第1937話
雪猿の解体を頼んだ後、レイはセトと共に警備兵の詰め所に向かう。
当然、昨日グランジェから聞いた拠点の見張りについて、何か進展があったのかどうかを聞く為だ。
何か大きな進展があった場合は、ギルドを通してレイにも連絡が来るようにはなっていた。
だが、それは小さな進展程度であれば、わざわざレイに連絡をする必要はないと判断してもおかしくはないということにもなる。
……実際、特に重要そうな訳でもない動きがあったからといって、わざわざギルドを通してレイに呼び掛けるというのは、警備兵にとっても、そしてギルドにとっても負担になる。
そういう意味では、レイがこうして自分から直接報告を聞きに行くというのは、決して間違っている訳ではないのだろう。
詰め所に向かう途中で、セトを見た者達に今日は遊んでいる暇はないと、そう告げながら……それでいて、屋台で料理を適当に購入しつつだったので、最終的に詰め所に到着するには予想以上に時間が掛かったのだが。
「じゃあ、セト。俺は少し話してくるから、ここは頼むな」
「グルゥ!」
レイの言葉に分かった! と喉を鳴らし、セトは詰め所から少し離れた場所の地面で横になる。
そんなセトの前に、来る途中で屋台から買った肉まんを幾つか置き、セトが嬉しそうにクチバシを動かして肉まんを食べている光景を横目に、レイは詰め所の扉を叩く。
扉が叩かれ、数秒程で扉が開かれる。
「……レイか。昨日の一件か?」
「ああ。どうなったのかを少し聞きたくてな。……ギルド経由で連絡が来てないのを考えると、そこまで大きな進展はなかったらしいけど」
そうレイが告げると、警備兵は頷きを返してレイを詰め所の中に入るように促す。
詰め所の中に入ったレイが最初に感じたのは、警備兵の数が少ないということだった。
だが、それは当然だろう。敵の拠点と思しき場所を見張る為にそちらに人を回す必要があるのだから。
「レイが言ったように、今のところは特にこれといった動きはない」
警備兵がそう言いつつ、レイにコップを渡してくる。
木のコップの中に入っているのは、暖かいお湯。
いわゆる、白湯と呼ばれるものだ。
「こういうのしかなくて、悪いな」
「いや、気にしないでくれ。寒い中なら、こういうのでも十分身体が温まるだろ」
警備兵にそう返すレイだったが、本人はドラゴンローブの持つ機能で全く寒さを感じていない。
それでも警備兵の気遣いに、断ることはせず白湯を口に運ぶ。
(お茶とかは、普通の葉っぱとかでも出来なかったか? 柿の葉茶とかあったような気がするし。……まぁ、この世界に柿があるのかは分からないけど。それを考えると、普通の植物の葉っぱとかを乾かしてお茶にってのは出来そうな気がするけどな。ここは辺境なんだし、何か特殊な植物とかがあってもおかしくはないし)
そう思いつつも、実際にレイはどうやってお茶を作るのかというのは分からない。
TV番組で天日干しで乾燥させたり、炒っているのをみたような気がするだけだ。
「で、向こうの拠点だが、大きな動きがないのは分かったけど、小さな動きとかもないのか?」
「残念ながらな。向こうも相当に用心していると思われる。……当然だが」
警備兵の言葉に、他の警備兵もそれぞれが頷きを返す。
実際、それは大袈裟でも何でもないことだった。
コボルトとはいえ、モンスターを街中に連れてくるような真似をしたのだから、もし見つかって捕まれば、死刑は確実だ。
いや、寧ろ単純に死刑となるのであれば、温情であるといったところか。
最悪の場合は延々と拷問されてはポーションや回復魔法を使って回復させ……というのを繰り返すようなことにもなりかねないのだから。
「そうなると、どうする? 一応俺が土壁でコボルトの侵入を防いでいるとはいえ、それだって別に完璧じゃない。その証拠に、昨日見てきた時にはコボルトと戦っている冒険者を少しだけど見ることが出来たし」
「問題なのは、その土壁がいつまで保つか、だな。昨日は偶然レイがグランジェ達と遭遇したから、特に問題はなかったが、元赤布って奴は他にもいる筈だろ? 具体的にどのくらい残っているのかは、分からないが」
