第2243話

 ドラゴニアスがやって来た。

 その言葉が集落に響き渡ると同時に、集落の様子は一変する。

 女子供や老人といった多くの者が、不安そうな様子を見せたのだ。

 そんな者達とは逆に、戦意を昂ぶらせている者もいる。

 レイの側にいたザイやその仲間達もまた、そのような面々だ。

 だが、集落にいる者はドラゴニアスというのが何なのかは理解し、これから何が起きるのかは分かっているようだったが、レイとセトは違う。

 いや、これから戦いが起きるのだろうというのはレイにも理解出来たが、ドラゴニアスというのが何なのかは理解出来ない。


(ドラゴニアスって名前からすると、ドラゴン関係とかか? だとすれば、この集落が抱えている問題ってのは、そのドラゴンに関することだったするのか?)


 名前の響きからそう予想するも、ある意味でこれは絶好のチャンスなのでは? という思いがレイの中にはある。

 レイとしては、出来ればこの集落において色々な情報を集める為にも……また、ドラットのような者達にくだらない理由で絡まれないようにする為にも、自分の名声を上げる必要があった。

 そういう意味では、ドラゴニアスという存在がやって来たというのは、レイにとっては決して悪い展開という訳ではない。

 この集落にとっては、決して面白い展開という訳ではないだろうが。


「ドラゴニアス? 一体何があったんだ?」

「敵だ」


 ザイの口から出るのは、その一言だけ。

 それでいながら、その言葉には非常に忌々しい色がある。

 それこそ、もし目の前にドラゴニアスという相手がいるのなら、即座に殺してもおかしくはないと、そう思う程の。


「敵か。……それが、この集落がここまで大きくなった理由と思って、間違いないみたいだな」

「……」


 レイの言葉にザイが返すのは沈黙だ。

 だが、その沈黙が意味するのが何なのかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかだった。

 やはりレイが予想した通り、この世界においてケンタウロスは決して覇権を担っている種族という訳ではないのだろう。

 勿論、ザイやドラット、それ以外にも多くのケンタウロスの様子を見る限り、強力な種族であるのは間違いないのだろう。


(となると、考えられるのはドラゴニアスとかいう連中が最近この草原にやって来て、それにケンタウロスの領土……というか、活動範囲を占領されてるとかか?)


 そんな疑問を抱くレイだったが、その短い間にも事態は進む。


「羊や山羊、牛といった動物が暴れないように落ち着かせろ!」

「女子供はすぐに避難出来るように準備をするんだ!」


 ケンタウロス特有の素早さで集落の中を走りながら、何人もの男達がそう叫ぶ。

 その声を聞いた者達は、皆が恐怖を堪えながらも自分のやるべきことをやる。

 まだ小さな子供……それこそ先程レイと話した子供と同年齢の、もしくは年下と思われるケンタウロスですら、それぞれ自分のやるべきことをやっていた。


(混乱してる奴がいない訳でもない。けど、それでもこの様子を見る限りでは集落全体が十分に落ち着いていると思ってもいいだろうな)


 そんなケンタウロスの集落の様子を一瞥したレイは、視線をザイに向けて口を開く。


「さて、じゃあ俺達も行くか。一体どんな奴が攻めて来たのかは分からないが、俺がいる以上は撃退出来るというのは決まっている」

「おい……」


 レイの言葉に、ザイは何かを言おうとする。

 ザイとしては、この一件にレイは関わり合いがない以上、出来ればレイにはこの一件に関わって欲しくはなかった。

 だが、レイはそんなザイの気持ちなど知ったことかと言わんばかりに、セトと共に周囲の様子を確認し、武装したケンタウロス達が向かっている方に進む。

 別にレイも、何の狙いもなくこの集落の為に戦おうとしている訳ではない以上、ザイがそこまで気にしなくても……というのが、正直な気持ちだった。


「気にするな。俺も別に何の狙いもなくこんなことをする訳じゃない。あくまでも、俺にとって利益があるからこそ、手を貸すんだ」

「……」


 レイの言葉を信じるかどうか迷い……やがて、ザイは頷く。


「分かった、それでいい。だが、出せる報酬はそう多くはないぞ」

「ああ、それで構わない」


 寧ろ、レイにとっては報酬を貰えるということそのものが予想外だった。

 しかし、レイはいつまでここにいるのかというのは分からない。

 そうである以上、この辺りで流通している金があれば、それはレイにとっても大きな利益となる筈だった。


(出来れば何らかの珍しい素材があれば、グリムも喜ぶだろうけど)


