第1591話

 森の中に戻ったレイ達は、そのまま洞窟の方に向かう。

 そうして森の中を歩きながら、リュータスはレイに尋ねる。


「それで、レイはこれからどうするんだ? ジャーヤはこれから国との戦いで忙しくなると思うけど」

「そう言われてもな。基本的には俺のやるべきことは、ジャーヤに対する報復だしな」

「ん」


 レイの言葉に、イエロを頭に乗せたビューネが、小さく呟く。

 ビューネの頭の上では、話を理解しているのかいないのか、イエロが小さく鳴き声を上げていた。

 そんな二人と一匹の様子を見たリュータスは、呆れたような表情を浮かべ、口を開く。


「あのな、普通であれば一つの組織に対して報復をする……なんて真似は、個人でそう簡単に出来るものでもないだろ?」

「そう言われてもな。出来るものは出来るんだし」


 実際、それが出来るからこそレイ達に対してダスカーは報復を依頼したのだ。

 だが、リュータスがそれに納得出来るかと言われれば、答えは否だった。

 そんなリュータスの気持ちを理解しているのか、レイはリュータスから視線を外し、周囲に生えている木々を見ながら口を開く。


「取りあえずジャーヤに対する報復という意味では、大きなダメージを与えたと思う」

「だろうな。メジョウゴにある巨人の巣をいいように破壊され、ジャーヤにとっては非常に大事だった黒水晶も破壊された。その上、巨人を待機させていた洞窟までやってきたんだ。これで被害が小さいって言われたら、俺は自分が所属していた組織を見直すよ」


 巨人の巣? と一瞬首を傾げたレイだったが、文脈からメジョウゴにあった地下施設のことだと、すぐに理解する。


(ただ、巣って意味だと、メジョウゴにあった地下施設より、洞窟の方がそれらしくないか? 実際、巨人の殆どはあの洞窟の中にいたんだし……待て)


 そこまで考え、ふとレイは気になることがあった。


「リュータス。巨人はあの洞窟にいたので全てか? 他の場所にも実は待機場所があったとか、そういうのはないか?」

「……どうだろうな。少なくても俺が知ってる限りだと、巨人はあの洞窟にいるので全てだ。だが、別に俺も上から完全に信用されてた訳じゃないし」


 ジャーヤの後継者候補という立場のリュータスだったが、自分と同じ地位にいる者は他にも何人かいる。

 そうである以上、自分だけが上から信じられている……と考える程におめでたい訳ではない。

 自分以上に上から信用を得ている者も間違いなくいるだろうし、そのような人物であれば、もしかしたら……本当にもしかしたら、実は巨人が別の場所にも運び込まれているという可能性はあった。