「そっちにも人をやるってのは……難しいか」
「ああ。土壁を見張るといった真似をした場合、それこそどうにかして土壁を乗り越えてきたコボルトと真っ先に戦うことになる。俺達警備兵は、基本的に対人の戦闘は得意だが、モンスターとの戦闘はそこまで得意じゃない」
それは、警備兵の仕事を考えれば当然のことだった。
基本的に警備兵が戦うべき相手は、街中で酔っ払って暴れたり、何らかの犯罪を犯したような者といったところだ。
そのような相手に対しての戦闘訓練は積んでいるが、それがモンスターとなれば話はまた違ってくる。
……勿論、従魔の類がいるし、モンスターが纏まってギルムを襲ってくるようなことになれば、警備兵もモンスターと戦わなければならなくなるが……普段戦うべき相手は、やはり人なのだ。
もっとも、人と言っても人間、エルフ、ドワーフ、獣人といったように、様々な種族がいるのだが。
「そうなると、冒険者か? コボルトの討伐を喜んでやるような相手なら、意外と土壁の見張りとかも喜んでやってくれそうだが」
部屋にいた別の警備兵がそう言うが、レイは首を横に振る。
「コボルトと戦うのを喜ぶような奴なら、それこそもっとコボルトと戦いたいと思って、土壁を壊しかねない。そう簡単に壊されるような土壁ではないが、それでも危険は出来るだけ避けたい」
もっとも、メールやマリーナの精霊魔法によってかなり頑丈になっている。
それこそ、コボルトと戦う程度の力しかないような者が壊そうとしても、そう簡単に壊すようなことは出来ない。
「そうか? だが、警備兵から人を派遣するのは、やっぱり無理だぞ。そうなると、土壁は放っておくことしか出来ないが、それでもいいのか?」
「あー……そうだな。マリーナ辺りに精霊魔法でどうにか出来ないか聞いてみるか」
マリーナの使う精霊魔法の応用の広さは、レイが見ても明らかに特別なものだ。
とはいえ、それは精霊魔法がそこまで自由度の高い魔法だから、という訳ではない。
あくまでも、それを使っているのがマリーナだからこその応用性の高さだった。
(マリーナの家は、マリーナがいない時には精霊が守っていて、見知らぬ相手が侵入しようとすれば、それを止める。……どころか、捕まえたり、場合によっては攻撃したりといった真似をする。なら、土壁に対しても同じような真似が出来るんじゃないか?)
そうレイは考え、今日の夕食の時にでもマリーナに提案してみようと考える。
「ギルドマスター……いや、元ギルドマスターか。正直なところ、あのような人と普通に付き合えるお前は素直に凄いと思うよ」
レイの言葉を聞いていた警備員の一人が、レイに向かって感心したように……同時に強い羨望の視線を向ける。
ギルムに住んでいる者にとって、マリーナという人物は憧れる者も多いし、高嶺の花と感じている者も多い。
だが、本当の意味でマリーナを口説くといったことが出来る者は、非常に希だ。
本人の能力が非常に高いというのもあるし、加えてその美貌。それもただ美人なだけというのではなく、強烈な女の艶を持つ美貌の持ち主が、マリーナだった。
ある意味で完璧すぎると言ってもいいマリーナだけに、その手の誘いが出来る者は……余程自分の力に自信があるのか、もしくは何も理解出来ていないような存在か。
ともあれ、マリーナというのはそのような人物だけに、レイがそのマリーナとパーティを組み、おまけにそのマリーナの家で毎晩のように食事をしているというのは、多くの者にとって驚くべきことだった。
ましてや、そのマリーナがレイに向けている視線がどのような意味を持つ視線なのか、それは少し恋愛沙汰に関して聡い者であれば、容易に察することが出来る。
「うーん、まぁ、マリーナが色々と凄い奴ってのは分かってるけど、一緒にいれば普通の女だぞ」
ここでマリーナを普通の女と呼べるのが、ある意味で異常ですらあったのだが……生憎と、本人がそれに気が付くようなことはない。
「止めておけ。レイは他にも何人もマリーナさんと同等の美女を侍らせてる奴だぞ? そんなことを言っても、意味はないだろ」
「……いや、侍らせてるって表現はちょっとどうなんだよ」
