第1652話
夏の空を、レイはセトにのって空を飛んでいた。
地上に見えるのは、サブルスタ周辺の森。
何ヶ所かは、レイの目から見ても人がいるのが分かる。
それが盗賊なのか、冒険者なのか……どちらなのかというのは、レイにも分からない。
二日前にこの上空を通った時も、レイから見れば明らかに人の集団と思われる者達を見つけ、実際にそれは盗賊達だった。
三つの盗賊団を潰したのだから、少しくらい盗賊達の動きが鈍くなってもおかしくはない……というのがレイの予想だったが、空から見る限りでは盗賊団と思われる人の集団は普通に動き回っている。
「まぁ、今日で盗賊の数は大きく減らされるだろうけどな」
本来であれば、サブルスタ周辺の盗賊達の討伐というのは、当然ながらサブルスタのギルドや警備兵、騎士といった者達の仕事だ。
だが、サブルスタがそれを行わない。
いや、一応ギルドで盗賊の討伐依頼の類は出されているのだが、全く手が回っていないというのが正しいだろう。
それが結果として盗賊の跳梁を許し、ギルムに運ばれる筈の物資の類が失われる結果となっている。
だからこそ、ダスカーは盗賊の討伐を決めたのだ。
勿論サブルスタを通して……という訳ではなく、ギルムにやってくる商隊や仕事を求めてくる者達や冒険者が盗賊に襲われているということで、ギルムが盗賊の討伐を依頼するという形になっている。
サブルスタのギルドを通している訳ではないので、クレームがくるようなことはない。……勿論、サブルスタのギルドがそれを面白くないと思うのは間違いないが、ギルムとサブルスタではギルドの力関係は圧倒的だった。
実際には、サブルスタのギルドも相応の力を持っている。
それは当然だろう。サブルスタは辺境の入り口と言っていい場所に存在する街なのだから。
腕利きの冒険者や熟練の冒険者も相応の数がいる。
だが……より辺境に近い位置にあるアブエロや、辺境の奥にあるギルムと比べれば、どうしても冒険者の質としては劣ってしまう。
現在のレイ達の行動は、その辺りが如実に表れた結果でもあった。
「グルゥ?」
そろそろいいんじゃない? と喉を鳴らすセトに、レイは周囲を見回す。
街道にいる商隊や冒険者といった者達はそこまでの人数はいない。
それを狙っている盗賊も、今は周囲にはいなかった。
(商隊とかを襲っている盗賊がいれば、一目瞭然で狩る相手だって分かるんだけどな。……まぁ、今日一日は盗賊狩りに勤しむんだし、別にいいか。俺達以外にも盗賊狩りをする連中がいるから、盗賊が見つからないなんてことはないだろうし)
今日の盗賊狩りに関しては、レイ達紅蓮の翼以外にも何人もの腕利き冒険者が参加することになっている。
……レイ達が戻ってきた翌日ではなく、一日置いたのは、それに参加する冒険者達の移動に関しても考えられていたのだろう。
「そうだな、取りあえず邪魔にならない場所にセト籠を下ろしてしまうか。セト籠はミスティリングに収納してしまえば、特に問題はないだろうし」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと鳴き声を上げると、そのまま地上に向かって降下していく。
「そろそろ下ろすから、衝撃には気をつけろよ!」
一応といった風にセト籠に向かって声を掛け……それから数秒後、セト籠は地上に落とされる。
もしこの近くに誰か通り掛かった者がいれば、その時の衝撃を感じることが出来ただろう。
そうしてセトが地上に降りると、セト籠から出て来た面々の姿がレイの目に入ってくる。
エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネ、アーラの五人と、エレーナに抱かれているイエロ。
セト籠から降りてきた面々に疲れがないのは、それこそギルムから出発してまだ十分も経っていないのだから当然だろう。
もっとも、セト籠は中でゆっくりと寛げるようになっている。
それこそ半日程度の移動では全く問題ない程度には快適なのだ。
「で、レイ。これからどうするのだ? 盗賊達のいる場所は見つけたのだろう?」
獰猛でいながら華やかという、相反した笑みを浮かべ……それでいながら、違和感なく収まっているエレーナに、レイは頷く。
「ああ。上から見て何ヶ所か怪しい場所は見つけた。それで、昨日話した通りここからは二手に分かれて行動するってことでいいんだよな?」
