第1650話

「これで三組目のお宝も完了、と」

「レイ、そろそろギルムに向かわない? 一応今なら夜も遅くまで正門が開いてるけど、出来れば少し早めに入った方がいいわ。これ以上遅くなると、間違いなく混むもの」


 盗賊達の溜め込んでいたお宝をミスティリングに収納したレイに、マリーナがそう声を掛けてくる。

 マリーナの目に少しの呆れがあるのは、盗賊を狩りすぎたということなのだろう。

 サブルスタに到着し……いや、正確にはサブルスタの近くで活動をしていた盗賊を最初に発見してから、数時間。

 そのたった数時間で、盗賊団を三つも壊滅させたのだから、その熱心さにマリーナがそのような視線を向けても不思議ではないだろう。

 ……三つの盗賊団を潰したということは、当然ながらそこに所属していた盗賊達の命もそれだけ奪ったということなのだが、それについては特に責めるようなことはない。

 エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネ。

 四人ともが相応の経験をしてきた者達であるし、盗賊とはいえ命を奪ってはいけないなどと考えるような優しさ……否、甘さは持っていない為だ。

 場合によっては奴隷としてサブルスタに連れていけば、より大きな金になったのだろうが、今回はこの周辺にいる盗賊達に恐怖を植え付けるのが目的であるが故に、それはしていない。

 盗賊達を殺し、情報を聞き出すために生かした何人かは、盗賊団が壊滅したという情報を広める為に逃がす。

 そうして、かなり先だろうがスーラ達がこの辺りを通る時の安全を確保するのだ。


「うーん、そうだな。そろそろ夕方になりそうだし、その辺りのことを考えるとこれが限界か」


 盗賊を狩ると決めてから、数時間。

 たったそれだけで三つの盗賊団が殲滅されたと聞けば、この辺りにいる盗賊団も迂闊な真似は出来なくなる筈だった。

 もっとも、その数時間のうちで実際に戦闘を行っていた時間は、三つ合わせても二十分にも満たないのだが。

 多くの時間をとったのは、尋問……ではなく、お宝を保管しておく場所を白状させ、場合によっては案内させ、そこにあったお宝をミスティリングに収納する時間だ。


(これで、捕まってる奴がいればもっと時間が掛かっただろうけど、幸いそういう奴はいなかったしな)