傍から見れば侍らせているという表現が相応しいのだが、レイ本人としてはそのようなつもりはない。
だからこそ不満を口にしたのだが、警備兵の方はそんなレイの言葉に呆れたような視線を向けるだけだ。
そんな視線を向けられたレイは、この場での自分の形勢は不利であると受け止め、話題を逸らす。
「それで、見張っている敵の拠点で何か分かったことはないのか? それこそ、あの建物を誰が所有してるのか、とか」
「ああ、それは調べた。だが……生憎と、ギルムには現在いない人物でな。それを本人が知ってるのかどうかも分からないんだよな。それこそ、所有者が今ギルムにいないのを知っていて、無断で拠点にしているという可能性もあるし」
「……無断で、か。そんな真似をしていれば、いずれボロは出ると思うけどな。ともあれ、誰があの建物の所有者なのか、聞いてもいいか? ああ、勿論教えてもいいのなら、の話だが」
「それは構わない。あの建物を所有しているのは、国王派の貴族コーブス子爵家だ」
コーブス子爵家と言われ、聞き覚えがあるかどうかを考えたレイだったが、生憎と聞いた覚えのない名前だった。
元々、レイはそこまで貴族と親しい訳ではないのだから、それも当然だが。
ただし、ダスカーを始めとして大物貴族の何人かとは知り合いではあるのだが。
「知らない名前だな」
「まぁ、そうだろうな。別にそこまで有名な貴族って訳じゃないし、そもそもギルムにいたのもコーブス子爵家の当主という訳ではなく、親族の誰かだった筈だ」
ギルムにある貴族街にはダスカーが率いる中立派以外にも、国王派や貴族派の貴族の屋敷がある。
だが、当然の話だが違う派閥……言ってみれば敵対しているに等しい相手の勢力の中に、当主自らが住む訳もない。
中立派の情報収集が主な目的なのだから、ある程度の能力があれば誰でもよく……ギルムにいるコーブス子爵家の者も、当主の親族だった。
「国王派って言ってたけど、具体的にどのくらいの地位にある? 俺が知ってる国王派は、それこそクエント公爵くらいだけど」
正確には、クエント公爵ではなく、その孫娘のマルカ・クエントと親しいというのが正しい。
その縁で何人かの国王派の貴族とも顔を合わせたのだが……もしかして、その中にコーブス子爵家と関わりのあった者がいるのか? という疑問を抱くレイに、警備兵は首を横に振る。
「いやいや、コーブス子爵家は、その爵位が子爵家である通りそこまで大した家じゃない」
「……大した家じゃないなら、それこそ今回のような大それたことを企めるとは思えないな。そうなると、やっぱりどこかの誰かがあの建物を勝手に使ってるってことか? そもそも、コーブス子爵家だったか。そこから派遣されている奴がいなくても、その関係者とかはいるんじゃないのか?」
「いや、誰もいない。それこそ、使用人も含めて全員がギルムの増築工事が始まった頃に出て行っている。理由としては、増築工事で大勢の知らない者がギルムに来て治安が悪くなったりする可能性が高いから、ということらしいが」
「それは否定出来ないな」
実際、増築工事に関しての仕事を求めて、冒険者であるなしを抜きにしても大勢がギルムに仕事を求めてやって来た。
そして、当然のようにそれだけの人数が集まれば、素行の悪い者も混ざっている。
事実、警備兵の見回りだけではどうにもならず、冒険者を雇って治安維持を行ってもいたのだから。
レイの知り合いで言えば、ヴィヘラとビューネがその手の仕事に参加していた。
そのような状況であっても、それこそ問題が色々とあったのだから、治安を不安に思ってギルムを一旦出るという行動をした者は、コーブス子爵家以外にも幾つか存在していた。
それを思えば、レイも警備兵が口にした理由に関しては否定出来なかった。
「そうなると、やっぱり今回の一件にそのコーブス子爵家は関わってないと、そう思ってもいいのか?」
「どうだろうな。その辺に関しては、正確には分からん。恐らく関わってない……だろう、となら言えるが」
そう告げる警備兵の言葉に、レイはどう反応すればいいのか迷うのだった。
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