第1586話

 レイが戦いを始めてから、洞窟の中にいた兵士達、そして洞窟の中に入りきれずに外で待機していた兵士達が全滅するまで、十分と掛かっていない。

 中には危険を察して逃げ出した者もいたのだが、レイは特に追撃をする必要もないだろうと、見逃していた。

 兵士達の中には死んでいる者も多いが、手足の一本を斬り飛ばされ、それ以上は戦闘をすることが出来なくなった者もいる。

 もしくは、レイではなくビューネによる攻撃で意識を断たれ、気絶して倒れている者の姿も多い。

 この洞窟にいた者達全てを皆殺しにし、レーブルリナ国が非道な行いに関わっていた証拠を消す……という国側の目的は、灰燼に帰した。


「……で、今更この洞窟の中にいるジャーヤの連中をどうにかしても、巨人がいるってのは国の方でも分かっていた筈だろう? あれだけの巨人をどうするつもりだったんだ?」


 レイは一人の兵士に向かって、そう尋ねる。

 その兵士は、レイが戦場に現れた時、真っ先にその正体に思い当たった兵士だった。

 色々と知ってそうだなとレイが考えたこともあり、デスサイズの一撃を受けた時も刃ではなく石突きの一撃で意識を奪われるだけで済んだ、幸運な兵士。

 もっとも、レイに情報源として考えられたことが幸運だというのであれば、の話だが。


「そ、それは……」


 何とかレイから距離を取ろうと、兵士は座った状態で後退ろうとする。

 洞窟の中から外に出された為か、夏の空気と緊張から、兵士の顔には汗が滲む。

 必死にレイから距離を取ろうとして、掌に伝わってくる冷たい土の感触だけが兵士の意識を繋ぎ止めていた。

 もし土という存在や、小さな石の痛みというものがなければ、もしかしたら兵士はレイという存在の異質さに発狂していた可能性すらある。

 情報に詳しいだけあって、この兵士はレイのことを知っていた。……そう、それはあくまでも知っていただけなのだ。

 例えば、レイが一人で一軍を相手に殲滅したことがあるという情報は知っていた。

 だが、それが具体的にどのようなものなのか……直接自分の目で見て、初めて理解したのだ。

 その上、レイは数百人の兵士達を相手にしても、息すら切らしている様子はない。

 勿論、この森にやってきた兵士は全てレイが殺したという訳ではない。

 レイ達が来るまではリュータスと護衛達が奮戦しており、少なくない数の兵士を倒しているし、ビューネも白雲や長針といった武器を使って多くを倒している。

 兵士の中には、レイ達に敵わないと逃げ出した者すらいる。

 それでも……多くの兵士がレイの手に掛かったのは、間違いのない事実なのだ。

 情報を得る為、敢えて生かされたこの兵士も、自分の実力には多少の自信があった。

 しかし、多少はあくまでも多少でしかなく、レイのような本物の前に出れば、こうして怯えることしか出来ない。

 自分が肉食獣だと、狩る側だと思っていたのが、単なる驕りでしかなかったと、レイの強さを目の前で見せつけられれば、どうしてもそう思い知ってしまうのだ。

 そんな兵士を安心させるように、レイは口を開く。


「お前は大事な情報源だからな。別に殺そうとは思っていないから、安心しろ」


 兵士を落ち着かせて情報を得ようとしたレイだったが、それを聞いた兵士の表情が引き攣る。

 兵士にとっては、情報源だからこそ殺さない……つまり情報を手に入れ、用済みになったら殺すと、そのように受け取ってしまったのだ。

 普通であれば、そこまで深読みをしたりはしないだろう。

 だが、兵士はレイの戦闘を間近で見ているのだ。

 それだけに、レイがどのような行動をとっても不思議ではなかった。


「ひっ、ひぃ……た、助けてくれ……頼む、俺が知ってることは何でも教える。だから、命だけは助けてくれ!」


 何とかレイの情けにすがりたいと、そう叫ぶ兵士。

 兵士の身体には仲間の血が付着しており、赤く染まっている部分も多い。

 それでいながら、兵士の顔や手足といった場所には目に見える類の傷は存在しない。


「あー……大丈夫だ。別にお前を殺すようなことはしない。約束する。だから、大人しく情報を吐いてくれないか」


 デスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納しておいてよかった、と。レイはしみじみと思う。

