第2116話
「ん? レイ? どうしたんだ?」
殆どの者が既に眠りに就いた中で、まだ起きて何かの話をしていた冒険者がマジックテントから出て来たレイの存在に気が付いて声を掛ける。
そんな冒険者に、レイは特に気にした様子もなく口を開く。
「ちょっと眠れなくてな。本当なら、昨日はクラゲの騒動があったし、眠くてもいい筈なんだけど。とにかく、気分転換と見回りも兼ねてちょっとセトと一緒にトレントの森の方を見て来る」
「は? セトを連れていくのか? うーん、出来ればセトはここにいて欲しいんだけど。なぁ?」
セトを連れていくというレイの言葉に、話を聞いていた冒険者は難色を示す。
これは別にセトに対する独占欲という訳ではなく――その気持ちが全くないかと言われれば、答えは否だが――湖からモンスターが現れた時、真っ先に感じることが出来るのはセトだからというのが大きい。
一応夜に見張りを立ててはいるのだが、そんな見張りよりもセトの方が敵を早く見つけることが出来るというのも事実。
……そのことに、パーティを組む時は盗賊として動く者は何気にショックを受けたりもしていたのだが。
とはいえ、獣人であってもセトの感覚の鋭さには及ばないのだから、元々の能力が違いすぎるのが大きい。
「悪いな。けど、セトも俺が見回りに行くと言えば、一緒に来たいって言うだろうし、その辺は我慢して貰うしかないな」
レイの言葉に、他の冒険者達も黙り込むことしか出来ない。
セトはレイの従魔である以上、ここで自分達が無理を言ってもレイを困らせるだけだと、そう理解している為だ。
「グルルゥ!」
そして実際に、セトもレイと一緒に行く! と元気に喉を鳴らす。
そんなセトに、冒険者達は仕方がないけど、出来るだけ早く帰ってきてくれと言って、引き下がる。
何人か外にいたリザードマン達も、言葉は分からなくてもレイとセトの様子を見ていれば大体何が起きるのかは理解出来たので、特に騒ぐこともない。
……あるいは、ここにゾゾがいれば自分も一緒に行きたいと言ったかもしれないし、ガガがいれば暇潰しに自分も行くと言ったかもしれないが。
「さて、じゃあ行くか。夜空の空中散歩だ」
「グルルルルゥ!」
セトの背中に乗ったレイがそう告げると、セトは嬉しそうに鳴き声を上げながら数歩の助走の後で翼を羽ばたかせながら空を駆け上がっていく。
そうして生誕の塔から離れたところで、レイはセトに声を掛ける。
「セト、俺の指示する方向に向かってくれ」
「グルゥ?」
気分転換じゃなかったの? と若干疑問の声を発するセトだったが、どこか特別に行きたい場所もなかった以上、セトとしてはレイの言葉に従って飛ぶ。
そのまま十数秒……日中であれば、樵達がいる場所に到着するレイとセト。
ここに来てどうするの? とセトはレイに不思議そうな視線を向けるが、その視線を向けられたレイは、セトの頭を撫でながら口を開く。
「グリム、いるか?」
「グルゥ!」
まさか、ここでグリムの名前が出て来るとは思わなかったのか、驚きの声を上げるセト。
だが、セトがどういうこと? とレイに尋ねるように喉を鳴らすよりも前に、空間が歪むとそこからグリムが姿を現す。
「こうして直接会うのは久しいな」
そう言い、頷くグリム。
見る者によっては恐怖しか感じないだろうグリムの態度だったが、グリムとそれなり以上に親しい関係にあるレイの目からは、グリムがレイを脅かしたり威嚇したりしているのではなく、純粋にレイと直接会うことを楽しみにしていたのが、理解出来た。
レイにとっても、グリムというのはアンデッドではあるが今まで色々な相談に乗って貰った相手であり、だからこそこうして直接会うのは嬉しかった。
「ああ、久しぶり。対のオーブでなら、結構会話をしてたりしたんだけどな」
「ふむ、そうじゃな。それこそつい先程まで会話をしていたのじゃ。それを思えば、不思議なものじゃ」
グリムが納得したように頷いたが、いつまでもそのようなことをしてはいられないと、周囲を見回す。
レイ達がいるのは、樵が木の伐採をし終わった場所であり、トレントの森全体で見ても、まだ随分と外側の方だ。
それでもグリムは何かを感じたのか、周囲を見回すと納得したように頷き、手にしていた杖の石突きで軽く地面を突く。
