第1595話
「なるほど。突然奴隷の首輪が外れた訳だ」
「はい」
レイの言葉に、女は頷く。
この数時間で自分の身に起こったことを説明したのだが、それに対して戻ってきたのがその言葉だった。
尚、ジャーヤの兵士に服を破かれた女だったが、今はその上から男物の服を着ている。
その服のでどころは、当然レイの持つミスティリングの中からだ。
いざという時の為に、レイのミスティリングには古着屋で買った服がある程度入っている。
それを女に着せたのだ。
(ま、情報料と思えば、安いものだろ)
実際には、服というのはそれなりの値段がする。
それこそ、レイがいた日本のように安い服が大量に売られている訳ではないのだから。
だが、今の自分達の状況を考えれば少しでも早く正確な情報を得たいと思うのは当然で、それを思えば服の一着くらいは安いものだった。
そうして得た情報は、レイにとっては予想外であり、納得出来るもの。
(黒水晶の影響下にあった巨人が暴走したのを考えれば、同じように黒水晶の力で普通以上の効果を持っていた奴隷の首輪が壊れるのも、納得は出来るな。……寧ろ奴隷の首輪が暴走しなくてよかったと言うべきか?)
一瞬、このメジョウゴにいた娼婦達全員の奴隷の首輪が爆発するなり絞まるなりして、全員が死んだ光景を思い浮かべたレイが、内心で安堵する。
「にしても、レジスタンスか。……なるほど」
この状況でレジスタンスが動いていることに、特に疑問を持ったりはしない。
そもそも、レイ達がここで暴れ、その隙を突いてレジスタンスが行動を起こすというのは、元々予定されていたことだ。
(もっとも、ここまで大きな騒動になるとは、思っていなかったが)
レイが予想していたのは、レイ達が巨人の巣に対して侵入したことによりメジョウゴの中が大きく混乱し、それで娼婦に被害が及ばないようにして欲しいということだった。
本来であれば、娼婦達をどうにかして逃がして欲しかったのだが、娼婦達は奴隷の首輪の効果もあり、自分から望んで娼婦という仕事をしていたのだ。
その状況で娼婦達にメジョウゴを脱出しろと言っても、とてもではないが耳を貸すことはないだろう。
だからこそ、もし何かあった時は……とそう思っていたのだが、実際にはレイが黒水晶を消滅させてしまうと、娼婦達の奴隷の首輪も消え、元に戻った。
それで娼婦達による反乱とも言うべき流れが起き、レジスタンスはそちらのフォローに回ることになる。
……もっとも、レジスタンスの主力は巨人によってほぼ壊滅状態である以上、無理にジャーヤとレイ達の戦闘に混ざってこないというのは、賢い選択だったのだろうが。
「それで、どうする? 情報を得たらメジョウゴから脱出するとか言ってたけど」
リュータスの言葉に、レイは少し悩む。
本来なら、リュータスの言っている通りにするつもりだった。
だが、それはあくまでも娼婦達の洗脳が解けていなかった場合の予定にすぎない。
今の状況を考えれば、娼婦達を見捨てていってもいいのかという疑問がある。
「レジスタンスが脱出させようとしてるってのは本当か?」
「え? あ、うん。私もそっちに合流する予定だったし」
「……となると、どうやってここを抜け出すかが問題になるな」
「どういう意味?」
少しだけ深刻そうな表情になったレイを見て、ヴィヘラが不思議そうに尋ねる。
そんなヴィヘラの……いや、エレーナやマリーナといった女達の美しさに、女は思わず目を奪われた。
自分もそれなりに人気の高い娼婦だったという記憶はある。
だが、そんな自分と比べてもその三人は明らかに美しさでは上だった。
(もっとも、こんなに美人な人達だと……もし娼婦をしても、向こうが気圧されて抱くに抱けない可能性が高いと思うんだけど)
娼婦をやっていたのは、女にとって消し去りたい過去ではある。
それでも、消せるわけではない以上、多少なりともこれからの人生に活かしたい……いや、活かすべきだと、自分に言い聞かせていた。
もっとも、そうやって言い聞かせなければ、考え方が後ろ向きになってしまうという理由もあったのだろうが。
「ここにいた娼婦の数は、百人や二百人程度じゃない筈だ。となると、レジスタンスのようにどこかに隠れる……というのは、ちょっと難しい」
「つまり、メジョウゴから直接脱出するしかないと?」
