第2164話
ドーラット伯爵家のヴィーンは、国王派。
そうダスカーに聞かされたレイは、何と言えばいいのか迷う。
正直なところを言わせて貰えば、最近のレイにとって国王派というのは不愉快な相手でしかない。
だが同時に、国王派の全てが不愉快な相手ではないというのも理解している。
「それで、その……この場合どうするべきだと思います? 生誕の塔にやって来た貴族は捕らえているので、向こうに馬車を派遣すれば、すぐに連れてくると思いますが」
「そうだな。……取りあえず、その貴族を確保しておくのは必須だ。すぐにでも馬車を向こうに送ろう。護衛の兵士や騎士も必要になるな」
「……ヴィーンという人物が動くと思いますか?」
「どうだろうな。あの爺さんはそれなりに頭が回る。ここでわざわざ自分で危ない橋を渡るような真似をするとは思えん。もし動くとすれば、ヴィーンの意を汲んだ者だろうな。それも、出来る限り外部の者を使う筈だ」
外部の人間。
そう言われてレイが思い出したのは、湖と生誕の塔を偵察に来た黒装束の者達だ。
そして、ギルムに護送中に襲ってきた、こちらもまた黒装束の者達。
一番最近にレイが戦った外部の者……つまり、何者かに雇われた存在として思い出すのは、そのような者達だ。
だからこそレイはもしかしてヴィーンとあの黒装束の者達が繋がっているのではないかと、そう思ったのだが……残念ながら、それを証明する物は何もない。
「ダスカー様、あの黒装束の連中……何か吐きましたか?」
「いや、まだそのような報告は……あの連中もヴィーンの仕業だと思うか?」
「可能性としては。黒装束の連中が湖や生誕の塔を偵察に来て、それから数日も立たないうちにあの貴族がやって来たのを思えば、それを偶然ですませるには……」
レイの言葉に納得するように頷いたダスカーだったが、次の瞬間にはふと何かに気が付いたように口を開く。
「待て、偵察に来た黒装束の者達は、全員レイが捕まえたのだろう? であれば、ヴィーンが湖や生誕の塔についての情報を持っているのはおかしくないか?」
普通なら、味方が捕まったのを確認したら、遠くからそれを見ていた別の者がその場を離脱したと、そう考えてもおかしくはない。
だが、レイとセトがいる時点で、ダスカーはその可能性を既に捨てていた。
それだけ、レイとセトの能力を信用しているのだろう。
「そうですね。その辺だけは疑問ですが、それでも今の状況を考えると、黒装束達とヴィーンが繋がっている可能性が一番高いと思います」
情報を得た方法はレイには分からなかったが、この場合はレイが知らない何らかの情報源があるか……もしくは、レイとセトに察知されないだけの凄腕がいるか。
(まさか偶然ってことは……ないよな? あの貴族は明らかに生誕の塔について知っていたみたいだったし。それに、俺はともかくセトに気が付かせないような能力の持ち主という時点で、正直微妙な気がするし)
レイにしてみれば、ヴィーンという人物に直接会ったことはない。
だがそれでも、ダスカーから話を聞いている限りでは、とてもではないが自分やセトにも見つからないように行動出来るような凄腕を雇えるようには思えない。
相応の報酬があれば、話は別なのだが。
「ともあれ、ヴィーンという人物が怪しいのは間違いありませんけど、どうします?」
「どう、と言われてもな。明確な証拠の類もない以上、こちらから明確に何か出来る訳ではないというのが正直なところだ。……勿論、ただ黙ってみているという事はしない。しっかりと見張ってはおくがな。エッグの方も今は色々と忙しいが、この状況で放っておく訳にもいかないだろう」
エッグというのは、元々草原の狼という盗賊を率いていた人物ではあったのだが、その盗賊団が非道な……それこそ、レイが半ば趣味として狩るような盗賊ではなかった。
そのお陰でエッグはレイに狩られるようなことはなく、最終的にはダスカーに気に入られたことにより、現在はギルムの裏の仕事を任されている。
そんなエッグではあったが、今のギルムは裏の面でも相当に忙しい。
多くの人が集まるということは、その中にはダスカーと敵対する勢力の手の者もいたり、裏の組織に関係する何かがあったりと、色々とある。
