第1673話
触った船がミスティリングに収納出来なかったことに一瞬驚いたレイだったが、その驚きはすぐに消える。
基本的にはどれだけの大きさの物であろうと、どれだけの重量の物であろうと収納出来るレイのミスティリングだが、それでも絶対に収納出来ないものがある。
それは……生物。
犬だろうが、猫だろうが、モンスターだろうが、魚だろうが、生きている存在はミスティリングの中には収納出来ないのだ。
そう、例えば……それが人間であっても。
(いやまぁ、この船の老朽化具合を見ると、もしかしたら人間じゃなくてネズミとか、そういうのが船の中にいる可能性はあるけど)
だが、今レイが触れている船より老朽化していた船は、普通にミスティリングの中に収納出来たのだ。
であれば、この船だけが収納出来ないというのは、多少疑問が残る。
「誰か、この船の中にいるな?」
そう呟いたレイの言葉に、海賊達は半ば反射的に身体を硬直させる。
これが、もっと一流の……本物と言われるような海賊であれば、図星を指されてもここまで動揺するようなことはなかっただろう。
だが、ここにいるのは結局こんな田舎で活動している海賊……場末の海賊と呼ばれてもおかしくないような、そんな海賊なのだ。
そうであれば、当然のように今回のような事態で動揺するなという方が無理だった。
「い……いや、その……」
海賊の一人が口籠もるが、その態度を見れば何か隠しているということは容易に理解出来る。
(どうやら、ネズミの件はなさそうだな)
そう判断し、視線をまだ海に浮かんだままの船に向ける。
「お前達が何を隠しているのかは分からないが、ここに誰かがいるのは確実なんだろう? なら、こちらも相応の態度を取るだけだ。セト、もし誰かが船から出て来たら、そいつを捕獲してくれ。こいつらの様子を見る以上、もしかしたら重要人物が乗ってるのかもしれない。……この海賊を率いてる奴とか、な」
レイの言葉に、再び海賊達が動揺し……それを見れば、レイにも船の中にいる人物の予想は出来た。
(この海賊のお頭か……もしくは、お頭ではなくても何らかの影響力を持っている奴か。取りあえず慕われているのは間違いないだろうけど)
もし下の者に嫌われているような者が相手であれば、海賊達もこうまでして庇うといった真似はしないだろう。
そうして庇われている時点で、下から慕われている者だというのは確定だった。
「さて、誰がいるのか。少し楽しみだな」
そう言い、船に乗り込んでいく。
背後で海賊達が何か騒いでいるように感じたが、レイはそれを聞き流していた。
海賊達も全員が縛られている以上、今の状況で何も出来ないと、そう判断した為だ。
「……分かっていたけど、随分と老朽船だな。まぁ、地上船を開発する為の勉強用としては十分かもしれないけど」
最初にミスティリングに収納した船の方が、今レイがいる船よりも更に老朽化が進んでいたのだ。
それを考えると、無理矢理にでも自分にそう言い聞かせて納得させる必要があった。
甲板の周囲を見回すと、船の内部に入る為の扉が見える。
きちんとした扉は一つだけだが、船の甲板には他の扉も幾つか存在している。
中でそれぞれが繋がっていないのか、それとも単純に移動の手間を考えての処置なのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、取りあえず中に入ればその辺りもはっきりするだろうと判断し、普通の扉の方に向かう。
もしかしたら、甲板の床にある扉から船の中にいる者が逃げだそうとするかもしれないが、そうなればセトに捕まるだけだという絶対的な安心感がレイにはあった。
扉から船の中に入っていくと、その中も外と同様に幾つもの補修の跡が見て取れる。
「誰もいないのか?」
周囲にそう呼び掛けるが、当然のように中から何の反応もない。
それを確認してから、レイは船の中の気配を探る。
下の方に、一つの気配。
「下か。……隠れてる奴が何を考えているのかは分からないけど、本当に隠れてやりすごせると思ってるのか?」
呟き、まさか何かの罠が仕掛けられているのでは? と考えつつ、レイは船の中を下に向かって進んでいく。
だが、暫く通路を歩いていても罠の類が発動するような様子はない。