 レイがこの世界にいることが出来るのは、グリムによってこの世界に繋がっている穴が固定されているからというのが大きい。

 そうである以上、何かグリムが喜ぶようなものがあれば、出来るだけ手に入れておきたかった。


(ドラゴニアスってのが何なのかは分からないけど、出来ればモンスターとかだったりすればいいんだけどな。グリムのことだから、異世界のモンスターともなれば喜んで研究するだろうし)


 アナスタシアとはまた違った意味で好奇心の強いグリムだ。

 ドラゴニアスという存在がモンスターかどうかも分からないので、今の時点でそれを考えても意味はないのだろうが。


「ザイ、これから一緒に戦うんだし、ドラゴニアスというのがどんな存在なのか教えてくれ」

「あの連中は……侵略者だ」


 苦々しげな、それこそ奥歯を噛みしめるかのようにザイが呟く。

 その言葉は、レイにとってもザイが何を思っているのかというのを予想するのは難しくはない。


「侵略者? 今まではこの周辺に……草原にいなかったのか?」

「そうなる。少し前からやってくるようになった」


 少し前からというのは、具体的にどのくらい前だ?

 そう思わないでもなかったが、この世界でどのような暦が使われているのか分からない以上、聞くことは出来ない。

 季節ならと思わないでもなかったが、この世界でも、そしてこの草原でも四季があるのかどうかは分からない。


「それで、ドラゴニアスの侵略ってのは? 向こうも草原で家畜を飼ったりしてるのか?」


 この草原で侵略をしてくるという者がいるのなら、それこそ草原という地域を必要としている者がいるのではないか。

 そして、草原を必要するのはやはり家畜に……羊や山羊、豚、牛、馬の餌として草原の草を必要としているのではないか。

 そう思ったのだが、レイの予想はザイによって否定される。


「違う。奴らが求めているのは、俺達だ」

「……俺達?」


 繰り返すように尋ねるレイの言葉に、ザイは頷く。


「そうだ。ドラゴニアスは肉食だ。その餌として、俺達が飼っている家畜を欲している」


 ザイの説明に、レイはなるほどと納得する。

 俺達という言葉から、もしかしたらドラゴニアスはケンタウロスをも捕食対象としているのではないかと、そう思ったのだ。


(この場合、正確には俺達が飼っている家畜だというのが正しいんだろうな)


 そう思いつつも、今の様子を見る限りではその件については言わない方がいいだろうと判断し、話の先を促す。


「けど、家畜を欲しているにしても、それなら別にわざわざこの集落を襲わなくても、自分達で家畜を飼えばいいんじゃないか? 幸いにして、ここは草原だ。餌には困らないだろ」

「俺もそう思うし、向こうにそう提案もした。だが……連中は自分達で育てるような真似はせず、他の者から奪うということを尊いものとして認識している」

「それは……また……つまりは盗賊か」


 レイの認識では、そのような者達はただの盗賊という認識となる。

 そして相手が盗賊となれば、盗賊喰いとも呼ばれるレイだけにやる気が満ちてきた。


「待て。残念ながら、ドラゴニアス達は盗賊のような一面もあるが、盗賊という訳ではない」

「……何でだ? 力で強引に奪っていくんだろ? なら、盗賊と呼んでもおかしくないと思うが」


 そう言いながらも、レイは盗賊という言葉が通じたことに気が付く。


(妙に言葉の意味が通じるな。これって、一体どうなってるんだ? もしかして……この世界にも、過去に日本人が来てたとか、そういう感じか?)


