第1698話
「……は?」
レイは、ワーカーの言葉にサンドイッチを口に運ぼうとしていた手を止め、何を言ってるのか分からないといった疑問の視線を向ける。
ゴルツという街の近くにある山にダンジョンが出来た。
それはレイにも理解出来るし、珍しいことではあるがそこまで稀少という訳でもない。
実際、ギルムの近くには二つもダンジョンが存在したのだから。
だが、崖の壁面にダンジョンが出来たというのは、レイにもよく分からなかった。
「ええっと、俺の聞き間違いか?」
「崖の壁面にダンジョンが……正確にはダンジョンらしきものが出来たというのであれば、別に聞き間違いでも何でもありませんよ」
「……そもそも、何でそんな場所にダンジョンが出来たと分かったんだ? 何らかの理由でダンジョンに見える穴が空いただけとも考えられないか?」
レイが疑問を持つのも、当然だった。
崖に洞窟のような穴が空くというのであれば、そうなる可能性は低いものの、決してないとは言えないのだから。
だが、そんなレイの言葉に、ワーカーはよくぞ聞いてくれましたといったような笑みを浮かべ、口を開く。
「そうですね。崖の壁面に穴が空いているだけであれば、それが必ずしもダンジョンであると言えないでしょう。ですが……少なくても、壁面に現れた穴……いえ、取りあえずは洞窟とでも称しておきましょうか。その洞窟の中に、ゴブリンやコボルト、オーク……他にも様々なモンスターがいるのは事実です」
「何でそう言い切れる? その洞窟からモンスターが顔を出すのでも見たのか? それとも、崖の壁面にあるのなら、そこまで降りていったとか?」
崖の壁面にある洞窟というのであれば、どこにモンスターがいるかどうか……もしくは、モンスター以外であっても、動物の類がいるかどうかというのを調べるのは、非常に難しいだろう。
その洞窟の中を調べる最良の方法は、やはりレイが口にしたように崖から降りていって、直接その洞窟の中を確認するだけだ。
しかし、ワーカーはそれを否定する。
「いえ。その崖は特殊な鉱石が混ざっているらしく、かなり滑るらしいです。それでいて鋭く尖っていたりして、とてもではないですが上の方から降りるといった真似は出来ないかと」
「命綱を付けて、冒険者を下ろすような真似は出来そうだけどな。それこそ、鋭い岩なら鎧とか盾でどうにかなりそうだし。……ロープが切れるのか?」
「その可能性が高い、とのことです」
「……じゃあ、結局、どうやってその洞窟の中にモンスターがいると判断出来たんだ?」
「それは簡単ですよ。洞窟の下……いえ、この場合は崖の下と言うべきでしょうか。そこにさっき言った、ゴブリン、コボルト、オークといったモンスターの死体、それも転落死したと思われる死体が何匹分もあるからです」
「は?」
再び、レイはワーカーが何を言っているのか、といった様子で視線を向ける。
だが、ワーカーはレノラお手製のサンドイッチを食べながらも、特に冗談だといって笑ったりする様子はない。
つまりそれは、ワーカーが口にした言葉が紛れもない真実であるということ。
「えっと……それは何か? つまり、壁面にあるダンジョンと思しき場所から、次々にモンスターが出て来て、勝手に高い場所から落下して死んでいると。そういうことなのか?」
「ええ。まさにレイさんの言う通りです。おかげで……という言い方は正直どうかと思いますが、最近ではゴルツの冒険者……いえ、冒険者ではなくても、その崖の下でモンスターの素材や魔石を拾うということが流行ってるそうですよ。ちなみに、一番人気はオークだそうです」
「あー……まぁ、そうなるだろうな」
オーク自体はそこそこの強さを持ち、特に女にとってはゴブリン同様に最悪の相手だと言ってもいい。
だが、そんなオークの肉はランク不相応な味を持っているのだ。
それこそ、その辺で普通に売っている肉の数段上の味と言ってもいいくらいに。
「おまけに、この数ヶ月の間、毎日のようにモンスターの死体が量産されているのを考えれば、偶然出来た洞窟の中にモンスターがいたというのはちょっと考えられません」
「寧ろ、その洞窟が山のどこか別の場所に繋がっているって可能性の方が高くないか? モンスターだって、別に何もない場所に突然いるわけじゃないんだし」
