第1630話

 レイ達が戻ってきた翌日、再び一行は出発する。

 その際の動きは、前日とは打って変わったものであり、事情を知っている多くの者に苦笑を浮かばせた。


「何だかちょっとあからさますぎない?」


 困ったように言うのは、レジスタンスを率いているスーラ。

 勿論スーラも、レイ達という戦力がいるのは嬉しい。

 だが、それでもこうまであからさまに態度に出されるのは、レジスタンスを率いている者として、面白いものではない。


「しょうがないでしょ。私達がレイ達よりも弱いのは事実なんだから」


 スーラと同じ馬車に乗っているシャリアが、あっさりとそう告げてくる。

 獣人族として……というよりは、シャリアの性格として、強い相手には敬意を払う一面があり、そういう意味ではレイ達は間違いなくシャリアよりも上の存在だと断言出来た。


「その辺りは私も分かってるんだけどね。……理解するのと納得するのとでは、どうしても違ってくるのよ」

「なら、レイ達に負けないように頑張ってみる?」


 シャリアにとっては、レイ達のように強くなることに非常に憧れるのは間違いない。

 ただ憧れるだけではなく、同じような強さになりたいという気持ちも当然のようにある。

 シャリアとの付き合いはそこまで長くないスーラも、そんなシャリアの思いは理解したのだろう。

 何より昨日の一件を考えれば……そしてこの先、レイ達がいなくなった時のことを考えれば、やはり自分達が強くなるのは必須だという結論に到達する。


(私達が強くないのは知っていた。知っていたけど……それでも、やっぱりメジョウゴの戦いで勝利したことが、自然と自惚れになっていたのかもしれないわね)


 昨日のことを考え、改めてそう感じているスーラに、シャリアは励ますように口を開く。


「ほら、落ち込んでないで。今の私達が弱いのは事実だけど、それなら強くなればいいじゃない。それとも、弱いままでもいいの?」

「それは……」


 元々、現在のスーラ率いるレジスタンスはそこまで戦力が高い訳ではない。

 主力がいる場所に巨人が乱入し、その戦力の殆どを失ってしまったのだから。

 生き残りもその時の戦いで心を折られた者も多く……だからこそ、スーラのような若い女がレジスタンスを率いることになっているのだが。

 だが、現在の自分達が弱いからといって、素直にそれに甘えていられる程、今の状況は優しくはない。


「よくないわ」

「でしょう? なら、今は少しでも強くなるようにするべきよ。そもそも、私達はギルムに……ミレアーナ王国に唯一存在する辺境に向かってるのよ? そこに到着するまで、レイ達がいつまでも一緒にいてくれる訳じゃない。それは分かるでしょ?」

「そうね」


 以前から何度も、レイ達からはその辺の事情を聞かされている。

 現在拡張作業が行われているギルムで、レイ達は大きな力となっており、本来ならもうそちらに戻っていなければならない筈だと。

 そんなレイ達がまだスーラ達と一緒に行動しているのは、やはり防衛戦力という点で他の面々に完全に任せることが出来ないからだろう。

 だからこそ、これから行く先々でゾルゲー商会の手配によって護衛の冒険者を雇うことになっているのだから。

 この一行の護衛を任されているという身で、それが悔しくない訳がない。


「なら、やるべきことは分かってるでしょ? 幸い、移動する時は馬車なんだから、休憩で多少疲れたからといって護衛に支障はないでしょうし。それに……レイ達がいる時点で、護衛に関してはそこまで心配する必要はないから」


 シャリアの口から出た言葉に、スーラは頷きを返すのだった。






「きゃああああああああああああっ!」


 スーラは、悲鳴を上げながら吹き飛び、地面を転がりながらその速度を緩めていく。


「どうした? その程度でレジスタンスを纏めてるのか? この調子だと、ギルムに到着する前にレジスタンスは全員がモンスターの餌になるだろうな。しかも餌になるのはお前達護衛だけじゃなく、お前達が守ってる連中も含めてだ」

