第1582話

 巨人を閉じ込めていた空間に繋がる扉は、当然のように巨人が自由に出入り出来るだけの大きさを持つ。

 だが……巨人が自由に出入り出来るからといって、十匹近い巨人が一度に出ようとしても無理なのは当然だろう。

 他の巨人達の身体が邪魔になり、文字通りの意味で詰まってしまったのだ。

 自分達の飢餓感を満足させることだけを考えて、十匹近い巨人が一気にレイのいる場所には向かえないと、理解出来ていたのかどうか。

 もしくは、自分であれば他の巨人を出し抜き、一気にレイを食えると、そう思った可能性も高い。

 そんな巨人達を見ながら、レイは身動きが取れなくなった巨人達に向かってデスサイズを振るう。

 その威力で扉を吹き飛ばしたパワースラッシュ……程ではないが、十分に魔力を込められたデスサイズは死神の大鎌という名前が相応しい威力を発揮する。

 詰まって移動出来なくなっていた巨人達だったが、その巨人達を纏めて吹き飛ばしたのだ。

 勿論ただ吹き飛ばしただけではなく、そこにいた巨人達の身体は様々な傷を受けている。

 一番酷いのは、やはり斬り傷だろう。

 胴体を真っ二つにされた巨人は、当然のように即死だ。

 それ以外だと、デスサイズを振るわれた衝撃により骨を折り、内臓が破裂した巨人も多かった。

 そんな中でも運が悪い巨人は、レイのデスサイズによる一撃で吹き飛んだ巨人達に潰された巨人だろう。

 幾ら力自慢の巨人であっても、自分とそれ程変わらない身体を持つ巨人達が十匹近く吹き飛んできたのだ。

 それは、紛れもなく凶器と呼ぶに相応しいだろう。


「ま、こんなもんだろ。……もっとも、これで諦めるとは思っていないが」


 狂騒と呼ぶに相応しい様子を見せる巨人達だ。

 当然のように、仲間が少しやられた程度で落ち着きを取り戻すようなことはない。

 寧ろ、仲間が倒された……つまりその先には敵が、食らうべき相手がいると本能で察する。

 エレーナ達の手助けをするという意味だと、これで十分か?

 そんな風に思いつつ、レイは新たに姿を現した巨人を見る。

 先程吹き飛んだ場所からそう遠くない場所にいたその巨人は、それだけに次の行動に移るのが素早く、先程のように仲間達の身体で詰まって外に出られない……ということにはならなかった。

 上手い具合に仲間を出し抜けた。

 そんな感想を抱くだけの知能が巨人にあったかどうかはレイには分からなかったが、それでも巨人が自分を見て舌なめずりをしているのを見れば、どのように思っているのかは大体予想出来る。

 自分を食べ物としか見ていない巨人を眺めつつ、レイは特に緊張した様子もないまま一歩を踏み出す。

 まるでその動きを待ってましたと言わんばかりの、巨人。

 レイを食らおうと、手を伸ばしてくる。


(俺を食おうとしても、ドラゴンローブを着てるから、そう簡単に食えないと思うんだが。その辺りどうなんだろうな?)


 ドラゴンの革と鱗を使って作られたドラゴンローブは、巨人が歯を立ててもどうにかなるようなものではない。

 もっとも、レイの着ているローブがそれ程の性能を持っているのだと、巨人が理解出来るとは、レイにも思わなかったが。


「とにかく、お前は……そこで死ね」


 伸ばされた手を回避しながら、レイの振るうデスサイズはあっさりと巨人の首を切断する。

 だが、首を切断された巨人は自分がそのような目に遭っているということにも気が付かなかったのか、首がないまま数歩を進む。

 そうして疑問を抱くかのように、数度手を動かし……次の瞬間には首から激しく血を吹き出しながら地面に崩れ落ちる。


「ま、こんなものか」


 呟いたレイだったが、そんなレイにまた新たな巨人が襲い掛かる。

 仲間の仇……といったことを考えたのではなく、純粋に食欲に支配された動き。

 食欲に支配された動きだからこそ、その動きは迷いがない。

 だが……本能にそのまま動かされているような形だけに、フェイントのような真似はせず、ただひたすらにレイの身体を掴もうとするという単純な動き。

 そのような動きは、レイにとって止まっている動きに等しい。

 勿論実際には止まっている訳ではない。

 それどころか、本能に操られている動きである以上、躊躇の類は一切なくレイを食おうと動いていた。


「そう簡単に俺を食えると思うな!」

 