 もし現在の状況で武器を手にしていれば、恐らく目の前の兵士はとてもではないが喋ることが出来なかっただろうと、容易に予想出来ていた為に。

 ……もっとも、兵士にとっては武器云々の話ではなく、レイがいるという時点で恐怖に襲われているのだが。


「はいはい、レイは一旦退いてくれよ。ほら、こんなに怖がってるじゃないか。今のままだと、何の情報も聞き出すことは出来ないって」


 その言葉と共に、レイは強引に後ろに下げられる。

 そしてレイの代わりに兵士の前に立ったのは、リュータスだ。

 レイが来るまでは、絶体絶命の危機と呼ぶに相応しい状況にあり、慣れない戦闘で息を切らせていたのだが……今ではもう、その息も整っている。

 強さという点では兵士達よりも上のリュータスだったが、やはり実戦となれば……それも数人で数百人を相手にするというのは、とてつもない重圧があったのだろう。

 その戦闘も終わり、現在はレイの代わりに兵士から情報を聞き出そうと、そう考え、行動に移したのだろう。

 戦闘では自分が役立たずに近かったという自覚があるからこその行動。


「安心して下さい。レイはああ見えて、自分に友好的な相手に対してはその刃を振るったりはしませんから」


 いつものように……いや、兵士を落ち着かせるという意味も込め、より柔らかな笑みを浮かべるリュータス。

 猫を被る、仮面を被る……リュータスという男にとって、それは容易く出来ることだ。

 いや、寧ろ先程までのような戦いの技術より、こちらの方がリュータスの本領だろう。

 事実、相手を落ち着かせるような慈愛に満ちた笑みを見て、兵士はかなり落ち着いた様子を見せたのだから。


「あ、ああ。うん。分かった」


 半ば混乱していた状態から、言葉遣いもはっきりとした兵士を見て、レイは素直に感心する。


(凄いな)


 自分では到底出来ないことをあっさりとやってのけるリュータスの姿を見ながら、レイは何となく自分の手を見る。

 少なくても、今の自分にリュータスと同じようなことが出来るかと言われれば、答えは否だ。

 勿論レイの戦闘を間近で見た訳ではない相手に対してであれば、リュータスと似たような真似は出来るだろう。

 レイはその小柄な体躯と女顔と呼ばれてもおかしくない顔だけに、相手を警戒させないという点では大きな効果を発揮する。

 ……もっとも外見とは裏腹に、レイの性格からその内心を察することが出来るような相手であれば、話は別だろうが。


「それで、落ち着いて聞かせて欲しい。ああ、安心してもいい。レイがさっき言っていたように、用件が済んだら君は解放するから」

「ほ、本当か? 本当に解放してくれるのか? 用済みだからって殺したりとか、そういう真似はしないと考えていいのか!?」


 叫ぶ兵士の声が、森の中に響く。

 風が木々の葉を揺らす音、鳥や動物の鳴き声……そのような音が響く中、レイは数秒前の感心は既になくなったかのような、呆れた表情で兵士を見る。

 自分達はこの洞窟にいる相手を殺しにきたのに、それが反撃されて自分達が殺される側になると醜く足掻く。

 レイの目から見て、そのような行動は見苦しいとしかいえなかった。

 もっとも、兵士達は軍人である以上、上からの命令には従うのは当然だろう。

 そう考えれば、まだ納得出来ないこともないのだが、と自分に言い聞かせ、リュータスと兵士の会話に耳を傾ける。

 ……そんなレイを慰めるかのように、ビューネが抱いていたイエロが飛び立ち、レイの右肩の上に着地する。

 イエロの心遣い? と一瞬考えるも、今はそれよりも情報だと、兵士の方を見る。


「俺達が命じられたのは、この森にいる奴は全員犯罪者だから、問答無用で全員殺すようにってものだ。一人たりとも逃がさないようにしろってのもあった」

「ふーん。随分と念入りだね」


 リュータスの呟きに、レイもまた同意する。


(全員を殺せってことは、当然ジャーヤの連中も皆殺しってことだよな? けど、ジャーヤは半ば以上、レーブルリナ国の上層部の息が掛かっている組織だった筈だ。それをこの命令ってことは……やっぱり、上層部はジャーヤを切り捨てることにしたのか?)