「ぐっ!」


 レイの口から出た言葉に、スーラは痛みに呻きながらも槍を杖代わりにして立ち上がる。

 本来であれば、スーラはレジスタンスを率いる立場にいるもので、前線に出る必要はない。

 だが、それはあくまでも本来ならばの話であって、現在のレジスタンスに戦力になるべき者を遊ばせておくような余裕がある筈もない。

 それこそ使える者は親でも使えと言わんばかりに、スーラも戦闘訓練に参加していた。

 ……スーラとしては、レジスタンスを率いる自分が真っ先に戦闘訓練に参加することで、他のレジスタンスの士気を少しでも上げようという気持ちがあったのは間違いないが。


「まだ……まだよ!」


 スーラはそう言いながら、再び槍を手にレイに向かって立ち向かっていく。

 その周囲では、レイの仲間のエレーナ達もレジスタンス、そして性格に問題ないとして雇われた護衛の冒険者……更には、本来であれば守られているだけの元娼婦の女達の中からの有志までもがその訓練に参加していた。

 今までであれば、昼食が終わってから出発するまでの間は休憩の時間だった。

 それこそ、昼食後の昼寝や、他の班にいる友人達とのお喋りを楽しむといった具合に。

 だが、今日は殆どの者がお喋りをしたりはせず、いきなり始まった模擬戦に目を奪われていた。


「甘いな。こんなに簡単に武器を奪われて、どうするつもりだ?」


 長剣のミラージュを使い、突き出された槍の柄を絡め取るようにして武器を空中に巻き上げるエレーナ。


「攻撃の速度そのものが遅いわね。鋭さとかそういうのは、もう少し一撃の速度を上げられるように……そして連続で攻撃出来るようになってからの話ね」


 振るわれた棍棒を、あっさりと手甲で弾くヴィヘラ。


「ほら、水の一撃が背後から来てるわよ? あら、足下の土は警戒しなくてもいいの? 上からは風の一撃が来てるけど、そっちの対応は?」


 複数人に対し、次々に精霊魔法を使って攻撃を行い、気を抜けば痛い目に遭うのは間違いないダンスを踊らせるマリーナ。


「ん」


 槍の一撃をあっさりと回避して相手の間合いの内側に入り込み、一瞬にして喉に白雲の刃を突きつけたのがビューネ。

 これらのように、現在この場にいる者達は少しでも模擬戦を行い、何とか力を伸ばそうと頑張っていた。

 この辺りは、やはり昨日の一件……レイ達がいないというだけで一行の雰囲気そのものが暗くなったことも影響しているのだろう。

 自分達がいても、レイ達ほどに護衛として頼られてはいないというその気持ちは、レジスタンスや護衛の冒険者達に自らの不甲斐なさを知らしめ、そして奮起するには十分な出来事だった。


(なかなか頑張るな)


 スーラが放った槍の一撃を回避しつつ、黄昏の槍で軽くその足下をすくい上げる。

 レイが本気でその一撃を放てば、間違いなくスーラの足は骨折していただろう一撃だったが、訓練でそこまでやる筈もなく、スーラは地面に転ぶだけで特に怪我をせずに済んでいた。