 黄昏の槍を使い、手の動きを回避しながらカウンター気味に放たれた突き。

 直線的な動きをしていた巨人だけに、カウンターで放たれた突きを回避出来る筈もない。

 黄昏の槍の穂先は、容易に巨人の頭部を砕いた。

 その巨人を始めとして、次々に巨人の死体が量産されていく。

 そもそも、巨人にとって有利なところは、巨体と……そして何よりも数だ。

 千匹以上という、圧倒的な数。

 ……ただ、レイとヴィヘラによって行われた先制攻撃により、その数を一気に減らしたのだが。

 今も巨人達のいる空間に突っ込んでいったエレーナとヴィヘラが次々に巨人を倒し、その数は加速度的に減っている。

 そんな数で有利に立っている巨人達だったが、レイの前に姿を現す時は、扉の嵌まっていた場所の広さから、一匹……多くても二匹といったところだ。

 三匹、四匹となると、他の巨人の身体が邪魔となり、扉のあった場所を抜け出すことが出来なくなる。

 そうなれば、それこそ動きの止まった巨人は、レイにとって的以外のなにものでもない。

 結果として、巨人達は一匹か二匹でレイに挑むか、もしくは一斉に出ようとして詰まってしまい、レイによって的扱いされるかの二択しかない。

 巨人の知能がもっと高ければ、レイの相手をするにしても、回避を優先して逃げ回っている隙に巨人をもっと呼び込む……といった真似も出来ただろう。

 だが、基本的に巨人は本能に支配されている存在であって、それこそ知能という意味では仲間と協力するということを知っているゴブリンにすら劣る。

 結果として、巨人は次々にレイの持つデスサイズと黄昏の槍によって命を失うことになるのだった。






 レイ達が洞窟の中で巨人と戦っている頃……その洞窟の入り口付近にいるリュータスは、緊張に頬を引き攣らせていた。

 少し前までは、いつものように笑みを浮かべていたのだ。

 勿論本心からの笑みではなく、周囲の者に内心を悟らせないようにと作った笑みだ。

 そのような笑みを浮かべつつ、リュータスはこれからどうするのかを考えていた。

 現状、自分の立場が決して強くないのは明らかだ。

 それこそこの施設やジャーヤ、巨人……といった風に喋ることが許されている情報の多くをレイに話してしまった以上、幾らジャーヤを率いている人物の息子の一人であっても、裏切り者扱いされるのは確実だろう。

 だからこそ、レイ達にはしっかりとジャーヤを潰して貰い、このレーブルリナ国の方もミレアーナ王国の手でどうにかして貰う必要があり、それまではどこかに潜伏するか、もしくは国を出て他国に逃げ込むか……と、そのようなことを考えていたのだ。

 そんなリュータスの下に、周囲を警戒していた護衛の一人が戻ってきた。

 この森に入ってきた者がいる、という報告を持って。

 ……もし数人程度の誰かがやって来たのであれば、リュータスもここまで厳しい表情を浮かべたりといった真似はしなかっただろう。しかし……


「レーブルリナ国の兵士、それも数百人規模……それも後続がいることも確実、か」


 改めて護衛の者から聞いた情報を口に出すリュータスだったが、それだけでも現在自分の置かれている立場の危険さを理解してしまう。

 いや、正確には自分のではなく、この洞窟の中とその周辺にいる者の危険……と表現するのが正しい。

 自分の身の安全だけを考えるのであれば、ここから逃げ出せばいい……ということにはならなかった。

 この森を囲むようにして存在している兵士達は、誰一人森から逃げ出させるつもりがないというのが明らかだったからだ。

 リュータスがその気になれば、それこそ護衛の者達の力があれば逃げ出すことも恐らく可能だろう。

 だが、今ここで自分がいなくなり、それと入れ替わるようにレーブルリナ国の兵士達が洞窟の中に攻め込み、レイ達と敵対したらどうなるのか。


(下手をすれば……いや、間違いなく俺がレイ達を売ったと、そう判断される筈だ。それは面白くない……どころか、最悪の結果しか思いつかない。となると、どうするのが最善の方法だ? 俺が助かり、レイ達に恨まれず……可能であれば恩を売れるだろう選択)


 リュータスは頭の中で、どうするのが最善なのかを考える。

 リスクとリターン、自分の身の安全とこれからの……ジャーヤが潰された後のこと。

 それらを色々と考え……洞窟に視線を向けると、小さく溜息を吐く。

 

