第1549話
レイに侵入者と言われた男は、最初意味が分からないといった様子で首を傾げる。
叩かれて起こされた割には、まだ完全に目が覚めていないのだろう。
改めてレイの方をじっと見て……やがて、自分がどのような状況にいるのかようやく理解し、何度も口を開け閉めする。
「し……し、侵入者!? 何で!? 何で侵入者がここにまで入ってきてるのさ!」
「何でって言われてもな。俺の場合は普通に入ってきただけだが?」
そう告げるレイだったが、実際には門を守っていた門番達を倒してここまでやって来たのだから、とても普通に入ってきたとは言えないだろう。
「ふ、普通にって……」
「はい、そこまでだ」
まだ何か言おうとする男だったが、それはレイが止める。
何かした訳ではない。
ただ、そこまでだと口にしただけだなのが……研究者の男は、それ以上何も言えなくなってしまう。
もし男が研究者ではなく、冒険者のように何度も荒事を経験していれば、今レイから放たれたのは殺気であると理解しただろう。
だが、生憎と男はジャーヤという闇の組織に所属はしているが、結局のところ研究者でしかない。
だからこそレイに何をされたのかは全く分からず、それでいてこれ以上喋ることも出来なくなってしまった。
「俺達は侵入者。つまり、ここの情報が欲しい。それは分かるな?」
そう尋ねるレイの迫力は、まるで目の前に巨人でもいるのかのような……いや、男が知っている巨人と比べても圧倒的に存在感は上だった。
純粋な大きさという点で考えれば、レイは巨人よりも圧倒的に小さいのだが。
ともあれ、目の前にいる相手に逆らうのは最悪の行為だと理解したのか、男はそれ以上何も言わずに何度も頷く。
それを見たレイは、満足そうに頷いてから口を開く。
「さて、まず最初に聞きたいのは、この地下施設には巨人がいるな?」
大前提となっている質問。
これでいないと言われれば、自分達に協力的な相手ではないと判断しただろう。
だが、研究者と思しき男はそんなレイの言葉に頷きを返す。
「あ、ああ。勿論知っている。ただ、具体的にどのようにして作られているのかは、まだはっきりと分かってないんだけどね」
「……あの奴隷の首輪の効果だと聞いてるが?」
「それは勿論そうだ。けど、具体的にどのようにして巨人が産まれるのかという仕組みそのものは分かっていないんだ」
「は? お前達が開発したマジックアイテムだろう? それとも、偶然作ったマジックアイテムなのか?」
レイ達が案内人として連れてきた男であれば、結局のところ実際に身体を動かす役割を任された男だった以上、マジックアイテムに詳しくなくてもおかしくはない。
だが、今レイの前にいる男は、部屋の様子からして明らかに研究者、もしくは錬金術師といったような人物にしか見えない。
(もしかして、俺が勘違いしてたのか?)
そのように見えるから、本当の研究者や錬金術師であるとは限らない。
もしかしたら、全く関係のない人物であるという可能性も、僅かだがある。
「一応聞くけど、お前はジャーヤに所属する研究者か錬金術師……で間違いないよな?」
「ああ、勿論」
男は、レイの言葉に即座に断言してくる。
もしかしたらこの部屋の片付けを任されたまま、疲れて眠ってしまったのかも? と一瞬……ほんの一瞬だったがそう考えたレイだったが、その考えは男の口から即座に否定された。
「……なら、改めて聞くが、何であの奴隷の首輪の効果で巨人が産まれる理由が分からないんだ?」
「あの奴隷の首輪も、そして大本たる黒水晶も、僕達が作った物じゃなくて、貰った物だからさ」
特に言いにくそうにするような様子もなく、あっさりと答える男。
その言葉にレイ達の知らない情報があることに気が付き、それを口に出す。
「黒水晶?」
「ああ。君達が奴隷の首輪と呼んでいる代物だが、正確にはあれは奴隷の首輪じゃない、同じような効果は持ってるけどね」
