第2201話

 建物から出たレイは、近付いてきたセトと一緒にラザリアが隠れている場所に向かう。


「そう言えば、今回は敵がやって来ることはなかったんだな。少し暇だったか?」

「グルゥ」


 レイの問いに、セトは喉を鳴らして返事をする。

 レイが言った通り、建物の外に転がっているのはレイが建物に近付いた時に攻撃してきた敵だけで、それ以外の黒装束達はいない。

 青の槍のアジトを襲った時は、レイが建物の中で暴れている間に外にいた青の槍のメンバーがアジトにやって来て、その結果としてセトによって倒されていたのだが……幸か不幸か、今回はそのようなことはなかったらしい。


「まぁ、ニナッシュにしてみれば、これ以上黒き幻影の黒装束達が殺されたり怪我をしなくてすんだんだから、運がよかったのか」


 そう呟いたレイは、そう言えば警備兵や騎士に黒装束達が何人も捕まっていたなと、そんなことを思い出す。

 ニナッシュ達がギルムから撤退するとなると、捕まっていた黒装束達はどうなるのか。

 普通に考えれば、捕まっている黒装束達を助けるというのはまず不可能だ。

 いや、あるいはどうにかすれば数人程度なら助けられるかもしれないが、全員を助けるというのはまず不可能だろう。

 そうなると、一体どうなるのか。

 そんな疑問がレイの中に浮かぶが、黒装束達がどうなろうと自分には関係ない。

 そう判断し、捕まっている者達に対してニナッシュの判断に任せることにする。

 もっとも、捕まっている黒装束達を助けるとすれば、黒き幻影は今よりも大きなダメージを受けることになるのは間違いない。

 そうなると、それこそギルムからの脱出がより難しくなるだろう。


(可能性が高いのは見捨てることだけど、下にあれだけ慕われているニナッシュだ。そう考えれば、あっさりと見捨てたりとか、そういうことはないと思うんだが。……正直なところどうなんだろうな)


 疑問を抱くレイだったが、すぐにその件は気にしないことにした。

 結局のところ、現状でどう動くのかを考えるのはニナッシュで、レイがそれに関わる必要は特にないのだから。


「レイさん、終わったんですか?」


 ラザリアが隠れている場所までやってくると、そう尋ねてくる。

 その表情にあるのは、驚きだ。

 ……普通なら、青の槍という組織を潰した直後に黒き幻影という別の組織を潰したりするというような真似は出来ないのだから当然だろう。

 もっとも、レイとセトを普通という言葉で言い表すのは、まず不可能なのだが。


「ああ。ただ、全員を殺した訳じゃない。ニナッシュという黒き幻影を率いている人物が降伏してきたから、交渉である程度どうにかなった」


 そう告げ、レイはラザリアに事情を説明する。

 ……すると、ラザリアの視線に呆れの色が混ざったのは、決してレイの気のせいではないだろう。


「その……えっと、僕にはよく分かりませんが、それがレイさんの流儀なら、それはそれでいいんじゃないかと」


 何かを誤魔化すようにそう告げるラザリアだったが、レイも何となくラザリアが言いたいことは分かるので、それ以上の追求はしない。


(取りあえず黒き幻影って組織を滅ぼす……訳じゃないけど、ギルムから追い払うことには成功したんだから、問題ないだろ。もっとも、一度撤退したからといってもう二度とギルムに来ないとは限らないけど)