「これしかない……か」


 呟き、嫌そうに……本当に嫌そうな表情を浮かべる。

 普段から表情を作ることが多いリュータスだが、今の表情を見れば、誰もが間違いなく素の表情だろうと思うだろう。

 とてもではないが、作った表情には見えなかった。


「誰か一人、洞窟の中に行ってレイに伝言を頼む。ああ、いや。出来れば伝言じゃなくて、援軍に引っ張ってきてくれ。切実に、心の底から戦力が足りないからな」

「……それは構いませんが、もしかしてここに残るつもりですか? 兵士と戦う為に?」


 護衛の一人が、信じられないといった様子でリュータスに尋ねる。

 リュータスも、ジャーヤという犯罪組織の後継者候補の一人と目されている男だ。

 当然のように、一定以上の実力を持つ。

 だが、それはあくまでも一定以上であって、それこそ例えばレイ達のような他を隔絶した実力という訳ではない。

 つまり、リュータスの実力ではレイ達がやるように、質が量を凌駕するといった真似は出来ないのだ。

 勿論一般の兵士よりは強いのだが、それでも量で押してくる相手には足りない。どうしようもなく実力が足りない。

 それを理解しているからこそ、護衛の男の一人はリュータスにそう尋ねたのだ。

 ……尚、当然のことながら護衛達はリュータスよりも強いが、こちらも数百人、そして恐らくそれ以上の兵士を相手に出来るだけの強さは持っていない。

 リュータスは、自分の実力と護衛達の実力を十分に理解している。理解したうえで、護衛の言葉に頷く。


「そうだ。俺はここに残ってレーブルリナ国の兵士と戦う」

「死にますよ?」


 死ぬかもしれませんといった風に言葉を濁すのではなく、死ぬと言い切る護衛。

 実際、それは間違っていないのだろう。

 リュータスもそれは理解しているが、だからといってここで自分だけが逃げる訳にはいかなかった。


(まぁ、それが次善の策なのはまちがいないんだろうけど。ただ、ここで洞窟に入ろうとするレーブルリナ国の兵士達を防いでおけば、レイ達に対する誠意となる)


 打算に塗れた誠意ではあるが、誠意は誠意で間違いない。

 勿論レーブルリナ国のような小国の兵士がやってきても、レイ達を相手にどうにか出来る筈はない。

 それでも面倒なのは間違いなかった。

 そんな兵士達をリュータス達が何とか防いでいれば、レイ達は自分達に多少なりとも感謝するのは間違いなかった。

 正確にはそうであって欲しいというのがリュータスの希望なのだが。

 レイ達に協力すると決めた以上、中途半端なことをするのではなく、とことんまで協力したいというのがリュータスの考えだった。

 その辺りを説明し、自分達がレイ達に友好的な存在であると知られるようにしたいと告げると、護衛達は微妙な表情を浮かべる。

 リュータスの気持ちは分からないでもない。

 だが、危険が大きすぎるというのが護衛達の不安な要素だった。

 自分達がまだ生きている時にレイ達がやってくるのであれば、問題はない。

 しかし、当然ながら本当にそうなるのかどうかというのは、誰にも分からないのだ。

 それこそ、自分達が死んでからレイ達がやって来る……という可能性の方が、ずっと高いだろう。

 洞窟の中は、最初の分かれ道以外は真っ直ぐ進むだけだ。

 そしてジャーヤの者達がいる場所も、そして巨人達が集まっている場所も、両方共が分かれ道からそれなりの距離がある。

 伝令に出すのが一人である以上、もし間違った方に向かってしまえば致命的なまでの時間のロスとなる。

 だからといって、伝令に二人を出すと戦力的に非常に心配なのは間違いない。


「いっそ、若が伝令に行ったらどうです?」


 そう言いながら、意外とそれはいいかもしれないと護衛の男は思う。

 洞窟の中には罠の類がある訳でもない以上、基本的に危険はない。

 ……実際には巨人が暴走しているのだが、洞窟の外にいる以上、それを知ることは出来なかった。

 もしリュータスが巨人と出くわせば、最悪の結果すら待っているだろう。

 もっとも、レイが巨人達の前に立ち塞がっている以上、その心配はまずないのだが。


「却下だ。俺がいれば兵士達も多少は行動を控える可能性があるしな。……それより、ほら、そろそろ来るぞ。伝令を出せ」


 リュータスですら気配や近づいてくる者の音を聞き取れるようになり、時間はないと、そう護衛達に告げるのだった。

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