第1584話

 破壊された門の後ろから、次々と姿を現す巨人達。

 その巨人達の後ろでは、相変わらずエレーナとヴィヘラが暴れており、巨人達は蹂躙されていた。

 そんな二人と戦えない巨人達が、扉のあった場所から出て、外にいるレイに向かって襲い掛かるのだ。

 だが、扉の嵌まっていた場所は決して広くはなく、それこそ三匹、四匹といった巨人が一緒に外に出るのは不可能だ。

 ……だが、巨人達は飢餓感に襲われてそこまで頭が回らないのか、今はとにかくレイを食おうと部屋の外に出るのに必死だった。 

 そうして、一匹、二匹といった数で部屋の外に出た巨人達は、次の瞬間にはレイの持つデスサイズや黄昏の槍によってあっさりと命を奪われる。

 しかし、巨人というのは身長三m程もあり、かなりの巨体だ。

 そのような者達が次々と殺されては死体となっていくのだから、当然ながらその死体はレイの周囲に転がることになる。

 巨人達が元々いた場所とは違い、現在レイが……そして少し離れた場所で周囲の様子を警戒しているビューネとイエロのいる場所は、決して広いという訳ではない。

 それこそ、巨人達が待機していた場所に比べれば非常に狭いと言えるだろう。

 そのような場所に巨人の死体が次々と積み重なっていくのだから、足の踏み場もなくなるのは当然だった。

 巨人達が仲間の死体を踏んでバランスを崩すというのは、レイにとっても助かることだろう。

 だが、そんな巨人達と同様に、レイもまた巨人の死体によって足の踏み場もない状況になってしまう。

 そうなれば、レイも当然のように巨人の攻撃を回避するのは難しくなるので、結局襲ってくる巨人達と戦闘を行いながらも巨人の死体をミスティリングで回収していく……という微妙な忙しさを経験することになってしまった。

 そんな戦いを繰り広げ続けること、十数分。

 食欲のあまりか、口から涎を垂らしながら手を伸ばしてきた巨人の一撃を回避しつつ黄昏の槍による突きで頭部を砕いたその瞬間、背後にいるビューネが声を出す。


「ん!」


 戦っているレイの注意を引くような、そんな声。

 それを聞いたレイは、倒した巨人の死体はそのままに一度後方へと跳躍する。

 レイの表情に浮かんでいるのは、軽い驚き。

 レイがビューネを後方に配置して警戒させていたのは、念の為……本当に念の為でしかない。

 いや、なかったと、過去形で表現すべきか。

 もう一つの部屋――と呼ぶには広すぎる空間だが――には、マリーナを置いてきてある。

 巨人の暴走によって、その部屋にいた者達の多くが既に食い殺されており、生き残っている者も怪我をしている者が大半だ。

 それだけに、マリーナに対して反撃するような真似が出来るとは思えないし、反撃されてもマリーナであれば対処は容易だろう。

 だからこそ、背後の心配はあくまで念の為でしかなかったのだが……


(何が起きた? いや、誰が来る?)


 後方に跳躍したレイは、着地するのと同時に黄昏の槍を投擲する。

 いつも投擲している右手ではなく、左手で持った状態からの投擲。

 その威力は利き腕の右手で投擲する時と比べると数段落ちるが、それでもレイの筋力と黄昏の槍の性能があれば、巨人を倒すのは容易だった。

 ……もっとも、下手に大量の巨人の身体を貫きつつ、向こう側の部屋で戦っているエレーナ達に被害が及ばないように、数匹程度を貫いたらすぐに手元に戻す必要はあったが。


「来るのは誰だ?」


 黄昏の槍を手元に戻しつつ、疑問を口にするレイ。

 だが、ビューネはその質問に答えるのではなく、出入り口に続いている道をじっと見て……次の瞬間、イエロを抱いたまま、そちらの方に向かって走り出す。

 結局この場に残されたのはレイだけだったが、今はそんなビューネの行動が正しいのだろうと判断し、巨人の相手を再開する。

 ……ビューネがこの場を放って逃げ出したと考えるような心配は、レイは一切していなかった。

 パーティを組んでから、それなりに時間が経つ。

 それだけに、ビューネがそのような真似をする筈がないという確信があった。

 そして何より、レイのいる場所に誰かが走ってくる足音がしっかりと聞こえてくる。

 なるべく足音を立てないとか、そのようなことを全く考える余地がなく、ひたすらに全力で走ってくる足音。

 その様子から、死にものぐるいで、それこそ形振り構わずに走っているのが分かる。

 ここが洞窟だからこそ、そして一本道だからこそ、その走る音を聞き逃すような真似はしなかった。

 そしてその足音に近づいていく、ビューネの足音。

 恐らく、すぐにでも二人は遭遇するだろう。

 そう思いながら、レイは黄昏の槍を投げつけており……そして事実、それから数分としないうちにビューネは一人の男と共に戻ってくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……よかった、こっちにいたのか」


