第1704話

 緑の沢水亭でも若干の騒動を起こしながらも―セトやエレーナ達の存在、異名持ちの冒険者の存在がある以上、それは当然だった――きちんと宿を取ることには成功し、まだ昼になったかどうかというくらいの時間だったこともあり、レイ達は早速ギルドに向かった。

 もっとも、ギルドに向かう前に適当に見つけた食堂で食事をすることも忘れなかったが。

 その食堂は大通りにあるだけあって、味の方は問題なかった。

 ……もっとも、美味い! と思える程に美味い訳ではなく、そこそこの味といったところだが。

 大通り沿いにある店としては、若干物足りないのでは? と思わないでもないレイだったが、店の中を見ればそれなりに客が入っていたのだから、取りあえず自分が何かを言う必要もないだろうと判断する。

 次からはもっと美味い店を探そうとは考えたが。

 折角ギルムから遠く離れた場所までやって来たのだから、どうせなら美味いゴルツの名物料理を食べたいと思うのは当然だろう。

 ともあれ、そうして昼食を終わらせてからギルドにやってきたレイ達が見たのは……


「思ったよりも人が多いな」


 その光景を見て、呟いたレイの言葉が全てを物語っていた。

 もしここがギルムであれば、昼くらいにギルドの中に冒険者の数は殆どない。

 併設している酒場で昼食を食べている者は多いかもしれないが、依頼ボードのある辺りにはそこまで人の姿がないのが常だった。

 だが、ギルドの中に入って周囲を見回してみれば、そこには冒険者と思しき者達がかなりの数、集まっている。


「これは、何かあったのかもしれないな」


 ギルドの入り口でセトと別れてしまったことで多少不満そうな様子だったレリューだったが、ギルドの様子を見て何か思うところがあったのか、そう呟く。

 幸い……という言い方はどうかと思うが、ギルドの中に大勢の冒険者が集まっており、今ギルドに入ってきたレイ達を気にするような者は殆どいない。

 殆どということは、何人かは気が付いているのだが、そのような者達も特に何かを言う様子はなかった。


「なぁ、何かあったのか?」


 情報を集める為だろう。レリューが近くにいた冒険者に尋ねる。

 その冒険者は、少し驚いた表情を浮かべ、口を開く。


「何だ、あんた知らないで来たのか? それはまた……運が良いのか悪いのか、分からないな」

「ダンジョンを目当てにして、さっきついたばかりだからな」

「あー……なるほど。なら、知らなくてもしょうがないか。実はそのダンジョンなんだが、鳥のモンスターが数十匹くらい出て来たらしい。ああ、この街のダンジョンが崖の壁面にあるってのは知ってるか?」

「知ってる。そのおかげで……って言い方はどうかと思うが、モンスターが勝手に転落死してくれるんだろ?」

「そうだ。けど、まさか鳥のモンスターが出てくるとはな。予想外にも程がある」


 レリューと話している冒険者が、最悪だといった風に面倒そうな表情を浮かべるが、レリューは……そして近くで話を聞いていたレイ達も少しだけ呆れの表情を浮かべる。

 崖の壁面にあるのがダンジョンであると思われる以上、そこからどのようなモンスターが出て来てもおかしくはないだろうと。

 今まではゴブリンやコボルト、オークといったモンスターだけだったのだろうが、もし本当にそこがダンジョンであれば、それこそ鳥のモンスターが出て来てもおかしな話ではない。


(ここは田舎だし、今までダンジョンの類もなかったらしいから、当然かもしれないけどな)