(本当に、何を考えてこんな真似をしたんだ? いやまぁ、それならこっちも楽だからいいんだけど)
そうして船の中を歩いているうちに、やがて目的地……気配のある場所に到着する。
そこは、船の中にある部屋の一つだ。
ただし、船長室といった場所ではなく、何でもない普通の部屋だ。
(ここか)
足を止めたレイは、その部屋の扉を軽くノックする。
周囲に軽い音が響くが、中からは特に何の反応もない。
数秒後、再度ノック。
それでも部屋の中からは何の反応もなく、周囲には船の外の波の音がどこからともなく聞こえてくる。
(いや、こういう場所で外の音が聞こえてくるってのは、色々と不味いんじゃないか? ……まぁ、こうして見る限りでは、特に浸水とかしてないようだから、大丈夫なんだろうけど)
もし停泊しているだけで浸水しているのであれば、それこそ今の状況ではいつ沈んでもおかしくはない。
そんな風に思いながら、レイは目の前の扉を開ける。
「やああああああっ!」
扉を開けた瞬間、そんな声と共に刃が襲い掛かってくる。
一応は鋭いと呼んでも差し支えがないが、それでも扉の向こうに気配があり、恐らく待ち伏せをしているというのは予想出来ていたレイにとって、その一撃を回避するのは難しいことではない。
特に驚いたり動揺するようなこともなく、身体を横にしてその攻撃を回避しつつ、突き出された長剣……いや、サーベルと呼ぶべき武器を握っている男の手首を掴み、そのまま相手の勢いを利用して投げつける。
「ぎゃあっ!」
投げ飛ばされた男は、当然のように廊下の壁に背中をぶつけ、悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。
だが、それでもすぐにサーベルを手にして立ち上がろうとするのを見て、レイは少しだけ感心した表情を浮かべる。
先程の一撃は、それなりの勢いで投げ飛ばしたのだ。
もっとも、それはレイに奇襲を仕掛けてきた男の一撃がそれだけ勢いに乗っていたということでもあるのだが。
ともかく、男は痛みを堪えながらも立ち上がり、サーベルの切っ先をレイに向けてくる。
「……若いな」
こうして向き合い、初めて男の顔をじっと見つめ、そう呟くレイ。
勿論若いといっても、レイよりは随分と年上に見える。
年齢としては二十代に入ったばかり……いや、もしかしたら二十歳にもなっていないのではないかと思えるくらいの若さ。
少なくても、レイが捕らえた海賊の中には目の前の男よりも若い者はいなかった。
上は五十代くらいから、下は二十代後半といったところか。
「何を言ってるんだよ! お前みたいな子供に若いなんて言われる筋合いはないぞ!」
サーベルの切っ先をレイに向けながら、男は顔を赤くしつつ叫ぶ。
まぁ、それはそうだよな……と男の怒り具合に納得しつつも、レイは全く焦っていなかった。
普通であれば、自分は武器も何も持っていない状況で、相手は既にサーベルを構えており、いつでもそれを振るえる準備を整えているという状況では、素手の方が圧倒的に不利だ。
しかし、それはあくまでも力が同程度の場合に限る。
圧倒的なまでに力の差がある場合……そう、例えばレイと目の前にいる男のような関係の場合では、例え相手がどのような武器を持っていようとも関係はない。
「まぁ、そうだろうな。……それで、どうする?」
どうする? と、そう言われた男は、最初何を言われているのか理解出来ない様子でレイに視線を向ける。
「どうするって、何がだよ」
「このまま続けるかってことだな。今のやりとりで、大体分かったんじゃないか? 俺とお前の強さの差は」
レイの言葉に、男は言葉に詰まる。
実際、レイと男の力の差は、子供と大人……いや、それ以上のものがあるのは明らかだ。
男がレイに勝てる可能性は、それこそ万に一つもない。
勝てないだけではなく、この場から逃げ延びるという点で考えても逃げ切れる可能性すらもない。
それが分かっている時点で、まだ抗うのかと。レイはそう尋ねたのだ。
「ぐっ、……くそ……だからって、引き継いだばかりのこの海賊団を潰す訳にはいかねえんだよっ!」
「あー、なるほど。そういう事か」
男が口にした言葉で、何故このような若い男が海賊団の頭目をやっているのかをレイも理解した。