 息を切らせているその男は、レイにも見覚えがあった。

 リュータスの護衛として、側にいた人物。

 護衛として鍛えられている以上、本来であれば多少走った程度で息を切らせるなどといった真似はしない筈だった。

 それでもこの男が息を切らせているのは、少しでも早くレイに表の状況を知らせる必要があると、全力を……否、全力以上の力を出して走ってきたからだろう。

 そんな護衛の男の隣では、こちらは走った距離が短かった為か、ビューネが特に息を切らせたりする様子も見せず、イエロを頭の上に乗せてレイの方を見ていた。


「で、お前はリュータスと一緒にいた奴だよな? 一体、何をしに来たん……だ!」


 その声と共に、再び投擲される黄昏の槍。

 いきなり自分の目の前で取られた行動に驚く護衛の男だったが、すぐにその表情は更なる驚愕に襲われる。

 巨人を貫いた槍が、次の瞬間にはレイの手元に再び現れたのだ。


「え? あ……」

 

 自分が何を見ているのか分からない。

 そんな様子を見せる護衛の男だったが、レイはその男に構わず、黄昏の槍を投擲しては手元に戻すといったことを繰り返す。


「ん?」


 巨人で一杯になっていた扉の跡から、何匹かの巨人が地面に倒れるのを見る。

 そうして倒れた巨人の死体の上には、ミラージュを構えたエレーナの姿があった。


「レイ? そっちの人は……」

「ああ、リュータスの護衛だ。何か用件があって……」

「敵です!」


 レイの言葉を遮るように、護衛の男が叫ぶ。

 今は少しでも早くこの洞窟がどのような状況に置かれているのかを説明し、そして少しでも早くリュータスを助けて貰う必要があった。

 だからこそ、エレーナとレイの会話に割り込んだのだ。

 そして、敵という一言にレイはエレーナとの会話を一時中断して、護衛の男に視線を向ける。


「敵? 巨人の援軍がまた来たのか? それとも、ジャーヤの?」

「ち、違います。敵はこの国の……レーブルリナ国の兵士です! それも、恐らく百人を超え……いえ、下手をすれば数百人単位の」

「……何?」


 予想外の言葉に、一瞬レイの動きが止まる。

 それでも問題がなかったのは、エレーナが近くにいた巨人達を軒並み倒していたからだろう。

 ミラージュの刃についている血を振り払い、エレーナは口を開く。


「なるほど。私達が起こした騒動で、もうこの巨人の一件を隠し通すのは不可能だと判断したのか。それで全てを闇に葬る為に……」

「いや、だが。そもそもレーブルリナ国の兵士で巨人達をどうにか出来るのか?」

「恐らく国の上層部は、巨人が暴走していることを知らないのだろう。……それも無理はないがな」


 黒水晶が破壊されたということは、本当に一部の者しか知らない筈だ。

 ここから地下通路を通ってメジョウゴの地下施設に向かっていた者達は、レイ達が全滅させた。

 怪我を負っただけで生きている者もいるかもしれないが、とてもではないが上に報告するような余裕はないし……何より報告するにも、その手段がないだろう。

 メジョウゴから入ってこようとする者は、セトが防いでいる。

 可能性があるとすれば、メジョウゴの地下施設に元々いた者達か。

 レイ達がメジョウゴの地下施設に突入した時、既に研究者を含めてジャーヤの人間は殆どいなかった。

 何人かはまだいたが、レイ達が会ったのはその程度の人数でしかない。

 レイの予想から考えれば、あの地下施設にはまだ何人、何十人……下手をすれば百人を超えるだけの人数がいた可能性もある。

 それだけの人数がいるとなれば、黒水晶が破壊されたことを見つけた者がいてもおかしくはない。


(問題は、どうやってそれをジャーヤの上層部に伝えたのか……いや、隠し通路とかそういうのがまだ他にあってもおかしくはない。それがジャーヤからレーブルリナ国に伝わったのか? でも、それはそれでちょっと考えにくいな)


