第1762話
「いらっしゃいませ。……え? レイさん!?」
肉まんを売っている屋台の店主が、セトと共に姿を現したレイの姿に驚く。
レイに向けられる視線の中には、憧れのようなものがある。
……もっとも、屋台の店主は二十代くらいの男で、そのような人物に憧れの視線を向けられても、レイとしてはどう反応すればいいのか迷ったのだが。
「あー……肉まんを売ってるのか?」
「はい。レイさんが考えた料理なんですよね? その、良かったら一つ味見してくれませんか? ああ、勿論お代は結構ですから」
屋台の店主にしてみれば、自分が売っている肉まんを考えてくれたレイは、本当に尊敬すべき相手なのだろう。
それだけに、自分の肉まんがどれだけの味なのか……肉まんを考えたレイに満足して貰えるのかと、緊張しつつ、それでも自分の腕には自信があるのか蒸し器を開けて肉まんを二つ取り出す。
当然のように、一つはレイ、一つはセトに食べて貰うものだ。
「そうか? じゃあ、取りあえず」
美味かったら金を払ってもっと買おう。
そう思いつつレイは肉まんを受け取り、手が汚れないように、そして熱さで手が火傷しないようにと持つ場所が紙に包まれた肉まんを一口食べる。
最初に口の中に広がったのは、饅頭の微かな甘みを持った生地。
そして中に入っている肉や野菜を混ぜた具が、口の中を楽しませる。
(タケノコ、いや、メンマか。メンマが入ってると食感的に嬉しいんだけど)
ギルムの周辺でも、春になればタケノコは当然採れる。
旬の食材としても食べられているし、レイが知っているメンマとは違うが、塩漬けや燻製といった形で保存食にされていたりもする。
当然タケノコを採る為には朝早く行く必要があり、門が開いて街の外と出入り出来るようになる午前六時では遅すぎると、非常に気合いの入った者の中には前日にギルムから出て野営をするという猛者も中にはいるのだが。
ちなみに、ギルム周辺で採れるタケノコは、いわゆる孟宗竹の他にも根曲がり竹の類もある。
レイが日本に住んでいた時に周囲の山に生えていたのは根曲がり竹だけだったので、レイにとってはそちらの方が馴染みがある。
もっとも、スーパーで売られているメンマを始めとしたタケノコは大抵が孟宗竹だったので、そちらにも馴染みがない訳ではないのだが。
ともあれ、ガメリオン程ではないにしろ、旬の食材としてタケノコはそれなりに親しまれている。
それだけに、この肉まんにもタケノコのみじん切りが入っていれば、一段上の味になるというのが、レイの予想だった。
(あれ? 肉まんに入ってるのって、メンマでいいんだよな?)
メンマだと思い込んでいたレイだったが、もしかして違ったかも? と若干首を傾げる。
もっとも、もし本当に肉まんに入ってるのがメンマのみじん切りだとしても、レイはメンマの作り方は分からないので、アドバイスは出来なかったのだが。
「ど、どうですか? それなりに自信はあるんですけど」
口の中にあった肉まんが飲み込まれたのを見て、店主がレイに期待を込めて聞いてくる。
「うん、悪くはない。悪くはないんだが……」
この屋台のことを教えてくれた、串焼き屋の店主が褒める程に美味いかと言われれば、レイは頷くことが出来ないだろう。
「平均……そうだな。平均点の味は出してるから、これを食べて不味いという奴はいないと思う。けど、それはあくまでも平均点程度でしかないから、もう一度食べたいかと言われれば、絶対に食べたいって程じゃないな」
「そう、ですか。……やっぱりそうなりますか」
レイの批評を聞き、店主は残念そうに肩を落とす。
だが、すぐに顔を上げると、レイに期待するように頭を下げてくる。
「お願いします。出来れば僕の料理をもっと美味しく出来るように手を貸して貰えませんか? 実は、ここ数日売り上げが伸びなくて、どうしても良い場所を取ることは出来ないんです」
「……ん? 売り上げで屋台の場所が変わるのか?」
それは初耳だったと、そう告げるレイに、店主は頷く。
「はい。もっとも、いつもそういう風な訳ではありません。秋から冬にかけて……ちょうど商人が大量にやってくるこの時季だけの特別な規則なんですけどね」
「そういうのをやってたのか」
屋台はそれなりに使うレイだったが、そんなシステムになっているというのは完全に初耳だった。
「分からなくてもおかしくはないですよ。この件は別に大々的に知られている訳じゃないですし。言わば、大通りで屋台をやっている人達の伝統みたいなものですから」
そう言われれば、レイもそうなのかと納得するしかない。
レイと話している店主も、屋台をこの場所でやらされていることについては、特に怒っている様子がないというのも、レイが納得した理由の一つだろう。
「そうか。……で? この肉まんを俺に食べさせて、それでどうしろと?」
「その、出来ればどんなところが悪いのかを教えて貰えると……助かります」
頭を下げてそう告げる店主に、レイが若干困った様子を見せる。
美味い料理を食べるのは好きだし、この肉まんについてどのような料理なのかというのを教えたのもレイだ。
それは間違いないが、別にレイは美食家……それこそTV等でやっている、料理の審査員のような真似が出来る訳でもない。
何々の材料の比率をどうこう、この調味料をどうこう。
そのようなアドバイスは、出来ないのだ。
(あ)
だが、そんなレイであったが、この肉まんを食べて食感がいまいちだったということは分かる。
「もっと中の具に変化をつけたらどうだ? 食感の違いとか」
「食感? えっと、例えば?」
「いや、それを俺に聞くのはどうかと思うが……ただ、そうだな。ぱっと思いつく限りでは、タケノコとかキノコとか。それと木の実を砕いて入れるのもいいかもしれないな」
レイが思いついたのは、日本にいた時に学校帰りにコンビニで買った蒸しパンだった。
生地の中にクルミを練り込んで蒸したパンで、レイにしてみればかなり好みの味だったのだ。
同じ蒸しパンということで、そうアイディアを出してみたのだが……店主にとって、レイの意見は目から鱗に近かったのだろう。
もっとも、この世界でも生地に干した果実や木の実の類を練り込んで焼くというパンは普通にあるので、その辺りに気が付かなかったのは店主の視野が狭まっていたということなのだろう。
「まぁ、食感が楽しければ食ってて美味いってのは、あくまでも俺の意見な。世の中には様々な食感があるのが嫌だって奴もいるかもしれないし」
「う、それは……じゃあ、どうすれば?」
「それを俺に聞くなよ。その辺りの事情は、それこそ俺じゃなくてこの屋台をやっているお前が考えるべきものだろ?」
レイの正論に、店主は図星を突かれて大人しくなり……
「肉まん十個くれ」
不意にそんな声が周囲に響く。
声のした方にレイが視線を向けると、そこには顔に汗を浮かべたスキンヘッドの男がいた。
レイよりも明らかに背が高く、だが筋骨隆々という訳ではなく、身体の筋肉が締まっている。
見るからに運動の後といった感じだったが、そのような状況で肉まんを食べたくなるのか? と疑問を感じているレイだったが、スキンヘッドの男は特に無理をしているようには見えない。
つまり、屋台の売り上げに貢献しようという気持ちがある訳でもなく、純粋に肉まんを食べたいと思ってここで買っているのだろう。
店主の方も、スキンヘッドの男とは顔見知りなのか、すぐに肉まんを用意し始めた。
それを見ながら、レイはスキンヘッドの男に声を掛ける。
「なぁ、ちょっといいか?」
「何だ、レイ」
当然のように男はレイのことを知っており、すぐにそう言葉を返す。
それは別にレイも特に気にした様子がなく、買った肉まんの一つを早速口に運んでいる男に尋ねる。
「この店の肉まん、どう思う?」
「どう? 味はそこまで悪くないと思うが」
「悪くない、か。美味いんじゃないんだな」
「言っただろう? 悪くはない、と。そこまで美味いとは感じないな」
「その割には、十個とか纏めて買ってるみたいだけど?」
「俺は食事にはあまり興味がないからな。腹さえ膨れればそれで十分だ。今はそれより、どうやれば強くなれるのかが気になっている」
例えばレイのようにな、と。
獰猛な笑みを浮かべて、男はレイに視線を向ける。
(あー、なるほど。そういうタイプか)
肉まんを売ってる屋台の近くにある、専門の訓練場。
そのような場所に通っている者であれば、自分の強さに磨きを掛けたいと思うのは当然だった。
もっとも、レイがそれにわざわざ付き合う必要もなく……特に気にした様子もなく、そうかと頷くのみに留める。
スキンヘッドの男の方も、全く自分の挑発に乗ってこないレイにこれ以上何を言っても無駄と判断したのか、肉まんを食べながら訓練場に戻っていく。
「えっと……ここで訓練をした人達が、帰りに結構買っていってくれるんですけど……」
レイの様子を見ていた屋台の店主は、そう言ってレイに視線を向けてくる。
「他に客は?」
「その、多少は……」
言葉を濁す様子を見れば、他にどれだけの客が来るのかは容易に想像出来る。
「そうか。取りあえず俺が言えるのは、さっきも言ったように食感を楽しめるようにすればいいってことだな。ああ、もしくは具の中に入れる肉を全部細かくするんじゃなくて、ある程度大きな肉も入れれば、噛み応えが出て肉を食ってるって気になるかもしれないな」
ふと思いついてそう言うレイの言葉に、男はなるほどと頷く。
(いや、料理の素人の俺でも思いつくようなことなんだから、仮にもプロのお前がその程度思いつかないでどうするんだよ?)
