第2269話
「ふわあああああああぁ……」
大きな欠伸をしながら、レイはベッドの上で身を起こす。
マジックテントの中にいるのは、当然のようにレイだけだ。
何だかんだとレイも徹夜だったおかげで、野営をした後はすぐに眠ってしまった。
野営をしたのは午後になってからで、そのまま眠って……そして、今起きたのだ。
普段であれば寝起きは寝惚けている状態が多いのだが、今は一応依頼の最中だ。……ギルドを通した正式な依頼ではなく、異世界のケンタウロスの集落から受けた依頼だが。
ともあれ、依頼の最中であるということもあり、レイの目覚めは悪くはない。
……昨日の午後からずっと眠り続けていたという時点で、その辺は今更といった感じではあったが。
身嗜みを整えたレイがマジックテントから出ると、まず最初に目に入ったのは太陽。……正確には朝日。
既に周囲は明るくなっているが、それでも早朝と呼ぶに相応しい時間だ。
そんな周囲の様子を確認すると、レイがマジックテントから出て来たのに気が付いたセトが、寝転がっていた状況からすぐに顔を上げる。
「グルゥ!」
起きた! と、そう嬉しそうに鳴き声を上げ、レイに向かって駆け寄ってくる。
セトにしてみれば、野営をした途端にレイはさっさと眠ってしまったのだ。
それから今まで、全く起きてくる様子がなかったのだから、寂しく思って当然だろう。
……ここで、何かレイにあったのではないかと心配するのではなく、寂しがっていたというところに、セトのレイに対する信頼の厚さがあった。
「寂しい思いをさせてしまったな。悪い」
頭を擦りつけてくるセトを撫でながら、レイはセトに謝罪の言葉を口にする。
セトはそんなレイの様子に更に頭を擦りつける動きを激しくした。
レイに撫でられるのは、それだけ嬉しいのだ。
そうして十分程セトを撫でていたレイだったが、やがて改めて周囲の様子を眺め……
「やっぱりな」
短くそう呟く。
その呟きの理由は、野営地の中にも周囲にも、そして何よりセトの周りにもモンスターや動物の死体の類が何もなかったからだ。
つまりそれは、昨夜はその手の存在が襲ってくるといったことは全くなかったということになる。
レイが予想したように、この辺一帯のモンスターや動物といった存在は全てドラゴニアスに喰い殺されてしまったのだろう。
(とはいえ、空を飛ぶモンスターの場合はドラゴニアスでもどうしようもないと思うから、いてもおかしくないと思うんだけど)
そんな疑問を抱く。
ドラゴニアスでは無理でも、遠距離攻撃の手段は幾らでもあり、何より自分自身が空を飛べるセト。
その辺を考えれば、鳥やコウモリ……もしくは空を飛ぶモンスターの死体が転がっていても、おかしくはなかったのだが。
だが、周囲にはそのような死体が転がっていない。
だとすれば、地上に生きる存在だけではなく、空を飛ぶ存在もこの辺りを危険な場所だと理解していたのだろう。
(まぁ、知能が高くなくても……いや、高くないからこそか、ドラゴニアスが本能で動いてるってのは、分かるだろうし)
ドラゴニアスのことを思い出しながら、レイは食事の準備をする。
昨日は野営の準備をしてすぐに寝たということもあり、現在のレイはかなり空腹だった。
ずっと眠っていただけであっても、やはり人は空腹を覚えるのだろう。
「さて、セトは何が食べたい?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは即座に返事をする。
聞こえてきたのは鳴き声だったが、それでもセトが何を言いたいのかは、レイにも十分に理解出来た。
即ち……肉、と。
セトが肉を好きなのは当然のようにレイも知ってるので、それに否はない。
「そうだな。……少し寂しい思いをさせたみたいだし、ガメリオンの肉でも焼こうか」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは心の底から嬉しそうに鳴き声を上げる。
ガメリオンの肉は、レイがいなければ秋から冬の限られた期間しか食べることは出来ない。
だがレイの場合はミスティリングがあるおかげで、その辺を全く気にせず食べることが出来るのだ。
セトはレイが出したガメリオンの肉を嬉しそうに見つめる。
