第2145話
馬車を襲ってきた敵を全て倒し……そこで問題が起こる。
「で、この連中をどうする? いや、このままにはしておけないし、ギルムまで連れていく必要はあるんだろうけど」
黒装束の中には死んだ者も多いが、生きている者もそれなりにいる。
それだけに、そのままには出来なかった。
「うーん、どうするって言ってもな。馬車にはもう乗せられないぞ?」
それはレイにも分かっていた。
今回の一件の大元となった、湖や生誕の塔への偵察しに来た者達だけで、既に馬車は一杯なのだ。
この状況で生きている者を連れていくのなら、それこそ馬車で強引に連れていく必要がある。
「なら……あ、俺達が考える必要もなくなったな」
こちらに近づいてくる兵士達の姿が目に入り、レイがそう呟く。
考えてみれば当然なのだが、ここはトレントの森に続く道ではあるが、同時に街道からも見える場所だ。
そのような場所で大立ち回りをやれば、当然のようにそれは街道を進んでいる者達に見られることになる。
その上で、セトの王の威圧を使ったことによる雄叫びは、街道を進んでいる者達にも聞こえていた。
そうなれば、当然のようにそのことに気が付いた者は、ギルムの警備兵に知らせる者もいるだろう。
そして警備兵が事情を聞けば、そこに駆けつけるのは当然だった。
「レイ! 一体これは、何があったんだ!?」
警備兵にしてみれば、レイとセトは顔馴染みの相手だ。
レイだけであれば、ドラゴンローブで遠くから見た場合はそれが誰なのかは分かりにくいが、セトが近くにいれば、それが誰なのかは容易に理解出来る。
だからこそ警備兵は、レイの名前をすぐに呼んだのだ。
「トレントの森で怪しい奴を捕らえて、それを騎士団に引き渡そうとして運んでいたところで、捕らえられた連中を助けようと思って襲い掛かってきたから、それを迎撃した」
単純に事情を説明するレイ。
実際にその言葉は間違っていない。
それを聞いていた警備兵は、騎士団に連れていくというところで、少し疑問の表情を浮かべる。
「騎士団に? 俺達じゃないのか?」
普通なら、犯罪者の類は警備兵の担当だ。
当然レイもそれは知っている筈であり、それなのに何故そのような真似を? と、そう警備兵が疑問に思うのも当然だろう。
そんな相手に、レイは真剣な表情で馬車を……偵察に来た黒装束達が詰め込まれている馬車を一瞥してから、口を開く。
「ああ。悪いがこの連中は昨夜俺達が捕らえた奴……あの馬車に乗ってるんだが、そいつらの仲間だ。そして騎士団としては、その情報は自分達で何とか得たいらしい」
「……なるほど」
なるほどと納得したように言ってはいるが、警備兵は内心では面白くないと思ってしまう。
とはいえ、騎士団と警備兵では管轄が違う以上、そうなっても仕方がない。
また、管轄が違ってもギルムを守るという意識は同じである以上、自分の面白くないという思いを表に出すことはない。
実際に今のギルムでは警備兵としても人手が足らず、騎士団の騎士に色々と助けて貰っているところがあるのも事実だ。
だからこそ、警備兵も騎士という言葉に素直に頷いたのだ。
「ただ、馬車の中の連中を騎士団に引き渡すのはいいんだけど、ここでまだ生きてる奴も騎士団に引き渡したい。……頼めるか?」
「しょうがないな。レイの頼みだし聞いておくよ。それに、死体の方もいつまでもこのままにはしておけないしな」
春となり、現在は次第に夏に向かって近づいている。
まだ朝や夜はそれなりに涼しいが、日中になると汗を掻くことも珍しくはなかった。
だからこそ、死体をこのままにしておけば、いずれアンデッドになるか、場合によっては疫病となるか。
そうならなくても、腐臭が周囲に漂うようなことがあれば、やはり問題だ。
そうならないよう、死体はなるべく早く片付ける必要があった。
……実際には、レイなら死体をミスティリングの中に収納しておくことも出来るし、警備兵も当然それは知っている。
だがそれでも、今の状況を考えればレイは少しでも早く馬車の中にいる者達を騎士団の下に連れて行った方がいいというのは、間違いなかった。