「だろうな。……もっとも、娼婦の多くをメジョウゴの外に連れ出して、そこからどうするって問題もあるが。寧ろ生活環境って意味なら、このメジョウゴに残るのが最善だけど……」
レイの視線が、地面にある首を切られて死体となっている男に向けられる。
「ジャーヤの連中がいる以上、残ってもまた捕まって……今度はより酷い待遇になる可能性が高いしな」
そんなレイの言葉に、話を聞いていた女全員が嫌そうな表情を浮かべる。
リュータスや護衛達は、自分達が少し前までジャーヤに所属していた以上、そんなレイに何か言うことは出来なかった。
「分かったわ。ありがとう。後はとにかく私一人で何とかやってみる。これ以上貴方達に迷惑は掛けられないし」
女は短く言うと、そのままレイ達から離れていく。
本来であれば、一緒に行きたいと思っているのだろう。
だが、自分が一緒では迷惑を掛けるだろうという思いがあり……何より、女顔のレイはともかく、リュータスや護衛達は明確なまでに男だった。
洗脳されて娼婦をやらされていた影響もあってか、今の女にとって男というのは恐怖の対象でしかない。
勿論それを表に出すような真似はしていないが、それでもこの場にいる者達であれば、態度からそれは大体理解出来た。
だからこそ、去っていく女を特に止めるようなこともせず、そのまま見送る。
「……さて、正直この展開はかなり予想外だったが、とにかくこの場から移動するか」
そう告げると、レイはミスティリングの中から蜃気楼の籠……通称セト籠を取り出す。
いきなり出てきたその大きさに、当然ながら初めて見るリュータスや護衛達は驚きを露わにする。
一応リュータスは情報としてセト籠の存在は知っていたのだが、やはり実際に見るのは違うということなのだろう。
「これに、乗るのか?」
「ああ」
驚きがなくなった後で、改めて尋ねてくるリュータス。
その言葉に、レイはあっさりと頷く。
レイにしてみれば、このセト籠は使った経験があるので、特に怖がったりはしない。……もっとも、レイが乗るのはセトの背の上である以上、本当の意味でセト籠に乗って移動したことはないのだが。
「じゃ、行きましょうか」
こちらは既にセト籠に乗った経験のあるヴィヘラが、エレーナ達と共にセト籠に乗り込んでいく。
そうした姿を見れば、リュータス達もそのまま黙って見ている訳にもいかない。
いや、黙って見ていてもいいのかもしれないが、そのような真似をすればここに置いていかれることになるのは確実だろう。
そうである以上、ここで黙って見逃すという訳にはいかなかった。
元々セト籠はレイの率いる紅蓮の翼が移動するという意味で作られた代物だ。
ある程度の余裕はあるが、それでも想定の倍以上の人数が乗るとなると、当然のように狭くなる。
「ちょっと、もう少しそっちを詰めてよね」
「あ、悪い。……って事だ。もうちょっと詰めてくれ」
「若、こっちもこれ以上はちょっと……」
そしてセト籠の中では、当然のようにリュータス達の立場は低い。
もっとも、リュータスは無意味にプライドが高いという訳でもないし、今の自分達がレイにとって余計なおまけでしかないというのは十分理解している。
そうである以上、ここで余計な真似をしてレイ達を怒らせるといった真似をするつもりはなかった。
セト籠の中でそのようなやり取りが行われている中、レイはセトの背の上に乗って空を飛ぶ。
そうしてセトは翼を羽ばたかせながら降下し、地上に置かれていたセト籠を持ち、再び空を駆け上がっていく。
「……やっぱりジャーヤは門の前に布陣したか」
セトの背の上から地上を見下ろしつつ、レイは呟く。
地上で見えている光景は、門から抜け出そうとしている娼婦の群れと護衛のレジスタンスに対し、ジャーヤの兵士達がそれを防ごうとしているのが分かる。
それは先程の女から事情を聞いたレイの予想通りではあったが、それでもこのままにしておけば、レジスタンスに……そして娼婦達に被害が出るのは明らかだ。
何の関係もない、それこそ被害者の女達がここで死ぬような目に遭うのは、レイにとってもあまり好ましいことではない。
また、セト籠の中にいるだろうエレーナ達のことを考えても、恐らく……いや、間違いなく何とかしたいと思うだろう。