「そうだな。周辺に潜んでいる盗賊の数を思えば、それがベストなのは間違いないだろう。それでいいのだな?」
「ええ、問題ないわ」
確認の意味を込めて尋ねられたエレーナの問いに、マリーナは問題ないと頷く。
実際、サブルスタからやってくるだろう冒険者達のことも考えた場合、やはりなるべく多くの手が必要なのは間違いない。
そんな中で、レイ達のような腕利きの集団が纏まって行動するというのは、戦力的な意味でも色々と勿体ないのは事実だ。
そうならないようにレイとセト、それ以外の面々……といった具合で行動するのは、当然だろう。
もっとも、狩った盗賊が溜め込んでいたお宝をどうするのかという問題もあったのだが、エレーナはアイテムボックスの廉価品とでも言うべきマジックポーチを持っている。
それを使えば、一定のお宝であれば収納することは可能な筈だった。
もしどうしてもマジックポーチに収納出来ないようなら、それこそレイを呼ぶか……もしくは、盗賊が使っているだろう馬車に積み込んで運び出すしかないのだが。
盗賊達も、当然ながら商人達を襲って得た物資を金に換える必要がある。
もしくは、直接食料や酒と交換という形を取るのかもしれないが、どうするにしてもそれらを運ぶ手段が必要となる。
それらを交換する相手に自分達の拠点まで来て貰うという方法もあるだろうが、盗賊の立場としては、自分達の拠点は可能な限り秘密にしておきたいだろう。
下手をすれば、その取引相手に自分達の拠点を売られる可能性もあるのだから。
そんな訳で、盗賊達が馬車の類を準備するのは当然だった。
「じゃあ、そういうことで。……ああ、向こうの森の中に幾つか人の集まってる集団がいたから、そっちから攻めてみてもいいかもな。俺達以外の人員が来る前に、出来るだけ盗賊の数を減らしておきたいところだし。稼ぎ的な意味でも」
今回の依頼で得られるのは、通常の報酬以外にも盗賊が所有している財宝や武器、増築工事に使う物資といったものがある。
当然ながらそれらは盗賊を倒した冒険者の所有物となり、追加の報酬となる。
だが、宝石の類はともかく、冒険者として武器はそこまで多くを必要としない。ましてや、ギルムの増築工事に使うような物資を貰っても、冒険者は邪魔でしかないだろう。
それらの理由もあり、ダスカーは冒険者達から多少平均より安くではあるが、それらの物資を買い取るという契約を結んでいる。
これは、増築工事の物資を得ても困るだけの冒険者と、物資を少しでも多く得たいギルムとしてはお互いに得しかない取引だった。
……もっとも、その物資を盗賊に奪われた者にしてみれば、大損以外のなにものでもないのだが……盗賊達に襲われて生き残っている商人は、そう多くない。
当然だろう。自分達が活動した証拠を少しでも減らすというのは、盗賊としては常識だし、何より現在この周辺で多くの盗賊が活動している以上、出来るだけ自分達の情報を警備兵等に知らされる訳にもいかないのだから。
誰も生き残りがいなければ、盗賊に襲撃されたという事実そのものがなくなり、結果として盗賊の被害はゼロということになる。
ただ、毎回そのように上手くいく訳もなく、何人もが盗賊から逃げ延び、そこからの情報がサブルスタやアブエロ、ギルムといった場所に広がり、結果として今回のような事態になっているのだが。
「私達があまり稼ぎすぎると、嫉まれるかもしれないわよ?」
「ギルムの冒険者で、しかも今回の盗賊狩りに選ばれた奴が、そんな真似をするとは思えないけどな」
もしレイ達に嫉妬心を抱く者がいても、それこそギルムで活動している状況でレイ達を敵に回したいとは思わない筈だ。
異名持ちのレイに、元ギルドマスターのマリーナ。……そして何といっても、ギルムのマスコットキャラと化しているセト。
これらを敵に回せばどうなるのか、それこそ容易に想像出来るだろう。
下手をすれば……いや、下手をしなくてもギルムで活動するのは難しくなる。
それを知っているギルムの冒険者が、レイ達に対して何か仕掛けるような真似をするとは、到底思えなかった。
「……私もそうは思うけどね。ただ、本当の意味で追い詰められた人というのは、何をするのか分からないでしょ? その辺を考えると、配慮するに越したことはないと思うわ」