 リュータスの護衛に援軍を求められ、そのままここにやってきてから、即座に戦闘に突入した以上、レイは国軍が攻めてきたという話は聞いていたし、予想もしていた。

 だが、それはあくまでも予想でしかなく……今回、それを実際に兵士の口から聞いたことになるのだ。


「この洞窟の中には、ジャーヤの秘密兵器とでも呼ぶべきものがあるんだけど、それに関しては何か話を聞いていたのかな?」

「秘密兵器? いや、生憎と俺は何も。もっと上の立場の人間なら、その辺りも知ってたかもしれないけど……」


 言葉を濁しつつ、兵士は周囲の様子を見回す。

 そこに広がっているのは、死体、死体、死体。

 早い内に死体を片付けなければ、夏ということもあって腐敗が始まるのは間違いなかった。

 だが……最大の問題は、誰がこの死体を片付けるかということだろう。

 運良く逃げ出せた者もいるとはいえ、それは少しにすぎない。

 また、重傷を負ってはいるが、まだ生きている者もそれなりにいる。

 それでも、死体の数は数百。

 とてもではないが、片手間でどうにかなる数ではなかった。

 巨人が暴走する前であれば、巨人に片付けさせるといった真似も出来ただろう。

 だが、黒水晶が破壊されてしまった今、そのようなことはまず出来ない。

 いや、そもそも巨人という存在がレイ達の手によって全滅することになるのは、ほぼ確定事項に等しい。

 つまり死体を片付けるのはそれ以外の者でどうにかする必要があるのだ。


(それこそ、この出来事を引き起こしたレーブルリナ国にどうにかして貰うのが最善なんだろな)


 大きな被害を受けたレーブルリナ国に後片付けをしろというのは、被害を受けた国にとっては屈辱でしかないだろう。

 だが、それをやらなければならないという事情もある。

 この森は、メジョウゴやロッシといった場所からそう遠くない場所にあるのだ。

 そのような場所で死体をそのままにしておけば、それこそアンデッドとなる可能性が高い。

 首都のすぐ側でアンデッドが彷徨っている国。

 それこそ、周辺諸国に知られれば大きな恥となるだろう。

 ただでさえ気位の高いレーブルリナ国の上層部の者達が、それを許容出来るかと言われれば、まず出来ない筈だった。


「つまり、この森にいる全員を皆殺しにするだけが目的だったと?」

「そうなると思う」

「……洞窟については、何か聞いているのかな?」


 少し考えた後で、リュータスが兵士に尋ねる。

 洞窟の中にいる者達全員を殺すということになれば、当然のように洞窟の中でも巨人達が待機している場所にも人を向かわせる必要があった。

 そうなれば、当然のように巨人達と遭遇することになるだろう。

 兵士の強さを考えれば、巨人との戦力差は圧倒的なのは間違いない。

 おまけに兵士の数は数百人だが、巨人は千匹を超えている。

 その二つの勢力が戦えば、どうなるのか。それは考えるまでもない。


「いや、何も。さっきも言った通り、詳しいことは上官しか……」


 再度、兵士は地面に……今いる場所から少し離れた場所にある死体に視線を向ける。

 他の兵士よりも少し……本当に少しだけいい装備を身に纏っているその死体は、恐らく兵士が言う上官なのだろう。

 首を切断されている以上、生きているとは到底思えないが。


「あー……悪いな。もう少し生かしておけばよかった」

「ひっ、い、いや……その、も、問題ないです。俺は生き残らせて貰ったので……」


 レイが喋ると、兵士は怯えた様子でそれだけを告げる。

 兵士にとって、レイという存在は完全にトラウマになってしまったのだろう。

 ……当然だ。そもそもレーブルリナ国の兵士は、訓練はともかく、実戦を経験した者は驚く程に少ないのだから。

 そんな実戦経験の少ない兵士が、本物の戦場を知っており、幾つもの戦いを潜り抜けてきたレイの戦いを見たのだ。それも、蹂躙される側で。

 これでトラウマにならないというのは、それこそ有り得ないだろう。


「レイ、話は私が聞くから」


 そんな兵士の為に、リュータスはレイを後ろに下げさせる。

 情報収集を邪魔させないという意味もあったが、レイを遠ざけたということで兵士を自分に対して友好的にさせるという目的もある。

 レイはリュータスの行動に何かを感じた訳ではなかったが、それでも何か考えはあるのだろうと兵士から距離を取るのだった。

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