第1302話

 レイが口にした、紅蓮の翼というパーティ名は、特に何の問題もないままに登録が完了した。

 時々……本当に時々だが、既にそのパーティ名は存在しているので却下されるということもあるのだが、幸い紅蓮の翼というパーティ名はギルムで他にいなかったらしい。

 勿論ミレアーナ王国全土……まして、エルジィン全土を見回せば同じパーティ名がいないとも限らないが、基本的に同じ拠点でなければパーティ名が被っていても特に問題はなかった。


「では……これで、レイさん達のパーティ、紅蓮の翼は結成となります。また、それぞれのランクやこれまでの実績から、紅蓮の翼はランクBパーティとなります」


 そう告げたレノラの言葉に、驚きの表情を浮かべたのはレイ……だけではなく、ヴィヘラやビューネも同様だった。

 ただ一人、ギルドマスターとしてこの展開を予想していたのだろうマリーナのみは、驚いた様子もなく笑みを浮かべている。


「いいのか? 冒険者になった時は、どんなに強くてもランクは低いままなのに」

「ええ。冒険者になったばかりの人と、冒険者になってから数々の実績を積み重ねてきた人では、待遇に差があるのは当然ですから」

「それに異名持ちって時点で、レイ君は普通とは言えないしね。他にもヴィヘラさんも迷宮都市で色々と実績があるし。それに……マリーナさんについては言うまでもないでしょ?」

「ん!」


 ケニーがレノラの言葉を引き継ぐように告げると、そこで自分の名前が出なかったビューネが少し不満そうに声を上げる。


「ビューネちゃんは……その、可愛らしいけど、一人の冒険者として考えると、ちょっと実績や実力が……ねぇ?」

「そこで私に振らないでくれる? ……ビューネさんは、盗賊としての実力は良くも悪くも標準的なものに留まっています。勿論ビューネさんの年齢でそれだけの実力があるのは凄いことだけど、ギルドの方ではあくまでも現在の実力が重視されます」


 そう言われれば、ビューネもそれ以上不満を口に出すことは出来ない。

 このパーティの中で、決定的に自分の実力が足りないというのは、ビューネ本人が一番理解している為だ。


「ん……」


 表情は変わらずとも、ビューネが残念そうに一言だけ呟く。

 そんなビューネを見て、レノラはケニーを軽く睨んでから話を変える。


「とにかく、これで紅蓮の翼の結成は完了しました。……それで、これからどうします? 早速依頼を受けるのなら、こちらも助かるのですが」


 今は既に春だ。

 冬の間は何か特別な理由……それこそ金が足りなかったり、特定の素材が必要だったり、特定の食材が必要だったりとしない場合はギルムの外に出る者は少ない。

 だが、それは冬の間にモンスターの討伐が殆ど行われないということも意味している。

 それ以外にも様々な理由があり、結果として春になったばかりで冒険者達が活動を始めた時には多くの……それこそ大量の依頼書がギルドの依頼ボードに貼り付けられることになってしまう。

