第1662話
太陽の光を反射して煌めくその光景は、まさに圧倒的な自然の雄大さというものを見せつけていた。
青く光る海。
それが、現在レイの視線の先に広がっている光景だ。
「うお……別に海に来るのが初めてって訳じゃないけど、やっぱりこういう光景は凄いな」
海という点では、レイは何年か前にエモシオンという港街を訪れたことがある。
もっとも、その時はレムレースという賞金首のモンスターを倒す為に行ったということもあり、優雅に海水浴を楽しむ……などという真似は出来なかったが。
「ちょっと、レイちゃん! 海が見えてきたのなら、急いでよねん。アタシも早く海を見たいわ!」
セト籠の中から、ビストルの声が聞こえてくる。
エレーナを含めた他の面々も、何も言わないようだがビストルの言葉に同意しているのは明らかだった。
「分かった、ちょっと待っててくれ。どこか着地出来る場所を探すから。……岩の海岸か」
海の近くに視線を向けたレイが見たのは、白い砂浜……ではなく、見るからに硬そうな岩が無数に存在している場所だった。
もっとも、レイの目的は海水浴ではなく、魚を始めとした魚介類を可能な限り獲ることだ。
そういう意味では、砂浜よりも岩の海岸の方が向いているのだが。
勿論砂浜にも魚はいるのだが、やはり岩のある方が魚や貝、タコ、イカ……それ以外にも様々な魚介類を捕獲するには向いている。
(それに、岩のある海でなければ遊べないこともあるしな)
レイが日本にいたころ、小さい頃は家族と、そして大きくなってから友人達と海に遊びに行くことがあった。
レイ達の住んでいる場所からそう遠くない場所にある海は、砂浜の海もあるが、岩の海もある。
そんな中でレイの家では、岩の海岸に遊びに行くことが多かったのだ。
岩であれば、ツブ貝のような様々な貝が生息しており、その貝を石で潰して釣り糸で結び、浅瀬の海に入れる。
すると、小さなカニや魚が寄ってくるのだ。
ザリガニ釣りではなく、カニ釣り。
それは磯遊びとしては十分面白い遊びだった。
……また、そんなカニではあるが、小さいからこそ殻もそこまで固くはなく、素揚げにして塩を振って食べて非常に美味かった記憶がレイにはある。
(それに、浅瀬でもタコとかはいるし。……漁業権とかそういうのがないだろうから、アワビとかサザエとか牡蠣とか、そういうのも獲れる可能性がある。……まぁ、この世界にいるアワビとかが地球と全く同じ種類だとは限らないけど)
そんなことを考えながら、レイはセトに地上に降りるように頼む。
ただし、そのまま海の近くに下りるのではない。
少し離れた場所にある、湯気のある場所に向かってだ。
(どこかの村とか街を拠点にするのなら、海から上がった後の水を心配する必要はないけど……こういう人のいない場所を拠点にする場合は、水の確保は必要だよな。特に今回は海だし)
海を泳げば、当然ながら身体は海水に……塩水に浸かる。
そうなれば、当然のように髪も含めて身体中に塩が残ることになってしまう。
そうならないようにする為には、やはり海から上がったら身体を洗う必要があった。
(そういう意味では、温泉を見つけたのは運が良かったよな)
もし温泉がなくても、レイのミスティリングの中には大量に水が入っているし、最悪の場合は流水の短剣もある。
……もっとも、天上の甘露の如きと評されることの多い流水の短剣の水で身体を洗うというのは、第三者から見れば贅沢以外のなにものでもないのだが。
ただし、それはあくまでもレイ以外から見た場合の話だ。
レイにとって流水の短剣とは、自分の魔力を流せば幾らでも水が出てくるものであり、他人にしてみれば天上の甘露と呼ぶべき味の水であっても好きな時に好きなだけ飲める水にすぎない。
だからこそ、どれだけその水を使っても、そこまで贅沢だとは感じないのだ。
流水の短剣ではなく、マリーナの精霊魔法でどうにかするという方法もあったが……魔力量から考えれば、やはりレイがやった方が手っ取り早いのは間違いない。
今回は温泉を見つけたので、流水の短剣を使って産みだした水で身体や髪を洗ったりしなくてもよかったが。
(問題は、あの温泉が入ることの出来る温泉かどうか、だな。温泉の中には、入れない温泉とかもあるって聞くし)