 そのことに安堵するレイだったが、それは別に運でも何でもなく、純粋にこの辺りに来ている盗賊にしてみれば捕らえた相手を奴隷として売るのはリスクが大きすぎるからだ。

 奴隷として売る場合、下手をすれば芋蔓式に自分達まで辿り着かれる可能性がある。

 商人を襲っても稼ぎが少なければ、そのような手段を取る必要もあるだろう。

 だが、商人を襲えばそれだけで多くの稼ぎが手に入る以上、わざわざ捕まる危険を増やす必要はないと判断したのだろう。

 勿論、そのような場合でも捕まっている者がいる場合はある。

 それこそ、若い女というのは別の意味で必要な存在となるのだから。

 今回レイが狩った盗賊達の中には、幸いそのような者達はどこにもいなかった。

 もしいれば、それこそこれからどうするべきかで頭を悩ませていただろう。


「じゃあ、ギルムに行くか?」


 エレーナの言葉に頷き、レイは森から出てセト籠に乗ってギルムを目指すのだった。






「おや、レイ君。久しぶりだね」


 ギルムの正門でレイの担当をしたのは、厳つい顔をした人物……本来であれば、警備隊を率いるランガだった。


「そっちこそ、最近ずっと見てなかったけど…どうしてたんだ?」


 レイと何かと縁のある人物だったが、最近は全くその顔を見ることはなかった。

 ……そもそも、レイがレーブルリナ国に行っていた、というのもその会わなくなった理由の一つだったが、増築工事前から会うことが殆どなかったのは事実だ。


「ちょっと仕事でギルムを留守にしてたんだよ」

「そう言えば、以前も同じようなことがあったな」


 レイが関わったとある貴族との問題で、ダスカーの特使という形でランガが派遣されたことを思い出しながら告げるレイに、ランガはその厳つい顔に笑みを浮かべて頷く。


「そう言えば、そんなこともあったね」


 何も知らない者が見れば、それこそランガは盗賊のように見えるだろう。

 事実、今レイから少し離れた場所にいる商人と思しき者も、レイと話しているランガを見て身体を震わせているのだから。

 そんな商人に、ランガのことを知っている別の商人が説明し、顔立ちはともかく、実際にはそこまで怖い相手では――疚しいことがなければ――ない相手だと、そう告げる。


「おっと、ここで時間を取らせてもなんだね。取りあえず手続きは済んだから、入ってもいいよ」


 周囲の視線に気が付いたのか、ランガは慌ててレイに向かってそう告げてくる。

 そんなランガに、レイも軽く挨拶をすると従魔の首飾りを受け取り、エレーナ達と共にギルムに入っていく。


「ランガがどこに行ってたのかは分からないけど、そのランガが戻ってきたとなると、何か大きな騒動が起きる……か?」

「どうかしらね。もしかしたら単純にダスカーの命令でどこかに出掛けていたのかもしれないし。実際、ランガは警備兵として見ればかなり有能な人物よ。どこか他の場所で何らかの応援を頼んでくる人がいても、おかしくないわ」


 マリーナの言葉に、そういうものかと納得するレイ。

 その言葉は決して嘘ではなく、中立派に所属している貴族で何か問題……何らかの犯罪に関係する問題が起きた場合、ランガが派遣されるようなことは珍しくない。

 ランガ本人は、ギルムを出入りする者達の手続きをするのが好きなのだが、性格と能力が必ずしも一致していないという例だろう。


「なるほど。ランガも大変だな。……で、これからどうする? やっぱりまずはダスカー様に挨拶に行った方がいいと思うか?」

「そこまではいらないでしょ。この前はレーブルリナ国の件を説明する必要があったら、ダスカーに会う必要があったけど、今回は特に説明することはないでしょ?」


 マリーナの言葉に、そういうものか? と少し考えるレイ。

 だが、実際に何か報告することがあるのかと言われれば、特にはない。

 レイ達がいない数日の間にどれくらいの仕事が溜まったのかというのは、それこそ現場に行けばはっきりする。

 次にスーラ達に合流する時、持っていく物資や連れていく護衛の数といったものはダスカーとも多少相談する必要はあるが……


「細かい交渉は、私に任せておきなさい」


 そう告げるマリーナの言葉に、レイは甘えることにする。

 実際、レイは決して交渉の類が得意な訳ではない。

 盗賊達にしたように、力を前面に押し出した、半ば脅迫に近い交渉という方面は得意だが、まさかダスカーにそのような真似をする訳にもいかないだろう。

 そういう意味では、やはりこの場は全面的にマリーナに交渉を任せるのが最善だった。

 ……色々な意味でマリーナに黒歴史とも呼ぶべきものを知られているダスカーにとっては、マリーナが交渉相手という時点で思うところがあるだろうが。

 ギルムにとって不利益になるような交渉であれば、ダスカーは例え自分の恥ずかしい過去が話題にされようとも決して退かないだろう。

 だが、それは逆に言えばギルムに不利益にならない……それどころか利益になるような交渉であれば、ほぼ確実にマリーナのペースで進むことを意味している。

 当然のようにレイもその辺りについては承知しており、その上でマリーナに頼んだのだが。


「じゃあ、私は早速ダスカーに話を通してくるわね。……セト籠の件はどうするの?」

「調整とかそういうのは特に必要ないだろ。前の時は初めて使ったから、その辺も必要だったけど。実際、特に不具合がなかったし」


 前回調整や改修をして貰ったセト籠は、特に問題なく使うことが出来ている。

 であれば、今回はわざわざ持っていく必要はないだろうというのが、レイの意見だった。

 マリーナもレイに尋ねたのは念の為だったのか、特にそれ以上は深く話すことなく、レイに視線を向ける。

 そうして視線を向けられたレイが何をするのかといえば……


「取りあえず、食事にでもするか?」


 そう告げるレイの言葉に、全員が――特にビューネが――賛成する。

 実際、今日は盗賊狩りに励んだこともあって、それこそスーラ達の護衛をしている時よりも多く身体を動かしている。

 いつもより空腹になるのは、当然だろう。


(料理か。そろそろ料理の方も色々と補充しておく必要があるだろうな)


