第1540話

 目の前にいる女……スーラが、現在レジスタンスを率いていると言われたレイは、改めてその姿を見る。

 メジョウゴで活動しやすくする為だろう。男の性欲を刺激するような、非常に露出度の高い服を着ている。

 ……もっとも、それでもヴィヘラが着ている服よりは大人しいというのが、微妙なところだが。

 ただ、純粋な露出度という点で考えれば、ヴィヘラの服よりもスーラの服の方が上だろう。

 ヴィヘラの服は、レイのイメージだと中東の踊り子といった代物だ。

 向こう側が透けて見えるような薄衣を身につけてはいるが、直接肌を晒しているところはあまり多くはない。

 それでいながら、男の性欲を刺激するのはヴィヘラの服装や肢体の方が上なのは……それはもう、どうしようもないことなのだろう。


「どう? 信じて貰えた?」

「そうだな。一応あの奴隷の首輪をしていないという点では、信じてもいいんだが……」


 言葉を濁すのは、奴隷の首輪をしていないからといって、それが即レジスタンスに繋がるとは限らない為だ。

 そもそもの話、奴隷の首輪を自由に付けたり外したり出来るという者で最初に思いつくのは、当然のようにジャーヤの者達だろう。

 奴隷の首輪を作って、そして使っているのだ。

 当然のようにその奴隷の首輪を自由に使えるだろう。

 そう言われると、スーラも困った表情を浮かべる。

 レイの言葉に反論したいことは幾らでもあるのだが、それを直接口にしても証拠は? と言われると示しようがないのだ。


「それに、このメジョウゴは言わばジャーヤの本拠地だろ? なのに、何でそんな敵のお膝元にいるんだよ」

「それこそ、敵の近くだからに決まってるじゃない。勿論ここで活動していれば見つかる可能性は高いわ。けど、同時にジャーヤの情報を最も早く入手出来るのがここでもあるの。それに……ジャーヤも、レジスタンスの主力を潰したという安心感から、今はそこまで私達を執拗に探していないし」

「……なるほど」


 その言葉にはレイも納得出来るところもあった。

 実際主力を既に潰されている以上、ジャーヤにとってレジスタンスは敵ではないと判断している可能性は高い。


「それと、これは決定的な証拠になると思うけど、私達にレイの情報を持ってきたのは、ノーコルという人物よ。もっとも、ノーコルが私達に接触する前に捕らえられて情報を引き出されたと言われれば、それまでだけど」