食べやすく……ではなく、出来るだけ早く焼けるように、適当な大きさに肉を切って串に刺し、焚き火の近くに刺す。
「一応ソースの類が幾つかあるけど、それでも本職には及ばないんだよな」
「グルルゥ? グルゥ、グルゥ」
レイを励ますセト。
もっとも、この場合の本職というのは本当の意味で料理を本職としている者達のことだ。
屋台で冒険者がちょっとした小遣い稼ぎや趣味で売っている串焼きは、結局のところ趣味でやる者が殆どだった。
そんな者達は基本的に串焼きはそこまで美味くはない。
……中には、妙に美味く焼き上げるような者もいるが、そのような者は基本的に少数だ。
レイも当然のように大多数の方に入り、串焼きを焼くことは出来るし焦がさないようにすることも出来るが、美味く……それこそ誰が食べても美味い! と唸るような焼き上がりにすることは出来ない。
取りあえず普通に食べることは出来るので、セトは満足だったが。
そうして肉を焼いていると、その匂いで起きたのか、他のテントからもケンタウロス達が出て来る。
そして漂っている食欲を刺激する匂いの元を探す。
まだ塩を振ったりはしていないのだが、それでもガメリオンの肉が焼ける匂いは、寝起きでも十分に食欲を刺激するだけの破壊力を持っていた。
「レイ、その肉は……」
「ガメリオンっていうモンスターの肉だ。……この辺にはいないよな?」
この世界とエルジィンは、何故か言葉が通じたり、単語の意味が同じだったりするので、もしかしたらこの世界にもガメリオンがいるのでは? と思ったレイは、ガメリオンがどのようなモンスターなのかを説明する。
幸いにしてレイの説明を聞いたザイは首を横に振る。
「ウサギはいるが、そんな巨大な……そして凶悪な存在はいないな。もしそのようなモンスターがいたら、ドラゴニアスとぶつけることが出来れば……今更か」
今更だな。
そうレイは言葉を返そうと思ったが、本当に今更なのかどうかというのは、まだはっきりと分かってはいない。
もしかしたら……本当にもしかしたら、あの黄金の鱗を持つドラゴニアス以外にも、上位に位置するドラゴニアスがいる可能性は否定出来ないのだから。
「ともあれ、寝起きで腹も減ってるだろ。お前達も食うか? この辺りには存在しないモンスターの肉なんだし、興味あるだろ?」
そう言われれば、ザイ達も興味を抱かない訳がない。
集落を発ってからここに来るまで、ザイ達はレイの出す料理を食べる機会が何度もあった。
その料理はどれも美味く、だからこそレイが現在焼いている串焼きにも強い興味を示したのだ。
ここに来るまでの料理で、レイはザイ達の信頼を掴んだのだ。
……その信頼を抱いてる者の中には、レイに対して好意を抱いていない……それどころか、敵意すら抱いているドラットの姿もある。
レイは気に入らないが、レイの出す料理はどれも美味い。
そんなジレンマに陥りながらも、結局は空腹には勝てずに料理を食べるのだ。
そうして全員が起きて、焚き火の周りに集まり……軽く塩を振っただけの単純な味付けの串焼きを口に運ぶ。
『美味い!』
ケンタウロス達の口から、一斉に飛び出る声。
もっとも、レイはその賞賛を誇るつもりはない。
今の『美味い』という声は、あくまでもレイの調理技術ではなく、ガメリオンの肉の味によって生み出されたものなのだから。
……食べてる方にしてみれば、この肉を用意出来ただけで十分凄いという思いを抱く者もいたが。
「うん、美味い。美味いが……やっぱり本職には敵わないな」
「本職ですか?」
レイの呟きを聞いたケンタウロスの一人が、不思議そうに尋ねる。
そんな相手に対し、レイは当然だといったように頷く。
「例えば戦いだ。戦いそのものは、それこそ子供でも老人でも出来るだろ? けど、それはあくまでも素人の戦いだ。本職……お前達のように、実際に戦いの中に身を置いている者にしてみれば、戦いは戦いでも、見て分かるくらいに違いはある筈だ」
そう言われれば、ケンタウロス達もレイの言葉に納得の表情を浮かべる。
戦いに例えたからこそ、今の説明は十分に分かりやすかったのだろう。
「そんな訳で、料理を仕事にしている本職にしてみれば、同じ肉を焼くという作業であっても、色々と違う訳だ」
