第1933話
「えーと、見張りとかに行くのなら、俺が行く意味はあるのか?」
目的の場所に向かいながら、レイがそう呟く。
今回は出来るだけ目立たないようにする必要があるということもあり、レイの側にセトの姿はない。
代わりに警備兵が三人とグランジェの姿があった。
もっとも、グランジェがここにいるのは赤布に命令していた奴の拠点がどこかを間違わない為だ。
大体の場所は前もって聞いてあったし、ギルムの街中に詳しい警備兵であればその場所を知っている者も多かった。
だが、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、グランジェが口にした場所と他の者達が知っている場所は違うという可能性もある。
そうである以上、念の為にグランジェをここまで連れてくるというのは、当然のことだった。
だが、レイは何故自分も一緒に? という思いがあり、それ故の呟き。
「そう言ってもな。レイだって、向こうの拠点は知っておいた方がいいだろ? グランジェの言葉で大体の位置は分かっても、しっかりとそこが拠点だと確信している訳じゃないんだし、一緒に見ておいた方がいいんじゃないか?」
レイの呟きに、警備兵の一人がそう告げる。
実際、その言葉は間違っていなかったため、レイはそんな警備兵の言葉に頷きを返す。
「しっかりとした場所が分からないってのは、間違いじゃないからいいんだけどな。……それで、向こうが尻尾を出すのはいつだと思う?」
「うーん……向こうがどのくらいの頻度でその拠点にやって来ているのかが分からないと、どうしようもないな。それに、この季節だから見張りの方も色々と辛いし」
警備兵のその言葉に、皆が……それこそグランジェも含めて納得する。
今は雪が降っていないが、それでも今が冬であるのは変わらない。
こうして歩いていて感じる風も冷たいし、空も今日は雲に覆われている。
(張り込みって言えばあんパンと牛乳ってイメージだけど……こういう時は、肉まんと温かいお茶とかの方がいいんだろうな。……もっとも、この寒さだけに蒸したての肉まんや淹れ立てのお茶でもすぐに冷たくなるんだろうけど)
そんな風に考えているレイだったが、タイミング良く肉まんを売っている屋台を目にする。
肉まんを含めた中華まんそのものは、下拵えをやってくれば、後は蒸すだけだ。
屋台であっても、十分に調理が可能な代物だった。
……だが、レイがその屋台を見て少しだけ驚いたのは、その屋台では蒸し器を使ってスープの類も作っていたことだ。
勿論、普通にスープを作るには火力が足りないので、色々と問題もあるだろうが……それでも、蒸し器の一番上に鍋を置いて、その熱で調理をするというのはレイにとっても驚いた。
日本にいた時にTV番組でやっていた屋台の特集のようなものを見た時に、そのような光景を見たことがあったが……
(どこの世界でも、同じようなことを考えたりするんだな)
そう考え、納得する。
「レイ、どうした?」
屋台の方をじっと見ているレイに、警備兵の一人がそう尋ねる。
その言葉に、レイは屋台の方を見ながら口を開く。
「この寒い中で張り込みをするのなら、ああいう温かい料理とかを買っていった方がいいかと思ってな」
「……その気持ちはよく分かる」
警備兵がしみじみと呟いたのは、今まで何度となく仕事で張り込みをしてきたからだろう。
特に冬の張り込みというのは、寒さが堪えるという点で顕著なものがある。
どこか上手い具合に空き家の類や、住人がいても部屋を借りることが出来ればいいが、もしそのようなことが出来ない場合は、外で張り込みをする必要がある。
(車の類でもあれば、その中で風を防げたりもするんだろうが……馬車? いや、馬車はちょっと目立ちすぎるか)
日本と違って、この世界で馬車はかなり高価な代物だ。
それこそ、日本における外車……とまでは言わないが、それなりの高級車といったくらいの貴重さか。
ただ、日本と違うのは馬車というのは完全に実用の物だということだろう。
……勿論、馬車によっても色々と希少さが違ってきたりもするのだが。
ともあれ、きちんと車体が密封されている箱馬車のような馬車があれば、当然目立ってしまう。
