第1381話
ギルムを出た調査隊がトレントの森の近くまで移動するまで、そう時間は掛からなかった。
また、少しでも体力の消耗を避けるということもあり、馬車に乗っての移動だというのも冒険者達にとっては運が良かったと言えるだろう。
だが……それでも、トレントの森が近付いてくるに従い、冒険者達は真剣な表情になっていく。
中にはふざけているような者もいるが、それはそう見せ掛けているだけの者の方が多い。
……もっとも、中には本気でふざけているような者もいるのだが。
「なぁ、あんたがあの深紅なんだろう? 一人で軍隊も相手に出来るって本当なのか? ほら、昨日はアイテムボックスの力を見ることは出来たけど、結局それだけだったし」
レイを含め、紅蓮の翼と一緒に馬車に乗った若い冒険者の男も、そんな一人だった。
この春にギルムに来たばかりの冒険者で、それなりの技量を持っているランクC冒険者。
その上ソロの冒険者となれば、ある意味では非常に稀少な存在と言ってもいいだろう。
「ラズニグだったか? 随分とはしゃいでるようだけど、これからトレントの森に行くのは分かってるんだよな?」
「ん? ああ、当然だろ。けど、これでもそれなりに腕には自信があるからな。何かあっても……そうだな、最低でも自分の身くらいは守れる」
腰の鞘に手を当ててそう告げるラズニグの表情には、自信が満ちている。
それでも自分の実力こそが最高である……といった風に思っていないのは、やはりランクC冒険者だけあるのだろう。
もっとも、中にはランクに関係なく自分こそが最高の冒険者だと過度の自信を持っている者もいるのだが。
幸いにも、このトレントの森の調査に参加している冒険者の中には、そのような者はいなかった。
少なくてもそれを露骨に態度に出している者はいない。
内心でどう思っているのかは、定かではないのだが。
このトレントの森は、ギルムの増築について……つまりギルムのこれからの発展について重大な意味を持っている場所だ。
ワーカーもそれを知ってるだけに、今回の調査に参加させる冒険者は厳選したのだろう。
「そうか。なら……その実力を今回の依頼でしっかりと見せてくれ」
トレントの森に到着し、馬車が停まったのを感じながらレイはラズニグにそう告げる。
「へへっ、任せておけよ。魔石があろうがなかろうが、結局トレントなのは変わらないんだろ? なら、そのくらいの相手なら問題ないさ。それに、俺はこの仕事が終わったら酒場のミズーナちゃんと一緒に飲む約束をしてるんだ。このくらいどうってことないさ」
「そうか。なら、頑張ってくれ」
ラズニグにそう声を掛けると、レイは馬車から降りる。
ワーカーも今回の調査はかなり力を入れている為だろう。
馬車の数もギルドから五台用意されている。
その五台から、それぞれ冒険者達が降りてきて、改めて目の前にあるトレントの森に視線を向けた。
この調査に参加している冒険者は、その殆どが昨日樵の伐採作業の護衛としてここにやってきた者達だ。
昨日は自分達がこの森で護衛とは名ばかりの、木の伐採作業を行った。
その結果、期待していた以上の報酬を手に入れられたのだ。
樵が伐採した木に比べれば、切り方が乱暴だということで多少は安くなってしまったが、それでも命の危険がない依頼の報酬として考えればかなり割が良かったと言ってもいい。
だが……上手い話には裏がある。
自分達が気軽に入っていたこの森は、夜になるとモンスターが横行する場所であり……何よりそのモンスターが、魔石を持っていないというのは冒険者達にとって、トレントの森を気味悪い存在と思わせるには十分だった。
「こうして見ると、普通の森にしか見えないんだけどな」
「おい、モンスターはおろか動物の気配もない森が普通の森か?」
「木の実とか果実とかはあるから、食料調達用の場所としてもいいかと思ったんだけどな」
「この時季はともかく、冬の薪とかとしても供給源としては十分だろ? 何しろ、切っても切っても全く木が減らないんだから。……俺達が昨日働いてた場所は、ほとんど埋まってるぞ」
冒険者達が話ながら、トレントの森を眺める。
その言葉通り、男達が昨日ひたすらに木を伐採した場所は、既に跡形もない。