だからこそ、今の状況ではそちらの対処に手一杯で、手の空いている者は殆どいないだろうというのは、レイにも容易に予想出来た。
だが、ヴィーンの件を考えると、やはりここではエッグに……本人は無理でも、エッグの手の者に出て貰う必要はあった。
それで何らかの証拠を掴めれば、ダスカーもヴィーンに対して堂々と動くことが出来るだろうし、場合によっては国王派に抗議することも出来るだろう。
「そう言えば、国王派ということなら、この前俺に接触してきた王族の手の者に関しては、どうしたんです? そっちから手を回して貰えばいいのでは?」
「それは少し難しいだろうな」
レイの口から出た提案に、ダスカーは首を横に振る。
その理由を知りたかったレイだったが、ダスカーはその理由を口にする様子はない。
恐らく自分は知らなくてもいいこと……もしくは、知らない方がいいことなのだろうと判断し、それ以上突っ込むのを止めておく。
王族直属の部下となると、レイが考えても明らかに面倒なことしか思いつかない。
色々とトラブルに巻き込まれることが多いレイだったが、それが王族といった問題になってくると、とてもではないが自分からトラブルに巻き込まれたいとは思わない。
だからこそ、王族の関係については沈黙を保つ。
「うーん、そうなると……エッグが見ていても、いつ敵が……ヴィーンが動くか分からないというのが、痛いですね」
明確に動くと分かっているのであれば、レイとしてもそれに対処することは出来る。
だが、いつ動くのか。何を理由に動くのか、どこを狙って動くのかということが分からなければ、それに対処するのは難しい。
それでもセトと一緒にいるので、その機動力を使えば他の者よりは素早く対処出来るのだが。
「そうだな。今回の一件を聞く限りでは、あくまでもこちらの出方を見るというのが狙いだった筈だ。そうなれば、次も大人しくこちらに攻撃をしてくるかどうかは……」
そこまで言ったダスカーは、首を横に振る。
この状況で、敵がこちらの予想通りに動いてくれるとは、到底思えない。
「今回はリザードマンを狙ってきましたが、緑人を狙われると厄介ですしね」
リザードマンは、本人達が相応の強さを持つ。
客観的に見た場合、ゾゾもかなり強いが……そんな中でも、ガガは別格と言ってもいい。
模擬戦でレイとそれなりにやり合えるだけの実力を持っているのだから。
そんな強さを持つ相手だけに、それこそ余程の腕利きを送らなければ、どうすることも出来ない。
だが、相応の強さを持つ者が多いリザードマンに比べて、緑人は違う。
平和主義とでも言うべき行動原理を持ち、攻撃された場合に対処出来るかどうかと言われれば、それは非常に難しい。
それでいながら、植物を生長させるという能力を持つ。
ヴィーンという人物の性格から考えれば、こちらに手を出さない筈がないだろうというのが、レイの予想だった。
ダスカーも当然のように、そんなレイの言葉には納得出来るものがあったが、特に落ち込んでいる様子はない。
「その辺は気にしなくてもいいぞ。緑人はギルムにとっても非常に重要な者達だから、護衛はつけてある」
ぬかりない。
一瞬そう思ったレイだったが、緑人に協力して貰って香辛料の類を栽培しようと考えているダスカーにとって、平和主義の緑人に護衛をつけないという選択肢は存在しない。
「そうですか。なら、そっちの心配はいりませんね。……そうなると、次の問題としては生誕の塔の護衛をこれ以上増やすかどうかですが……どうします?」
「どうすると言われてもな。今の状況でもギルドには相当の無理をさせている。これ以上の冒険者を回すのは……難しいな」
「アナスタシアの護衛はどうします? 一応今は助手のファナがいますから、無防備ではないですけど。それに、地下空間と生誕の塔の間は俺とセトが送り迎えしてますし」
「そうか。それは助かる。……彼女はその、優秀だが色々と個性的だからな。気をつけてやってくれ」
「個性的……あの集中力ですか? 集中力が高すぎて、突然突拍子もない行動を取るとか」
ウィスプを観察している最中、集中しすぎて我知らずそっと手を伸ばしたのを、レイは見たことがある。