目の前の男がやっているこの屋台は、恐らく近いうちにやっていけなくなる。
レイは半ば、確信した。
恐らく、この男は本職の料理人ではなく、つい最近何らかの理由で突発的に屋台をやるようになったのだと、そう思ったのだ。
だからこそ、レイでも思いつくようなことをすぐに思いつくことが出来ない。
(俺が肉まんを作ったということを知っていたってことは、料理に対しては熱心なようだけど……それでもどこかの料理店で修行したりした訳でもなさそうだし……趣味の延長線上って感じか?)
レイは日本にいた時に見たTV番組を思い出す。
料理好きが高じ、脱サラをして料理店を開いたものの、プロと素人の違いから結局上手くいかずに店が繁盛していないと、そのような番組を。
今、レイの前にある肉まんを売っている屋台にも、どこかそれと似たような印象を覚えていた。
勿論それは、あくまでもレイが感じた印象にすぎない。
実際にはもっと色々と複雑な理由があるのかもしれないが……そこまではレイの知ったことではない。
(とはいえ)
そう、知ったことではないのだが、レイはそこに『とはいえ』と続いてしまう。
肉まんを売っている屋台というのは、珍しい。
少なくてもレイが知っている限りでは、目の前の屋台くらいしか思いつかない。
それだけに、この屋台が失敗に終われば肉まんの屋台は敷居が高いという風に認識されてしまい、後に続く者が出て来にくくなる可能性が高いのも、また事実。
であれば、肉まんをこの世界に伝えた者として……そして何より、屋台であるが故にどこにでも移動出来て気軽に肉まんを食べられるという選択肢を消したくない為に、レイとしては出来ればこの屋台に潰れて欲しくはない。
だが、この時季は売り上げで屋台の場所が決まるという暗黙の了解がある中で、こうして一番――とまではいかないが――悪い場所に置かれている現状では、逆転は難しいだろう。
どうするか。
そんな風にレイが迷っていると、不意に訓練場から何人かの冒険者と思しき者達が出てくるのが見えた。
それだけであれば、レイも特に驚く必要はないだろう。
訓練場である以上、訓練が終われば当然のようにもうそこには用がないだろうし、先程のスキンヘッドの男が肉まんを買いに来たように、訓練が終わったのであれば、そこまで気にすることはない。
だが……訓練場から出てくる者達が、歩いているのではなく、走っている。それも訓練が終わったような穏やかな雰囲気ではなく、どこか殺気立っているようにすら思えるのであれば、レイがそちらを気にするなという方が無理だった。
「グルゥ?」
肉まんを食べ終わって、レイから声が掛かるのを待っていたセトも、そちらに視線を向ける。
レイとセトがそちらに視線を向ければ、当然ながら屋台の店主も釣られるようにそちらに視線を向け……見るからに鍛えた男達の姿を見て、顔を引き攣らせた。
だが、訓練場から出て来た男達は、屋台の店主には視線も向けず……屋台の前にいるレイだけを見て近づいてくると、口を開く。
「頼む、レイ。少しでもいいから、俺達に訓練をつけてくれないか」
そう告げ、深々と頭を下げるのだった。
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