地面を攻撃するように鋭く一撃を放ったのではなく、本当に軽く石突きの先端部分で地面を突いただけだったが、そこから波紋が広がるようにして何かが……恐らく魔力が周囲に伝わっていく。
魔力を感じる力がないレイだったが、それでも今のグリムの行動が魔力を使ったレーダーか何かのようなものだと理解出来たのは、グリムがレイにだけ分かるように意図的にそうした為だろう。
そしてレイの従魔のセトもまた、グリムが何かをしたのを理解していた。
生誕の塔にいる者達は腕利きではあったが、アンデッドとなったグリムは比べものにならない。
そもそも、腕利きの冒険者ではあっても魔法使いではないのだ。
グリムの行った魔力の探査レーダーとでも呼ぶべきものを感じる能力は、まずないと言ってよかった。
「……なるほどのう」
杖を地面に突いてから、数秒。やがてグリムがそのような声を出す。
一体何が? と、レイはグリムに視線を向けるが、その視線を受けてもグリムは沈黙しているだけだ。
そして数分が経過し……
「ほう」
再度グリムの口からそのような声が出た。
どこか驚くようなその声は、『あの』グリムをして驚くべき何かがあったということであり、レイにしてみればとてもではないが安心出来るようなことではない。
それこそ、まるで何かとんでもない物……もしくは者が見つかったのではないかと、そう思ってしまう。
「グリム、何があったんだ?」
「ふむ、トレントの森と言ったか。ここの中央の地下に、何かがいる。……もしくは、ある」
「いる? ある? ……一応、このトレントの森を生み出した元凶については、対処した筈なんだけど」
「レイの気持ちも分からぬではない。じゃが、儂の能力を疑うのか?」
「それは……」
グリムがどれだけとんでもない相手なのかというのは、レイにも分かっている。
それこそ、自分とグリムのどちらが間違っているのかと言われれば、自分の方なのでは? と思ってしまうくらいには。
そして実際、今この状況で自分が何の証拠もある訳ではなく、グリムの言葉を否定するというのは難しい。
「グルゥ」
レイとグリムの話を聞いていたセトが、喉を鳴らす。
セトもグリムの言葉に強い興味を抱いているのだろう。
「それで? このトレントの森の中央の地下に何があるのか、具体的には分からないのか?」
「残念ながら、儂の魔法もそこまで便利なものではないよ」
「……いや、十分便利だと思うけど」
トレントの森の広さは、それこそ転移してきた湖よりも広い。
その外側の部分からちょっと杖を突いて魔法を使ったくらいで、トレントの森の中央の地下に何かがあると判明したのだ。
それが何なのかは分からなかったみたいだが、そのような真似が出来る時点でレイからしてみれば十分に便利としか言いようがない。
そもそも、レイの場合は基本的に炎の魔法しか使えない。
だからこそ、様々な魔法を使えるグリムは、レイから見れば羨ましかった。
(炎の魔法限定でなら、グリムにも負けるつもりはないんだけどな)
レイの様子に、グリムは若干呆れの視線を向ける。……頭蓋骨なので目はないのだが、それでも雰囲気から呆れているというのはレイにも十分に理解出来る。……出来てしまう。
「何だよ?」
「儂の魔法はレイに比べると、多彩なのは間違いない。じゃが、お主はゼパイル殿の後を継ぐに相応しいだけの、膨大な魔力を持っておるだろう? あの燃え続けている代物、あれはお主の魔法じゃろう?」
燃え続けているということで、グリムが何を言いたいのかはレイにも理解出来た。
「スライムか?」
「スライム? それがあの燃え続けている存在の正体か」
「ああ。湖から出て来た、異世界のスライムだ。もの凄い大きさのな。それを倒そうとして炎の魔法を使ったんだが、全く死ぬ様子がないままに燃え続けている」
そこまで言って、もしかしたらグリムならあの一件をどうにか出来るのでは? と思う。
スライムが巨大なので、明かりとしては十分役に立つ存在ではあるが、それでもやはり燃え続けているとはいえ、あのような巨大なスライムが自分達が寝泊まりしている場所のすぐ近くにいるというのは、面白くない。
