第1671話

 話が決まれば、レイは行動するのが早い。

 いや、そもそも準備らしい準備を必要としないのだから、それも当然だろうが。

 基本的にレイの持つ道具の殆どはミスティリングに入っているのだから、何かを取りに戻ったり……といったことをする必要はない。

 一応海賊退治のことをエレーナ達に知らせた方がいいのでは? と思わないでもなかったが、村人達から期待の視線を向けられたことと、海賊退治ではそこまで時間が掛からないだろうという思いから、報告については今日の夕食の時でもいいと判断した。


「それに、こんな田舎にいる海賊だ。戦力的にそこまで強いとは、到底思えないしな」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、どうしたの? と首を後ろに向けてくるセト。

 そんなセトに何でもないと背中を撫でてやり……やがて、眼下に目的の島が見えてきた。

 村から飛び立って数分……もっとも、それはあくまでもセトだからこその速度で、もし船で移動するとなれば相応の時間が掛かるだろう。


「んー……こうして空から見る限りだと、それなりに人数はいそうだな」


 村とは反対側の方には、簡単な……本当に簡単な港が作り出されていた。

 恐らく島に生えている木々を使って作ったのだろうが、簡易的なものであっても港を作るというのはそれなりに労力が必要となる。

 島にいる海賊は、それを可能としたのだから、相応の人数がいるのは間違いなかった。

 何より、その簡易的な港には二隻の船があったのだから、それなりの規模の海賊と考えてもいいだろう。


(まぁ、両方とも結構な年代物のように見えるけど)


 空から見た限りでも、船の甲板部分は何ヶ所も補修されたような痕跡が見える。

 帆は現在畳まれているのでそちらがどうなっているのかは分からないが、それでも甲板を見る限りではそちらも同様に補修が繰り返されている可能性が高い。

 それ自体は特に問題はない。ないのだが……レイがこの海賊を倒そうと考えた大きな理由の一つが、海賊の持っている船を手に入れることだった。

 現在ギルムで行われている増築工事が終われば、次にギルムが行うのは船を地上で移動させることを可能とする為の研究だ。

 そのベースとなるのは砂上船だが、同時にギルムには船を作る上でのノウハウを持っている者は多くない。

 全くいないという訳ではないが、それでも非常に少ないのは事実だ。

 その為、砂上船を地上船にする上でも、船のことを勉強する為の練習船というのは必須だろう。

 その練習船として、海賊から奪った船を使おうというのが、レイの考えだった。

 結局は練習台として使い潰すのだから、古くなっている船でも構わないのだが……それでも、出来れば新しい船とまではいかなくても、もう少ししっかりとした船を用意したいというのが、正直なところだ。


(いや、練習用があるだけマシか。それにあまり新しい船だと、ダスカー様に買い取って貰う時にも相応の値段を出して貰う必要があるし。……そう考えれば、寧ろボロい船でよかったのか?)


 船の様子を見ながら考えていたレイだったが、セトにどうするの? と後ろを向いて尋ねられ、我に返る。


「そうだな。じゃあ、そろそろ攻撃するか。取りあえず……船で逃げられないようにする為に、セトは船を守って貰えるか? もし船に誰かがいるようなら、死なない程度に攻撃して捕らえてくれ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは分かった! と喉を鳴らす。