一つ一つは細かい違いであっても、その細かな違いが積み重なって、出来た料理は素人と本職では大きく違う。
レイが食べているガメリオンの肉も、決して不味い訳ではない。ないのだが……それでも、やはり実際に本職の料理人が焼いたガメリオンの肉の串焼きを知っている分、どうしてもレイにしてみればいまいちに感じてしまう。
もっとも、それはあくまでもレイが本当に美味いガメリオンの串焼きを知ってるからの話であって、ケンタウロス達はこれが生まれて初めて食べるガメリオンの肉だけに、レイが焼いた串焼きであっても素直に美味いと感じていた。
(そう言えば、鉄板焼きとかでも焼く技術はかなり難しいとか何とか、何かで見た記憶があるな)
日本にいた時にTV番組の特集か何かで見たことを思い出しながら、レイは納得する。
実際、こうして直接串焼きを焼いてみれば、それがどれだけ難しいかが分かる。
「レイ、もう少し貰ってもいいか?」
「ん? ああ。それは構わないぞ。……とはいえ、食事がこれだけってのも何だな」
そう言い、スープとパン、それと新鮮な果実を幾つか取り出す。
食事のメニューとしては、決して豪華とは言えない――ガメリオンの肉を使っているので、素材の値段的な意味では豪華だが――が、それでも皆は空腹だったのか、喜んで食べる。
「さて、食いながらでいいから聞いてくれ。取りあえず何だかんだと昨日から一晩すぎた。後は、最後にもう一回ドラゴニアスの本拠地を確認して、それで何もなければ集落に戻る……ってことでいいか?」
レイのその意見には、誰も反対しない。
今回の一件においては、結局最初から最後まで全てをレイが行ったのだから、それも当然だろう。
ここで不満を口にすれば、それは全くみっともないのだと、そう理解しているのだ。
「異論はないみたいだな。なら、食事が終わったら俺とセトでちょっと見てくる。ザイ達は……そうだな、ここで荷物を纏めていてくれ。戻ってきたら荷物を収容して、すぐに出発出来るように」
この場合の荷物というのは、ケンタウロス達が使ったテントだ。
持ち運び出来て、その上でレイが知っている普通のテントよりもかなり使いやすい。
だからこそ、普通のテントよりも畳むのに時間が掛かるし、持ち運ぶ量も増える。
もっとも、生まれた時からそのテントを使っていたケンタウロス達にしてみれば慣れているので、特に苦労するようなこともないだろうが。
そうして話が決まると、レイは早速セトに乗ってその場から離れる。
「グルルルゥ!」
セトにしてみれば、やはり地上を歩くよりも空を飛ぶ方が嬉しいのだろう。
背中にレイを乗せているという事もあり、かなり上機嫌だ。
レイもまた、セトの背中に乗って空を飛ぶのは楽しい。
……例えそれが、大量のドラゴニアスを焼き殺した場所に向かうのであっても。
「っと、見えてきたな。……こうして空から見る限りでは、特に何も異常はなしか。セト、一旦降りてみてくれ。もしかしたら、地上に降りてみれば何か分かるかもしれない」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは任せてと一声鳴いてから翼を羽ばたかせながら地上に向かって降下していく。
そして、当然のことだが特に危なげなく地上に着地する。
昨日から今日に掛けてそれなりに風が吹いた為だろう。
炭や灰となっていたドラゴニアスの死体は、その風によって形を崩され、飛ばされていったのだろう。
「焼き畑ってのがあるけど、これもその一つになるのか? ……まぁ、ドラゴニアスの炭や灰で植物が育つとは、到底思えないけど。……育ったら育ったで、何か妙なのが出来そうだな」
飢えに支配されていたドラゴニアスの炭や灰を肥料とした場合、考えられる可能性としては凶悪な食虫植物……いや、食人植物が生えてきてもおかしくはない。
(いっそ、ここはもう二度と何も生えないように徹底的に塩とかを撒いた方がいいのかもしれないな。……いや、それでもいずれは回復しそうだけど)
レイは周囲の様子を眺めながらそんな風に考え……それで満足すると、セトと共にこの場から立ち去るのだった。
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