だが、ここで自分が迂闊に燃えているスライムに手を出せば、それこそスライムがどのような反応をするか分からない。
であれば、グリムのように魔法を得意とする相手にどうにかして貰うというのが最善の選択肢だろうというのが、レイの考え……いや、思いつきだった。
「ふむ。異世界のスライムか。興味深いかどうかと言われれば、興味深いが……」
「なら、引き取ってくれないか?」
「……無茶を言わんでくれ。あれだけの大きさ、どうしろと?」
「いや、それを言うなら、冬の目玉だって同じように巨大だっただろ?」
「それがあるからこそ、今の状況で引き取るような真似は出来ん。ただ……そうじゃな。これからあのスライムを収容出来る場所を探してみるから、そのような場所が見つかった後でなら構わんぞ」
この辺りが、グリムがレイに甘いところだろう。
今は無理でも、確保出来る場所を用意したら引き取ると、そう言ってるのだから。
勿論、無条件でただレイに甘い訳ではない。
異世界のスライムという存在が、純粋にグリムの興味を引いたのも、間違いのない事実だ。
この世界のスライムにも色々と特殊な能力を持っている個体もいるが、やはりそこに異世界のという言葉がつくと、どうしても興味深くなってしまうのだろう。
「なら、取りあえず保管……保管? ともあれ、あのスライムを保管しておく場所が見つかったら、引き取って欲しい。……それまでに、あのスライムが燃えつきていなければの話だけど」
「可能性として、それは否定出来んのう。この世界のスライムであれば、燃えつきるまで大体の予想は出来るんじゃが。いや、そもそも基本的にはレイの魔法で即座に燃えつきておるか」
そんな風に二人で話していると、少し暇になったのかセトが喉を鳴らしながらレイに顔を擦りつけてくる。
自分に構えと、そう態度で主張してくるセト。
最初にグリムに会った時は、セトもグリムをかなり警戒していたのだが、今のセトにはそのような様子は一切ない。
レイの態度で、グリムが悪い奴ではないと、そう理解しているのだろう。
「ふぉふぉふぉ。セトも退屈しておるようじゃし、スライムについての話はこの辺にしておくとしようかの。それより、どうする? このままトレントの森の中央に向かうかね?」
「うーん、ここまで事態が大きくなってしまうとこっちで勝手に片付けてもいいものかどうか、迷うな」
もしこれがリザードマンが最初にやって来た時であれば、それこそすぐにでも自分だけでどうにかしただろう。
だが、ギルムそのものが大きく関わってきてしまったとなると、自分だけの判断で片付けてもいいものかどうか迷ってしまう。
中央に行くだけであれば、それこそギガント・タートルが進んだ痕跡がまだ残っているので、それを辿ればいいのだが。
「その辺は儂には分からんが……倒すにしろ、今日は待つにしろ、取りあえずこの元凶の場所に行ってみてはどうじゃ? そうすれば、今回の件をどうするにしろ、相手がどこにいるのか知っておいて悪いことはないじゃろう?」
そう言われば、レイとしてもグリムの言葉には納得せざるを得ない。
実際に今回の一件で具体的にどうなるのかはまだ決まっていないが、もし倒すにしろ、具体的にどこに今回の黒幕……もしくは今回の事態を引き起こしている何かがあるとも限らないのだから。
「そうだな。なら、行くか。……トレントの森の中心か。また、厄介な場所だな。一体何がどうなってるんだ? 一応以前の一件が片付いた時に、その辺はしっかりと調べた筈だけど」
「さて。調べた者が見つけることが出来なかったのか、それとも調べた後で何者かが入ってきたのか、もしくは何かを運んできたのか。……あるいは、実は調べた者の中に今回の一件の黒幕がいるという可能性もあるじゃろう」
グリムの言葉は、強く納得出来ることがあった。
だが、それだけに出来れば今回の一件では外れていて欲しいというのが、正直なところだ。
レイの一番の希望としては、単純に調べた者が見つけられなかったか、もしくは調べた後で今回の原因になった何かがそこに来たのか。
そう考えながら、レイはセトに乗せてくれるように頼むのだった。
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