「そうか。まぁ、もしそうであっても……恐らくそこが大きな被害を受けるだけだろうしな」

「……うわぁ」


 レイの呟いた内容に、リュータスは表情を作ることすら忘れて声を漏らす。

 だが、実際レイの言葉は間違いのない事実なのだ。

 リュータスがレイから聞いた話によれば、洞窟の中にいた巨人は黒水晶を破壊された影響からか、暴れて……いや、本能に突き動かされるように暴走しているというものだった。

 であれば、そのような暴走が起こったのが、これから向かう洞窟の中だけ……などということは、絶対に有り得ないだろう。

 もし巨人をいいように使っていたのであれば、その使っていた人物が余程強くない限りは間違いなく本能に支配された巨人に食い殺されているだろう。

 可能性としては非常に低いが、もし巨人を倒せるだけの強さがあったり、運によって何とか生き延びることが出来る者もいる可能性はある。

 だが、小国のレーブルリナ国にそこまで強い者がいる筈もない。


「取りあえず俺は大きな騒動にならないように祈ってるよ。……っと、見えてきたな」


 巨人が暴れている光景を振り払うように首を横に振ったリュータスは、視線の先に洞窟を見つけて嬉しそうに呟く。

 洞窟の周囲には、リュータスの護衛達の姿がある。

 その護衛達は、リュータスが戻ってきたのを見ると、あからさまに安堵した様子を見せた。


「若、ご無事だったんですね。怪我とかは……」

「ない。そもそも、俺が戦う必要そのものが殆どなかったしな」


 実際に護衛の兵士と戦えば、リュータスも怪我をした可能性はあるだろう。

 だが、実際には戦闘らしい戦闘は起きていない。

 ……正確には貴族やその取り巻きとの間で軽い戦いは起きたのだが、レイにしてみれば、あのような戦いを戦闘とはとてもではないが呼べないだろう。

 それはリュータスにしても同様であり、護衛達に心配を掛ける必要はないだろうと、軽い調子で告げたのだ。

 事実、リュータスの言葉に護衛達は安堵の息を吐く。


「それで、こっちの様子は? 何か異常は?」

「いえ、若がいなくなってから、特にこれといったことは……ああ、行動している時にはぐれたのか、何人か兵士がやって来ましたが、それだけです」


 リュータスと会話をしていた護衛の男は、そう言いながら視線を少し離れた場所に向ける。

 そこでは数人の兵士が意識を失い、地面に寝転がされていた。

 死んでいるのではなく、気絶しているだけだというのは、傍から見れば明らかだった。


「この森ではぐれるってのは、正直兵士としてどうなんだ?」


 森という表現が使われている通り、ここはそれなりに深い……林とは到底呼べないだけの規模を持つ。

 だが、ギルムのような辺境ではないのだから、高ランクモンスターがいる訳でもないし、普通に移動するだけであれば特に苦労する必要がないのは確実だった。

 そのような状況にも関わらず、共に行動していた部隊からはぐれるというのは、訓練不足云々以前に兵士の資質がないと言ってもいいだろう。

 リュータスがそんな疑問を抱いても、特におかしくはなかった。

 もっとも、実戦経験もろくになく……何より負けることを前提とした部隊派遣である以上、兵士の質は全く考えられていなかった可能性は高いのだが。


「さて、私達に言われても何とも言えませんね。それより、これからどうするのですか? 若の件は既にジャーヤに知られていると考えてもいいと思います。だとすれば、一番安全なのは他国に逃げ込むことですけど」


 恐らく言っても聞いて貰えないだろうと、そう思いながらも告げる護衛の提案に、案の定リュータスは首を横に振ってその意見を否定する。


「そのような真似をしても、いつ刺客を送られてくるかと怯えながら暮らすことになる。そんな真似をするよりは、ここで一気にジャーヤを潰してしまった方が手っ取り早い」

「……一応、若がこの国から出るのであれば、私達もついていくつもりですが」

「護衛をしてくれるのは嬉しい。嬉しいが……それでも守りに入るというのは、あまり面白くない。それに、いつ来るか分からないという不安よりもこちらから攻めておきたい」


 その言葉を聞いた護衛達は、仕方がないと溜息を吐く。

 それでも護衛達の表情に不快な表情が浮かんでいないのは、それだけリュータスが好かれている証なのだろう。


「それでは……」

「あら、もう片付いていたのね。予想通りだけど」


 護衛の言葉に割り込むようにして声を掛けてきたのは、洞窟の中から姿を現したヴィヘラ。


『っ!?』


 いきなりの登場……それも自分達の後ろからのその行動に、護衛達は揃って息を呑む。

 当然だろう。今回は後ろから姿を現したのがヴィヘラ……そしてエレーナの二人だったからよかったものの、その気配を一切察知することが出来なかったのだ。

 もし姿を現したのが刺客であれば、今頃自分達は死んでいた可能性が高い。


(まぁ、ヴィヘラやエレーナを相手にしている時点で、どうしようもないと思うけど)