男の口から出たのは、完全に予想外の言葉。
だが、予想外であるのと同時に納得出来る言葉でもあった。
そもそもの話、メジョウゴで使われている奴隷の首輪は色々とおかしかったのだ。
普通の奴隷の首輪には、それを付けている者の意思に反する行動を取らせることは出来るが、意思そのものを変えるような真似は出来ない。
だが、メジョウゴで使われている奴隷の首輪は、装着者の意思そのものを変えてしまう。
それこそ、本来なら男女間の関係に潔癖である性格の女でも、自分から望んで娼婦として働く……といったように。
そして、レイの予想では――本人は半ば確信しているが――その奴隷の首輪こそが、巨人を産む為の条件となっている筈だった。
「巨人を産ませるのも、その効果の一つか?」
「そうだ。ただ、正確にはあの奴隷の首輪をしただけで巨人を生める訳じゃない。黒水晶が魔力的な影響を及ぼしているこのメジョウゴで奴隷の首輪をした者が妊娠して、初めて巨人を産むことが出来るんだ」
そう告げる男の口調には、どこか悔しげな色がある。
「で、結局その黒水晶ってのは何なんだ? そのまま黒い水晶なのか?」
「いや、正確な名前は分からないんだ。僕達もその見た目から黒水晶と呼んではいるんだけど、実際には水晶って訳じゃないし」
女を無理矢理娼婦にし、更には巨人を産ませるという真似をしているのだが、男に罪悪感を抱いている様子は一切ない。
そのことにレイ以外の面々の機嫌が急激に悪くなっていくのだが、男にはそれを感じとることが出来なかった。
このままでは色々と不味いことになりそうだと、レイは本題に入る。
「……この質問からしておくべきだったな。その黒水晶と奴隷の首輪。お前達が作ったという訳じゃないのか?」
「そうだよ。僕は黒水晶の研究をしてるだけなんだ」
「なら、その黒水晶は誰が作った? もしくは、どこから見つけてきた?」
もし黒水晶がどこかから発掘された特殊な魔法鉱石の類であれば、そこまで心配することはない。
だが、もし黒水晶を作った者がいるのだとすれば……それは、色々な意味で危険なのは間違いない。
何故なら、一度作ったということは再び同じ物を作れるという可能性があるということなのだから。
そんな思いを込めて尋ねたレイだったが、男はその質問に首を横に振るという行為で返事をする。
「分からない。元々僕はこことは他の国で魔法的な鉱物……有名どころだと、火炎鉱石とかそういうのの研究をしていたんだ。それが黒水晶についての研究をする為に、ここに連れてこられた」
「……連れてこられた? もしかしてお前は強制的にここで研究をさせられていたのか?」
男の言葉に、もしかして目の前の男も娼婦達と同じように連れてこられ、強制的に研究をさせられているのか? と考えたレイだったが、再び目の前の男は首を横に振る。
「勿論ここに連れて来られた時は無理矢理だったさ。けど、今ここに残って研究をしているのは、純粋に僕がそうしたいからしてるだけだよ。幾ら研究してみても、殆ど何も分からないあの黒水晶」
一旦そこで言葉を切った男は、次の瞬間にはとんでもないと大袈裟に首を横に振る。
「あの黒水晶! 別にマジックアイテムという訳ではないのに、あれだけの影響を与える場を作り出すのは何故なのか。気になって気になって、仕方がないんだ! 本当に見た目からは何か特殊な細工がされているようには見えないんだよ? なのに……」
そのまま、黒水晶に対する疑問を次々と口にしていく男。
その様子からは、男が自分で言っていた通り無理矢理この地下施設で研究をしているようには、とてもではないが見えない。
自分から望んでこの場にいるというのは、誰の目から見ても明らかだった。
(誘拐されて、その誘拐した相手と一緒に行動している間に、誘拐犯に共感して仲良くなるの……何だったか。ストックホルム症候群? まさかそれじゃないよな?)
