第1609話

 結局盗賊達は追うこともないまま逃がしてやったレイ達は、再び進み始める。

 盗賊を逃がさず、倒した方がよかったのでは? と言ってくる者もいたのだが、目の前で人が殺される光景が見たいのか? と言われれば、当然否と答える。

 中には、自分達の見えない場所で殺してきて欲しいという奴もいたのだが、当然レイ達はそのような人物の話を綺麗に無視した。

 無視された女は不満そうに何か言おうとしたのだが、文句があるのなら一緒に行動しなくてもいいと言われれば、他に頼る相手がいない以上、大人しくなるしかなかった。

 不満を口にしつつも、結局のところレイ達がいなければ現状ではどうにもならないのだ。

 どうしてもレイ達と一緒にいるのが嫌なのであれば、メジョウゴに残るなり、もしくはメジョウゴから出てもレイ達と別行動を取るなり、手段は色々とあったのだ。

 にも関わらず、こうしてレイと一緒に来ている以上、レイの指示に従わないという選択肢はなかった。

 勿論、受け入れがたいような指示であれば話は別だろうが。


「んー……夏の夕日ってのは、凄いな」


 周囲に広がっている草原一帯が、夕日によって茜色に染まっている。

 気温はまだ暑いのだが、レイの場合はドラゴンローブを着ているので、その辺りは問題がない。


(ただ……他の面子はかなり疲れてきてるな)


 雲が空を覆っているのであればともかく、雲が殆どなく、どこまでも高い、青空。

 まさに、これぞ夏の空と言うべき青空で、少し前までは太陽が自分こそが夏の支配者とでも言いたげに、強烈な自己主張をしていたのだ。

 そんな太陽から降り注ぐ強烈な日差しは、当然のように炎天下を歩いている者達の体力をこれでもかと言わんばかりに奪っていく。


(しかも、ここ何日か続けて野宿だしな。……そんな状況だと疲れも取れないし、虫とかがな)


 一応虫除けのマジックアイテムはレイも持っているのだが、それはあくまでも自分を中心に半径二m程度といった範囲でしかなく、とてもではないが千人近い人数全員にというのは無理だ。

 そんな訳で、夏の夜……それも草原で眠っていた女達は、着ている服が娼婦の物ということもあり、かなりの人数が蚊に刺される結果となっている。

 いや、蚊以外にも人に害を与える虫というのは多い。

 幸い今はまだ体調を崩す程に具合の悪い者はいなかったが、このままではそう遠くない内にそのような者が出てくるのは確実だった。

 それを防ぐ手段が、レイにあるかと言われれば……


(あるんだよな。ただ、ここでそれを使えばかなり目立って、余計な相手を引き寄せることになる)


 レイの考えている手段を使った場合、それこそジャーヤやレーブルリナ国の軍によってレイ達がどこにいるのかは容易に把握されるだろう。

 ……もっとも、千人近い集団が堂々と街道を進んでいるのだから、既に把握されていてもおかしくはないのだが。


「どうしたのだ?」


 そんなレイの姿に、どうした? と不思議そうに尋ねてくるエレーナ。

 一瞬周囲に敵でもいるのかと思ったが、エレーナの感覚では敵の存在はどこにも感じない。

 セトは……とセトに視線を向けてみても、こちらもまたエレーナと同様に不思議そうにレイを見ているだけだ。

 少し前までは女達に愛でられていたセトだったが、やはり一番好きなのはレイなのか、今はレイの近くを歩いていたのだ。

 普段なら、敵が近づいてくれば真っ先に気が付くのがセトなのだが、そのセトは現在のところ何かを見つけた様子はない。

 そうなれば、やはり敵ではないのかと、エレーナは改めてレイに声を掛ける。


「レイ、何かあったのか?」

「あー……うん。いや、ちょっとな。このまま毎日野宿をさせるような真似をすれば、色々と不味いと思ったんだよ。特に今は街道の側に草原があるからいいけど、これだっていつまでもって訳じゃないし」


