第1688話
「じゃあな。今まで助かった」
「ああ。俺もレイには感謝してるよ。この村を脅迫してきた海賊達を倒してくれただけじゃなく、漁で獲った獲物を全て買い取ってくれたんだからな。それも魚だけじゃなくて貝や海藻まで」
レイの言葉に、そう言いながら深々と頭を下げて感謝の言葉を口にしたのは、ガランカの中でもレイと接する機会の多かったパストラだ。
明日にはバカンスを終えてギルムに帰ると、そう話したのだ。
それを聞いて、パストラも最初は残念そうにしていた。
だが、元々レイがいる場所はここではなくギルムだというのは理解していたし、レイが今までガランカにもたらしてくれた利益は非常に大きい。
それだけの利益を甘受しておきながら、まだ帰らないでくれと言うのは、恥知らずでしかない。
(出来れば村の女と結婚してガランカに残ってくれれば嬉しいんだけどな)
そう思いつつ、それが無理だということは当然パストラも理解していた。
ガランカは田舎の小さい村だけあって、若い女の数はそう多くはない。
ましてや、レイの周囲にはエレーナ、マリーナ、ヴィヘラという、とんでもない美人達がいるのだ。
客観的に見て、エレーナ達にガランカの女が対抗出来るとは思わなかった。
「また、魚がなくなったり食べたくなったりしたら来させて貰うよ」
それは半ばお世辞交じりの言葉ではあったが、半ば本気でもあった。
実際、ガランカの漁師達はレイの注文によく応えてくれたし、レイが買った魚介類の量もかなりのものになる。
それは当然の如く、ガランカの漁師達が獲ったものなのだ。
腕利きの漁師が集まっているのは、魚の類を得る為にこの地にやってきたレイにしてみれば非常に幸運なことだった。
また、魚だけではない。
アワビやサザエ――正確には違うのかもしれないが、見た目は似ている――を始め、食用の海藻も大量に採って貰っている。
これを採って貰うのもまた、レイにとっては一種の我が儘に近いのだ。
自分の要望をきちんと聞いてくれるというのは、レイにとって非常に好印象だった。
もっとも、本当に大量に魚が欲しいというのであれば、それこそエモシオンにでも行けばいいのだろうが。
(ただ、エモシオンは港街で人が多く集まってくるだけに、どうしても面倒が起きやすいんだよな)
自分の力を振るうのに躊躇することはないレイだったが、だからといって面倒に巻き込まれるのを好んでいるという訳ではない。
何らかの収穫――マジックアイテム等――があるのであればまだしも、大抵の面倒はそんな収穫はまずない。
もっとも、レムレースのような賞金の懸かっているモンスターがいるというのであれば、レイもエモシオンに行くのは賛成なのだが。
「そうしてくれ。村長には……」
「いや、別にいいよ。どうせまた来ることになるんだろうし」
「レイがそう言うなら、それでもいいけどな。……ただ、あの村長の年齢を考えれば……いや……」
パストラが何を言おうとしたのかは、レイにも理解出来た。
だが、その言葉の途中でいきなり言葉を切ったのは何故なのか理解出来ず、首を傾げる。
「どうした? 何があったんだ?」
「……いや、その、村長は俺が小さい時からずっと村長で、姿が変わっていないと思ってな」
「もしかして、エルフの血とかが入ってるんじゃないか?」
いわゆるハーフエルフとかそういうのではないかと、そう告げるレイだったが、パストラはまさかと首を横に振り……
「おや、レイさん。今日も魚を買いに?」
そんなレイとパストラの前に姿を現したのは、奴隷商人のリローズと、ジュビスからやって来た警備兵が二人。
「ああ、そろそろギルムに戻ろうと思ってな。一応挨拶に来たんだよ」
「……そうですか。ギルムに」
しみじみとリローズが呟く。
リローズにしてみれば、レイという存在は自分がギルムで商売を出来るように取りはからってくれた人物でもあり、同時に海賊達をギルムに連れていくという難題を押しつけた人物でもあった。
もっとも、その難題があるからこそギルムで商売が出来るようになったのだから、決して恨んでいるという訳ではないのだが。
「海賊の方、よろしく頼むな」
