第1566話

 地下五階に攻めてきた、ジャーヤの兵士達。

 全部で五十人近くの戦力がいたのだが、結果として全員がレイ達に倒されてしまった。

 ……兵士達にしてみれば、隠し扉を開けた瞬間、目の前にレイ達がいたのだ。

 自分達が巨人の巣と呼んでいる地下施設が襲撃を受けているというのは知っていたが、それでもまさか自分達が隠し扉を開けた瞬間にいきなり敵がいるとは思っておらず、完全に油断していた形だった。

 もっとも、予想外の事態というのはレイ達も同様ではあったのだが、すぐに行動に移すことが出来たというのは、レイ達の練度を表しているのだろう。


「さて、かなり予想外の展開だったが、結局隠し通路を探さなくてもすんだから、楽になったな」


 隠し通路を見ながら、レイが呟く。

 巨人の出荷用の通路があるというのは、レイも予想していた。

 だが、それでもこれだけの大きさの通路だというのは、レイにとっても意外だった。

 もっとも、巨人が移動すると考えれば、このくらいの大きさはあっても不思議ではないのだが。


「……ん」


 隠し通路を探すと張り切っていたビューネも、敵の兵士達を相手に縦横無尽に戦ったこともあり、疲れているのだろう。

 いつものような元気は、ビューネにもない。

 それでいながら、どこか満足そうな様子が見えるのはレイの見間違いではないだろう。

 盗賊としての実力は発揮出来なかったが、それでも自分の売りである戦闘力を存分に示すことが出来たのが大きい。

 もっとも、純粋な戦闘力という点ではビューネ以外の者達の方が圧倒的に強いのだが。

 今回ビューネがその戦闘力を発揮出来たのも、ビューネの強さもあるが、それ以上に条件が良かった。

 ジャーヤの兵士達は、まさかこのような場所でいきなり敵に遭遇するとは思っておらず、巨人二匹が並んで移動出来る場所ではあっても、五十人近い人数が戦闘をするには明らかに狭い戦場。

 また、ビューネも白雲という強力な武器と、狭い場所だからこそ小柄な身体を存分に活かせたというのもある。


(それ以上に、いきなり指揮官が倒されたのが向こうにとっては痛かっただろうな)


 ビューネの様子を見ながら、レイはそんなことを思う。

 そんなレイに、近くにいたヴィヘラが声を掛ける。


「それで、レイ。これからどうするの? やっぱりこの通路を辿って?」

「そうだな。予定通り……って訳じゃないけど、取りあえずこうして向こうに続く道が出来たんだ。折角だし、お邪魔しよう」


 その提案には誰も異論がなかったらしく、皆がすぐに準備を整える。

 もっとも、先程戦った程度の相手でそこまで消耗する筈もない。

 ビューネの体力も、途中でヴィヘラと交代して後方で休憩したことにより、かなり回復している。

 強いて言えば、長針の補充だが……それも死んだり気絶している者の身体から引き抜いたり、落ちている物を拾ったりすれば問題はなかった。


「そちらの方がいいだろうな。今は気絶していたり、怪我の痛みで動けない者が多くても、何か妙な考えを起こさないとは限らないし」


 エレーナのその言葉に、床に倒れている者のうちの何人かが反応する。

 気絶はしてないが、身体の骨を折られた程度で放って置かれた者達だろう。

 もっとも、自分達に絶対に勝ち目はないからこそ、こうして何も動きを見せていないのだが。

 レイも、下っ端から聞ける情報は大したものがないという判断から、今は早めに動くべきだと考えている。


「そのまま何もせずに大人しくしてろ。そうすれば、これ以上は危害を加えないでおいてやるよ」


 ジャーヤのやって来たことを考えれば、この程度で許すのはどうかという思いもある。

 だが、幸い今は一暴れした直後ということもあり、わざわざ自分が手を下すまでもないと思っていた。


(もっとも、俺達を大人しく通したことで、後で色々と不味い目に遭うのは間違いないだろうが)


 男達にとって最善なのは、このままジャーヤが潰れてしまうことだろう。

 ……もっとも、そうなれば今回の件での追求はないかもしれないが、勤め先をなくしてしまうということにもなる。

 それが本当に最善とは、レイには思えなかったが。

 ともあれ、男達がレイの言葉に素直に従って黙り込んだのを見ると、レイ達はそのまま隠し通路の中に入る。


「今更の話だけど、とてもじゃないが隠し通路とは思えないよな」


 隠し通路の中を進みながら、レイが呟く。

 本来なら罠を警戒して先頭を進むのはビューネなのだが、ここが隠し通路だということから、その辺りは心配していない。

 そもそも、普段であればここを通るのは巨人なのだから、罠の類があれば巨人がそれを回避するというのは無理だろう。

 一匹や二匹程度であれば、偶然回避するという可能性もあるのだが、数十匹、もしくは百匹を超えるだろう巨人全てが……というのは、まず不可能だった。


「巨人が通る場所なんだから、最低でもこの程度の広さは必要なんでしょ。もっとも、これでも狭いと思う人もいるかもしれないけど」


 レイの言葉に、ヴィヘラがそう返す。

 そんな風に言いながら、隠し通路を進んでいくと……


「お、馬車だな。……まぁ、考えてみれば当然か」


 視線の先に、かなりの数の馬車が見えてきて、レイが納得したように頷く。

 巨人の出荷先として、最低でもメジョウゴの外にこの隠し通路が続いている筈なのだ。

 であれば、その距離を先程レイ達が倒した五十人程が、わざわざ歩いてきたとは考えにくい。

 それ以前に、今回のレイ達の襲撃はジャーヤの者達にとっては非常に急なものだった。

 それだけに、少しでも急いで戦力を送る必要がある以上、馬車を用意しておくのは当然だろう。

 そして……こうして馬車を用意してあった以上、その御者も何人かいるのは確実だった。


「なっ!」


 そんな御者の一人が、レイの声に気が付いたのだろう。仲間と話していた顔を上げ、そこにレイ達がいるのに気が付いて驚愕の声を上げる。

 御者達にしてみれば、誰だこれという思いが強かったのだろう。

 五十人近い人数を援軍として送り込んだ筈が、それからそう時間が経っていないのにレイ達が現れたのだから、そう思ってもおかしくはない。

 レイ達をその兵士達の一部だと御者が認識するのも、無理がある。

 そもそも、援軍に向かった兵士達は全てが男で、女は一人もいなかったのだから。

 一部、好んで女のような言葉遣いをする者もいないではなかったが、それでも性別はれっきとした男だった。

 そうである以上、エレーナ達のような極上の美女と呼ぶべき者達がいなかったのは、御者達であれば断言出来る。

 つまり御者達の視線の先にいるのは、間違いなくジャーヤの人間ではないということになる。

 そしてジャーヤが今回のように無理をして兵士を送り込んだということを知っていれば、レイ達がどのような存在であるのか、悟るのは難しい話ではない。

 だが……問題なのは、それを理解したからといって、御者達がどうすることも出来ないといったことだろう。

 馬車の進行方向を自分達のやってきた方に向けていれば、もしくはこの場から逃げ出すことはできたかもしれない。

 だが、馬車はここに到着したままだった。

 もう少し時間があれば、馬車を移動させたかもしれないが……御者達は今回の急な用件に対する愚痴を言い合っており、それを後回しにしてしまった。

 ……もっとも馬であればまだしも、馬が牽く馬車となれば、もし逃げようとしてもレイ達なら容易に追いつけただろうが。


「さて、取りあえず大人しくしてくれると、こっちとしては助かるんだけどな。どうする? 抵抗するか?」


 レイにそう言われ、御者達に出来るのは大人しく投降するだけだ。

 ジャーヤに所属していても、御者は御者でしかない。

 勿論普通の御者に比べれば、ある程度荒事には慣れているが……それでも本職を相手にどうにか出来るとは思えなかった。

 ましてや、レイ達がこうしてここにいるということは、少し前にここまで運んできた五十人近い兵士達は全員倒されてしまったということなのだから。

 あるいは、どこかに隠れて兵士達をやり過ごしてから、今こうしてここにいるという可能性もないではなかったのだが……それが本当かどうかを確かめることは出来ない。


「降伏するよ」


 最初に御者の一人がそう告げると、他の者達も次々にその言葉に同意するように頷いていく。


「そうか、それは何よりだ。……もっとも、そっちに要求するようなことは何もないから、特に心配するな。ああ、けど馬車は貰うぞ」