 寧ろ、街道の側では荒れ地となっている場所も多いのだ。

 今はまだ草をクッション代わりに使っているのだが、そのような荒れ地となれば簡単に眠る訳にもいかない。

 寧ろ眠るだけで身体が汚れ……いや、それ以前に眠れるのかという問題もあるだろう。


「ふむ、その件か。確かにどうするべきかというのは、私も考えていたのだ。まさか、この人数で村や街の宿に泊まる訳にもいかんしな」


 この一行が十数人……もしくは数十人程度であれば、宿に泊まるという選択肢もあっただろう。

 だが、千人近い人数でそのような真似が出来る筈もない。

 何より、半ば着の身着のままの状態が多い集団だけに、宿代という問題も出てくる。

 レイが代わりに支払おうと思えば可能だし、もしそのような状況になればここにいる者達を送り届けた後で必要経費としてダスカーに要求することも出来るだろう。

 だが……やはり、人数の問題が大きく出てくるのだ。


「ああ。となると、やっぱり俺が考えている手段が一番手っ取り早いんだが……目立つ。とにかく目立つ。ひたすら目立つ。そんな状況になってもいいと思うか?」

「それは、今更ではないか? 元々このような人数で移動している以上、どうしたって人の目にはつくのだから」

「それは俺も分かってる。ただ、俺が考えてる手段を使った場合、それ以外の面々からも目を付けられることになりそうなんだよな。それこそ、その土地の有力者とかがこっちに難癖を付けてきたりとか、妙なちょっかいを出してきたりとか」


 そして、そのような者達は自信過剰なことが多く、自分の思い通りにならないからといってレイ達に攻撃を仕掛けてくることも多い。

 勿論、レイ達だけであれば、そのような連中が幾ら集まっても問題ではない。

 ないのだが……それは、あくまでもレイ達だけであれば、の話だ。

 千人近い人数全てを完璧に守り切るというのは、実質的には不可能に近いのは間違いなかった。


「その辺りは、やり方次第でどうとでも出来ると思うが……それで、結局レイはどうしようと考えていたのだ?」


 軽く告げるエレーナの言葉に、それなら……とレイも口を開く。


「ほら、砂上船ってマジックアイテムがあるってのを話したことがあっただろ? 砂上船だけに、下が砂でないと移動は出来ないけど、それはあくまでも動けないってだけだ。別に土の上に置いたところで、自重を支えられなくて壊れるって訳じゃない」


 そこまで聞かされれば、エレーナもレイが何を言いたいのかというのは理解した。つまり……


「その砂上船というのを、他の人達の寝床にするということか?」

「ああ。全員分の部屋とかはないけど、廊下とかそういう場所を含めれば全員が寝るのは多分無理じゃない……筈だ。ただ、誰かが妙な気を起こさないように、砂上船を操る船長室には近づけないように何か対策を取る必要はあると思うけど」


 これだけの人数がいるのであれば、当然のように中には不埒な考えを持っている者もいるだろう。

 性善説……という言葉をレイは日本にいた時に聞いたことがあったが、レイにとってはとてもではないがそれを信じられる要素はない。


「そうね。そうなると、私達は船長室で休む? マジックテントが使えるだけの空間的な余裕があれば、それでもいいんだけど。それか、いっそセトとイエロに門番をして貰うとか」

