第1744話

 盗賊や違法奴隷商人と遭遇した翌日、レイ達の姿は、予定通り空の上にあった。

 ダークエルフの件は、マリーナが言った通り昨日のうちにしっかりと傷を回復し、自分だけで集落まで戻るということになった。

 レイはポーションを使ったということで感謝されたが、そのポーションが実はマリーナの怒りの目を自分に向けないようにした為だと言われたら……どうなっていたのだろう。

 そんな風に思いつつ、レイは空を見上げる。

 ところどころに雲が浮いているが、それでも曇りという程ではない。

 一応秋晴れと、そう表現してもいい天気なのは間違いない。


(そう言えば、何だかんだと結局数日でダンジョンをクリアしたけど、今からギルムに戻ってもガメリオンの旬に間に合うか?)


 旬という言葉がこの際、正しいのかどうかはレイにも分からない。

 だが、取りあえず今の状況的に一番相応しい言葉だろうというのが、レイの正直な思いだった。

 何か余程のイレギュラーな事態が起きていない限り、既にガメリオン狩りは始まっていてもおかしくはない。

 本来なら今年のガメリオン狩りには参加出来ないと思っていたレイだったが、ダンジョンが予想以上に素早く攻略出来たということもあり、もしかしたらギルムに戻っても、まだガメリオン狩りが出来るのではないかと、そんな期待を抱いてしまう。