「はい、それは勿論です。旅費までギルムの方で持って貰うのですから、こちらも相応に誠意をつくさせて貰いますよ。……それにしても……」
そこで一度言葉を切ったリローズは、レイの方をしみじみと見る。
「何だ?」
「いえ、わざわざ、何故海賊の奴隷を欲しがるのかと、そう思いましてね。単純に奴隷を欲するだけであれば、それこそわざわざ私が運ぶ必要もないでしょう? そうなると、何かあるのではないかと……そう勘ぐってしまうのも当然かと」
「あー……そうだな。ただ、別にリローズを嵌めてどうにかするとか、そういうことじゃないから心配する必要はないぞ」
地上船について話そうかと思ったレイだったが、地上船についてはギルムでもまだ限られた者しか知らない情報だ。
それをここで口にすれば、色々と不味いというのは分かったのだろう。
適当に誤魔化す。
リローズも、自分が誤魔化されているというのは当然わかっているのだが、それ以上を尋ねるようなことはしない。
ここで無理に尋ね……それこそ下手に事情を知ってしまえば、最悪口封じされてもおかしくないと理解しているからだろう。
レイに言えば、まさかそんなことはしないと言うのだろうが……それでも、これまで田舎で活動してきたリローズにしてみれば、どうしても怪しんでしまうのは当然だった。
「取りあえず、普通に取引をすれば問題ないから、気にするな」
「……そうですね。深紅の異名を持つレイさんが言うことですし、信用させて貰います」
わざわざレイの異名を口にする辺り――それも警備兵の前で――完全にレイの言葉を信じている訳ではないのだろう。
レイもリローズの思惑については何となく理解しながら、それでもそれ以上は何も口にしない。
ダスカーから頼まれてリローズに要求した内容が、色々な意味で常識外れなものだというのは理解している為だ。
「そうか……レイ殿がいなくなるのか。レイ殿。今回の海賊の一件では、非常に迷惑を掛けてしまった。そして、海賊の討伐をしてくれたこと、感謝させて貰う」
レイとリローズの話を聞いていた警備兵の一人……四十代程の男が、そう言ってレイに頭を下げる。
警備兵にしてみれば、ガランカは自分の配属された場所という訳ではない。
だが、それでもこの辺り一帯で最も栄えているジュビスの警備兵として、誇りは持っていた。
それだけに、ジュビスからそう離れていない――それでも数日の距離だが――ガランカが海賊に脅迫されていたということを知り、深く思うところがあったのだろう。
「俺がここに来たのは偶然だったからな。次からはしっかりと守ってくれればいいさ」
「……そうじゃな、そうして貰えると、儂等も助かるよ」
そう言ったのは、ガランカの村長の老婆。
別に連れてくる必要はないとレイは言ったのだが、パストラが気を利かせて誰かに呼びに行かせていたのだろう。
何だかんだと、今回の一件でレイが深く関わることになった者達が集合してしまった。
「わざわざ来なくても良かったんだけどな」
「何を言う。お主がいなければ、あの海賊共はこの村に大きな被害をもたらしていたんじゃ。それをどうにかしてくれた恩人が帰るというのじゃから、村長たる儂が挨拶をするのは当然じゃろう」
ふぇふぇふぇ、と笑みを浮かべる村長の言葉に、レイも釣られたように笑う。
実際、今回の一件でガランカが受ける筈だった被害は相当なものになっただろう。
それを解決したレイに恩を感じるのは、当然のことだった。
……レイも当然そんなことは理解していたのだが、仰々しくされるのはあまり好みではなかったので、わざわざパストラだけに自分が帰ると言おうとしたのだ。
「とにかくじゃ。お主にも色々と思うところはあったのじゃろうが……お主のおかげでガランカが救われたのは間違いない。感謝しておるよ」
「そうか。なら、ガランカをもっと発展させて、漁業を活発にしてくれ。海にいるモンスターにも対処出来るようにしてな」
そう告げるレイの言葉に、村長は少し考え……やがて口を開く。
「発展させると言ってものう。ここは田舎じゃ。それこそ、今回のようなことがなければ、そう注目の集まるような場所ではない。それに人も少ない。……お主が言うような発展は、まず無理じゃよ」
「そうか? その辺はやり方次第だと思うが……まぁ、人集めは難しいか」