それでも僅かながらであってもそこを昨日自分達が働いた場所だと認識出来たのは、他の場所と比べて森がへこんでいるような形になっているからだろう。
森の広がる速度が一定であっても、その基準となる場所が違えば当然森の形は歪になる。
勿論その数人が少し木を伐採しただけ……といったことであれば、森の広がる力の方が強い為、あっさりと森は回復するだろう。
だが、大勢の樵と多くの冒険者達が集中して木を伐採した場所を元に戻せる程にトレントの森の回復力は高くなかった。
それも、樵や冒険者達が伐採した木を運んだり、木の枝を切ったりせず、純粋に伐採だけに専念出来ていたというのが大きい。
そこまで集中し、それでも結局は見て何とか分かる程度にしか伐採の痕跡が残っていない辺り、トレントの森がどれ程驚異的な存在なのかというのを、周囲に示してるのだが。
「はい、ではこれから森の調査に向かいます。皆さんはそれぞれ前もって言われていた通りのグループに分かれて下さい!」
今回の調査隊を取り仕切っている人物の声が周囲に響く。
これが普通の森であれば、それこそ調査を行うのは冒険者だけでもいい。
だが、このトレントの森は違う。
とてもではないが普通の森とは言えない場所なのだ。
これからのギルムのことを思えば、冒険者だけに調査を任せておける筈もなかった。
結果として、錬金術師や魔法の研究者、学者……そのような者達に要請し、こうして調査に来ることになったのだ。
ギルドに所属している者の他にも、ギルムで暮らしている者、ダスカーの部下として派遣されてきた者……そのような者達だけに、有能なのは間違いない。
だが、そのような者達は戦闘力が高くない者も多いのは当然だろう。
そのような経緯や、研究者達とは違う視点を持っているということもあり、研究者達と冒険者が共に行動することになっていた。
「俺達はどうすればいいんだ? 誰と組むようにも言われてないんだが」
レノラに言われて準備をしている調査隊に合流し、そのままトレントの森にやってきたのだ。
前もって組む相手が決まっていた他の冒険者達と比べて、完全に置いてきぼりだった。
他の冒険者達に指示を出していた男も、そんなレイの様子に気が付いたのだろう。
近付いてきて、口を開く。
「レイさん達はランクBパーティで、実力も他の冒険者よりも一歩も二歩も抜きんでています」
その言葉に、周囲で話を聞いていた冒険者達が少しだけ面白くなさそうな顔をする。
レイ達の実力が自分達を上回っているのは理解してるのだが、それでも直接それを口に出されれば面白くないのは当然だろう。
だが、男はそんな周囲の反応には慣れきっている。
ギルド職員として冒険者を相手にしていれば、その辺りに慣れるのは当然だろう。
周囲の視線を無視し、男は言葉を続ける。
「また、このトレントの森で色々と活動しているというのも知っています。下手に誰かを同道させれば、間違いなく足手纏いになるでしょう。だとすれば、ここはレイさん達だけで動いて貰った方が得策かと。……アイテムボックス持ちですし」
レイ達と共に行動させずとも、アイテムボックス持ちであればそれこそ幾らでも調査が必要な物を持ち帰ることが出来る。
それも時間の経過による劣化の類も心配せずに、だ。
商人や冒険者、軍人といった者にとっては喉から手が出る程に欲しいマジックアイテムだったが、研究対象を劣化させることなく採取出来るというのは、研究者にとっても非常に価値の高い代物だ。
だからこそ、レイ達には行動しなれている紅蓮の翼の面々だけで動いて貰い、より深くの森まで調査して貰いたいという思いがあった。
……もっとも、そうなれば当然のように稀少な代物を見逃さずに持ってくることが出来るのかという心配もあるのだが、下手に同行者を付けると余計な問題が起きる可能性が高いというのも事実だった。
また、ダークエルフのマリーナがいるというのも大きいだろう。
植物に対して様々なことを知っているマリーナにとって、トレントの森で怪しい何かを見つけるのはそう難しくない話だろうと。
(それに……)