「グルルゥ?」


 そんなレイの様子が気になったのか、セトは飛びながら後ろを向いて、どうしたの? と鳴き声を上げる。


「いや、何でもないよ。ただ、もしかしたら急げば、まだガメリオン狩りに間に合うんじゃないかと、そう思ってな」

「グルルルルルルルルルルゥ!」


 ガメリオン狩りに間に合う。

 レイがそう言った瞬間、セトは激しく翼を羽ばたかせて飛ぶ速度を上げる。

 何がセトをそうさせたのか……それは、考えるまでもなく明らかだろう。


「あー……ちょっとやってしまったか?」


 そう思わないでもないレイだったが、もう言ってしまったのは仕方がないと、諦める。

 それに、もしかしたら本当にガメリオン狩りに間に合う可能性は、十分にあったのだから。


「にしても……こうして飛んでいる間は暇だよな。もっとも、そんなことを言ってれば、大抵フラグになって馬車が襲われてたりするんだけど」


 それこそ、昨日の違法の奴隷商人が盗賊に襲われていた時のように。

 ましてや、その盗賊は前日にレイが頼まれた特殊なポーションを運んでいた者を襲った盗賊団だったのだから、フラグという意味では二重の意味で回収したようなものだ。

 また同じようなことになったら、無駄に時間を潰してしまいかねないと、レイは取り合えず余計なことを考えるのを止め、改めて空に視線を向ける。

 秋から冬に向かいつつある為か、澄んだ空気のように感じられる。

 勿論それは、今日が曇っているからという訳でもないのだろうが。

 そうして進むこと数時間……昨日とは打って変わって、全く何の邪魔もないままに、昼近くになる。

 もっとも地上を移動しているのであればまだしも、空を飛んで移動している以上、そう簡単に面倒に巻き込まれるといったことはないのが普通なのだが。

 ともあれ、林の中に川が流れているのを見つけ、そこに向かってセトに降りるように頼む。

 冬になれば、川の近くで昼食というのは多少寒いが、今日はそれなりに気温は低いが、太陽も顔を出しているおかげでそこまで寒くは感じない。

 だからこそ、レイは川の近くで食事をすることにしたのだった。

 そうして川の近くにセト籠を降ろし、レイもまたセトと共に地面に降りる。


「グルルルゥ?」


 そうして食事の準備を始めたレイを見て、セトは魚を獲らないの? と喉を鳴らす。

 セトにとって、川で食事をするのと、川で魚を獲るというのはセットになっているのだろう。

 また、少し前に海で魚を大量に獲ったというのも、それに関係しているのかもしれない。

 レイにとっても、川の魚は決して嫌いという訳ではない。

 淡泊な身は、海の魚とはまた違う味わいを持っている魚も多い。


「キュ! キュキュ! キュウウ!」


 そして魚を獲ろうとしているセトの側では、セト籠から飛び出してきたイエロが元気に鳴き声を上げている。

 それこそイエロにしてみれば、海や川で何度もカニを相手にしてきたということもあり、今度こそ勝ってやるという思いも強いのだろう。


「イエロ、少し落ち着け。遊ぶのはいいが、それはまずレイが用意してくれた昼食を食べてからだ。いいな?」


 言い聞かせるようにエレーナがイエロにそう告げると、イエロは少し残念そうにしながらも、落ち着いた様子を見せる。

 しっかりと躾がされているということなのだろう。

 そして……そんなイエロの様子を見たセトも、それ以上は魚を獲ろうとレイには訴えてこない。

 躾云々というのもそうだが、何よりセトにとって美味しい料理というのは自分が遊ぶよりも大きな意味を持つということなのだろう。


「あー、こうしてレイ達と一緒に行動していられるのも、残り少しか。仕事の途中に出来たての料理を食べられるってのは、正直かなり羨ましかったんだけどな」


 レイが用意し始めた料理……ミスティリングから次々に取り出していく料理の数々を見ながら、レリューがしみじみと呟く。

 普段はソロで行動しているレリューだったが、レイ達と一緒に行動することにより、こうして街の外でも出来たての料理を食べられるという、かなりの贅沢に既に慣れてしまっていた。

 ……実際にはレリューがレイ達と行動を共にし始めてからは、まだ一ヶ月も経っていないのだが……それでもこうしてレリューの口から惜しいと思えるような言葉が出るのは、それだけレイの出す食事が衝撃的だったのだろう。

 温かい食事というだけであれば、それこそ焚き火の類を使って簡単なスープを作ることも出来るし、運良く動物やモンスターを倒すことが出来れば、その肉を串焼きにして食べることも出来る。

 だが……そうやって出来るのは、あくまでも素人料理でしかない。

 勿論、食堂のような場所で働いていた経験があったりする者もいるが、そのような者にしたところで、料理の為に長年修行を積んできた本職の料理人には遠く腕が及ばない。

 それこそ、街の外でレイの用意するのと同レベルの食事を味わう為には、料理人を連れ歩く……だけでは足りない。

 料理をする為の設備そのものも持ち歩く必要があり、貴族や大商人のように金が余っているならともかく、普通の冒険者には到底無理だ。

 ……レリューのような異名持ちの高ランク冒険者であれば、そのような真似も可能なだけの財力や権力は持っているだろうが……そうなれば、いざ戦闘になった時に料理人を守る必要が出て来るので、ソロで活動しているレリューには難しいだろう。


「その辺りはどうともな。エグジルのような迷宮都市に行って、ダンジョンに潜ってみたらどうだ? そうすれば、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、アイテムボックスが手に入るかもしれないぞ」


 野菜とベーコンの具沢山なスープをそれぞれの器に盛りつけながら、レイが提案する。

 もっとも、提案したレイもレリューがそれを受け入れるとは思っていなかったが。

 迷宮都市に行くのであれば、それこそレリューの愛妻家ぶりを考えれば、レリューだけでということは出来ない。

 つまり、妻のシュミネも一緒に連れていくということになるのだろうが、一般人にとって旅をするというのは体力的に厳しいものがあるし、何より迷宮都市に馴染めるかという問題もある。

 冒険者が多いという点では、エグジルのような迷宮都市も辺境のギルムもそう大差はない。

 だが、冒険者の質という点では、大きく違ってくる。

 ギルムにやってくる冒険者は、全てとは言わないがその大半は一定以上の技量を持つ者だ。……もっとも、増築工事をしている今は、とにかく人手が足りないということで普段なら到底ギルムまで来られぬような冒険者以外の者の姿もそれなりに見受けられるが。

 それに比べると、迷宮都市というのは都市の中にダンジョンがある以上、そこに入れば非常に危険なのは間違いないが、迷宮都市そのものは別に辺境にある訳でもない。

 当然集まる者の数は増え、その中には力はなくても悪知恵の働くような小悪党が混ざることになる。

 もっとも、そういう意味ではギルムには腕の立つ悪党がいるということになるのだが……その辺は、どこにいても同じである以上、まだその割合が少ないだろうギルムの方がいいと、レリューは判断しているのだろう。