日本にいた時の知識からそう考えるレイだったが、目の前にいる人物はそのような状況になっているとは思えない。
もっとも、レイもストックホルム症候群になった相手をその目で見た訳ではなく、アニメ、漫画、小説、映画、ドラマといったものでストックホルム症候群を題材にした物語を見たり読んだりしただけにすぎない。
だからこそ、もし目の前の男が本当にストックホルム症候群であっても、それが本当かどうなのかは分からないが。
もっとも、本当にストックホルム症候群だとしても、この男がジャーヤに協力していたという事実は変わらないし、今もこうして嬉々としながら黒水晶についてレイに説明している。
その時点で男が元からこういう性格であり、研究の為なら何人を犠牲にしてもいいと思っているというのは、レイにも理解出来た。
男には多くの者を犠牲にしているといった自覚はないかもしれないが、直接犠牲にしていなくても、男がジャーヤに協力して研究しているということは、当然そのような結果になってしまうのだ。
「そうか、話は分かった。つまりお前は……俺達の敵という訳だな?」
「まさか! そんな訳ないだろう!? 僕はただの研究者でしかないんだ。君達がどこの誰だろうと、僕には関係ない。まぁ、起こしてくれたことには感謝するけどね。研究の方も今は色々と忙しくなっているところだし。もし僕の仮説が正しければ……」
「はい、そこまでだ」
話の途中で遮られた男が、まだまだ喋り足りないといった様子でレイに不満そうな視線を向けてくる。
だが、その視線を向けられたレイは、黙って自分の近くにいるエレーナ達を見るように男に示した。
そこで男が見たのは、不愉快そうな表情を浮かべているエレーナ達の姿。
端整な顔立ちをしているからこそ、男に向けられる視線にはどれだけの苛立ちが混ざっているのか分かってしまう。
絶対零度とでも表現すべき視線を向けられ、さしもの男もそれ以上得意げに自分の研究について説明することは出来ない。
「その、何で僕がそういう視線を向けられているのかな? 僕は別に特に何も悪いことはしていないと思うんだけど」
男は、本気で何故自分がそのような視線を向けられているのかが、理解出来なかった。
ただ、このままだと色々と不味いことになるというのは、理解出来ているのだろう。
戸惑ったように、それでいてどうにかして欲しいといった視線をレイに向ける。
その視線を受け取ったレイが行ったのは、取りあえずエレーナ達を落ち着かせることだ。
もっとも、それは男の身を案じての行為ではなく、このままエレーナ達が感情のままに男に危害を加えると、欲しい情報を得られなくなるというのが理由であったが。
……情報を得る為に男に怪我をされたり喋ることが出来なくなったりするのは困るから止めたのだから、男の身を案じたというのは決して間違っていることではないのだろうが。
「エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、その辺にしておけ」
だからこそ、取りあえずその三人に対しては怒気を収めるようにレイはそう告げる。
ただ、この時レイがミスをしたのは、強烈な怒気を発する三人に落ち着くように言ったことであり……その三人の後ろのいる人物については何も言わなかったことだろう。結果として……
「うわぁっ! 痛っ! 痛い!」
レイが三人を落ち着かせるように言っている隙を突くかのように、空中を一本の長針が飛ぶ。
エレーナ達を落ち着かせようとしてしたレイだったが、当然情報源の男が逃げないようにと、そちらも警戒はしていた。
だが……いや、だからこそか、この場にいる最後の一人、ビューネの存在を完全に忘れていたのだ。
男が腕に突き刺さった長針を見て、悲鳴を上げている。
本当に痛みを感じているのか、それとも実際に痛みは感じていないが、目の前にある光景から痛いと叫んでいるだけなのか、それはレイにも分からない。
ただ分かるのは、表情には出さずともビューネも他の三人に負けず劣らず怒り狂っていたことか。
ビューネも、まだ少女と呼ぶべき年齢ではあるが、立派な女だ。
それだけに、当然のようにこのメジョウゴで行われていることに、強い嫌悪感を抱いていた。
今までレイがそれに気が付かなかったのは、単純にビューネは感情を表情に表さない為だ。
だからこそ、レイはビューネがどれだけ怒り狂っているのかというのを理解していなかった。
……もしくは、まだビューネを子供として認識しており、そこまで気が回らなかったと言うべきか。
ともあれ、レイが止めたのはエレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人のみ。
つまり自分は止められていないと知ったビューネは、これ幸いと男に向かって自分の得意な武器……長針を投擲したのだ。
もっとも、それでも銀獅子の素材を使って作った白雲を持ち出さない辺り、完全に怒りに我を忘れていた訳ではなかったのだろうが。
男は殺されなかっただけでも幸運だったのだが、痛みに悲鳴を上げている男にそれを感謝するつもりなど毛頭ないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます