第1747話
「で? 結局明日からはどうするの?」
夜、十五夜と呼んでもおかしくないような、丸く大きな月がその存在を主張している中、レイ達はマリーナの家の庭で、いつものように食事をしていた。
レイが出したマジックアイテムの窯の中では、現在肉の塊が焼かれている。
当然他にも料理は数多くあり、テーブルの上にはレイが色々な店で買ってきた料理が、出来たての状態で並んでいた。
もっとも、その料理も今回のダンジョンの一件で消費した量を補充した追加の代物だったのだが。
……多くの店が、レイによって大量の料理を買われたことで悲鳴を上げていたが、言ってみればそれは嬉しい悲鳴だろう。
何故なら、レイが料理を買ったことで、今日の売り上げが二倍……もしくはそこまでいかなくても、間違いなく伸びているのは明らかだったのだから。
そして実際、レイが料理を売って欲しいと言った時に、それを断るような店はなく、喜んで売ってくれたのだ。
食堂を始めとした料理を出している者達にとって、レイという存在は非常にありがたい。
もっとも、店の中には出来上がりまでに時間が掛かる料理もあり、レイにそれを売ってしまえば今夜店を開くことが出来ないと、残念ながら断ってきた者もいたが。
残念そうに……本当に残念そうにしており、出来れば今度は前もって言っておいて欲しいと言っていた店員の表情を思い出しながら、レイもまた残念に思う。
じっくりと長時間煮込んだスープは最初の具材が完全に溶けてしまい、そこに更に食べる為の具材を追加して煮込むという、レイにとってもかなり好みのスープだったからだ。
「明日、か。正直なところ、色々とやるべきこと、やりたいことはあるんだよな。ガメリオン狩り、増築工事の手伝い、ギルムに向かっているレーブルリナ国の連中……といった風に」
「その中だと、ガメリオン狩りは単純にレイがやりたいだけだから、一番最後でしょうね」
「……分かってるよ、それは」
マリーナの言葉に、若干不満そうにしながらも頷くレイ。
ガメリオン狩りは、それこそ多くの者が現在そちらに向かっており、それが原因で増築工事が遅れ始めているという点もある。
何よりレイがうわぁ……と思うのは、この増築工事にともなってギルムにやってきた者達、それこそ普段であればギルムにやって来ることは実力的に不可能な者達ですらガメリオン狩りに参加していることだろう。
そして、当然のように怪我人や死人が続出しており、結果として増築工事の遅れに繋がり始めていた。
もっとも、レイもガメリオン狩りに参加した者の気持ちは理解出来ないでもない。
ガメリオンは食肉という意味でも極上の味を持ち、ギルドに売ってもかなり高額で買い取って貰える。
交渉に自信のある者であれば、それこそギルドではなく他の店に自分で売りに行って、より高く買って貰えることもあるだろう。
普通に増築工事の仕事をするよりも、報酬という意味では段違いなのだ。
もっともそれだけ報酬が高いのは、ガメリオンという凶悪なモンスターと戦うという危険が前提としてあるのだが。
だが……増築工事をする為にギルムにやって来た者にしてみれば、当然金を稼ぐ為にやって来たのだ。
そこにより短時間でより多くの金を稼げるという方法がくれば……慎重な者はともかく、何らかの理由で金に困っている者、より短時間で金を稼ぎたい者、恐れ知らずの者……といった者達が、ガメリオン狩りに流れるのは当然だった。
そのしわ寄せが他の者にくるのだから、増築工事を進める側としてはあまり面白くないのも事実だろう。
ただ、現在ギルムに来てるのは増築工事の仕事が目当てであっても、それだけしか出来ないという訳ではない。
冒険者には依頼を選ぶ自由がある以上、ガメリオン狩りをすると言われれば、それを拒否するような真似は出来ない。
勿論ガメリオン狩りの依頼ということであれば、ランクによって依頼を受けられる制限はあるのだが……依頼を受けずにガメリオン狩りに向かうというのであれば、ギルドでもその辺はどうしようもないのだ。
「取りあえず、明日は増築工事の手伝いをして、明後日以降にスーラ達の様子を見てきたら? もう、かなり近づいてる筈でしょ?」
ガメリオンの肉を使ったスープを楽しみながら告げてくるヴィヘラに、レイは少し考え、頷く。