「シュミネの安全を考えると、ちょっとな。……まさか、俺だけで行く訳にもいかないし。セトみたいな相棒がいれば、それこそ迷宮都市とギルムを自由に行ったり来たり出来るけど、俺にテイマーとしての才能はないからな」

「疾風の異名持ちで、高ランク冒険者ってだけで、冒険者の中では凄く少ないんだから。そこにテイマーの才能とか……正直どうなのよ?」

「どうなのよって言ってもな。お前達のリーダーはそんな感じだろ?」


 蒸した芋を潰して塩胡椒で味付けし、中には干し肉を細かく千切って入れられており、ほうれん草に似ている――ただし色は紫――野菜を茹でて細かく切った物も入っている。

 マヨネーズの類を使っている訳ではないが、ポテトサラダに近い料理。

 また、どのような隠し味が入っているのかは分からないが、柑橘類に近い酸味もあり、少し珍しい料理となっている。

 そう思ったのは、レイだけではなかったのだろう。エレーナが、そのポテトサラダ――正確には違うのだが――を食べながら、少し感心したように口を開く。
















「この料理は美味いな。レイ、これはどこで買ったのか、覚えているか?」

「あー……どうだったろうな」


 レイのミスティリングの中には、それこそ大量の料理が入っている。

 勿論日々それを食べることにより減ってはいるのだが、そうなれば近くの食堂で料理を纏めて作って貰って、それを買ったりといった真似をしている。

 つまり、ミスティリングの出入りが激しい為に、どこでこの料理を買ったのかといったことを、あまり覚えていないのだ。

 勿論、それがうどんのように強い印象に残っている料理であれば、話は別なのだが。


「え? じゃあ、もうこの料理ないの?」


 ヴィヘラが少しだけショックを受けたのは、そのポテトサラダが美味かったからだろう。

 そのヴィヘラの隣では、ビューネも少しだけ目尻を下げ、ショックの表情を浮かべていた。

 基本的に無表情なビューネだけに、雰囲気だけではなく、実際にその表情を変えているということは、それだけヴィヘラの言葉がショックだったのだろう。

 そんな二人を落ち着かせるように、レイは問題ないと首を横に振る。


「どこで買ったのかは忘れたけど、まだ結構な量があるから心配しなくてもいいぞ」


 ポテトサラダがまだそれなりにあるというレイの言葉に、ヴィヘラとビューネ……いや、他の面々も嬉しそうな表情を浮かべていた。

 唯一、ギルムに戻ればレイ達とは別行動になるレリューのみは、自分がこれ以上は食べられないことを残念そうに思っていたが。


「うーん、色々と細かい隠し味はあるけど、似たような料理なら作れないこともないと思うわよ? ただ、あくまでも似たようなもので、これより数段落ちるだろうけど」


 そう言ったのは、この中では一番料理を得意としているマリーナだ。

 勿論他の面々もある程度料理は出来たりするのだが、それは本当にある程度であって、マリーナには遠く及ばない。


「本当!?」

「ええ。ただ、今も言ったけど、あくまでもこれより数段落ちる程度の味になると思うけど。……本職の人のようにはいかないしね」


 そんなマリーナの言葉に、ふとレイは日本にいた時のことを思い出す。

 料理上手として有名だった友人の姉が、外食した時に食べた料理の美味さに、何とかその味を再現しようとしていたが……マリーナが口にしたように、結局数段味の劣っている料理しか出来なかったということを。

 近所でも料理上手として有名だったにも関わらず、やはり本職には遠く及ばないと、レイがその料理を味見した時に言われたのだ。

 ……もっとも、レイにしてみれば十分すぎる程に美味い料理だとは思ったのだが。


「それでも、似たような料理が出来るのなら、少しずつ改良を加えていけば……いずれ、同じような味に出来るんじゃない?」

「あら、ヴィヘラ。それは私にずっと料理だけをしていろってことなのかしら? まぁ、今の私はギルドマスターを辞めて一冒険者に戻ったんだし、不可能じゃないけど」


 不可能ではないからといって、それだけをやってろという訳にもいかず、ヴィヘラはマリーナからそっと視線を逸らしながらポテトサラダを食べるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る