 今も、依頼ボードの前では多くの冒険者が何かいい依頼がないかと、熱心に依頼書を眺めている。

 少し前までレイ達とレノラの会話に割り込んでいたケニーも、今は冒険者が持ってきた依頼書の受理をしていた。

 レイ達はパーティを組んだばかりだが、腕利きが揃っている。

 それこそ、純粋に戦闘の技量という意味ではギルムでも最高峰の人物が三人もいるし、セトという極めて優れた移動手段もある。

 そう考えれば、何らかの依頼を受けて欲しい。

 ギルドの受付嬢として、レノラがそう思うのは当然だった。

 だが、レイはそんなレノラに対して首を横に振る。


「悪いけど、依頼をするよりも前に行く所があるんだ」

「行く所、ですか? それではこちらも無理は言えませんが……」

「まぁ、そっちの用事を済ませて、まだ時間があるようならまたギルドに寄らせて貰うよ」

「そうですか。分かりました」


 レイの言葉に、レノラは少しだけ残念そうにしながらも、それ以上は何も言わなかった。

 受付嬢として、冒険者に何かを強要するような真似は出来ないのだから当然だろう。


「じゃあ、またな」


 レイがそう告げ、ヴィヘラとマリーナも笑みを浮かべて別れを告げ、ビューネのみは短く呟くとその場を去っていく。

 ……そうしてギルドから出る直前、マリーナは改めてギルドを一瞥する。

 今日まで自分がギルドマスターとして働いてきた場所……そして、これからは冒険者としてレイと共に利用する場所。

 ギルドの中を見回し、それを改めて自覚したのだ。

 自分が長い間ギルムのギルドマスターとして働いてきたことに、決して後悔はない。

 いや、それどころか充実感すらあった。

 勿論辺境にあるギルムで、腕利きの冒険者を相手にしているのだから、色々な苦労もあった。

 ……もっとも、ここ数年で最も苦労したのはレイという存在に対してであったが。

 だが、マリーナが強い指導力を発揮してギルドを運営していくということは、決していいことだけではない。

 マリーナがいるから大丈夫。

 そんな思いを抱いているギルド職員が、若干ながら増えてきているのも事実だった。

 このままでは、今はともかく将来的に……それこそ自分が何らかの理由でギルドマスターを辞める必要が出た時に、決してギルドの為にはならない。

 マリーナがギルドマスターを辞めるという判断をしたのは、レイと共に生きたいという理由以外に、そのような理由もあった。

 それでもマリーナは、ここから一歩出た瞬間、完全に自分はギルドマスターではなくなるのだと。そう思ってしまうと、感慨深いものがある。


「マリーナ?」


 そんな思いに浸っていたマリーナだったが、すぐ後ろからレイの声が聞こえるとそちらに振り向く。

 そしてレイの顔を見て……自分はこれからレイと共に生きていくのだと判断すると、自然と笑みが浮かぶ。


「いえ、何でもないわ。……じゃあ、行きましょうか」


 笑みを浮かべたまま、マリーナはレイと共にギルドを出ていく。

 そんなマリーナに対し、ギルド職員全員が深々と一礼して見送る。

 ……レイとパーティを組んだマリーナを羨ましがっているケニーも、今だけは羨望や嫉妬の表情を出さず、長い間ギルドを率いてきたマリーナに敬意を持って一礼していた。






「グルルゥ?」


 ギルドから出て来たレイ達を待っていたのは、何人かの冒険者や住民達に構って貰っていたセトだった。

 マリーナの様子がいつもと違うことに気が付いたのか、セトは大丈夫? と喉を鳴らして話し掛ける。

 セトに構っていた者達も、セトの邪魔をする気はなかったのかそっと離れていく。


「ええ、大丈夫よ。ちょっと色々とあったから、感傷的になってるだけなの」


 そっと自分の身体を撫でるマリーナに、特に問題はないと判断したのだろう。セトはもっと撫でてと気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らす。