 そんなセトを撫でてから、レイは下に下りるように頼む。


「派手に行くとしようか。でないと、海賊を一人ずつ見つけて倒していくのは面倒くさいしな」

「グルゥ! グルルルルルルルルゥ!」


 レイの言葉に従い、セトは島中に響き渡るかのような鳴き声を上げながら地上に降下していく。

 当然、そんな鳴き声が頭上から聞こえれば、海賊達も当然のようにセトの存在に気が付く。

 周囲からは見えないような場所に建てられている家――正確には小屋と呼ぶべきか――から、何人もの男達が出てくる。

 島の外側からは見えないような場所に建てられている小屋だが、セトのように空を飛ぶ存在に関しては配慮されていないのだろう。セトの背の上にいるレイからは丸見えだった。


「じゃ、船の方は頼むなセト」

「グルゥ!」


 鳴き声を上げるセトの背をよろしくという意味も込めて軽く叩くと、レイはそのままセトの背から飛び降りる。

 セトは降下中で、大体地上五十mくらいの高さにあった。

 普通であれば、この高さから落ちると間違いなく死ぬだろう。

 だが……レイの場合は、違う。

 スレイプニルの靴を発動させ、落下しながらも何度か空中そのものを蹴って速度を殺す。

 そうして着地した先は……


「おわあああっ! て、てめえっ! どこから出て来やがった!」


 小屋から出て来た、海賊達のすぐ前だった。

 レイのすぐ側にいた海賊は、突然現れた見知らぬ相手に驚くも、今の状況からレイが敵だと認識したのだろう。

 すぐに武器を手に取り、お前は誰だといったことを聞くよりも前に、攻撃を仕掛ける。

 それは、海賊としては当然の反応だろう。

 ましてや、先程のセトの鳴き声のすぐ後の出来事なのだから、味方と認識出来る筈がなかった。


「っと」


 バトルアックス……の類ではなく、樵が使うような斧による一撃がレイに向かって振るわれるが、反射的な一撃ということもあり、特に鋭さの類も存在しない一撃がレイに命中する筈もない。