レイが知ってる限りでは、入れない程の熱湯の温泉だったり、入ることが出来ない成分の混ざっている温泉だったりといったものがある。
そのような温泉でなければいいなと思いつつ、地上に向かって降下していくと……視線の先では、何匹かの猿が温泉に入っているのが目に入った。
その猿達は、温泉の上をセトが飛んだのを見ると即座に逃げ出していく。
それを見て、猿が……野生動物が入れる温泉であれば自分達も入ることが出来るだろうと、そう思って安堵の表情を浮かべる。
温泉の側にあった草原にセト籠を地上に降ろし、セトとレイもまた同じように草原に下りる。
「あら、レイ。海は向こうじゃないの?」
セト籠から下りたヴィヘラが、少し離れた場所にある海を見ながらレイに尋ねる。
マリーナは精霊使いの能力で、何故レイがここに下りたのが分かったのか、そんなヴィヘラに笑みを浮かべて口を開く。
「ここを拠点にするということよ」
「何で?」
「それが知りたかったら、ちょっと向こうを見てきたら? そうすれば、ヴィヘラにも納得出来ると思うから」
そう言われればヴィヘラも興味が出て来たのか、ビューネを誘って二人で移動していく。
「それで、レイちゃん。ここを拠点にするって話だけど、どうするの?」
「マジックテントがあるから、その辺は心配いらないよ。ビストルが寝るだけの場所もあるから、心配するな」
そう言いつつも、レイはビストルと同じ場所で寝て大丈夫か? という疑問を完全に捨てきることが出来なかった。
もっとも、それを正直にレイが口にすれば、ビストルは自分にも好みがあると怒るだろう。
ビストルにとって、レイというのは恋愛対象ではなく……寧ろ、愛でる存在と表現する方がただしい。
ビストルに愛でられるのが幸せかどうかというのは、また別の話だが。
「あらん。本当に? じゃあ、今日はこれからどうするの? 早速海産物を取りに行くの? それとも、拠点の準備をする?」
「いや、だから拠点は……」
「マジックテントだけじゃないわよん。アタシが言ってるのはマジックテントの周囲についてよ」
「マジックテントの周囲? セトがいるから、取りあえずモンスターが襲ってくるようなことはないぞ? 盗賊の類は来るかもしれないけど」
「盗賊がきたら、それこそレイは喜びそうよね」
マリーナが面白そうに笑みを浮かべつつ、そう告げる。
実際、盗賊達からは盗賊喰いと呼ばれて恐れられているレイだ。
サブルスタ周辺で行われた盗賊の討伐でも、結局一番多くの盗賊を狩ったのは、レイだった。
レイ単独――セトもいたが――でそれだけの盗賊を狩っており、更にはマリーナ、ヴィヘラ、ビューネの三人と、こちらは紅蓮の翼のメンバーではないが、エレーナとアーラ、イエロの二人と一匹も狩った盗賊の数を合わせれば、まさに二位以下に圧倒的な差をつけての単独トップだ。
当然盗賊の貯め込んでいたお宝の量や質も一番だった。
……もっとも、レイの場合はセトに空を飛んで貰い、上空からセトと一緒に探しているので、見つける盗賊の量が一番多いのはある意味当然だったかもしれないが。
以前までなら見つけることが出来なかった、上手くカモフラージュされている場所に関しても、五日も探し続けていればそれなりに違和感がある場所を見つけることは出来るようになる。
そういう意味では、レイの存在を知って逃げ出した盗賊は賢かったということなのだろう。
「この辺りに盗賊がいるとは思わないけどな」
盗賊も、当然のように襲う相手が必要となる。
人が誰もいないような……それこそ空から見ても見える範囲に村や街、ましてや都市の類が存在しないこの辺りに盗賊がいるとは、レイには到底思えなかった。
「でも、盗賊のアジトはなくても、お宝を隠す場所としてはそんなに悪くないんじゃない? 人がいないってことは、隠してあるお宝を見つけられることもないってことだし」
ヴィヘラの言葉に、そう言われてみればそうか、とレイも納得する。
(人に見つからないというメリットはあるけど、ゴブリンとかが見つける可能性は皆無じゃないけどな)
納得したのと同時にそう思わないでもなかったが、取りあえずそれは口にしないでおく。
「ともあれ、盗賊の類はいるとも思えないのに、何を準備するんだ?」
「そうね。例えば竈を作るとか。一晩野営をする為ならそこまで凝った竈を作る必要はないけど、数日はここを拠点にするんでしょ? なら、竈に限らず快適に暮らせるように少しは準備を整えてもいいんじゃない?」
「これとかか?」
そう言い、レイがミスティリングから取り出したのは、窯だ。
竈ではなく、窯。
それも、ピザを焼く時にいつも使っている窯だった。
「えっと……レイちゃん。これは……」
「見ての通り、窯だ。竈じゃないけど、これを使えばある程度の料理は出来るぞ」
「いや、そうなんでしょうけど……そうなんでしょうけど……あああああ、何でこんな……何て言えばいいのかわからないわ!?」
言いたいことを口に出来ず、ビストルは頭を抱える。
その行動で剥き出しになっている腕の筋肉が盛り上がるが、この状況では迫力があるとはとても言えない。
レイ以外の面々も少しの間そんなビストルの様子を見ていたが、やがて考えが纏まったのか、ビストルは窯を見ながら口を開く。
「いい、レイちゃん。アタシが見たところ、この窯はマジックアイテムよね?」
「そうだな。まぁ、そうでもないと野営をする時は色々と面倒だし」
本来のピザ窯であれば、実際に使うまで一時間……場合によってはもっと長い時間薪を燃やして、前もって熱しておく必要がある。
だが、野営でそのような真似が毎回出来る筈もない。
その辺りを解決する為の、マジックアイテムの窯だった。
普通に作った持ち運びの出来る窯ではなく、マジックアイテムの窯だからこそ、前もって熱しておくといった真似をしなくてもいい。
本職の料理人に言わせれば薪で熱して使う普通の窯とは違って邪道だと、そう言われてもおかしくはない。
それこそ、普通の窯に比べると味が落ちると言われてもレイは反論出来ないだろう。
もっとも、レイの場合はそんな繊細な味の違いが分かる程に立派な舌は持っていない。
……実際にはゼパイルに作られたレイの身体は、極めて鋭い五感を持っている。
つまり、味覚という点でも他人より圧倒的に鋭いのだが……その辺りは、レイの経験不足といったところか。
正確には、まだ日本で暮らしていた時の感覚が残っている、と表現するのが正しい。
それはレイが日本にいる時、美味い料理を食べていなかったという訳ではない。
寧ろ両親の畑で作られた新鮮な野菜を収穫したその日のうちに食べたり、鮎を始めとした川魚を食べたり、山菜やキノコといった山の恵みを食べたり……といった風に、食材という点で考えれば非常に恵まれていた。
それでも味覚がそこまで鋭くなく、寧ろ貧乏舌に近いのは……どちらかと言えば、レイの性格からくるものが強いのか。
「へぇ……こういうマジックアイテムもあるのね。けど、これは普通の人にはちょっと使いにくいと思うわ」
ビストルの言いたいことは、レイにも分かった。
この窯は、大きさ的には普通の窯とそう大差はない。
いや、寧ろ普通の窯よりも若干大きめにすらなっている。
これは、マジックアイテムとしてこれ以上小さく出来なかった……訳ではなく、野営ということになれば、レイ達だけではなく他の冒険者も一緒に使うかもしれない。
そんな思いから、少し大きめに作られているのだ。
そうである以上、この窯を持ち歩くというのは……それこそ、レイの持つミスティリングのような代物が必要になるだろう。
もしくは、この窯を積んだ専用の馬車を用意出来る程の大きな集団であれば、有効利用も出来るかもしれないが。
「魔力を流すことが出来るか、もしくは魔石とかが必要になるしな。使うには普通なら色々と大変なのは否定しないよ。ただ、薪とかもいらないし、料理は作ろうと思えばすぐに出来るし、良いことも多いが」
そう呟くレイにビストルが向けるのは、呆れと……そしてどこでも出来たての料理が食べられるという羨ましさだ。
実際、ビストルのような商人でも、旅の途中の食事は保存食の類になることが多いのだから、それも当然だろう。
そしてマジックバッグという廉価版アイテムボックスを持っているビストルは、少しだけ……本当に少しだけ、この窯と同じ物が欲しくなるのだった。
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