レイと話していた男は、ストレートに欲望を刺激してくるヴィヘラの格好や、パーティドレスを身に纏っているマリーナに強い違和感を受ける。
特に自然の中で開放的になっていたり、未知の場所ということで緊張していたりといった場合、妙な考えを抱く者が出ないとも限らない。
そうなれば、色々な意味で厄介な事になるのは間違いなかった。
「どうでしょう? それで構いませんか?」
「ああ、そうしてくれるとこっちも助かる」
レイはあっさりと頷き、男の提案を受け入れる。
下手な人物と行動をするよりは、紅蓮の翼の面々だけで動いた方がスムーズに動けると判断した為だ。
マリーナやヴィヘラ、ビューネもそんなレイの言葉に異論はないのか、特に言葉を発する様子はない。
「では、そういうことで。一応夕方くらいには戻ってきて下さい。夜の調査が本番となりますので」
「ああ」
言葉短かに答えるのは、やはり夜のトレントの森を経験しているからか。
モンスターの強さは大したことはないのだが、魔石が存在しないモンスターというのが非常に厄介なところだった。
だからこそ、こうして多くの人数で調査をするのだろうと理解は出来ている。
(幸い、他の面子を見ても極端に足手纏いになったり、自分勝手な奴とかはいないしな)
勿論、レイも全ての冒険者を知っている訳ではないし、猫を被っているような人物もいる可能性はあった。
それでも、何も考えずに自分勝手に振る舞う相手と比べれば断然いいのは間違いない。
(いや、この場合寧ろ俺がそっちに入るのか?)
ふとそんなことを考えつつ、すぐに頭を振ってトレントの森に意識を集中する。
「よし、じゃあ行くか。……行ってもいいんだよな?」
「え? あ、はい。勿論です。その……レイさんには言うまでもないことだと思いますが、気をつけて下さいね。ここでは何があるのか分かりませんし」
「ああ、分かってる。……いや、寧ろこの中で一番それを理解しているのは俺じゃないか?」
「あはは。そうかもしれませんね」
冗談めかしたレイの言葉に、男は笑みを浮かべる。
だが、レイはルーノと共に学者らしき人物と、そして他にも数人の冒険者と共に話をしているスレーシャの姿を目に入れ、今の自分の言葉は不謹慎だったかと思う。
本当の意味でトレントの森の危険さを知っているという意味では、それこそ自分以外のパーティメンバーが全滅したスレーシャこそが相応しいだろうと。
……そう言われて、スレーシャが喜ぶとは到底思えなかったが。
「レイ?」
スレーシャの方を見ていたレイに、マリーナが声を掛ける。
どうしたの? と視線で尋ねてくるマリーナに、レイは黙って首を横に振る。
また、セトもレイを慰めるかのように顔を擦りつけてきた。
そんなセトの顔を撫で返していると、レイと話していた男は小さく頭を下げて去っていく。
レイ達の間にある空気に耐えられなかったのか、少し前まで自分達の上司であったマリーナがいることに慣れなかったか。
ともあれ、周囲にいるのはレイとその仲間……紅蓮の翼の者達だけだ。
他の者達はと辺りを見回すと、ルーノ達のように相談をしている者もいれば、既にトレントの森の中に入っている者もいる。
「いや、何でもない。他の面子も結構森の中に入っているみたいだし、俺達も行くか」
「そうね。……出来れば強いモンスターがいてくれれば嬉しいんだけど」
レイの言葉に、マリーナではなくヴィヘラが返事をする。
ヴィヘラにとっては、魔石があろうとなかろうと、強い敵と戦えるのであればどちらでもいいというのが正直なところだった。
そういう意味では、全く未知の存在がいるだろうトレントの森というのは、これ以上ない場所だった。
……もっとも、昨日戦った相手は結局トレントだけだったのだが。
強さもそこまで特筆すべきところはない、魔石がないという以外はごく普通のトレント。
それだけに若干つまらないと思っていたのも間違いはない。
だからこそ、今回の探索で強力な敵と戦えないのかと期待しているのだが。
そんなヴィヘラに引っ張られるようにしながら、レイはマリーナ、ビューネ、セトと共にトレントの森に入っていくのだった。
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