「勿論その可能性もあります。……というか、ゴルツでもその辺りを心配して、かなり大規模に山を探索したらしいです」
ゴルツがあるのは、田舎ではあっても辺境ではない。
つまり、オークのようなモンスターが現れるということは、皆無という訳ではないが非常に珍しいのだ。
だからこそ、毎日のように……いや、場合によっては数時間ごとにオークの転落死体が生み出されるというのは、異常に感じたのだろう。
もし近くにオークの……いや、ゴブリンやコボルトでも集落を作っているのであれば、ゴルツやその周辺にある村や街が危険だ。
そう考えてゴルツでは、それこそ周辺の村や街からも冒険者や猟師といった者達を集め、大々的に山の調査をした。
「……けど、結局その洞窟と繋がっている場所を見つけることは出来なかった。勿論ダンジョンが出来た山はかなりの大きさや広さを持つ山だから、見逃したという可能性もあるけど……その付近でモンスターの被害は殆ど報告されていません」
ワーカーの言葉は、つまり周囲には他にモンスターがいないか、もしいても数は少ないということを意味している。
「そうなると、残ってる可能性は洞窟の続いている場所がゴルツだったか? その周辺じゃなくて、もっと離れた場所にあるか……」
「ダンジョンか、ですね」
レイの言葉を継ぐようにして、ワーカーはそう言葉を締める。
勿論他にも色々と怪しい可能性はあるのだが、可能性の高いものはとなると、現状ではダンジョンが一番怪しいのだろう。
「だろうな。けど、ダンジョンが崖の壁面にあって、その壁面も滑ったり鋭い石があって登ったり降りたり出来ない。しかもダンジョンが出来たばかりなら、そこまで急いで攻略することもないんじゃないか?」
「そうですね。私もそう思います。特に、今のギルムの状況を考えると、レイさん達に抜けられるのは色々と大変ですし」
「にも関わらず、こうして俺に話を持って来たってことは、何かあるのか?」
「ええ。最近になって崖の下で死んでいるモンスターの数が急に増えているそうです。また、今までは見たこともなかったようなモンスターまでもがそこにはいるとかで」
「それで、ワーカーに相談を?」
「はい。向こうのギルドマスターとは、若い頃に色々とありまして」
若い頃と口にするワーカーだったが、その外見はとても歳を重ねているようには見えない。
そんなワーカーの言う若い頃というのが何歳くらいのことなのか、レイには理解出来なかったが、それでもゴルツのギルドマスターとワーカーが友好的な関係であるというのは理解出来た。
「つまり、ダンジョンが広くなる可能性があるってことでいいのか?」
「はい。ダンジョンが拡張されるのは、それこそダンジョンの個性によって色々と変わるのです、どうやらゴルツのダンジョンはそれが早いようで」
それで慌ててワーカーに連絡をしてきたと、そういうことなのだろう。
「で、俺にダンジョンの攻略に行って来いってことか?」
「そうですね。勿論無理にとは言いませんが。ただ、崖の壁面に出入り口があるダンジョンである以上、セトという移動手段のある紅蓮の翼であれば……と思いまして」
「そんな場所にあるダンジョンじゃな」
滑ったり鋭かったりする岩がある崖の壁面にあるダンジョン。
そのようなダンジョンであれば、入るのすら命懸けとなる。
また、そのような場所にある以上、普通のダンジョンのようにポーターを連れていくというのも難しいだろう。
そうなると、必要なのは当然のように空を飛ぶ手段となり、そういう意味ではセトを有しているレイ達への期待が高まるのは当然だった。
「そうですね。それで、どうです?」
ダンジョンに挑みますか? と、そう視線で尋ねてくるワーカーに、レイはどうするべきか悩む。
いや、ダンジョンに挑戦するかどうかという意味では、既に挑戦するというのは決まっているのだ。
デスサイズのスキルの一つ、地形操作。
現在レベル三のこのスキルのレベルを上げるには、迷宮の核をデスサイズで破壊する必要があるのだから。
(まぁ、もしかしたら他にも地形操作のレベルを上げる方法はあるのかもしれないけど、ダンジョンの核をデスサイズで破壊するのが一番手っ取り早いって分かっている以上、その機会を見逃すという選択肢はないよな)