「そうだな。それが最善だと思う。……出来れば、スーラ達の様子を見てからギルムに戻ってきても、まだガメリオンがいてくれればいいんだけど」
「その辺は、正直どうにもならないわね。いつになればガメリオンがいなくなるのかなんてことは、こっちでは把握出来ないもの。それにガメリオンがいなくなるのだって、全てが一斉にって訳じゃないわ。中にはこっちに残るようなのもいるかもしれないし」
「……ガメリオンがいなくなるのが少しでも遅くなるか、そうなっても、出来るだけこっちに残る個体が多くなることを祈るしかないか、か」
もっとも、そう言いながらもレイの言葉には希望がある。
実際、空を飛ぶセトという相棒がいるレイにしてみれば、空からガメリオンを探すという手段があるので、他の冒険者達に比べてかなり有利なのだ。
もしガメリオンの大半がいなくなっても、まだ残っている個体がいるのであれば、それを見つけることは出来るという、絶対的な自信がレイにはあった。
問題なのは、そこまでに自分のやるべき仕事を終わらせることが出来るかどうか、といったことなのだが。
「ふむ。レイは色々と忙しそうだな。……アーラ、私達の予定はどうなっている?」
ガメリオンのソテーを楽しみながら尋ねるエレーナに、アーラは口の中に入っていたサラダを飲み込んでから、口を開く。
「そうですね。何件かエレーナ様に面会希望がありますが……殆どは無視してもいいものです」
「……殆どはということは、会わなければならない相手もいるということか」
「そうなりますね。勿論、エレーナ様がどうしても嫌だと言うのであれば……」
「いや、構わん。私がギルムに来ているのは、あくまでも貴族派が馬鹿な真似をしないようにという抑止力の為だ。その者達と会うことでギルムの増築工事が問題なく進むのであれば、それを断るつもりはない」
そう告げるエレーナの言葉に、アーラは頷きを返す。
「分かりました。では、そのように準備します」
「うむ」
短い会話のやり取りだったが、それだけでエレーナの明日からの予定は決まる。
そんなやり取りを眺めていたヴィヘラは、ガメリオンの肉を使ったサンドイッチを食べているビューネを見ながら、口を開く。
「そうなると、私達はやっぱり街の見回りかしら。商人が駆け込んできた為か、以前より治安が悪くなっているように感じられるのよね」
「商人……じゃなくて、正確には商人が連れている護衛か?」
「ええ。冒険者だから血の気が多いというのは分かるんだけど……人数が多くなっている分、何件か揉めているのを見たわ。警備兵や、治安を守る依頼を受けた冒険者が対処してたけど……」
途中で言葉を濁すのは、その者達の手が回りきっていなかったからだろう。
ヴィヘラにしてみれば、治安を守る依頼というのは自分の古巣……という言い方は大袈裟だが、それに近い思いがあるのも事実だ。
それだけに、仕事に手が回りきっていない今の状況は、あまり面白くなかったのだろう。
実際、以前ヴィヘラがその仕事をしていた時は、最初こそヴィヘラを知らない冒険者がその容姿や格好に絡むということが何度かあったのだが……結果として、そのような者達がどのような目に遭ったのかが知られるにつれ、ヴィヘラに逆らおうとする者は加速度的に減っていった。
また、ヴィヘラはビューネの件も含めて、何だかんだと面倒見が良い。
それだけに、恋愛感情や肉欲関係なくヴィヘラを慕っている者も多かった。
ヴィヘラにとって、そんな者達が十分に仕事が出来ていないというのは、あまり面白くはないのだろう。
「あー……それこそ、商人達が増えた結果、冒険者とかが増えた悪影響もあるんだろうから、大目にみてやったらどうだ?」
「……宿の数も問題になってるでしょうし、ね」
マリーナの言葉に、皆が納得の表情を浮かべる。
実際、商人達がやってくる前であっても、増築工事の為に集まってきた人々によって宿は足りなくなっていた。
どうしても宿が足りなくなって、工事現場の近くに臨時で雑魚寝の出来る建物を作り……それでも、完全に宿不足を解消することは出来なかった。
そんな状況で新たに商人が護衛付きでやって来るのだから、それこそ宿が足りなくなって当然だろう。
不幸中の幸いだったのは、元々そのような商人達はギルムとの付き合いが深い者が多く、増築工事でも一儲け出来ると考えて、ギルムに入っていた者達がそれなりにいたことか。