それでも下の者が庇ったということは、慕われているのは間違いない。
ただ血の繋がりだけで海賊団を継いでも、それだけであれば他の海賊達がその人物を認めるということはない筈だった。
「だから……だから、俺はここで大人しく負けたり捕まったりする訳にはいかないんだ、よ!」
叫ぶと同時に、サーベルを持っていない方の手を懐に入れると、それを地面に叩き付けようとし……
「残念」
その言葉と共に、手がそれ以上は動かなくなる。
いつの間にか……本当にいつの間にか男のすぐ側まで移動していたレイが、男の手を掴んだのだ。
一瞬前までは、間違いなくサーベルの切っ先を向けられていた筈だったが、気が付けば男の隣にいる。
何が起きたのか……どうすればそのような事になるのか、男には全く理解出来なかった。
そして理解出来ないまま、握られている手に徐々に力が込められていき、気が付けば男が握っていたものが床に落ちた。
それは、掌で完全に隠せるような大きさの立方体の物質だった。
(何だ? あの状況で床に叩き付けようとしたんだから、間違いなく何らかの効果を持つ道具……もしくはマジックアイテムなんだろうが)
この状況でレイが思いついたのは、以前ベスティア帝国の者達が使っていた転移石だ。
だが、床には当然のように魔法陣の類もない。
だとすれば、その立方体の物質を叩き付けるだけで転移が出来るのか? と一瞬考えるも、ベスティア帝国が持つ最先端の錬金術師ですら不可能なことを、こんな田舎の海賊が出来るとも思えなかった。
「これは、何だ?」
分からないことであれば、知ってる奴に聞けばいいと判断し、レイは男に尋ねる。
元々男がこのマジックアイテムと思しき物を使おうとしたのだから、それがどのような効果を持っているのか知らないということは絶対に有り得なかった。
「うるせえな! 敵にそんなことを教える訳ねえだろ!」
「……敵?」
疑問を抱いた表情を浮かべるレイに、男は一瞬不思議そうな表情を浮かべ……やがて、自分がレイに敵としてすら見られていないことに気が付き、頬を引き攣らせる。
自分は強敵に……それこそ、どうしようもない程の強敵に挑む勇者――海賊だが――のような気分でいたというのに、レイは自分を敵とすら認識していなかったのだ。
実際、男の強さを考えれば、レイから見て敵と認識される筈もない。
いいところ、捕らえるべき獲物……といったところか。
「敵かどうかはともかくとして、結局これは何のマジックアイテムなんだ?」
「そんな……そんな風に対応されて、俺が素直に言うと思ってるのか!」
「……言わないのか? いやまぁ、お前がそのつもりならそれもいいけど、俺はこのマジックアイテム……かどうかは分からないが、その効果は知りたいんだ。そうである以上、手段を選ぶつもりはないぞ?」
そう告げ、レイは男の腕を捕まえている手に少しずつ、本当に少しずつだが力を入れていく。
最初は軽く締め付けられるだけだった男だが、次第にその手を握るレイの力は強まっていき、それは男の顔を苦痛に歪める。
「ぐがっ! ががあああっ! 痛ぇっ! くそっ、離せ、離せよ!」
「残念だが、お前が素直になるまではそんなつもりはないな」
このような場面で使おうとしたのだから、かなりの効果を持つマジックアイテムなのだろうというのは、レイにも想像出来た。
男にとって不幸だったのは、レイがマジックアイテムを……それも、実戦を始めとして、使い物になるマジックアイテムを集めるという趣味を持っていたことだろう。
そんなレイにしてみれば、このマジックアイテムの効果は是が非でも知りたいものだ。
ましてやそれを知ってるのは海賊で、レイには相手の安全を考えてやる必要もない。
握られている男の腕は、既に皮膚が破れ、肉が潰れつつある。
このまま放っておけば、間違いなく骨までもが砕かれる。
男はその痛みに耐えながらレイを見て……背筋に冷たいものを感じた。
いや、命の危険を感じたというのが正しいだろう。
「え、煙幕だ! このマジックアイテムは、一定以上の衝撃を与えればその衝撃に応じて煙幕を生み出すんだ!」
結局、男はマジックアイテムについて答えるのだった。
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