 護衛達の驚きようを少し哀れむ。

 ビューネの頭の上にいたイエロが飛び立ち、周囲の様子を……気絶した兵士、そして兵士の死体が大量に地面に転がっているのを眺めているエレーナの右肩に着地する。

 嬉しそうに顔を擦りつけてくるイエロを撫でながら、エレーナは口を開く。


「一応ということで来てみたが……どうやら、やはり無駄足だったようだな。マリーナの方に行くべきだったか」

「そうだな。攻めてきた兵士も決して精鋭って訳じゃなかったし。……いや、もしかしたらレーブルリナ国基準だと精鋭だった可能性も……ないか」

「そもそも、全滅を前提とした部隊に、そこまで精鋭を揃えるとは思えないし」


 レイの言葉に少し呆れた様子で告げるリュータス。

 そんなリュータスの態度に、エレーナとヴィヘラの二人は一瞬だけ驚きを露わにする。

 だが、それも一瞬。

 すぐにリュータスについてはこの場で聞くべきことではないと判断して口を開く。


「全滅が前提?」

「ああ。リュータスが言うには、それでミレアーナ王国とレーブルリナ国が協力してジャーヤと戦うらしい」

「……ああ、なるほど」


 レイの言葉でレーブルリナ国が何を企んでいるのか悟ったのだろう。エレーナは呆れたように呟く。


「その狙いは悪くはない。悪くはないが……それは、国の上層部が今回の一件に関わっていないというのを、私達が知らないというのが絶対条件の筈だ。それを知られた以上、今更小細工をしても無意味だと思うが?」


 視線を向けられたリュータスは、エレーナと正面から向かい合って目が合ったことにより一瞬その美貌に目を奪われそうになる。

 だが、すぐに今の自分達の状況を考え、口を開く。


「それしか現在の状況をどうにか出来る方法が思いつかなかったか、もしくは他に何か打つべき手があるのか。それは分からない」

「もっとも、これはあくまでもリュータスの予想でしかない。まさか、攻めてきた兵士やそれを率いている連中に、お前達は全滅を前提とした部隊なのか、と聞く訳にもいかないし」

「でしょうね。……もっとも、中には事情を知ってる人がいてもおかしくなかったでしょうけど。他の人に聞いたら、色々と面白いことになっていたような気がするわ。ちょっと見たいくらいには」


 話を聞いていたヴィヘラが、笑みを浮かべながらそう告げる。

 実際にその場にヴィヘラがいれば、本当に聞いていた可能性もあるだろう。


「それより……その、二人がここにいるということは、もしかして巨人は……」


 話を誤魔化そう……という訳でもないのだろうが、リュータスは気になっていたことを口にする。

 実際、疑問に思っていたのは間違いないのだ。

 千匹もの巨人が暴走し、それに対処すべく残っていたエレーナとヴィヘラがここに姿を現したのは、不思議……いや、異常と言ってもいい。

 それだけの脅威を、千匹の巨人というのは持っていた筈なのだ。

 だが、その対処に残っていた二人がここに姿を現したことは、つまり巨人の対処が終わったということを意味している。

 まさか唐突に巨人達が暴走を止めて落ち着きを取り戻した訳ではない以上……得られた結果は決まっていた。


(倒したのか? あの巨人全てを)


 リュータスも、巨人が集まっている場所を見たことはある。

 千匹近い巨人が膝を抱えて動かない……眠っている状態。

 それだけでも巨人の姿と、そして何よりその数に畏怖を覚えたのに、それが動き回っている状況で戦いを挑み、殲滅する。

 それがどれだけ凄いことなのかというのは、巨人の実態を知っているだけに明らかだった。

 一瞬……そう、ほんの一瞬だったが、リュータスは自分の前にいる二人の美女が信じられない程の化け物であるかのように思えた。

 勿論その力が自分の想像を超えているものだというのは知っていた。現に、レイは数百人の兵士達をほぼ一人でどうにかしたのだから。

 だが、兵士と巨人ではその戦力は大きく違う。

 にも関わらず、怪我らしい怪我もせずに倒してみせたことは、リュータスにとって驚き以外のなにものでもなかった。


「さて、取りあえず巨人の一件も片付いた。後は……これからどうするか、だな。レーブルリナ国の企み通りにさせてやるというのは、あまり面白くないし」


 レイも、当然ながらレーブルリナ国が企んでいるようなことが本当に成功するとは思えない。

 だが、同時に……何かの間違いで上手くいくという可能性も決して否定は出来ないのだ。

 である以上、今回の一件は出来るだけ早く何とかする必要があった。


(取りあえず、ダスカー様に今回の一件は知らせておく必要があるだろうな)


 元々自分達はダスカーからの依頼でここに来ている以上、現在どうなっているのかを知らせる必要があるのは確実だった。

 ましてや、今回の一件はただの報復的な行為というだけではなく、政治的な事態にも及んでいるのだ。

 であれば、レイ達が好き勝手に動く……といった真似は、出来るだけしない方がいいのは確実だった。


「取りあえず……マリーナを迎えに行くか」


 そう、呟くのだった。

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