……ギルムの住人でも逞しい者の中には、知り合った相手を宿よりは多少安値で自分の家に泊めるという真似をしていた者もいたが、その関係で犯罪が起きたりもしている。
「ギルムに帰ってきたばかりではあるけど、明日からはまた忙しくなりそうだな」
「喜ぶべきことなんでしょうけど……ね」
少し物憂げに、マリーナが呟く。
その様子に疑問を持ったのは、レイだけではない。他の面々も、不思議そうな視線をマリーナに向けていた。
その視線に気が付いたのだろう。マリーナは何でもないと首を横に振る。
もっとも、そのようにあからさまな態度を見せておいて、本当に何でもないとは誰も思わないのだが。
「俺達は仲間なんだから、遠慮することはないぞ。……まぁ、男に言えないことだというのなら、無理には聞かないけど」
レイの言葉に何か感じるものがあったのか、やがてマリーナは小さく溜息を吐いてから口を開く。
「実は、冬の間に色々と問題が起きそうなのよ」
「……具体的には?」
「大雑把に言えば……そうね。やっぱりギルムの増築工事に関係する、と言ってもいいわ」
そんなマリーナの言葉を聞き、エレーナは微かに視線を鋭くする。
「マリーナ、それはもしかして……貴族派が何か絡んでいるのか?」
真っ先にエレーナがそう思いついたのは、やはり今までギルムの増築工事において貴族派が邪魔をしていたからこそだろう。
マリーナの台詞から、もしかしたら今回の件も貴族派が何か妙なちょっかいを出しており、それで問題が起きたのではないか。
そう思って尋ねたのだ。
もし本当に自分の思った通りであったのなら、貴族派としてギルムにやってきているエレーナの顔が潰されたということだ。
そうである以上、ミラージュを抜くことも厭わない。
そう考えたエレーナだったが……
「ああ、別に貴族派がどうこうって訳じゃないわ」
マリーナの言葉にエレーナは安堵し、鋭い視線を和らげる。
マリーナの横では、アーラもまた同様に安堵していた。
もし本当に貴族派が何らかのちょっかいを掛けてきたのであれば、マリーナが何かをするよりも前にアーラが自分で何とかしようと、そう思っていた為だ。
……アーラの剛力は、それこそ容易く人を殴り殺せる程度のものがある。
そうである以上、この場合は無駄な命が散らなくて済んだ……と言うべきなのだろう。
「で? じゃあ、何があって問題になるんだ?」
「簡単に言えば、ダスカーやワーカーが予想していたよりも、ギルムに残る人が多いってのが問題なの。……まぁ、考えてみればギルムに来る人は稼ぎに来てるんだから、雪が降っていても仕事があって、おまけに危険もそれ程ないんだから、稼ぎたい人にとっては帰る必要がないのよね。……勿論、全員が残る訳じゃなくて、十分稼いだ人はもうギルムを出て行ってるんだけど」
「その数が予想よりも少ない、と?」
「そ。……これが春や夏、せめて秋ならともかく、雪が降っている冬よ? 下手に宿屋が足りなくなれば、凍死する人も出てくるでしょうし……その対策をどうするかが問題なのよ」
はぁ、と溜息を吐きながらサラダを口に運ぶマリーナに、ヴィヘラは首を傾げる。
「でも、一応臨時の宿泊場所は作ったでしょ? それでも駄目なの?」
「臨時はあくまでも臨時よ。隙間風とかも入ってくるし、場合によっては雪も。それに暖房器具の類もないしね」
「なるほど。そうなると……確かに厳しいわね。まさか、今から宿を建てるという訳にもいかないし……」
「最悪の場合、ギルドの倉庫を開放することになりそうよ。それなら、臨時で作った小屋よりは快適でしょうし」
「それでも、寒さに耐えるのは難しいんじゃない?」
「その辺りは、ギルドで依頼を受けて何らかの暖房器具を買うなりなんなりしてもらう必要があるでしょうね。何人かでお金を出し合えば、そのくらいは買えるでしょうし。……ちなみに、倉庫の方も、かなり安めだけど宿泊費は取ることを検討しているそうよ」
「そうなの? どうせなら、無料でもいいと思うけど」
「……そうすれば、仕事をしないでずっと倉庫に居座る人とかが出てくるでしょうし」
そう告げるマリーナの言葉に、皆はなるほどと頷くのだった。
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