第1760話

「っと、これで今日の分の伐採した木は全部だな?」

「おう、そうなる。いやぁ、それにしても……本当にレイがいると、仕事が楽だよな」


 トレントの森で伐採された木をミスティリングに収納したレイを見て、ここの護衛として雇われていた冒険者が、しみじみと呟く。

 実際、伐採された木を運ぶという仕事がなくなるのは、冒険者達にとっては非常に助かることだった。

 ……また、レイは他にも木が伐採された切り株を根っこごと地面から掘り出すといった真似もしてくれるので、冒険者や樵達にとっては、まさに救世主といった扱いに等しい。

 もっとも、切り株を掘り出す時にレイがやるのは、地形操作を使って土を盛り上げるところまでだ。

 実際に切り株を根諸共に引っ張り出すのは、冒険者達の仕事だったが。

 それでも、冒険者達に不満はない。

 切り株が無数に広がっている光景は、移動するうえでかなり邪魔になる。

 だからといって、切り株を排除しようにも、しっかりと根が張っている状況では、それを引き抜くのも一苦労だ。

 高ランク冒険者の類であれば、それこそあっさりと切り株を引き抜くようなことも出来るのかもしれないが、ここにいるのはそこまで実力が高くない冒険者達だ。

 もしそのような者達が切り株をどうにかしようというのであれば、それこそ地面を掘ってある程度根を露出させ、引き抜きやすくしてからロープか何かを切り株に結びつけ、全員で引っ張る……といった真似をする必要がある。

 それをレイがやれば、それこそ地形操作のおかげで根が地中で引き千切れ、あっさりと切り株を引き抜くことが出来るのだ。

 そのことに、他の冒険者達が感謝しない筈がない。


「俺の方にも利益があるからやってるんだけどな」


 感謝の言葉を述べる冒険者に、レイはそう返す。

 事実、レイは別に親切心だけで切り株を除去する手伝いをしている訳ではない。

 樵達との話し合いで、除去した切り株はレイの好きにしてもいいと、そう言われているのだ。

 樵達にしてみれば、伐採した後の切り株は邪魔でしかない。

 そのままにしておいても歩いたりするのに邪魔になるし、土から抜き取っても、場所を取る。

 レイが貰ってくれて、ミスティリングの中に収納してくれるのであれば、それに感謝することはあっても、不満はない。

 寧ろ感謝してもいいくらいだ。

 ……中には、レイが気にくわないのでそれに不満を言う者もいたが、じゃあお前がどうにかしろと言われれば、どうしようも出来ない。

 それこそ、どこか邪魔にならない場所に捨ててくるくらいだが……幾ら樵とはいえ、一人で切り株全てを運ぶなどという真似は出来ない……訳ではないが、非常に疲れる。

 冒険者に助けを求めようにも、本来ならレイがミスティリングに収納してそれで終わりのところを、わざわざ邪魔にならない場所に運ぶような真似を手伝ってくれと言われて、分かったと言うような者はいない。

 報酬でも払えば、話は別かもしれないが。


「切り株が利益に、ね。……何に使うんだ? 乾かして、薪とかか?」


 少し離れた場所で話を聞いていた冒険者が尋ねるが、レイはそれに首を横に振る。


「いや。薪とかなら別に入ってるから、問題ない。これは……そうだな。例えばの話だけど、戦闘をしている時に上空から切り株が落ちてきたら、どうなると思う?」


 軽い感じで尋ねたレイだったが、それを聞いた冒険者達は背筋が冷たくなる。

 目の前にいる相手との戦闘に集中している時に、降ってくる切り株。

 切り株の重量は大きさにもよるが、大体百五十kg前後。

 それだけの重量の切り株が降ってくるのだから、何も知らないでその直撃を受ければ、それこそ首の骨が一発で折れても不思議はない。

 そして、レイのミスティリングの中に入っている切り株の数は、百近い。

 つまり、それだけの数の切り株を上空から地面に落とし、一方的に攻撃をすることが出来るのだ。

 勿論その攻撃が万能という訳ではない。

 切り株の形によっては、落下している時に空気の抵抗によって軌道が曲がり、狙った場所に落ちない可能性もある。

 そういう意味では、それこそ戦争の時のように大勢が集まって戦闘している場所で使うのが効果的だろう。

 ……その上、レイはわざわざ口にしなかったが、木というのは当然のように燃える。

 切り株は生木ではあるが、レイが作り出す火災旋風による炎であれば、全く問題なく燃やすことが出来る筈だった。

 勿論燃えるということは、時間が経てば炭になってしまうことを意味しているが、それは逆に言えば燃える切り株が吹き飛んでくる可能性が高いことも意味している。

 地上で戦う者にとって、切り株が予想外に厄介な武器なのは間違いなかった。

 もっとも、そのことに若干驚き、怯えた冒険者達だったが……ギルムに所属している冒険者である以上、レイと敵対するということはまずないだろう可能性だ。

 そういう意味では、レイと一緒にこうして活動している冒険者達は運が良いと言えるのだろう。

 そんな風に、半ば自分を慰めている冒険者達を一瞥したレイは、空から周囲を警戒していたセトを呼ぶ。


「セト! そろそろギルムに戻るぞ!」

「グルルルルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは翼を羽ばたかせながら地上に向かって降りてくる。

 周辺にいる冒険者達も、そんなセトの様子を見ても既に慣れたのか、特に怖がる様子はない。


「じゃあ、俺はギルムに戻るから、樵の護衛は頼むな」

「おう、任せておけ。……まぁ、このトレントの森で危なくなったことは、今までないんだけどな」


 冒険者は、笑みを浮かべながらそう告げる。

 その言葉は決して間違いという訳ではなかったが、同時にこれから先も安全だとは限らない。

 特に今は寒くなってきており、早ければそろそろ雪が降り始めてもおかしくない時季だ。

 そして雪が降れば、冬しか姿を現さないモンスターも姿を現すことになる。

 今はまだこのトレントの森も安全だったが、そのようなモンスターが出てくれば絶対に安全とは限らない。

 護衛をしている冒険者達も、それは分かっているのだろうが……伐採した木の運搬をレイに任せ、それでいて自分達がこの森で樵達の護衛を任されている以上、強がってしまうのは当然だった。

 レイはそんな冒険者達の思いを半ば理解しつつ、軽く手を振ってセトと共にその場を飛び去る。

 そんな一人と一匹の姿を見送り、冒険者達はせめて自分の仕事をしっかりこなそうと、樵が木に向かって振るう斧の音を聞きながら、それぞれ警戒態勢に入るのだった。






「やっぱり人の数は大分少なくなってきてるな」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、そう? と小首を傾げるセト。

 ギルムの正門で簡単に手続きを済ませると、レイはセトと共に大通りを歩きながら呟く。

 数日前に比べると、正門でギルムに入る手続きをしていた者の数は明らかに減っていた。

 それは、明らかに季節が冬に移り変わろうとしていることの証明でもある。

 エルジィンに来て、数年。

 ギルムで冬を越すのも既に慣れてきており、だからこそこの状況を見ればそろそろ冬だなと思えるようになった。

 もっとも、増築工事の件もあって今年は例年に比べるとギルムにやって来る人の数は多いのだが。


「さて、後は持って来た木をいつもの場所に持って行って……ん?」


 今日の仕事はこれで終わりだ。

 そう言おうとしたレイだったが、最後まで言うよりも前に自分たちの前方に人が集まっているのに気が付く。

 しかも、そこから聞こえてくるのは明らかな怒声。

 とてもではないが、穏やかな出来事ではない。

 もっとも、それだけであればレイもそこまで気にするようなことはなかっただろう。

 ギルムには冒険者も含めてたくさんの者達が集まってきており、その中には当然血の気の多い者も含まれているからだ。

 だが……その集団から聞こえてきた声の中に、ヴィヘラの声が混ざっているとなれば、レイもそれを放っておく訳にはいかない。


「行くぞ」

「グルルルルゥ」


 レイの声にセトは喉を鳴らし、前に進む。

 そんなレイやセトの存在に気が付いたのだろう。

 騒ぎが起こっている場所を囲んで人垣を作っていた者達が、場所を空けていく。

 そうして特に困るようなこともなく、人垣の最前列までやってきたレイが見たのは……予想通りの光景だった。

 地面に転がっているのは、血の気の多そうな男達。

 ただ、レイにとって意外だったのは、その男達が武装していなかったことだ。

 冒険者であれば、それこそ外に出掛ける時は最低限の装備はする。

 レザーアーマーは着なくても、長剣や短剣の類は持ち歩く……といった風に。

 勿論、槍のような長物であれば、場所を取るので持ち歩かないという者もいるが。

 ともあれ、現在ヴィヘラの拳か蹴りか、もしくは投げといった攻撃で気絶し、地面に倒れている男達はその手の武装は一切していない。

 これが一人二人であれば、そういう迂闊な奴がいるんだという認識も出来たが、全員がそうだとすれば、冒険者ではなく仕事を求めてギルムにやって来た者という可能性が高かった。