 スーラ達に提供している料理の代金は、当然のように必要経費という扱いになっている。

 だが。必要経費だからといって金があれば、すぐに料理を手に入れることが出来る訳ではない。

 一食や二食といった程度の料理であればまだしも、レイが欲しているのは、それこそ大鍋一杯に作られたシチューや、千個単位のパンなのだから。

 千人近いスーラ達だったが、シチューを始めとした料理はともかく、パンが一つでは絶対に足りない。

 ましてや、最近は戦闘訓練で激しく身体を動かしているのだから、より空腹になるのは当然だろう。

 今まで色々と料理を買いためてきたレイだったが、それでも今回の件で大分料理が少なくなってきているのは間違いない。

 それにレイのミスティリングに収納されているのは、どこの店の料理でもいいという訳ではない。

 あくまでも、レイが美味いと思った料理店の料理なのだから、その量はどうしても限られてしまうのだ。


「満腹亭は……今の時間だと、かなり人が入ってそうだな」


 安い、美味い、多いと、冒険者にとってはこれ以上ない店が満腹亭だ。

 だが、当然そのような店は人気があり、客も多い。

 増築工事で人が増えている今では、特にその店の混雑ぶりは容易に予想出来た。

 そんな中に、今のレイ達が食事をしに現れれば、色々と騒ぎが起こるのは確実だった。

 樵はレイに、職人はマリーナに、後ろ暗いところがある者はヴィヘラに……といった具合に。

 ましてや、有名さでいえば間違いなくトップのエレーナまでがいるのを思えば、そのような行為は自ら騒動の中に飛び込んでいくのに等しい。


「となると、やっぱりうちで食べない? あそこなら余計な邪魔も入らないし、セトもゆっくり出来るしね」


 マリーナの視線の先には、いつの間にか現れた子供達と遊んでいるセトの姿があった。

 今の状況を考えれば、セトを連れてその辺の店に入っても騒動が起きるのは確実だった。


「そうだな。俺もそれに賛成だ。……ヨハンナ辺りが来れば、また色々とうるさくなりそうだし」


 ミレイヌはレーブルリナ国の特使の護衛としてギルムにいないが、ヨハンナはまだいるのだ。前回ギルムに戻った時も、どこからともなくセトの存在を察知し、姿を現していた。

 またそんなことにならないよう、今のうちに貴族街にあるマリーナの家に行くというのは、誰にとっても最善の選択なのは間違いない。


「セト、そろそろ行くぞ!」

「グルゥ!」

 

 レイの言葉に、セトは喉を鳴らしながら遊んでいた子供達から離れる。

 子供達の方も、セトとの付き合いはそれなりに長い。

 セトが自分達と遊んではくれるが、レイの言葉が最優先だというのは分かっているのか、大人しく離れる。

 時々それでもまだセトと遊びたい! と駄々をこねる子供――時には大人も――いるのだが、今日はそのような人物はおらず、大人しくセトはレイ達の下に到着する。


「レイ達なら私の家に入っても問題ないから、先に帰っててちょうだい。私は先にダスカーとの交渉を纏めるから」

「いいのか?」

「ええ。レイ達が私の家に来るのは、それこそこれまでに何度でもあったでしょ。不法侵入者には精霊魔法で対処するようになってるけど、レイ達なら何も問題はない筈よ」


 あっさりとそう告げるマリーナに、レイは頷きを返す。

 精霊魔法による防犯という行為に若干興味を持ったのだが、周囲に人のいる場所でそのようなことを聞くのは色々と問題があるとその件には何も言わず、別のことを尋ねる。


「分かった。じゃあ、そうさせてもらうよ。それで、今日の夕食は何を食べたい? 何か食べたいのがあれば、こっちで用意しておくけど」

「うーん、やっぱりピザね。レイの作ってくれたピザは美味しいから」

「……それでいいなら、こっちも楽だけど。本当にいいのか?」


 レイのピザは、マジックアイテムのピザ窯で焼いたピザだ。

 ピザ窯を熱するのはマジックアイテムであるから容易に出来るし、ピザそのものもそこまで手間の掛かる料理ではない。

 折角ギルムに戻ってきたんだから、もっと美味い料理がいいのでは? と、尋ねるレイに、マリーナは強烈なまでの女の艶を感じる笑みを浮かべつつ、口を開く。


「レイの手料理を食べたいのよ。……いいでしょ?」


 そう言われ、今日の夕食は決定するのだった。

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