しみじみとレイが呟くのは、これもまた日本にいた時のことが関係している。
レイが住んでいた付近は、人口が減り続けている。
それこそ将来的には市としては立ちゆかなくなってもおかしくないのではないか……そう思える程に。
レイはまだ若いこともあって、その辺にあまり興味はなかったが、両親がその類の話をしているのを何度も聞いたことがある。
日本ですら過疎化しつつある場所で盛り返すのは大変なのだから、このエルジィンという世界では余程のことがないと無理だろうというのは、レイにも容易に予想出来る。
それこそ、ガランカの近くで鉱脈が見つかるとか、もしくは何らかの研究所を建てるといったようなことでもあれば、ガランカが発展する可能性はなくもないが……実際にそれが出来るかと言われれば、微妙なとこだろう。
(ゆるキャラのマスコットキャラとか……いや、この世界の感覚だと、下手をすればモンスターと間違われて討伐されかねないな)
日本にいる時に見た、全国津々浦々のマスコットキャラを思い出せば、この世界でモンスター扱いされるのはほぼ間違いないように思えた。
ともあれ、その後も一時間程会話をし……やがて、最後の魚介類の買い取りを終えると、レイはセトに乗ってベース基地に戻るのだった。
「はい、まずは単純に塩焼きにしてみたわ。ただ、直火じゃなくてレイちゃんの窯で焼いたから、美味しい筈よ」
この地で食べる最後の夕食ということで、ビストルが思う存分腕を振るった料理。
その中で最初に出て来たのは、レイが今日の漁で獲った体長六m程のエビの身を切り分け、シンプルに窯で焼いたものだった。
もっとも、調理法がシンプルだからといって、料理そのものに手間が掛かっていない訳ではない。
熱で身が曲がらないように何ヶ所にも切れ目を入れ、野草や山菜といったハーブで風味付けをされているそのエビの身は、シンプルなだけに十分エビの美味さと歯応えが楽しめる。
特に大きいのは、エビが巨大であるにも関わらず大味ではなかったということか。
十分に美味いその身は、寧ろレイが日本にいる時に食べたエビよりも強烈な旨みを持っていた。
「はふ、はふ……うん、美味い!」
レイの言葉に、他の皆も全員が嬉しそうにそれに同意する。
そうしてエビを焼くというシンプルな料理は、あっという間にレイ達の腹の中に収まる。
(焼く……そう言えば、塩釜焼きとかいう料理があったけど……今度作ってみるか。塩で包んで焼けばいいだけだったような気がするし、そう難しくはないだろ)
エビを食べながら新しい料理を考えるレイだったが、実際には塩釜焼きを作るときは塩に卵白を加える必要があるので、レイの考えで塩釜焼きを作っても成功はしない。
もっとも、レイの場合はこういう料理があるというアイディアを本職の料理人に伝えて、それで料理人に作って貰うという手法をとっているので、今まで致命的な失敗はしていないのだが。
(もう少しすれば、ガメリオンの季節だ。ガメリオンの肉で塩釜焼きを作れば……うん、美味そうだな)
レイのミスティリングの中には、去年獲ったガメリオンの新鮮な肉が大量に入っているのだが、やはり旬の食材は実際に狩ったばかりのものを食べたいと思うのは当然だろう。
ガメリオンの塩釜焼きを思い浮かべているレイの前に、ビストルが作った次の料理が出てくる。
「はい、海鮮炒めよ」
そこには、魚、貝、タコ……といった海産物が炒められた料理があった。
最初のエビと同じく、様々な野草を使って味は飽きないように工夫されている。
また、特に貝は火を通しすぎると硬くなりすぎるということを海に来てからの料理で知っていたビストルは、火の通り具合にもしっかりと気を配って調理していた。
(海鮮餡かけ焼きそば……いや、海鮮餡かけ焼きうどんか? けど、片栗粉ってどうやって作るんだろうな? あれがあれば結構使い勝手のいい食材になりそうなのに)
そんな風に思いつつ、レイは炒め物を食べ……それ以後も色々と出てくるビストルの作った料理に舌鼓を打ち、最後の晩餐を楽しむのだった。
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