ダンジョンの核を破壊するという意味では、エグジルにあるような巨大なダンジョンではなく、今回の話に出て来たような、生まれたて――という表現が正しいのか、レイには分からなかったが――のダンジョンが最善だ。
まだ生まれたてである以上、ダンジョンはそこまで広くはなく、ダンジョンの核がある場所まで到着するのも難しくはない。
もっとも、そのダンジョンについて心配もある。
「検討に値するとは思うけど……ゴルツの住人、特に冒険者は納得してるのか?」
そう、レイが尋ねる。
ゴルツの住人にしてみれば、何もしなくてもダンジョンから出たモンスターが、そのまま地上に転落死してくれるのだ。
具体的にどれくらいの頻度でそのようなことが起こっているのか……そして、一日に何匹くらいが死ぬのか。
その辺りの事情はレイにも分からなかったが、何もせずに稼げるのだから、目先のことだけを考えてダンジョンの攻略を嫌う者が出て来ても、おかしくはない。
理論的に考えれば、ダンジョンというのは成長していき、将来的にはそのことによって自分の住んでいる街が大きな被害を受けることがあるかもしれないと、分かってはいるのだろう。
だが、目先にぶら下げられた金があれば、そちらに飛びつく者というのは絶対にいるのだ。
特に冒険者というのは、危険が多い職業だ。
仕事によっては、命を懸けた報酬を貰っていると言っても間違いではない。
そんな冒険者達にとって、ダンジョンを攻略するということは、その臨時収入が得られなくなるということを意味している。
ダンジョンを攻略するためにゴルツに向かったはいいが、陰に日向に妨害行為をされれば、非常に面倒なことになるのは間違いなかった。
(まぁ、最悪は海に行った時みたいに、どこか別の場所に拠点を作って、そこで寝泊まりすればいいんだろうけど)
食料を始めとして、生活に必要な物を大量に収納して持ち歩けるミスティリングがあるからこその考え。
普通の冒険者であれば、絶対にそのような真似は出来ないだろう。
……もっとも、レイ達が普通ではないからこそ、今回のような依頼が持ってこられたのだろうが。
「全員が完全に納得してる訳じゃないと思います。ただ、もし実力行使をしてきた場合には反撃しても、多少のやりすぎなら問題ないと言質を貰っています。……あくまでも、多少ですよ?」
レイのこれまでの行動から、もしかしたらやりすぎるのではないかと、そう思ったのだろう。
念を込めた言葉に、レイは笑みを浮かべて口を開く。
「まだ、ダンジョンを攻略することに同意した訳じゃないんだけどな。それに、ダンジョンに行くとなると、ガメリオンの討伐にも参加出来ないし」
レイにとって、ガメリオン狩りが出来ないというのはそれなりに厳しい。
毎年恒例の行事だけに、出来れば参加したいという思いがあった。……ダンジョンの核とどちらが大事なのかと言えば、当然のように後者なのだが。
ここでレイがガメリオン狩りを出したのは、あくまでも交渉の為だ。
どうせダンジョンに行くのであれば、少しでも貰える報酬は多い方がいいと考えるのは当然だろう。
だが……そんなレイの言葉を聞いたワーカーは、残念そうに首を横に振る。
「そうですか。まぁ、実際これは指名依頼という訳でもないので、特にこちらから報酬を出すことも出来ませんしね。それにレイさんは増築工事の方でも大きな力となって貰っています。そうである以上、こちらも無理は言えません。分かりました。では、残念ですが他の冒険者の方に……」
「待った」
呆気なく話を終わらせようとしたワーカーに、レイは反射的にそう声を掛ける。
自分にダンジョンの話を持って来たワーカーが、まさかこうもあっさりと話を終えるとは思っていなかったのだ。
「何です?」
レイの言葉に不思議そうに視線を向けてくるワーカー。
それは冗談でも何でもなく、本当にここで話を打ち切ろうとしているように思えた。
ワーカーの表情からそう理解したレイは、やがて不承不承ながら頷きを返す。
「分かった、そのダンジョンの攻略、俺達がやらせて貰う。もしマリーナ達が駄目なようなら、俺だけでも行かせて貰う」
そう、告げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます