落に何かがあるかもしれないというのは、ドラゴニアスの死体を片付ける時にザイにも話してあった。

 だからこそ、そんなザイとケンタウロスの女が一緒にやって来たということは、女も覚悟を決めたのだろうと、そう思ったのだ。


「二人が一緒ってことは、覚悟は決まったのか?」

「ええ。仲間達とも話して……この集落の地下にある何かが、ドラゴニアスに対する攻撃材料になるのなら、ということで決まったわ」


 そう告げる表情は、やはり色々と思うところがあったのだろうとレイにも容易に想像出来た。


「分かった。なら、早速掘り始めるか。……ただ、問題なのはやっぱりどこに目的の物があるのか分からない点だよな。おまけにどのくらいの深さの場所に埋まっているのかも分からないし」


 レイの地形操作を使っても、百五十cmまでしか掘ったりは出来ない。

 それよりも地下にある場合、そこからは人力で掘っていく必要があった。


「セトは呼んだ方がいいな」


 林の中を通って移動するのは無理でも、空を飛んで林の外からここまで飛んでくるといったようなことは出来る筈だった。

 そしてセトの力は、地面を掘るというのにも十分に使える。


「取りあえず、地面を掘るならセトを連れてきた方がいいか。それと……何かが見つかるまでは、暫くここで寝泊まりをすることになるだろうから、野営の準備をした方がいいな。見張りも必要だろうし」

「ああ、分かってる。その辺はもうこっちでも色々と指示を出している。……ヴィヘラと戦闘訓練をしていた連中は全員喜んで準備に掛かったよ」

「……だろうな」


 レイとしては、ザイの言葉にそう言うしかなかった。

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