「そうだな。どっちにするかは分からないけど、何らかの対策は必要だろうし」


 そう言葉を挟んできたマリーナの言葉に、レイは砂上船を宿泊所として使うことを決める。

 このまま着の身着のままの状況で野宿をしようものなら、まず間違いなく身体を壊す者が出てくる。

 そうなれば、結果として一行の移動速度が落ちてしまうのだ。

 勿論体調が悪い者が出てくれば、馬車に乗せるといった手段を躊躇するような真似はしないのだが。

 そうして、今夜からのことが決まるのだった。






「ねぇ、ちょっと。何で急に街道から外れたんだと思う?」

「私に聞かれても、分かる訳がないでしょ。食料になる獲物を獲る為とか?」


 少し前までは見える範囲全てを赤く染めていた夕日も、今は既に半ばが地の果てに沈んでいる。

 そのような時間になり、突然街道から逸れるという行為に出たレイ達に対して、疑問を抱く者は多い。

 それでも明確な不満にならなかったのは、メジョウゴから旅立っての数日でレイ達に対して信頼感を覚えている者が多かったからだろう。

 また、レイの側にはある程度容姿に自慢のある女達であっても、絶対に勝てないと思う程の美人が三人もいたというのが大きい。

 エレーナ達を放っておいて、自分達に手を出してくるようなことはないだろうと。

 疑問を抱きつつ、一行は街道から外れて進み続け……十分程経つと、その歩みは止まる。

 そうして、十人一組となっている班の班長をそれぞれ集める。


「ここでどうするつもりなのかしら。狩りをするにしても、別に全員で来る必要はないでしょうし」

「さて、どうだろうな。わざわざこんな場所に来たんだから、何か意味はあると思うんだけど」


 そんな声が聞こえてきている中、やがてレイが口を開く。


「これから、ここにお前達が寝ることが出来る船を取り出す」


 は? と、それがレイの一言を聞いた者の、正直な気持ちだった。

 何故そこで船なんて言葉が出てくる、と。


(まぁ、私も何も知らない状況でそんなことを言われれば、混乱するでしょうしね)


 砂上船について知っているマリーナにとっても、レイの説明をただ聞いただけでは意味が分からないと判断しても当然だという思いがある。

 班長達にとってもそれは同様だったが、それでもすぐに意味が分からないと騒いだりしなかったのは、レイの持つ力を何度も見てきたからだろう。

 そんな班長達を前に、レイは話を続ける。


「皆も知っての通り、俺はアイテムボックス持ちだ。そのアイテムボックスの中には、砂上船という砂漠を移動する為の船がある。砂の上を移動する船である以上、俺達がいるような地面を移動するのは無理だが、それでも船は船だ。屋根のある場所で眠れるのは間違いない」


 屋根のある場所で眠れるというレイの言葉の意味を真っ先に理解した班長のうちの数人が、喜びの声を上げた。

 実際、草の上で眠るというのは、かなり厳しいのは間違いなかったのだ。

 一日中歩き続けて疲れているので、大抵の者は眠れる。

 だが、いわゆる上流階級……大商人や貴族の娘といった者達の中には、疲れていても夜に眠れないという者も何人かいた。

 そのような者達は元々体力がなく、歩く速度も遅いので馬車で移動することになっていたのだが、このまま人数が増え続ければ、やがて馬車が足りなくなる可能性もある。

 そのような者達を自分の班に抱えている班長にしてみれば、船とはいえ、その中で眠れるというのは非常にありがたい。

 海の上に浮かんでいる船であれば酔うという可能性もあるが、大地の上であればそのような心配もいらなかった。

 まさに、今の一行にとっては是非欲しい宿泊所と言えるだろう。


「でも、そういうのがあるなら、もっと早く用意してくれてもよかったんじゃない?」


 何人かからはそのような意見が出て、それに同意するような者も出てくる。

 そのような者達から視線を向けられるレイだったが、本人は特に気にしている様子もなく、説明を続ける。


「千人近い人数を収納出来ると言った通り、砂上船はかなりの大きさだ。それこそ、どうやっても目立つくらいにな。ジャーヤとメジョウゴの軍に追われている現在、そこに更に余計な敵を増やしたくなかったというのが、今まで砂上船を出さなかった理由だ」

「今日その砂上船を出すことにしたのは、もうその追っ手を気にしなくてもよくなったからですか?」


 班長の一人の質問に、レイは頷く。


「そうだな。今日まで殆ど休憩なしで歩いてきたから、メジョウゴやロッシからある程度の距離が離れた。おかげで、本格的に襲撃されるようなことは、もうないと思う。あくまでもこれは予想であって、予想外の事態が起きる可能性は否定出来ないが」


 その言葉に、多くの者はなるほどと納得の表情を浮かべる。

 勿論納得したのは、全員ではない。

 中には、レイが何か妙なことを考えているのではないか……口に出来ない理由があるのではないかと、そのように思っている者もいる。

 だが、それを口に出すことが出来ない以上、そのような態度に薄々気が付いているレイも、特に何かを言うようなことはない。


「そんな訳で、早速だが砂上船を出すぞ。言っておくけど、部屋の数は全員分にはならない。揉めないようにして決めてくれ。これで何か問題が起きれば、明日からは再び草……下手をすれば土の上で寝ることになるからな」


 そう告げ、ミスティリングの中から砂上船を取り出す。

 そして周囲には数秒の沈黙の後……歓声が響き渡るのだった。

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