「ここは俺達が片付けておくから、レイはさっさと行ってもいいぞ。そこに倒れているので生きてる奴がいたら、騎士団に引き渡せばいいんだな?」
「いいのか? 頼む。今度何か差し入れでもするよ」
「そうだな。ガメリオンの肉があったら、頼むよ」
冬しか獲れないガメリオンの肉は、当然のように春となった今では食べられない。
いや、干し肉や塩漬けにして保存食にしたのがあるので、全く食べられないという訳ではないのだが、やはり生の肉を料理して食べるのが一番美味いのは間違いなかった。
「分かった。じゃあ、今度な?」
「え? 本気で譲ってくれるのか?」
警備兵も言ってはみたが、まさか本気で譲ってくれるとは思っていなかったのか、レイの言葉に驚いた様子を見せた。
ガメリオンの肉を欲しいといった警備兵だけではなく、他の警備兵も同様だ。
そんな警備兵達を見ながら、レイは軽く手を振ってから馬車と共にギルムに出発する。
……が、油断はしない。
もうここからギルムまでは、そう離れていない。
だが、このような場所で襲撃をしてきた以上、それこそギルムのすぐ近く……場合によっては、ギルムに入ってから襲撃をしてきてもおかしくはない。
普通ならとてもではないが、そのようなことをするとは思えないのだが、何しろ街道のすぐ側で襲撃をするといった真似をしてきた相手だけに、それこそ何をするのか全く分からないというのが正直なところだ。
(もしかして、実はその辺りを狙ってやってるとか……可能性はない訳じゃないか)
何を考えてここまで大胆に……それこそ無謀と表現するのが相応しいような動きをしているのかは、レイにも分からない。
だが、相手のやってきたことを考えると、馬車にいる黒装束達を騎士団に引き渡すまでは、全く気を抜くことが出来ない。
「あの黒装束達が何をしてくるか分からない以上、くれぐれも注意を怠るなよ」
「ああ。レイとセトも頼む」
実際に襲われたからだろう。御者はレイの言葉に緊張した様子で言葉を返し、馬車を進める。
だが、幸いなことに――それが当然なのだが――ギルムに到着するまでは、特に誰かに襲われるということもないまま、無事に到着する。
ギルムに来たばかりの者であれば、中に入る為の手続きにそれなりに時間が掛かるのだが、レイ達が乗っている馬車はダスカーが有している物で、御者もダスカーの部下だ。
レイも毎日のようギルムに出入りしている以上、手続きそのものはすぐに終わる。
そうして、レイとセトは馬車と共に領主の館に向かう。
途中でセトを見て遊びたそうにしている者もいたが、レイとセトの様子から今は仕事中だというのは分かったのか、ちょっかいを出してくることはなかった。
どこから黒装束が襲ってくるのか分からない今の状況で、それは非常に助かる。
(とはいえ、今のところは襲ってくる気配はない。……普通に考えれば、もう襲撃は出来ないと考えたのか? いや、けどな。ここまで大掛かりにやってしまった以上、ダスカー様だって間違いなく今回の騒動を引き起こした組織に制裁する筈だ。それを考えれば、ここで何らかの動きを見せてもおかしくないんだが)
周囲を警戒しながら進み……だが、結局誰にも襲撃されることはなく、領主の館に到着する。
それが普通ではあるのだが、それでもあの黒装束達の無茶苦茶具合を見ていると、素直に喜ぶことが出来ない。
それこそ、この状況になってもまだ何かあるのではないか、と。
街道の近くで襲ってきたのが、最後の戦力だったという可能性はある。
……いや、寧ろその可能性の方が高い。
だというのに、それでもどこかレイが胸騒ぎを感じているのは、やはりまだ何かがあると、そう予想しているからだろう。
とはいえ、もし何かがあるとしても領主の館に入ってしまえば、もうどうしようもなくなってしまうのも事実だ。
そんな疑問を抱きながら、レイは門番をやっている騎士に声を掛ける。
「よう、怪我はもういいのか?」
その声に答えたのは、数日前に商人に変装した暗殺者に殺されそうになった騎士。
何とも言いがたい微妙な表情と共に、口を開く。
「怪我って、それはレイに蹴られた怪我だろ? 軽い打撲とか、そういう怪我だけど」
暗殺者の短剣から守る為に手っ取り早かったのが、蹴って吹き飛ばすことだった。
それを行ったからこそ、騎士は命を取り留めたのだが、人外の筋力を持つレイの蹴りだ。
咄嗟に手加減をしたとはいえ、多少の打撲程度の怪我は仕方がない。
……金属鎧の上から手加減して蹴られ、それでも打撲を負ったというのが、そもそも異常なのだが。
「……で、だ。この馬車の中にはもしかしたら……本当にもしかしたらだが、あの暗殺者と同じ組織かもしれない奴が詰め込んである」
『何っ!?』
驚きの声を上げたのは、レイに蹴られた騎士だけではなくもう一人の騎士も同時だった。
尚、この騎士もあの暗殺騒動の時ここにいた人物だ。
それだけに、当然暗殺者の件には興味を惹かれたのだろう。
騎士が二人揃って、レイに近づいてくる。
そんな騎士達を、御者は若干呆れた視線で眺めていた。
いや、騎士だけではなくレイもか。
御者もダスカーの部下として、領主の館で働いている身だ。
当然ながら、レイが言っている暗殺者の件についても知っている。
だが、それでも、ここでわざわざそれを言う必要があるのかと、そう思ったのだ。
「言っておくが、馬車の中にいる奴が何か情報を漏らした訳じゃない。あくまでも、俺がそうなんじゃないかと思ってるだけだからな」
「……レイの勘って言われれば、何だかもの凄く当たりそうな気がしてくるのは、俺の気のせいか?」
暗殺者に狙われた方の騎士が呟くと、その相棒の騎士も頷く。
レイがどれだけ活躍しているのかを知っているからこそ、その勘と言われれば不思議と強い説得力があるのだ。
「あー……まぁ、俺の勘についてはどうでもいいから、今はとにかく中に入れてくれ。早く馬車の中の連中を騎士に渡さないとな。それと、後で警備兵が他にも捕らえた連中を連れてくると思うから、そっちの対応もよろしく頼む」
レイのその言葉に、騎士達も自分の仕事を思い出し、すぐに門を開ける。
警備兵の対応についても、仕事である以上は何も問題なかった。
馬車とレイ、セトは門の中に入り……だが、いつもであれば通る領主の館に続く道ではなく、別の道を進む。
その先にあるのは、騎士団の本部。
もっとも、場所としては領主の館のすぐ側なのだが。
当然のことながら、騎士団の本部にも地下牢の類は存在する。
……そんな状況で、何故コボルトに追われた振りをして湖の情報を得た冒険者達が領主の館の地下牢にいたのかと言えば、冒険者達は犯罪者ではなく――トレントの森に勝手に入ったが――あくまでも不運な冒険者という扱いだからだ。
だが、そんな冒険者達と違い、馬車の中にいるのは……そしてこれから警備兵が連れてくるのは、そのような不運な冒険者という訳ではなく、歴とした犯罪者だ。
だからこそ、騎士団の本部に連れて来たのだ。
「どうしました?」
騎士団の本部の前に立っていた騎士が、やって来た馬車に気が付き、近づいてくるとそう尋ねる。
育ちがいいのか、丁寧な口調のその騎士に御者は事情を説明し、それを聞いた騎士はすぐに本部の中に戻っていく。
「さて、取りあえず俺はこれでお役御免だな。後はダスカー様に報告しに行く必要があるけど」
元々、レイがこの馬車と一緒にやって来たのは護衛の意味が大きい。
セトに乗れば、それこそギルムまで数分と掛からずに到着するのだから、馬車と一緒に行動するにはそれくらいしか理由がないのだ。
そして事実、レイが馬車と一緒に来なければ黒装束達の襲撃によって、御者は死んだか……最低でも怪我はしただろう。当然、馬車の中に詰め込まれていた黒装束達は相手に奪い返されて。
だが、その護衛も騎士団の本部まで来れば、もう必要はない。
ギルムの騎士は精鋭として知れ渡っており、暗殺者がどうこう出来る相手ではないのだ。
「助かったよ。感謝する」
御者が短くレイに告げ、それを聞いたレイは軽く手を振りセトと共にその場を離れる。
……とはいえ、セトは当然のようにレイと一緒に領主の館に入ることは出来ないので、いつものように庭に向かったのだが。
レイは道の途中で庭に向かってセトを見送ると、領主の館に向かうのだった。
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