 そんな風に思いつつ、レリューは会話を続ける。


「じゃあ、今ここにこれだけの冒険者が集まってるのは、その鳥のモンスターを倒す為の集まりなのか?」

「そうだ。ギルド……正確には代官からの緊急依頼だな」

「なるほどな。……けど、こうして見る限り魔法使いや弓を使う奴は殆どいないように見えるけど、大丈夫なのか? 相手は空を飛ぶモンスターなんだろ?」


 空を飛ぶモンスターに攻撃するというのは、簡単な話ではない。

 魔法の類であれば最適だろうが、魔法使いというのは非常に稀少な存在で、このような田舎には一人か二人いればいい方といったところだろう。

 かといって、レリューが口にしたように集まっている面々の殆どは長剣や槍、棍棒、バトルアックス……といったように近接戦闘を前提とした装備をしている者が多い。

 そうである以上、空を飛ぶ鳥のモンスターに対して有効な攻撃が出来るとは思えなかった。

 相手が地上を移動するモンスターであれば、これだけの人数を集めれば何とか対応出来るだろう。

 だが、空を飛ぶモンスターが数十匹姿を現したのに、これだけの戦士を集めてどうするのか。それがレリューの……そしてレイ達の疑問だった。

 そんなレリューの言葉に、話し掛けられた男は苦い表情を浮かべて、口を開く。


「お前の言いたいことも分かるけど、他の村や街から冒険者を呼んでる時間はないんだから、しょうがねえだろう。この街の結界で防げる相手なのかどうかも分からねえし、近くにある村とかに行かれでもしたら厄介だ」

「それで……か。さて、どうする?」


 そこで初めてレリューがレイに視線を向けて尋ね、今までレリューと話していた男もレイやエレーナ達に視線を向け……その動きを止める。

 もっとも、それはレイを見て動きを止めた訳ではなく、レイの側にいたエレーナ達を見て動きを止めたのだが。


「鳥のモンスターは興味深いな。本来なら、今日は情報を集めて、ダンジョンには明日潜るつもりだったんだが」


 ゴルツに到着するのが、もう少し早ければ今日のうちにダンジョンにちょっと潜ってみて、どんな様子なのかを確認するくらいのことはしただろう。

 だが、朝のヴィヘラとレリューの騒動により、既に昼すぎだ。

 であれば、ここでゴルツを悩ませているというモンスターを倒し、レイ達の力を見せつけておけば、今後妙な相手に絡まれたりしなくなる……もしくは、そこまでいかなくても数は減るのではないか。

 そんな風にレイは考える。

 また、ダンジョンと思われる場所から出て来た鳥のモンスターがどのようなモンスターなのかは分からないが、未知のモンスターであればレイやセトにとってはこの上ない獲物だ。

 ……何だかんだと言いつつ、結局最後の理由が一番大きかったのだろうが、レイはレリューに頷きを返す。


「そうだな。これからゴルツには世話になるんだから、恩を売っておいて不味いことはないか」

「おい、一体何を?」


 レリューと話していた男も、冒険者だ。

 もしここにセトがいれば、レイをレイだと……深紅だと認識することも出来ただろう。

 だが、今ここにはセトがおらず、レイはフードを被って武器も持っていない、魔法使いと思しき小柄な人物ということしか分からない。

 そうである以上、レイの言葉を聞いてその行動を止めようと思ってもおかしくはない。

 しかし、そんな男の様子は気にせず、レイが口を開く。


「鳥のモンスターの討伐依頼、ランクBパーティ紅蓮の翼が引き受ける」


 レイの口から出たその声は、不思議とギルドの中に響き渡った。

 多くの冒険者が仲間と情報交換をしており、ざわついている中で、だ。

 そうして静かになったギルドの中だったが……次の瞬間、何人かの笑い声が周囲に響く。


「ぷっ、ランクB冒険者? 坊主……いや、嬢ちゃんがか? 冒険者に憧れるのは分かるが、残念だけど今は付き合ってられる暇はないんだ。このままだと、ゴルツに……」

「いいじゃねえか、やらせてみれば」

「おいっ! お前いきなり何を言うんだよ」

「大丈夫だって。もう鳥のモンスターはダンジョンから出ていったんだろ? なら……」

「深紅っ!?」


 冒険者達の言葉の中、不意に驚愕の声が周囲に響き渡る。

 数年前に行われた、ベスティア帝国との戦争。

 その戦争に参加した冒険者の中には、当然のようにゴルツ所属の者もいる。

 そして、あの戦争に参加したということは、当然のようにレイが炎の竜巻を……火災旋風を生み出した光景を目にしている者だった。

 特にこのゴルツは中立派の領主が治める領地の中にある街で、今レイを見て叫んだ男も、すぐ間近でレイが生み出した火災旋風がどれだけの威力を発揮したのか、その目で直接確認している。

 だからこそセトがいない状況で、ドラゴンローブのフードを被って顔が完全に見えない状況であっても、レイをレイだと認識出来たのだろう。


「嘘だろ? 深紅だって? 深紅って、あの……?」

「いや、でも俺も聞いたことがあるぞ。深紅ってのは一見すればその辺の魔法使い見習いにしか見えないとか何とか」

「ふざけんなっ! あんなのが異名持ちの冒険者だって? そんなの、有り得る筈がねえ! 冗談もいい加減にしておけよ!」


 レイを見て怪しむ者、納得する者、そして……最初にレイが入ってきた時にそれを子供が迷い込んできたと思った男が否定する声が聞こえてくる。

 そんな冒険者達の様子に、ギルド職員が気が付かない筈がない。

 ……さっきのレイの宣言を聞いていた、というのもあったが。

 それでも最初は聞き覚えのない声から、てっきり冒険者になったばかりの者が目立ちたいが為にそのようなことを言っていたのでは……と、そう思っていた。

 パーティ名も、ゴルツのギルドでは聞いたことがなかったし、この周辺でも同様に聞いたことがないものだったというのも大きいだろう。

 深紅という異名持ちの冒険者は知っていても、その深紅が結成したパーティの情報には気が付かなかったのだ。

 実際にはワーカーからレイ達がダンジョンを攻略しに行くという話をされており、情報もしっかりと渡されている。

 もしこれが、普通の時……それこそ数時間前にやってきたのであれば、ギルドの方でもきちんとレイをレイとして認識出来ただろう。

 だが、今は鳥のモンスターの出現により、ギルドの方でも半ば混乱していた。

 その結果が、この有様だった。


「紅蓮の翼の皆さん、それと疾風のレリューさんも来ていると話を聞いてるのですが!」


 ギルドのカウンターから聞こえてきた声に、改めて他の冒険者達がレイに視線を向ける。

 その視線がレイの側にいたレリューにも向けられていたのは、もう一人の異名持ちがいると理解したからだろう。

 特に先程までレリューと話していた男は、まさか自分が話していた相手が異名持ちの冒険者だとは思っていなかったのか、驚愕の表情をレリューに向けている。

 そんな視線を向けられたレリューは、男の肩をかるく叩く。


「情報、色々と助かったよ。レイ!」


 レリューが何を言いたいのかは、レイにもすぐに分かった。

 その為、レリューを追うように、レイが……そしてエレーナ達も揃って、カウンターの前に行く。


「さて、それでレイが今回の依頼を引き受けるって話を言ったけど、今回は俺も臨時でレイ達と一緒に行動しててな。仮にも異名持ちが二人もいるんだ。今回の緊急依頼に対応するには、十分だと思うが?」

「はい。レリューさん達がいてくれて助かります。ですが、その……一応聞かせて貰いたいのですが、今回の敵は空を飛ぶ鳥のモンスターです。攻撃手段の方は……」


 大丈夫ですか? と、二十代半ば程の受付嬢は、心配そうに尋ねる。

 これは何も、異名持ちのレリューやレイの腕を疑っている訳ではなく、空を飛ぶ敵を攻撃する手段というのは、元々そう多くはない。

 弓か、魔法か……場合によっては投石か。

 だが、そんな受付嬢の言葉に、レリューは問題ないと頷く。


「まず、レイがセトという従魔を持っているのは、有名だから知ってるな?」

「はい。色々と活躍しているのは、私共のギルドにも情報が入ってきています」


 受付嬢が嬉しそうに笑みを浮かべ、レイに視線を向ける。

 その笑みは、ゴルツのギルドにいる冒険者を何人も魅了するだけの力を持っていた。……が、エレーナ達と一緒にいるレイにはそこまでの効果はなく、小さく頷くだけで返事とする。


「他にも弓や魔法といった攻撃方法を持つのが何人もいるから、空を飛ぶ相手でも攻撃手段は豊富にある。俺も多用出来る程じゃないが、ある程度なら何とかなるからな」


 え? と、受付嬢とレリューの話を聞いていたレイは……いや、エレーナ達も疑問を抱く。

 レイ達が知ってる限りでは、レリューの攻撃方法はあくまでも長剣によるものだけだ。

 少なくても、ヴィヘラとレリューの模擬戦では、遠距離攻撃の手段を見たことはない。

 だが、そんなレイ達の反応を不満に思ったのか、受付嬢との話を一旦中断したレリューは、不満そうな視線をレイに向ける。


「何だよ。もしかして、俺は空の敵に対して無力だと思ってたのか?」

「あー……そういう訳じゃないんだけどな。異名持ちなんだし」


 そんなレイの言葉にまだ多少の不満はあったようだが、ともあれこの緊急依頼はレイ達が引き受けることになるのだった。

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