結果として、そのような真似が出来ない以上は最悪の場合は寒空の下で拠点となる場所を見張るという仕事をしなければならない可能性もある。
そういう時に、温かい食べ物や飲み物といったものがあれば、それは非常にありがたいだろう。……いつ雪が降ってもおかしくない今の気温を考えると、その温かさもそう長い間持つとは思えなかったが。
「だろう? どうする? 買っていくか?」
尋ねるレイの言葉に、警備兵は若干心を動かされたようだったが、最終的には首を横に振ってそれを拒絶する。
本音としては警備兵も買いたかったのだが、これから行く場所のことを考えると、迂闊に食べ物の匂いを漂わせて移動するとなると、色々と不味いことになるという可能性を理解していたのだろう。
そんな警備兵の考えをレイも理解したのか、それ以上は屋台に寄ろうといったことを言わず、グランジェを含めた他の面々と共に移動する。
歩いている中で特に会話の類がなかったのは……警備兵にしてみれば、グランジェはあまり信用出来る相手ではないというのがあるし、グランジェの方も今までの経歴から警備兵には決して好印象を抱いてはいないというのがあった。
レイが両者の仲介に入れば、もしかしたらその両者が歩み寄ることも出来たのかもしれないが、レイは周囲の様子を確認することに専念していた為に、そのことに気が付くようなことはなかった。
そうして沈黙の中で歩き続け……
「あ、見えてきましたね。あそこですよ」
グランジェが口を開き、全員の視線がグランジェの見ている方に向けられる。
「やっぱりあそこか」
その建物を見て呟いたのは、警備兵の一人。
他の警備兵も、その言葉に頷いていた。
前もって話は聞かされていたが、やはり自分達の思っていた場所だったのだろう。
レイもこの辺には何度か来たことがあったので、言われてみれば……と、納得する。
数十秒近くその建物を見てから、やがてレイが口を開く。
「それで、これからどうする? 見張れる場所を探すのか?」
拠点となっている建物は、そこまで大きい訳ではないが、それでも一軒家だ。
建てられてからそれなりの年数が経っているのか、かなり古い家ではあるが、そのような家であっても使い捨ての拠点として手に入れることが出来るというのは、赤布に指示を出していた者達は豊富な資金力があるということを示している。
(赤布の連中だけなら、何でそんなことでここまで金を使う? って疑問に思ったかもしれないけど……コボルトの一件を考えると、単純にギルムに嫌がらせをする為だけの集団じゃないのは確実なんだよな。だとすれば、ある程度の資金力があってもおかしくはないだろうし)
コボルトの一件は、ギルムに対する嫌がらせという行為を完全に逸脱している。
それこそ、今回の首謀者として捕まれば、問答無用で処刑になってもおかしくない程に。
そのような危険を犯している以上、表向きは嫌がらせであっても、その裏には何らかの……それこそもっと悪辣な何かがあってもおかしくはない。
だからこそ、警備兵達もレイやグランジェの話を聞いて、すぐにこうして人を出してきたのだろう。
「そうだな。まずはちょっと俺達が周辺を歩いてみる。……レイはそいつと一緒に、あの建物から見えない位置で待機しててくれ。もしそいつが見つかれば、厄介なことになりそうだしな」
「そうか? ……まぁ、グランジェを一人にはしておけないか」
元々赤布を動かしていた者達に雇われていたのがグランジェである以上、その人物を放っておく訳にはいかない。
レイが目を離せば、すぐにでも逃げ出してもおかしくはないのだから。
「はははは。そんな命知らずなことはしませんよ。逃げても、追いつかれるのはさっき経験してますし」
増築工事の現場で隠れていたところをあっさりと見つかった時のことを思い出したのか、グランジェは乾いた笑いを上げつつ、そう告げる。
グランジェにとって、隠密行動は得意と言ってもいいものだった。
だが、それがあっさりと見破られるといったことになったのだから、自信を失ってしまうのも当然だろう。
グランジェの様子から、何が起きたのかまでは分からなかったが、それでも大体どのようなことが起きたのかというのは理解出来たのだろう。
何人かの警備兵は、グランジェに対して同情の視線を向ける。
ギルム以外の場所では、間違いなく罪を犯している人物であるのは分かっているし、だからこそあまり好きにはなれない相手だったのだが……それでも今の様子を見れば、警備兵達もグランジェに対して色々と思ってしまうのだろう。
「あー……その、いつまでもこうしてはいられないし、そろそろ行動に移るか」
何かを誤魔化すような空気の中で、警備兵がそう告げる。
それを聞き、他の警備兵達も助かったといった表情を隠さずに頷く。
今の状況でこの場にいるのは気まずいと、そう思っていたのだろう。
警備兵達はそのまま去って行き、最終的にその場に残ったのはレイとグランジェの二人だけ。
さて、どうするか。
そんな視線をレイはグランジェに向けるが、向けられた本人はレイの思うままにして欲しいといった視線を向ける。
ここで自分が何を言っても、恐らく妙な風に勘ぐられるだけだと思ったのが大きいだろう。
雰囲気を読んだのか、このままここにいるだけでは怪しまれる可能性があると判断したのか、やがてレイは口を開く。
「少し離れた場所まで行くか」
「ええ、そうしましょう。ここに私がいるのが見つかったら、面倒なことになるでしょうしね」
グランジェの言葉に、レイは少しだけ意外そうな表情を浮かべる。
今の言葉を聞く限りでは、まるで自分は逃げる気がないと、そう言ってるように思えたからだ。
……もっとも、既にレイや警備兵に顔を完全に覚えられてしまっている今、逃げ切っても安心して暮らせるかと言えば、答えは否だ。
少なくても、このギルムという場所でそのようなことは出来ないだろう。
(ああ、でもコボルトを防いでいる土壁は、ギルム側からなら百五十cm程度なんだし、乗り越えるのは難しくはないか。……まぁ、夜になれば土壁の向こうにもまたモンスターが集まってたりする可能性が高いけど)
その場合、どのようなモンスターがいるのかというのは、完全に運だ。
コボルトが多いのは確実だが、スノウ・サイクロプスのようにコボルトを餌にするようなモンスターがいないとも限らないのだから。
場合によっては、スノウ・サイクロプスよりも強いモンスターがいる可能性すらある。
勿論それとは逆に、スノウ・サイクロプスよりも弱いモンスターが……いや、それどころかコボルトが数匹いるだけという可能性もあるのだが。
(そういう現状を作り出した連中には、たっぷりとお仕置きする必要があるだろうな。それと、マジックアイテムの件もどうにかしたいところだし)
コボルトの一件が、マジックアイテムであるという可能性をまだ少しであっても信じているレイは、そう考える。
敵の拠点たる建物を一瞥し、レイはグランジェと共に少し離れた場所にある建物の陰に向かう。
そこなら、建物からでも見えないと、そう考えたからの行動だった。
「それにしても、本当に何を考えてコボルトなんて呼び出したのやら。……どう思う?」
敵の拠点から見えない場所に隠れたレイは、側にいるグランジェに尋ねる。
だが、尋ねられたグランジェにしても、その辺りの事情を雇い主から聞いている訳ではない。
「私に聞かれても、その辺は分かりませんよ。ただ……もっと強いモンスター、それこそランクCモンスター辺りを大量に呼び出せば、ギルムの混乱はもっと広まっていたでしょう。そうではなく、コボルトを敢えて……となると、向こうもギルムの本格的な混乱は望んでいなかったのでは?」
「まぁ、そんなところだろうな。……とはいえ、何を考えてそんな風にしたのかといった疑問は、相変わらずあるけど。……当然、その辺は聞いてないんだよな?」
「はい」
レイの問いに素直に答えるグランジェ。
その答えを聞きながら、レイは一体どうしたものやらといった思いを抱く。
もっとも、今それを考えたところで、あまり意味がないというのは分かっているのだが。
そうやって悩んでいると、やがて警備兵の一人がレイ達の下にやってくる。
その表情が嬉しそうなのを見て、取りあえず張り込みの際の心配はいらないのだろうとレイは考え……事実、警備兵の口から出たのは、元警備兵の者がやっている店があり、そこを使わせて貰うことにしたということだった。
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