「ふふっ、相変わらずセトは可愛いわね。……それで、レイ。これからアジモフのところに行くのよね?」


 セトを撫でながら尋ねてくるマリーナに、レイは頷きを返す。


「ああ。スレイプニルの靴がようやく出来たらしい。……いや、正確には数日前には出来ていたらしいけど、しっかりと確認をする為に数日が必要だったとか」

「……まぁ、アジモフも錬金術についてはかなり拘ってるみたいだしね」


 マリーナも、以前からアジモフという腕の立つ……だが、変人と呼んでもいい人物のことは知っていた。

 アンブリスの件で顔を合わせて会話をし、どのような性格をしているのかを知ることが出来たのだが……噂以上の変人ぶりをその目で見ることになってしまう。

 変人というよりは、自分の趣味をそのまま仕事にしてしまった為、暴走しがちだという方が正しいのだろうが。

 ともあれ、アジモフは自分の仕事に強い拘りを持つ。

 腕利きであるが、あまり評判がよくないのは、自分の興味を持つ仕事以外はなかなか引き受けないというのもあるのだろう。

 そんなアジモフにとって、稀少な素材を惜しげもなく使わせてくれるレイはこれ以上ない上客だった。

 黄昏の槍は、その最たる物だろう。

 だからこそ、レイがついでのように頼んだ窯も作ってくれたのだ。

 ……銀獅子の素材を使ってもいいというのがその決め手だったのは確かだが。

 そして、今回銀獅子の素材を使って強化を頼んだ、スレイプニルの靴。

 歴史上最高の錬金術師として知られる、ゼパイル一門のエスタ・ノール。

 その人物が技術の粋を込めて作ったスレイプニルの靴を直に見ることが出来るのだ。

 念には念を入れるのは、アジモフとしては当然だった。


「その拘りのおかげで、妙な不良品の類を掴まされなくてもいいんだから、こっちは助かってるけどな。……まぁ、もう少し時間をどうにかしてくれれば嬉しいんだけど」

「一流の職人は、当然相応の時間を掛けて仕事をするのよ」


 レイとマリーナの話を聞いていたヴィヘラが、それを取りなすように告げる。

 元ベスティア帝国皇女として、一流の品を幾つも見てきたが故の感想だろう。


「ま、腕については十分に信頼してるよ」


 レイも、別に本気でアジモフを貶している訳ではない。

 ただ、出来ればもう少し早く仕上げてくれればよかったというのは正直なところだが。

 四人と一匹は、春らしい天気の中で会話をしながら道を進む。

 もっとも、春らしいとはいっても、まだ完全に春という訳ではない。

 半分……いや、七割程春といったところで、まだ朝や夜になると非常に寒かったりする。


「あー、セトちゃん! ねえ、レイ。セトちゃんと遊んでもいい?」

「悪いな。今はちょっと用事があって、それは出来ないんだ。また今度セトと遊んでやってくれ」


 近くで遊んでいた子供にそう言葉を返すと、その子供は残念そうな表情を浮かべながらも、仕方がないと諦める。


「ふふっ、セトは人気者ね」

「そうだな。本当にいつの間にかこんな扱いになってたよ」


 マリーナの言葉に、レイはセトを撫でながらしみじみと答える。

 レイとセトが最初にギルムに来た時は、グリフォンを連れているからということで周囲の者達には酷く怯えられたのだ。

 だが……今では、小さな子供達でさえセトと一緒に遊びたいと近寄ってくるまでになった。

 これも、セトが今まで街中で無意味に暴れたりしなかったというのもあるし、セト自身が生まれたばかりで性格が子供っぽく、自分に構ってくれる相手にすぐ懐くというのもある。

 また、一見すると非常に怖そうな外見をしているセトだったが、よく見ると円らな瞳をしていて非常に愛らしいというのもあるし、身体から生えている毛はシルクの如き手触りで、いつまでも撫でていたいと思ってしまう。

 しみじみと、ギルムにやってきてからのことを考えながら歩いていると、やがて目的地……アジモフの家に到着した。

 そうして軽くノックしてみるも、中からの返事は一切ない。


「どうするの? まぁ、多分中にいて何かの研究に熱中してるんだと思うけど」

「ん」


 アジモフと会った回数はそれ程ないヴィヘラやビューネだったが、それでもその少ない回数でアジモフの性格は半ば理解しているのだろう。

 あっさりと告げてくるその言葉に、レイもまた頷く。


「そうだな、ならもう少し強引に……って、おい?」


 再度扉を叩こうとしたレイだったが、その勢いに負けたかのように扉は自動的に開く。

 ……そう、鍵が掛かっていなかったのだ。


「随分と不用心だな」


 以前に来た時も鍵が開いていたか?

 ふと、そんな疑問を抱くレイだったが、今は直接中に入ってアジモフに注意をした方がいいだろう。

 そう考え、一応念の為にと口を開く。


「おーい、アジモフ! いるのか? 中に入るぞ!」

「鍵が開いてるのは……別におかしな話じゃないわよね? 家にいるんだし」


 レイの行動に少しだけ疑問を抱いたヴィヘラが首を傾げる。


「まぁ、家の中にいても鍵を掛けてる奴もいるけどな。それに、アジモフはパミドールが差し入れとかを持ってやってくることもあるし」

「……なるほど。なら、中に入る?」

「ああ。……セト、悪いけどお前はここで待っててくれ。ちょっと中に入るのは無理そうだし」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトが残念そうに喉を鳴らす。

 だが、セトが建物の中に入ることが出来ないというのは、それこそいつものことだ。

 結局アジモフの家の前で、通行の邪魔にならない場所に寝転がる。

 そして行ってらっしゃいとでも言いたげに喉を鳴らすセト。

 そんなセトに見送られながら、レイ達は家の中に入っていく。

 だが……家の中に入ると、レイは何か違和感を覚える。

 決定的な何かがある訳ではない。

 それでも何かがおかしいと、そう思ってしまったのだ。

 そんな本能に突き動かされるように、レイは駆け出す。

 目指すのは、いつもアジモフがいた研究室。

 それこそものの数秒でそこに辿り着いたレイが見たのは……身体から血を流し、倒れているアジモフの姿だった。

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