「うおらあああああああっ! なめんじゃねえぞ、この野郎!」

「あら、野郎だなんて。私は女よ?」


 唯一まだ気絶しないで立っていた男が、怒り……もしくは焦りからか、顔を真っ赤にしながらヴィヘラに向かって殴りかかる。


(駄目だな)


 その身体の動きを見て、一瞬でレイはそう判断した。

 日頃から体力を使う仕事をしているのか、男の身体には見て分かる程に筋肉がついている。


 それは、もう少しで冬になるというこの時季だけに長袖の服を着ていても、見て分かる程だ。

 だが……足捌きはとてもではないが、戦闘慣れしている冒険者とは思えない。

 こうしてヴィヘラと乱闘騒ぎを起こしているのを見れば、喧嘩慣れはしてるのだろうが……とてもではないが、ヴィヘラをどうにか出来るとはレイには思えなかった。

 しかし、そんなレイの予想に反して戦い――と表現するのはどうかと思うが――は長引く。

 男が予想外に強いという訳ではなく、単純にヴィヘラが男をいたぶる目的であっさりと倒さないのだ。

 男が型も何もなく振るう拳を回避しながら、ヴィヘラは手甲に包まれた拳を男の顔や身体に軽く当てる。

 それは本当に殴るといった真似ではなく、単純に拳を触れさせるだけの、攻撃とも呼べない攻撃だ。

 だが、男は自分の仲間が目の前の娼婦か踊り子にしか見えない女に、一発殴られただけで意識を失っているのをその目で見ている。

 ヴィヘラが本気になれば、それこそ男はすぐに地面に倒れている者達の仲間入りをするだろう。

 そうならないのは、明らかにヴィヘラが自分を倒そうとしていないからだ。

 それでいながら、拳を触れさせることによっていつでも男を倒すことが出来ると、そう態度で示している。


「……ヴィヘラにしては、陰険な真似をしてるな」


 呟くレイだったが、ドラゴンローブをセトがクチバシで引っ張り、戦いの場となっている場所から少し離れた場所に視線を向ける。

 その視線を追ったレイが見たのは、ビューネが一人の女の側にいるという光景だった。

 そして、ビューネの側にいる女は服を破かれており、白い肌が露出している。

 誰かが用意したのだろう服を破かれた服の上から羽織ってはいるが、それで女の白い肌を全て隠せる訳でもない。

 そんな光景を見れば、何が理由でこの乱闘騒ぎになっているのか……そして、何故ヴィヘラがここまで怒っているのかは、それこそ考えるまでもなく明らかだ


(あー……こいつらも、何だってこんな大通りで馬鹿な真似を……いや、もしかしたら建物の隙間で女を襲おうとしているのを、ヴィヘラ達に見つけられたのか?)


 まさかギルムで、未だにそのような真似を堂々とする者がいるとは思わなかった。

 そんな風に思いつつ、レイはその戦いとも呼べない、どちらかと言えば男の心を折るべき行動を眺める。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 自分が幾ら攻撃しても、ヴィヘラには全く当たらない。

 それでいて、ヴィヘラの拳は数えるのも馬鹿らしくなるくらいに、男の身体に当たっていた。

 元々全力の運動というのは、そこまで長時間出来るものではない。

 ましてや、この男は仕事帰りでもあり、当然のように体力は万全という訳ではなかった。

 ……もっとも、体力が万全の状態であっても、ヴィヘラを相手にはどうしようもなかったのだが。

 そのまま、更に十分程が経ち……やがて、汗だくで息も絶え絶えとなった男は、地面に崩れ落ちる。

 ヴィヘラが攻撃をしたのではなく、体力の限界が来て、心を完全に折られたのだろう。

 地面に寝転がって激しく息をしている男を軽蔑の視線で一瞥し、近くで待っていた警備兵達に引き渡すのだった。

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