そのような奇行を他にも行ったりするようなことがあれば、それは色々な意味で危険だろう。
もっとも、アナスタシアも自分でそれが分かっているからこそ、ファナを連れていったのだろうが。
「うむ。まぁ……その、色々とあるが、非常に優秀な人物なのは間違いない。信頼も出来るしな」
今回の場合、信頼出来るというのが大きいのだろう。
レイもアナスタシアと出会ってからまだそれ程経ってはいないが、信頼出来るというのは、何となく理解出来た。
「分かりました。取りあえずアナスタシアの件は任せておいて下さい。俺も、あのウィスプをきちんと研究して貰わないと困りますしね」
「……困る? 何故困るんだ?」
口を滑らせたレイは、少しだけ動揺する。
レイがウィスプの研究を続けて貰いたいのは、日本に行くことが出来るかもしれないと、そう思っている為だ。
だがダスカーが知っているレイの素性は、師匠に山奥で育てられたというカバーストーリーだけだ。
だからこそ、レイが何故ウィスプについて研究して貰わないと困るのかと、疑問に思う。
レイにとって幸運だったのは、今までの付き合いからダスカーがレイという人物を信じていたことだろう。
幾つも無茶な依頼をして、それをこなしてきてくれた相手だけに、例えば何らかの理由で自分を裏切る……などといったことは、まず考えていないと思えた。
「異世界のマジックアイテムや未知のモンスターの魔石を手に入れられるかもしれないじゃないですか。まぁ、中にはリザードマン達のような存在もいますけど」
取りあえず、そう誤魔化す。
とはいえ、それは決して出鱈目という訳ではない。
実際に今回の一件で異世界からマジックアイテムや未知のモンスターがやって来ることを期待している点もあるのだから。
もっとも、折角未知のモンスターがやって来ても、湖のモンスターのように魔石を持っていないようなのもいるのだが。
「そうだな。リザードマンのような知性があって、こちらと交渉出来るような相手が出て来た場合は、まず話し合いをしてくれると助かる」
半ば冗談めかして言っているが、半分は本気だ。
もし相手がこちらと意思疎通出来る相手であるにも関わらず、問答無用で攻撃をするようなことがあった場合、それが原因で最悪の結果を招く可能性もある。
それこそ、リザードマン達が所属するというグラン・ドラゴニア帝国のような存在が転移してきて、戦争になるといった具合に。
そのようなことになった場合、間違いなくダスカーは責任を取ることになる。
だからこそ、リザードマンや緑人達のような存在との接触は慎重に進める必要があった。
……もっとも、レイがリザードマン達と最初に会った時は戦いになったのだが。
それでも友好的な関係を築くことが出来ているのは、ある意味で幸運だった。
「ともあれ、アナスタシアとファナにはしっかりとウィスプを研究して貰う必要がありますね」
「そうだな。……出来れば、俺もその地下空間を一度見ておきたいのだが……」
「それは難しいんじゃ?」
即座にレイが告げる。
現状、あの地下空間については可能な限り知っている者は少ない方がいい。
何しろ、現在知っているのはレイとその仲間達、グリム、それとアナスタシア、ファナ、ダスカーの三人だけだ。
それだけ重要な秘密ではあるのだが、そうである以上、地下空間を他の者にそう簡単に教える訳にはいかない。
そうなると地下空間に行く時はダスカーだけ……もしくは護衛につくとしてもレイ達だけとなる。
領主の館にいる騎士達にしてみれば、自分達がいるのにダスカーの護衛が出来ないというのは、プライドを傷つけることになるだろう。
勿論、いざという時であれば話は別だが、今はそのいざという時ではない。
だからこそ、今回の一件では色々と気を遣う必要があった。
……もっとも、ダスカーとしては純粋に自分も地下空間を見てみたいという好奇心があったのは、間違いないが。
「むぅ……それはそうだな。……仕事もあって、そんな時間もとれないし」
強面のダスカーにしては、珍しくがっかりとした表情を浮かべるのだった。
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