「かといって、どうするか……そう難しい話じゃないか。幸い、今はまだお互いの陣営にはっきりと分かれてるしな。幸い丁度いい物も入手してあるし。……まぁ、無理にあれを使わなくてもいいんだけど、持ってても売るくらいしか使い道はないし」
自分の中でこれからのことを考えると、レイは一応セト籠の中に声を掛ける。
「メジョウゴの門の前で、ジャーヤと娼婦達を引き連れたレジスタンスの連中が向かい合っている。どうせだから、レジスタンスの連中を援護していくぞ」
「分かったわ。けど、援護ってどうやるの? セトのファイアブレスとかは、ちょっと止めておいた方がいいんじゃない?」
セト籠から、マリーナがそう告げてくる。
セト籠を運んでいる状態でファイアブレスを使えば、セト籠の方にも被害がくるかもしれないという思いからだろう。
「ああ、そっちは問題ない、攻撃するのは俺だから」
「そう。……あまりやりすぎないようにね。メジョウゴそのものが破壊されるのは見たくないわよ?」
冗談交じりに告げてくるマリーナの言葉に、レイは問題ないと笑みを浮かべる。
もっとも、セトに乗っている状態で笑みを浮かべても、セト籠の中にいるマリーナ達には全く見えなかっただろうが。
「セト、ジャーヤの兵士達の真上に移動してくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは元気よく鳴き声を上げ、翼を羽ばたかせる。
それこそものの数秒で、レイとセトの姿はジャーヤの兵士達の真上まで移動していた。
だが、ジャーヤの兵士達は自分の真上に死をもたらす存在がいるとは、一切気が付いていない。
これには、幾つかの理由があった。
例えば、セト籠の持つ保護色の能力によって下から見分けが付かなくなっていたり、ジャーヤの者達は目の前にいるレジスタンスや娼婦達だけに注意を払っており、上空に注意を払っていない。
そして何より、ここに集まっているジャーヤの兵士達は、とてもではないが精鋭とは呼べない、レイの認識では雑魚と評するのに相応しい腕しか持っていない者達だというのが大きい。
それだけに……ジャーヤの兵士達は、地獄を見ることになる。
「大体この辺りか。セト、ゆっくりと……ホバー的な感じで移動してくれるか?」
「グルルルルゥ」
レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らす。
大きな鳴き声を上げなかったのは、当然下にいるジャーヤの兵士達に気が付かれないようにする為だ。
今の状況で気が付かれていなくても、さすがに鳴き声を上げれば、自分達の存在が気が付かれると、そう思ったのだろう。
そうして……レイはいよいよジャーヤに対して裁きの鉄槌を下す。
(どっちかと言えば、鉄槌じゃなくて木槌と言うべきかもしれないけど)
そんなレイの考え通り、ここで空中に放り出されたのは巨人の巣で入手した馬車の車体。
売ればそれなりの金になるだろうし、何かに役立つだろうと思って入手していたのだが、自分でもここで使うことになるというのは、少し予想外だったのは間違いない。
もっとも、この馬車を入手する時に武器として使用することを検討しなかったといったら嘘になるのだが。
ともあれ、空中で放り出された馬車は真っ直ぐにジャーヤの兵士達が集まっている場所に落ちていく。
それも一台ではない。二台、三台、四台……といった風にだ。
ジャーヤの兵士達にとっては、まさに青天の霹靂……完全に虚を突かれたと言ってもいい。
馬車の真下にいた兵士達は、多少立派な防具を装備していても全く意味はない。
百mの高度から落とされた馬車は、防具をしている兵士であっても容易に潰す。
骨が折れ、肉が裂け、血と内臓が周囲に散らばる。
また、馬車は木製ということもあり、落下の衝撃で壊れた部品が周囲に飛び散り、被害を大きくする。
尖った破片が身体に突き刺さり、悲鳴を上げる兵士が多数生まれていく。
とてもではないが、系統だった指揮で行動するのが不可能ではないかと、そう思える程の混乱。
上空からそれを見ながら、セトに合図をしてその場から飛び去るのだった。
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