「……そうだな。取りあえず信じてもいいか」

「え? いいの? 本当に?」


 レイの言葉に、シャリアは本当に信じるのかと驚きの表情を浮かべる。

 当然だろう。シャリアにとって、スーラはとても強いようには思えない。

 そのような人物がレジスタンスを率いていると言われても、獣人族……いや、シャリアの部族の常識から考えると、どうしても納得出来ないのだろう。

 だが、そんなシャリアの様子に、レイは問題ないと頷く。


「そもそも、もしスーラが偽物でも……その時は、本人が後悔するだけだしな」


 それは、もし騙されても自分なら力でどうとでも出来ると、そんな自信があるからの言葉だ。

 そしてレイは自分だけではなく、自分以外にもパーティメンバーの仲間がおり、そちらについても強い信頼を抱いている。


「ええ、それで構わないわ。レイの言ってることが正しいのであれば、私達がレジスタンスなら手出しせず、協力してくれるってことでしょう?」

「……手出しをしないのはともかく、協力云々に関しては俺はまだ何も言ってないんだけどな」

「ノーコルからその辺りについては聞いてるもの。それで、協力についてなんだけど……出来れば私達も攻撃に加わりたいわ」

「そう言ってもな。……そもそも、レジスタンスの主力は巨人に壊滅させられたんだろ? 戦力なんて殆どないんじゃないか?」


 そう告げるレイだったが、スーラは強い意志の籠もった表情で首を横に振る。


「当然以前の主力よりは戦力的に低いけど、それでもある程度の戦力は揃ってるわ」

「……いや、巨人に負けた主力よりも弱い奴だと、寧ろ足手纏いにしかならないんだが」


 レイ達が行おうとしているのは、上空から直接地下施設に通じる建物に襲撃を行う、空挺降下とでも言うべき方法だ。

 そのような真似をする以上、奇襲の効果が期待出来る最初はともかく、向こうが立ち直れば当然のようにジャーヤは最大戦力を……巨人を繰り出してくる筈だった。

 これが、巨人という言葉通り、それこそ身長十mもあるような巨大な相手ならともかく、ジャーヤに使われている巨人は、巨人という名前こそ付いているが身長三m程の相手だ。

 少なくても、レイが得た情報ではそうなっている。

 つまり、奇襲してから暫くすれば、間違いなく巨人が出てくるということだ。

 そうなれば、自分の実力に自信のあるレイ達はともかくとして、主力を失い、二線級の戦力しか用意出来ないレジスタンスがどうなるのかは、考えるまでもなく明らかだった。


「お前の得意の勘とやらで、その辺りは分からないのか?」

「そう言われても……勘で何もかも全てが分かる訳じゃないのよ?」


 勘で全てがどうにか出来るのであれば、それこそレジスタンスが現在ここまで追い詰められることはなかっただろう。

 いや、寧ろその勘があるからこそ、今もレジスタンスが現存しているのかもしれないが。


「ノーコルに話を聞いてるなら分かると思うが、俺達は別に無理にレジスタンスに協力して貰う必要はない。それこそ、その気になれば俺達だけでメジョウゴをどうにか出来るだけの戦力は持っているんだ。それは分かってるんだよな?」

「ええ、分かってるわ。少なくても私が……そしてレジスタンスが集めた情報が真実であれば、レイだけでメジョウゴはどうとでもなるでしょうね。それは分かっている。それでも、私達も協力したいのよ」

「……ジャーヤに関係のない娼婦達を避難させたりするので、十分協力していると言えると思うぞ」

「それでは、納得しない人もいるの。……分かるでしょう? 私達の勢力は少ない。それでも、ジャーヤと戦ってきたという自負がある」

「つまり、意地の問題だと?」

「ええ。……正直、私も理性ではそんなことに拘らず、レイの提案を受け入れた方がいいというのは分かっている。けど、ジャーヤという組織が出来てから……いえ、それに対抗する為にレジスタンスが出来てから、初めての大規模な反抗作戦になるのよ」


 そう告げるスーラの気持ちは、レイも分からないではなかった。

 だが、だからといって、それを許容するかと言われれば……やはり、答えは否だろう。


「お前達の気持ちは分からないでもないが……その結果、レジスタンスが半壊、もしくは全滅といったことになってもいいのか?」

「そうならないように、最大限の準備はしているわ」

「……圧倒的な力というのは、それこそ多少の小細工は力であっさりと踏み潰すことが出来る。俺達のことを調べたんだ。そのくらいは当然理解しているんだよな?」

「分かっているわ。けど、紅蓮の翼ならともかく、巨人にそこまでの力はない筈よ」

「いや、お前達の主力が壊滅してるんだが……」


 レイにとっては巨人はそこまで強い敵ではないのかもしれないが、レジスタンスにとっては十分強力な敵であるのは間違いない。


(例えは悪いが、蟻にとって人間に踏まれても車に踏まれても、死ぬって意味だと同じだしな)


 直接言葉には出さないが、レイが正直思っているのはそのようなことだった。

 どうにかして、スーラを……レジスタンスの行動を諦めさせようと考えるレイだったが、不意に今まで黙って二人の話を聞いていたシャリアが口を開く。


「理性よりも感情を優先する。それが気に入ったから、私はレジスタンスに協力してもいいわよ。こう見えて、そこそこ強いと思うし」

「いや、けど……その、いいの?」


 スーラの口から出たのは、どこか戸惑ったような声だ。

 いや、戸惑ったようなではなく、実際に戸惑っているのだろう。

 勿論レジスタンスにとって、戦力になる相手であれば大歓迎だ。

 ましてや、現在は戦力が足りないということで、レイに共同作戦を断られているのだから。


「ええ。言ったでしょう? 理性よりも感情を優先するというのが気に入ったの。当然感情だけを優先して、何も考えられないようなら意味はないけど……こうして見る限り、そんなことはなさそうだし」


 その言葉に、スーラは少し考える様子を見せる。

 自分に協力してくれるのであれば、それは非常にありがたい。

 スーラから見ても、シャリアは明らかに自分よりも強いのだ。

 だが、シャリアの言ってることを全て鵜呑みにしてもいいのか? という思いもあり……しかし次の瞬間、ジャーヤの手の者だとしても、今のレジスタンスは特に敵とは見ていないだろうから、特に気にする必要もないだろうと判断する。


「そう。分かったわ。じゃあ、レイが良ければ彼女を引き取りたいのだけど……構わない?」

「ああ、シャリアは別に俺の部下だったり身内だったりする訳じゃないしな。本人がそれでいいのなら、俺はそれで構わないぞ」


 レイにとって、シャリアは大事な情報源であり、奴隷の首輪を自分に預けてくれたという意味では感謝もしている相手だ。

 そのシャリアが、無理矢理連れて行かれるのではなく、自分からレジスタンスに協力したいと言うのであれば、それに対して否はない。


「そう。じゃあ、よろしくね。今更だけど、改めて自己紹介させて貰うと、レジスタンスを率いているスーラよ」

「私は狼の獣人族のシャリア。いい、言っておくけど決して犬ではないからね。その辺は絶対に間違ったりしないでよ」


 レイに犬の獣人族と間違われたのがそこまで面白くなかったのか、シャリアは強調してそう告げる。

 そんなシャリアに、スーラは笑みを浮かべて頷き、手を差し出す。


「ええ、そんな間違いはしないから安心してちょうだい」

「そうして欲しいわね。ああ、それと……出来れば、服を用意してくれると助かるんだけど。こういう服だと、ちょっと動きにくいし」


 娼婦の服だけに、シャリアの着ている服はかなり薄い。

 その胸元を動かしているのだから、それなりに豊かな双丘の谷間が周囲に剥き出しになる。


「ちょっ! シャリア、何を考えてるのよ! 止めなさい!」

「うん? 何で? この服はもう何日も着ていて、出来れば新しい服に着替えたいんだけど」

「じゃなくて! 分かった、服は用意するから、レイに胸を見せるような真似を止めなさいって言ってるのよ!」


 そう言いながら、スーラはシャリアの手を強引に止める。

 それでいながら、一瞬目に入ったシャリアの双丘が、自分よりも若干ではあっても確実に大きいのを見て取り、内心で呻く。


「ここに隠れてから何日か経つけど、ずっとこの服だったから……」

「分かった、分かったから。ほら、とにかくそんな真似は止めなさい」


 実は着替えが欲しいというのも、スーラに協力する大きな理由の一つだったのでは?

 何となくそう思いつつ、レイは二人のじゃれ合いから視線を逸らす。

 それはレイの優しさであり、決してドラゴンローブの中でイエロがレイの身体に爪を立てたからではない。

 少なくても、本人はそう思い込んでいた。


「レイ、ごめんなさい。もういいわよ」

「ああ。……で、何の話だったか」


 目の前で行われた一連のやり取りに、レイは先程まで何を話していたのか思い出せない。


「レイ達の行動に私達が協力するってことでしょ」

「あー、そうそう。……違うだろ」


 何でもないかのように言ってきたスーラの言葉に、レイも思わず頷きそうになりつつも、何とかその言葉を訂正する。

 そんなレイの様子を見て、スーラが一瞬残念そうな表情を浮かべていた。

 スーラとしては、出来ればそのままの流れでレイに自分の提案を認めさせたかったのだろう。

 レイは小さく溜息を吐き、気分を切り替えるように口を開く。


「とにかく、俺は早ければ明日、遅くても明後日の日中にはこのメジョウゴにある地下施設に通じている建物に対して襲撃する。それも秘密裏にじゃなくて、正面から堂々とだ。……正確には空からだが。その際に、レジスタンスが一般人にも被害が出ないように行動してくれると助かるが、これは無理にとは言わない」


 そう告げるレイだったが、実際にその時にレジスタンスが行動しなければ何も関係のない人に被害が出る可能性があるのだ。

 それをスーラが許容出来るかと言われれば……恐らく否だった。

 スーラの性格を理解した上でそう告げたレイは、この話はここまでだと、ミスティリングからエレーナ達と共に買ったシャリアの服を取り出す。


「ほら、これを着るかどうかはお前が決めればいい」


 そう告げ、レイは後ろからまだ話は終わってないと言ってくるスーラの言葉を聞き流しながらその場を立ち去るのだった。

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