 ニナッシュでは、組織の運営を上手く出来なかった。

 なら、もっと有能な別の人物に任せてギルムに支部を作ろう。

 ニナッシュの上司がそのように考えても、おかしなことはない。

 もしギルムがそこまで旨みのない場所であれば、再度派遣するといった真似はしないだろう。

 だが、ギルムはミレアーナ王国唯一の辺境として、様々な旨みがある。

 ましてや、街から都市に規模を拡大しようとしているのだから、尚更だろう。

 ともあれ、レイとしては別に再度黒き幻影がギルムに手を伸ばしても、自分にちょっかいを掛けてくるようなことがなければ、特に気にしたりはしない。

 それこそ、裏社会の組織同士で上手くやってくれといったとろだ。


「ともあれ、黒き幻影という名前の割には俺とセトに違和感を与えたのは、この組織じゃなかった。そうなると、他の組織になる訳だが……次の組織のアジトまでは近いのか?」

「えっと、そうですね。青の槍のアジトからここまで移動したよりは近いと思います」

「そうか。なら、続けて案内を頼む。……もうあまり数は回れないだろうから、少し急いだ方がいいのかもしれないな」


 レイとしては、出来れば今日で自分にちょっかいを掛けてくる組織は全滅させたいという思いがあった。

 だが、夜になればそれは裏の組織の本領が発揮出来る時間だろう。

 また、レイも組織を潰す以外にも色々とやるべきことがある。

 生誕の塔の護衛だったり、ウィスプの研究をしているアナスタシア達を迎えに行ったり、樵達が伐採した木を回収したり……といった具合に。

 また、明日以降になれば当然のように組織も防御を固めるだろう。

 今も青の槍と黒き幻影が襲われたという情報は入っているだろうが、その防御は必ずしも万全ではない。

 だが、そこに一晩という時間が入ってくると、その防御を存分に固めることが出来る。


「分かりました。では、行きましょう。僕も、出来るだけ早くそういう組織がなくなった方が嬉しいですし」


 そう告げる様子からは、レイに向かってお世辞を言ってる訳でもなく、本当にそのように思っている様子が窺えた。

 自分も黒犬という裏の組織に所属しているのに、そこまで強く新興の組織を嫌っているのはレイにとっても多少の疑問ではある。

 とはいえ、敵対している組織を潰すのは、レイにとっても問題はない。


「頼む」


 短く一言を告げると、ラザリアは次の組織のアジトに向かって歩き出す。

 当然のように、今回も大きな道を進むのではなく、細い道を進む。

 今回の一件は、敵に見つからないようにして移動する必要があった。


「それで、次はどんな組織だ?」

「風の牙という組織で、暗殺者を多く抱え込んでいる組織です」

「……青の槍と黒き幻影にも、暗殺者はいただろ?」

「そうですね。ですが、風の牙は元々が暗殺者の派遣を主体とした組織構成なので、当然のように多くの暗殺者が所属しています」

「また、厄介そうな組織だな」


 裏の組織だけに、力というのは大きな意味を持つ。

 そういう意味では、暗殺を主にしている組織が強い影響力を持つといのは、当然のことだったのだろう。

 だが、それが当然であっても、それと戦うレイとしては遠慮したいという思いがあるのも事実だった。

 ……とはいえ、だからといって自分を狙っている組織を相手に妥協するかと言えば、その答えは当然否なのだが。


「よし、とにかく行くか。……時間を考えると、その組織ともう一つ二つ組織を潰すのが精々か?」

「普通、そんなに簡単に組織を潰したりといった真似は出来ないんですけどね」


 若干の呆れと共に、ラザリアはレイを案内する。

 レイもそんなラザリアに適当に言葉を返しつつ、細い道をサイズ変更で小さくなったセトと共に進み……


「あそこです」


 やがてラザリアが足を止め、一つの建物を示す。

 その建物は、広さ的には黒き幻影が拠点としていた建物よりは狭そうに見える。

 しかし、レイの目を引いたのは建物の周囲にいる護衛……ではなく、建物の近くで力なく座っているように見える者達だった。

 一見すると、スラム街によくいる気力のない者のように見える。

 だが、見る者が見れば、その者達が明らかにただの一般人ではないことに気が付くだろう。

 微かな身体の動かし方や、視線の向け方、それ以外にも雰囲気そのものが、そこら辺の者と一緒のようには思えない。

 あるいは、そのような者が一人だけなら、元冒険者ということで納得したかもしれない。

 しかし、十人近い人数全員がそのような者だとすれば、そこには違和感しか存在しなかった。

 そして暗殺を主にした裏の組織のアジトにそのような者達がいるとなれば、それが一体どのような役目を負ってるのかは考えるまでもないだろう。

 一応、といった様子で建物の側に護衛の者がいるが、それはあくまでもブラフ、本来の護衛から注意を逸らす為の存在でしかない。

 ……レイはそう判断し、ラザリアに視線を向ける。


「この組織は今までとは少し違うらしい。結構な腕利きが揃ってるみたいだから、お前は今までよりもしっかりと隠れてろ」

「はい」


 レイの顔に真剣な色を見たのだろう。ラザリアもまた、真剣な顔で頷く。

 そうしてラザリアが離れたのを見て、次にレイはセトに視線を向ける。


「セト、まずは俺があのいかにもな見張りに声を掛ける。そうすれば、多分あの周囲にいる暗殺者達が襲い掛かってくると思うから、お前は俺がそいつらと戦っている中で相手を背後から襲ってくれ」

「グルゥ……」


 いつものように、分かった! と元気に喉を鳴らすのではなく、レイのことを少し心配する様子で喉を鳴らすセト。

 レイの実力は十分に信頼しているのだが、それでも相応に腕利きの暗殺者と思しき者達がいる中で、レイを囮にするような真似をして大丈夫なのかと、そう思ったのだ。


「それにしても、おかしいですね。僕が聞いた話だと、風の牙は腕の立つ暗殺者がいるって話でしたけど、レイさん達が警戒するような技量の持ち主がそんなに大量にいるって感じではなかったんですけど」


 レイとセトの話を聞いていたラザリアがそう呟くが、実際にいる以上はどうしようもないだろうと判断し、ラザリアに声を掛ける。


「それは風の牙の情報操作が上手かったってことだろ。もしくは、新興組織が襲われているのを知って、緊急に戦力を集めたのかもしれないし」


 暗殺を中心とした組織なら、腕の立つ者を隠していてもおかしくはない。

 もしくは、どこかから派遣して貰ったのか。

 基本的に新興組織は他の組織とはとてもではないが友好関係にはないのだが、商売は商売と割り切っている組織であれば、金を積むことによって戦力を派遣してもらうというのは出来なくもない。

 そのような手段で戦力を集めたのではないか、というのがレイの予想だった。


「そう、ですか? うーん、でも……」


 レイの言葉に、ラザリアは納得出来なさそうな様子を見せる。

 だが、それ以外に説明が付かないというのも事実である以上、この状況では何も反論は出来ない。


「じゃあ、行ってくる。しっかり隠れてろよ。……セトも、頼むな」


 そう告げ、レイは風の牙の建物に歩き出す。

 建物を守っていた者達は、やはりそこまで情報を知らされていないのか、近付いてくるレイを見て嗜虐的な笑みを浮かべる。

 レイがレイだと知らず……それこそ世間知らずの男が近付いてきたと、そう思ったのだろう。


「おいおい、一体何の用件だ? ここがどこか知ってるのか? ……おっと、もう逃げようとしても無駄だぞ。お前は牙に噛み砕かれるんだよ、風の牙って牙になぁっ!」


 そう言いながら、男は持っていた短剣をレイに投擲する。

 腐っても暗殺者の組織の一員と言うべきか、投擲された短剣はそれなりの速度でレイの右肩に向かって飛ぶ。

 だが、レイはあっさりと自分に向かって来た短剣を右手で摘まみ取る。

 摘まみ取りながら、アジトの周囲にいる暗殺者達の様子に意識を向け……周囲にいた男女合わせて十人程が動き出すのを察知する。


「ば……」


 短剣を投擲した男は、余程自分の技量に自信があったのだろう。

 レイが投擲した短剣をあっさりと摘まみ取ったことに、大きく目を見開く。

 そんな男は気にせず、レイは手の中にある短剣を投擲するかどうか考え……どうせならということで、背後から襲ってきた相手に対する武器として使うことにする。

 つい数秒程前までは、やる気のないスラム街の住人らしかった者達だったが、近付いてくる足音は素早い。

 それが、一体どれだけ周囲にいた者達の技量が立つのかを示していた。

 そこでようやく風の牙の護衛、もしく見張りをしていた男の一人が近付いてくる存在に気が付き……


(驚愕?)


 その表情に浮かんでいるのが驚愕だと知り、レイは疑問を抱く。

 だが、背後から迫ってきている者達の足音はもうかなり近付いており……その疑問を解消するような暇はない。

 多数の者達が一度に襲い掛かってくるのだろうと判断し、レイはそんな相手に向かってタイミングを合わせて短剣を振るおうとし……近付いてきている者達が自分に向けて殺気の一つも発していないことに気が付く。

 勿論、技量が高い暗殺者なら殺気を発しないままに相手を殺すということも出来るし、今のレイは違和感によって殺気を上手く感じ取れないようになっている。

 だが、それでも……そう、それでも今の状況に少し疑問を抱き……次の瞬間、近付いてきた者達が一斉に短剣を振るう。

 レイではなく、風の牙のアジトを守っていた男達に。


「……え?」


 レイの口からは、予想外の展開に驚きの声が漏れるのだった。

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