 そう告げながら、レイの視線が向けられたのは一番後ろにある馬車だ。

 御者達が何を言ってるのかといった様子で、レイの方に視線を向けてくる。

 当然だろう。ここにある馬車は、十台。

 そしてレイ達の人数は、全部で五人。

 とてもではないが、全ての馬車をどうこう出来る筈もない。

 だが、不満があっても、自分の身の安全には変えられないと、御者達は何も言わない。

 そんな御者達を移動させて一纏めにすると、そのまま一台以外の馬車からは牽いていた馬を解き放ち、軽く尻を叩く。

 すると、レイの言いたいこと、やりたいことが分かっているかのように、全ての馬は隠し通路を兵士達がやってきた方に向かって走っていく。

 そうして九台の馬車を牽く馬がいなくなり、残っているのは馬車の車体だけとなり……レイはそれに触れてはミスティリングの中に収納していった。

 いきなり目の前で起こった光景に御者が驚いていたが、ミスティリングを使う度に同じ反応を見てきたレイにとっては、その反応に何を感じるでもなく次々に馬車の車体を収納していく。

 そうして最後には、一台の馬車とそれを牽く二頭の馬のみが残った。


(馬車の車体は、空から落とせば武器になるし、いざとなったら売ってもいい。それ以外にも色々と使い道はあるだろうし、ここで入手しておけば損はないだろ)


 そう考えつつ、レイは唯一残った馬車に向かう。

 エレーナ達も、レイの行動に若干の呆れは感じていたが、レイらしい行動ではあるので、特に何を言うでもなく馬車に乗る。


「……って、御者をどうするのよ。しょうがないわね」


 マリーナが少しだけ呆れたように呟き、そのまま御者台に座る。


「ブルルルル」


 そんなマリーナの様子に、二頭いる馬のうちの一頭が、嬉しそうに嘶く。

 ダークエルフのマリーナは、当然のように多くの動物に好かれる性格をしている。

 また、ギルドマスターになる前に冒険者として行動してきた経験から、馬車の御者程度であれば簡単に出来るようにもなっていた。

 実際、今もマリーナは手綱を軽く引くだけで、自分の意思を馬に伝えることに成功する。

 二頭の馬は、そのまま自分達がやってきた方に向かって進み始める。

 ……つい数分前までであれば、十台の馬車がここにあった関係で、そのような真似をするのにも手間が掛かったのだろうが、馬車を牽く馬は既に自由にされてこの場から走り去っているし、馬車の車体はレイのミスティリングの中に収納されている。

 つまり、この場で馬車が方向転換するのはそう難しい話ではなかった。

 御者達が何か言いたげにしているが、馬車を操るマリーナはそれを綺麗さっぱりと無視する。


(多分、このままだと自分が預かった馬車がなくなって、上から咎められるとか、そういうことを言いたいんでしょうしね)


 そう思うマリーナの言葉は半ば当たっていたが、半ば外れてもいる。

 御者達にしてみれば、それこそ貴族のパーティにでも出席するようなパーティドレスを着ているマリーナが御者をやっているのが、明らかに納得出来なかったのだ。

 本人はパーティドレスがいつもの服装である為に、そのことに対して全く気にした様子はなかったのだが。

 ともあれ、マリーナの操る馬車は御者達をその場に残して去ってしまう。

 御者達は、ただ黙ってそれを見送るしかなかった。

 そして馬車の姿が見えなくなった頃……不意に御者の一人が口を開く。


「それで、これからどうする?」

「いや、どうするって言われてもな。……歩いて戻るしかないんじゃないか?」

「……あの距離をか?」


 うんざりとした表情で告げる御者の一人に、他の御者達も同意するように頷く。

 勿論歩いて歩けない距離ではないが、それでも面倒と感じる程度には長い距離なのだ。


「命を助けてくれたのは感謝してるけど、せめて馬車の一台は残していって欲しかったな」


 別の御者が呟き、これもまた他の御者達が同意するように頷く。

 面倒だが歩くしかないと思った御者達だったが、その中の一人がふと気が付く。


「いっそ巨人の巣を上がっていって、メジョウゴから馬車で移動する……ってのはどうだ?」


 その言葉に全員が目を輝かせ、巨人の巣の方に移動し……自分達が運んできた兵士達が、文字通りの意味で死屍累々となっているのを見て、驚きの声を上げるまではもう少しの時間が必要だった。

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