 地下施設の襲撃はともかく、黒水晶の破壊というのはジャーヤにとっては絶対に隠しておきたいことだろう。

 それをジャーヤがあっさりとレーブルリナ国に知らせるのか? という疑問もあったし、もしそれが知られてもこの洞窟にまで兵士を送ってくるまでに掛かった時間が短すぎる。

 基本的に軍隊の類を動かすというのは、非常に大変な代物なのだ。

 出撃するぞと言われ、はい分かりましたという訳にはいかない。

 訓練なり仕事なり、場合によっては休日を楽しんでいる兵士達を集め、武装させ、何よりロッシからこの洞窟のある森まで移動させる必要がある。

 その辺りに掛かる時間を考えれば、レイ達が黒水晶を破壊した云々というのとは全く関係なく、ここを襲ったと言われた方が納得出来た。


「で? リュータスは俺にそれを知らせるように言ったのか?」

「はい。それと、自分達は時間を稼ぐので、出来れば援軍に来て欲しいと」

「……へぇ」


 護衛の男の口から出た言葉に、レイは少しだけ感心したような言葉を漏らす。

 てっきりレーブルリナ国の兵士達がやってきたという情報を知らせ、そのまま自分は逃げ出したのかと、そう思っていたからだ。

 勿論、レイもリュータスが何故わざわざここに残り、身体を張って時間稼ぎをしているのかというのは、分かっている。

 レイに対し、少しでも恩を売りたい。

 つまりは、そういうことなのだろうと。

 それでも、まさか本当に自分の身体を張ってそこまでするというのは、レイにとっても予想外だった。

 良い意味で裏切られたと言ってもいい。


(当然勝算があっての行為だろうけど、それでも自分の命を危険に晒して……となると、多少は信用出来るな)


 自分の身体を張ったからといって、本当の意味で信用出来るかと言えば、答えは否だ。

 だが、後ろから指図だけをしてくる相手と、命懸けの現場に自分から踏み込む男。

 どちらが信用出来るかと言われれば、レイの認識としては後者だった。

 これで領主のような立場にいる者であれば、また多少話は違っただろうが。


(どうするか、と考えるまでもないか)


 一瞬で考えを纏めると、レイはエレーナに向かって話し掛ける。


「ここは任せてもいいな?」

「それは構わないが……わざわざレイが行くのか?」


 レイの言葉に、エレーナはその綺麗な眉を不機嫌そうに顰める。

 ジャーヤを率いている男の息子がリュータスだ。

 それが分かっている以上、当然ながらエレーナがリュータスに対して好意的になる筈もない。


「まあな。リュータスの奴は今回の件で色々と役立ってくれる筈だ。本人も今のジャーヤのやり方には不満を持っていたみたいだし……助けてもいいと思わないか? それに、ここは正直俺はいらないだろ?」


 レイの言葉に、エレーナは少し考え、溜息を吐く。

 その視線は、再びヴィヘラが暴れている部屋から出てくる巨人の方に向けられる。


「分かった。では、この場は私が引き受けよう。そもそも、この一件の主導はあくまでも中立派……そしてレイだ。であれば、協力者の私としてはその言葉に従うべきだろう」

「悪いな」

「構わん。それと、ビューネも連れていけ。ビューネの力では、巨人を相手にするのは難しいだろう。だが、兵士達を相手にするのは十分に可能な筈だ」

「ん?」


 自分も? と小首を傾げるビューネだったが、エレーナは長剣状態のミラージュを手に、ビューネの方を見ないままで頷き、口を開く。


「そうだ。ビューネ、イエロも連れていってくれ」


 援軍としてレイを呼びに来た護衛の男は、イエロを……ビューネの頭に乗っている黒竜の子供を見ながら、何故こんなモンスターをわざわざ? と疑問を抱く。

 黒竜……ドラゴンの子供ということで、寧ろ兵士達の欲望を無意味に刺激するのではないかと、そう思ってしまうのだ。

 イエロの記憶をエレーナが見ることが出来るという能力を知らなければ、当然の疑問だろう。

 そして、レイはそんなエレーナの考えを理解していた為に、頷く。


「分かった。なら、俺とビューネとイエロはリュータスの援軍に行ってくる。ここは任せたぞ……と言っても、心配はいらないだろうけどな」

「ふふっ、それでもレイに心配されるのは嬉しいよ」


 艶やかな……大輪の薔薇の如き笑みを浮かべながら、エレーナはミラージュを手に巨人に向かって走り出し、レイはそんなエレーナを背に、ビューネを引き連れてリュータスの下へと向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る