 あっさりと斧の一撃を回避したレイは、そのまま黄昏の槍を横薙ぎに振るう。


「ぐおっ!」


 穂先で斬り裂くのではなく、柄で殴りつけるといった一撃。

 普通なら防ぐことが出来たかもしれないが、その一撃を放ったのはレイだ。

 こんな田舎の海賊に、それを防げる筈もない。

 レイの一撃を食らった盗賊は、殴られた勢いそのままで真横に吹き飛び、仲間の身体に当たってその動きを止める。

 もしそこに仲間の姿がなければ、数mは空中を飛ぶようなことになり、地面を転げ回ることになっていただろう。

 そういう意味では、レイの攻撃を食らった海賊はまだしも幸運だったのかもしれない。……もっとも、レイに襲われた時点でとてもではないが、幸運とは言えないのだが。


『なっ!?』


 自分達の仲間が吹き飛ぶ光景に、それを見ていた他の海賊達は唖然とした声を出す。

 吹き飛ばされた男は、別にこの海賊の中でも突出して強い……という訳ではない。

 だが、別に弱いという訳でもないのだ。

 海賊をやっている以上、荒事には相応に慣れている。

 そんな男が、レイのような小さな人物相手に吹き飛ばされたのだから、他の海賊達は唖然とするしかなかった。

 何人かの海賊は、もしかしたらわざと吹き飛んだように見せただけなのでは? とも思ったが、倒れている仲間に視線を向ける限りでは、到底そのようには思えない。


「どうした? 見ているだけか? 生憎と、あまり時間がないんだ。さっさと掛かってきて、それでやられてくれ」


 レイの口から出る、挑発するような言葉。

 いや、それは挑発するような言葉ではなく、実際に挑発する為の言葉なのだろう。

 相手を怒らせ、逃げられないようにする為の言葉だ。

 レイにとって厄介なのは、自分に向かって襲い掛かってくるのではなく、この場から逃げられることだ。

 この無人島はそれなりの広さがあり、人が隠れるという点では多くの場所があった。

 海賊達が四方八方に逃げられるような真似をすれば、見つけるのに手間が掛かる。

 ここで見つけるのが無理や難しいではなく手間が掛かるとしたのは、やはりセトがいるからこそだろう。

 セトの五感があれば、どこに海賊が隠れても見つけることはそう難しい話ではない。

 ……もっとも、それに時間が掛かって面倒だというのも、間違いのない事実なのだが。

 ともあれ、レイの挑発は見事なくらいに海賊達の頭に血を上らせることに成功した。

 斧や棍棒……中には武器になりそうな物を見つけられなかったのか、拳で殴りかかってくる者すらいた。

 勿論全員がそんな風に間に合わせの武器しかない訳ではなく、きちんと他の船や村を襲う時に使う自分の武器を持っている者もいる。

 だが……連携も何もなく、ただ数の力でレイをどうにかしようというのが、間違いでしかない。


「うおおおおおおおおっ!」

「そんな攻撃で俺をどうにか出来ると、本当に思ってるのか?」


 棍棒の一撃を回避し、デスサイズの柄で殴りつける。

 骨折させないように、出来るだけ手加減をした一撃だったが……それでも、海賊を吹き飛ばすには十分な威力がある。

 そうして吹き飛んだ海賊は、最初の海賊と同様に仲間にぶつかってようやくその動きを止める。

 他の海賊達も、レイに襲い掛かりはするものの、かすり傷一つ付けることが出来ずに叩きのめされていく。

 そうして、レイがこの島に上陸してから数分と経たず、海賊達は全員が意識を失って気絶することになっていた。


「……さて」


 気絶した海賊達を一瞥し、レイはミスティリングからロープを取り出す。

 それから気絶した海賊達の手足を次々に縛り、逃げ出せないように近くにある木に結ぶ。

 そこまでやっても海賊達が気絶したままだったのは、それだけレイの一撃が強烈だったということだろう。

 そうして海賊達を縛り終えると、レイは失敗した……といった風に空を見上げる。

 夏も終わりそうになっているのだが、それでも海だからか、夏らしい青空が広がっていた。


「いや、海だからとかは関係ないか。気分的にはかなり関係あるけど」


 呟きながら、空から縛られている海賊達に視線を移す。

 そんなレイの視線にあるのは、面倒臭いという感情が殆どだった。

 サブルスタ周辺の盗賊を討伐した時にも感じていたことだったが、盗賊を倒すのより、縛る方に時間が掛かるのだ。

 もっとも、その時の経験から縄抜けが出来ないような縛り方を覚えたり、縛る時の速度が上がったのは、レイにとって喜んでいいのかどうか、判断は微妙なところだったが。


「取りあえず、次だな。まずは……」


 レイの視線が向けられたのは、海賊達が飛び出してきた小屋。

 こうして外で大きな音を立てて戦っていても、その小屋から誰かが出てくる気配はない。

 そうである以上、小屋には他に誰もいないだろうし、気配を探った限り、それは間違いなかった。

 だが、もしかしたら気配を殺せるような者がいるかもしれないし、もしくは何らかのお宝がある可能性も皆無ではない。

 可能性としてはかなり小さいながらも、一応……という感じで小屋の中を見ていく。

 だが、小屋の中にあったのは、それこそ酒や干し肉や干し魚のようなものばかりで、特にこれといった物はない。

 まさか海賊が飲みかけの酒や食いかけの干し肉、干し魚を奪うなどという真似はレイにも出来ず、次々に小屋の中を覗いていく。


「捕虜の一人でもいると思ったんだけどな」


 サブルスタ周辺の盗賊達の中には、相手を殺さずに捕らえるような者もいた。

 身代金、奴隷として売る、八つ当たりの相手、性欲の相手……様々な理由により、その捕虜達は使い勝手のいい存在でもあったのだ。

 だからこそ、この海賊のアジトとなっているこの島にも同じような捕虜がいてもおかしくはないと、そうレイは思っていたのだが……幸いなことに、もしくは残念なことに、捕虜の類はどこにもいない。

 海賊達の目が覚めたら後でその辺を聞こうと考え、他にもまだ島の中にいるだろう海賊達を探していく。

 島の上空から見た時、小屋のある場所は先程レイが降り立った場所だけだったが、考えてみれば今は日中だ。

 普通であれば、何らかの仕事をしているのは間違いなく、寧ろ今の時間に小屋の中にいるという方が珍しいだろう。


「まぁ、実際に上から見た限りだと、結構島を動き回っている奴がいたけど。……さて、そうなると、次はどこを目指すべきだ?」


 島で働いていた者達が、上空からセトの鳴き声を聞いたらどう行動するか。

 それを考え……


「おいっ、どうしたんだよお前等!?」


 離れた場所……先程海賊達を木に縛り付けた場所からそんな声が聞こてくると、レイはだよな、と呟く。

 セトの鳴き声でモンスターの襲撃か何かだと判断すれば、それこそ一旦自分達の拠点に戻ってこようと考えるのは当然だった。


(拠点ってことで考えると、海賊だけに船の方に行った奴もいるかもしれないが……そっちはご愁傷様って奴だな)


 レイが戦ってみたところ、この海賊達は外見はともかく、実力という点ではそこまで高い訳ではない。

 それこそ、サブルスタ周辺の盗賊にはこの海賊達よりもまだ腕の立つ者がいた程だ。

 そんな者達が、セトの守っている船に入り込める訳はないと判断し……レイは取りあえず、新たに集まってきた海賊達の意識を狩るべく、声の聞こえてきた方に向かって歩き出すのだった。

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