 そんな疑問を思うが、今はそれよりも先に考えるべきことがあるだろうと判断し、ザイに話の先を促す。


「盗賊というのは、食料以外にも高価な代物、もしくは女といったものを奪っていく。だが、ドラゴニアス達が奪っていくのは、あくまでも食料だけだ」

「……そうなのか?」


 その言葉を聞いた瞬間、レイの中にあったやる気が多少ではあるが落ちる。

 レイが盗賊狩りを趣味としているのは、その方が効率的に稼ぐことが出来る為というのもある。

 どちらかと言えば、マジックアイテムの方が目的だったりするのだが。

 盗賊が商人を襲い、そんな盗賊をレイが襲って商人が持っていたマジックアイテムを入手する。

 勿論、レイが商人を意図的に襲わせているということではなく、あくまでも偶然そのような形になっているだけだ。


「つまり、もしドラゴニアス達を倒したとしても、何らかのお宝を得たりは出来ないのか? まぁ、この辺りでは盗賊を倒した場合にどうなるかってのは分からないが」

「そうだな。敢えて得るものとなると……ドラゴニアス達が支配していた土地だろう。もっとも、その土地に住む生き物の大半はドラゴニアス達に喰い殺されているが」

「それはまた……どこまでも貪欲というか、食欲に忠実な連中だな」

「ああ。だからこそ、その場に存在する食える物は全てを食いつくし、そして食う物がなくなれば次の場所に向かう」

「それで、ドラゴニアスが次に目を付けたのが、ここな訳だ」


 レイの言葉に、ザイは真剣な表情で頷く。

 そんなザイを見ながら、この集落に何故これだけのケンタウロスが存在しているのかというのも納得出来た。

 つまり、既にドラゴニアス達に襲われ、逃げてきたケンタウロスがここに集結したのだろう。


(それでドラットもああいう態度だったのか? ……最初からそういう性格だったって可能性も十分にあるけど)


 ザイの話を聞く限りでは、この草原においてケンタウロスは最強の存在だった。

 だが、ドラゴニアスによって多くの集落が壊滅し……つまり、ケンタウロスよりも強い存在が現れたということが、ドラットにとって気にくわなかったのではないか。

 だからこそ、ああした態度だったのではないかと思っても、おかしくはない。

 とはいえ、レイがそれを考慮してやるような必要などないのだが。


「ともあれ、ドラゴニアスとやらを倒せればいいんだな?」

「……そうだ。だが、ドラゴニアスは常に飢えている。それこそ、幾ら食べても全く満足しないようにな。それでいて身体が大きく、一人が食べる量も多い」

「うわぁ……」


 巨大な身体である以上、食べる量が多いというのは理解出来る。

 だが、そのような……レイから見ても大きいと言えるケンタウロスが身体が大きいと表現するような者が大勢、満足感を得ることなく食べ続けているというのは、一体どれだけの食べ物が必要なのか、と。

 そんな話をしながら、レイとセト、ザイ、それからザイの仲間達は集落の外に到着する。

 既に集落の外では、ケンタウロスの男達が……いや、女であっても戦える者は全員がそこに集まっていた。

 ケンタウロス達が見ている方向に視線を向けたレイは、多数の土煙が近付いてきているのを見る。

 その土煙で具体的にドラゴニアスが一体どのような姿をしているのかは分からない。

 だが、周囲にいるケンタウロス達の表情を見れば、ドラゴニアスが決して余裕を持ってどうにか出来る相手ではないというのは明らかだ。

 ここにくるまではレイに色々と説明していたザイも、今は真剣な表情で土煙の方を見ている。


「さて。……ザイ、一応聞くけど、ドラゴニアスに話は通じないんだよな?」


 レイの言葉に、一体何を言っている? といった視線を向けるザイだったが、レイがこの辺りのことについて疎いということを思い出したのか、頷く。


「そうだ。連中は言葉も使わず……いや、独自の鳴き声で意思疎通をしているのを考えると、それが言葉と言えるかもしれん。しかし、こちらとの意思疎通は出来ない」

「そうか。もう一つ。草原が燃えたりした場合、この集落に悪影響はあるか?」

「ある。だが、ドラゴニアスから受ける被害に比べれば些細なものだろう。最悪、集落ごと移動すればいいだけだしな」


 そう確認を取ってから、ミスティリングからデスサイズを取り出し呪文を唱え始める。


『炎よ、汝のあるべき姿の一つである破壊をその身で示せ、汝は全てを燃やし尽くし、消し去り、消滅させるもの。大いなる破壊をもたらし、それを持って即ち新たなる再生への贄と化せ』


 レイの魔力によって凝縮された火球が生み出され、周囲の……いや、付近にいる全員のケンタウロスの視線を浴びながら、レイは魔法を発動する。


『灼熱の業火!』


 その言葉と共に、火球は土煙のある方に向かって飛んでいく。

 かなりの距離があるのだが、それでも火球はそのまま飛び続け……やがて、爆音と共に灼熱の地獄を生み出すのだった。

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