「そうだな。なら……狩ろうとしている盗賊が重なったら、出来るだけ譲ることにするよ。それでいいか?」
「ええ。その程度配慮すれば十分だと思うわ」
「強そうな相手がいたら、退きたくないんだけど」
マリーナの言葉に不満を漏らすのは、盗賊との戦いを楽しみにしていたヴィヘラだ。
折角の戦いを、下らない嫉妬で邪魔されるというのは面白くなかった。
不満そうな表情を浮かべるヴィヘラに、レイは宥めるように口を開く。
「冒険者達が欲しがってるのは、あくまでも盗賊のお宝だ。なら、最悪盗賊を倒すのはヴィヘラで、そのお宝を譲る……って風にしてもいいんじゃないか?」
「そうよね?」
ヴィヘラは満面の笑みを浮かべ、レイの言葉に即座に食いつく。
もっとも、アイディアを出したレイも、そこまで簡単に思い通りになるとは思っていないが。
エレーナやマリーナという有名人がいる中で、盗賊を倒してお宝だけを譲って貰う……というのを許容出来るかどうかは、難しいところだろう。
勿論、人によってはその辺りは全く問題なく、幸運に感謝してお宝をいただく者もいるだろうが。
……いい考えだと喜んでいるヴィヘラとは裏腹に、金を稼ぐことが目的のビューネは、表情は出さないものの不満を抱いていたが。
「ともあれ、そっちはそっちで頑張ってくれ。……じゃあ、俺とセトは行くな。セト」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは鳴き声を上げ、背中を向ける。
そして背中にレイが乗ったのを確認すると、セトは数歩の助走で空に向かって駆け上がっていく。
セトの背中の上で地上を見ると、そこではマリーナがレイに手を振り、エレーナとアーラがレイに視線を向け、ヴィヘラとビューネの二人は早速盗賊を探すべくレイが示した方向に向かおうとしている。
「さて、じゃあ俺達も盗賊を探すか。セト、一緒に探してくれ。ただ、あからさまにカモフラージュしていない、ここに来たばかりの盗賊じゃなくてベテランの盗賊がいいな」
「グルゥ? グルゥ!」
レイの言葉に一瞬戸惑ったように呟くセトだったが、それでもすぐレイの言葉に分かった、と喉を鳴らす。
(ベテランの盗賊は見つけるのも大変だからな。上空から探せる俺達が率先して討伐していく必要がある筈だ。……まぁ、見つけることさえ出来れば、エレーナ達なら何の問題もなく倒せるだろうけど)
そんな風にレイが思っていると、不意にセトが喉を鳴らす。
その視線を追ったレイは、普通の森と変わらないように思える場所を見るも……特に何も違和感がないように思える。
だが、セトが見つけた以上はそこに何かが……恐らく盗賊がいるのは間違いないだろうと、下に降りるようにセトに合図を出す。
高度を下げていくと、やがて木の枝の隙間に金属が反射している光を見ることが出来た。
それが何なのかというのは、それこそレイは考えるまでもなく分かった。
武器か防具。それを木の枝で隠していたのだろう。
普通に空を飛んでいるだけでは、その金属の光には気が付かなかった筈だ。
だが、空を飛んでいるのが人間以上の五感を持つセトとなれば、それは話が別だった。
「グルルルルルゥ!」
セトが雄叫びを上げたのと同時、レイはセトの背から飛び降りる。
まだ木の先端よりも高い場所からの跳躍だったが、レイの持つスレイプニルの靴があれば、その程度の高さはどうということはない。
途中で何とか空中を蹴りながら速度を殺し、レイは音すら殆ど立てずに地面に着地した。
落下する時に見えたのは、木の幹に手首を重ねて短剣で貫かれ、身動きが出来ないようにされている裸の女。……ただし、その女の身体には何本もの短剣が突き刺さっており、それでいて身動きしていないのをみれば、既に死んでいるのは明らかだろう。
「な!? え?」
「遅い。外道が」
着地した瞬間にミスティリングからデスサイズを取り出し、いきなり目の前に姿を現したレイに……いや、それよりも前にセトの鳴き声に驚き、完全に混乱していた盗賊の胴体を目がけて振るう。
「あが?」
どこか間の抜けた声を出しながら、盗賊の男の上半身がずれていき……内臓を周囲に散らかしながら、崩れ落ちる。
こうして、盗賊にとって最悪の時間は始まった。
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