「くっ……はぁ、はぁ、はぁ……」

「取りあえずスーラはその辺にしておけ。ここで限界まで体力を使っても、意味はないからな。幾ら馬車で休めるからって、何かあった時にすぐに動けないのは不味いだろ」


 その言葉に不満はあれど一理あると感じたのか、スーラはそのままレイの前から去っていく。

 そんなスーラの後ろ姿を見ていたレイだったが、スーラと入れ替わるように自分の前に出てきたシャリアに視線を向ける。


「で? 次はお前の番って訳か?」

「そうなるわ。……相手をしてくれるわよね?」


 模擬戦や戦闘訓練といったものではなく、本気で戦いを挑むような視線をレイに向けるシャリア。

 シャリアにとって、レイという存在は自分の前に存在する壁と同様だ。

 勿論敵対心を抱いている訳ではない。

 何らかの理由で奴隷の首輪が外れ、その状況でどうすればいいのか分からずにメジョウゴで隠れていた自分に対し、食料を渡してくれたのだ。

 恩はあっても恨みはない。

 だが……それでも、レイという存在はシャリアにとって間違いなく壁なのだ。

 そしてシャリアは、自分の前にある壁を大人しく見ているだけの女ではない。

 獣人としての本能から、レイと戦いたい。そして勝ちたいと、心の底から思っていた。

 そんなシャリアの思いを察した訳ではないだろうが、レイは黄昏の槍をミスティリングに収納してから頷く。


「分かった。なら、次はシャリアの番だな」

「お願いするわね」


 これが普通であれば、自分を相手にするのにわざわざ素手になったということに怒るのだが、レイの強さを知っているシャリアはそんなことを思わない。

 そもそもレイが黄昏の槍を持っていたのは、スーラが槍を武器にしていた為、どうせなら同じ武器で戦った方が為になるだろうという判断からなのだから。

 そうである以上、素手のシャリアを前にしてレイも素手になるのは当然だった。

 メジョウゴでの戦いの時は武器を使っていたシャリアだったが、元々は格闘を得意としている。

 そうである以上、やはり今は素手でレイに挑むのが最善だった。


「来い」


 素手の状態のまま、レイが呟く。

 それに頷いたシャリアは、地面を蹴ってレイとの間合いを詰める。

 獣人だけあって、その速度は普通の人間よりも明らかに速い。

 ギメカラによって護衛に雇われた冒険者であれば、絶対に対応出来ないだろう速度。

 自分の顔に向かって真っ直ぐ放たれたシャリアの拳だったが、レイは右半身を少しだけ後ろに下げただけでその一撃を回避する。

 顔の数cm横を通りすぎていくシャリアの拳だったが、それを見てもレイは特に動揺した様子はない。

 寧ろ、シャリアの顎を掠めるような、フック気味の一撃を放つも……レイの力を知っているシャリアが、まさか自分の一撃であっさり勝負が決まるとは思っておらず何とか左腕でレイの一撃を防ぐことに成功する。

 もし顎に当たっていれば、あっさりと意識を刈り取られていただろう一撃。

 それを防いだことにより、一撃の隙を突いてカウンターのカウンターを放とうと、一瞬でシャリアはそう考えるも……


「え?」


 その一撃を出すよりも前に、防いだ筈の一撃がそこから更に勢いを増し、強引に身体を吹き飛ばされる。

 それでも獣人族特有の高い身体能力により空中で体勢を建て直し、地面を転がるような真似はせず着地することに成功し……それでも勢いを殺しきれず、数m程地面を滑ることになる。


「一撃を防いだからといって、それだけで気を抜くな。その一撃が思った以上に強力なこともあるからな。お勧めとしては、やっぱり敵の攻撃は防ぐのではなく回避することだな。今の一撃は力は入れたけど、押すように吹き飛ばしたから痛みがそこまでなかっただろ?」


 レイの言葉に嘘はなく、シャリアの腕に多少の痛みはあれど、本格的に殴られて吹き飛ばされたかのような痛みという訳ではない。

 本来なら、先程吹き飛んだような衝撃を受ければ間違いなく大きなダメージを受けていただろう。

 だが、レイが拳で殴るのではなく押すような一撃を放った為に、今のような程度で済んだのだ。


「え、ええ。大丈夫」


 そう言いながら、腕の調子を確かめるシャリア。

 軽い鈍痛はあるが、数時間……もしくは数十分もしないうちにその痛みは消えるだろうと確信出来る程度の、軽い痛み。

 ましてや、今のシャリアは戦闘で興奮しており、多少の痛みは全く気にならない。


「行くわ!」


 短く叫び、再びレイに向かって走り出す。

 先程よりは速くなっているが、攻撃の種類は変わらない。

 余計な小細工をするのではなく、とにかく一瞬でも速く自分の攻撃を相手に当てる為に放たれたその攻撃は、やはりと言うべきか、レイによって回避され、こちらもまた先程同様の一撃をカウンターとしてレイが放つ。

 見ていたスーラや周囲の者達は、先程と全く同じ結果になるのではないかと、そう思っていたのだが……顎の先端を狙ってレイが放った一撃は、シャリアが強引に身体を動かして回避する。


「嘘っ!」


 短く叫んだのは、誰だったのか……だが、見ている者全員が、今の様子を見て驚いたのは間違いないだろう。

 しかしその驚愕の声は、次の瞬間更に強い驚愕の声によって塗り替えられる。

 最初にレイに向けて放った拳を手元に戻そうとしたシャリアだったが、それが完全に手元に戻る前にレイの左手に掴まれ、力任せに投げられたのだ。

 柔道に詳しい者が見れば、乱暴な一本背負いだと嘆いただろう、強引な投げ。

 なお、右手ではなく左手でシャリアの腕を掴んだのは、右手は顎を狙う一撃の為に使っていた為だ。

 そうして、シャリアの背中が地面に叩き付けられる瞬間、レイは少しだけシャリアの身体を上に持ち上げ、受ける衝撃を最小限にする。


「げほっ!」


 それでも完全に衝撃を殺すことが出来ず、シャリアの訓練はレイの一本背負いで終わるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る