第1267話
「へいっ、ガメリオンの串焼き三十本お待ち! レイ、セト、いつもありがとよ!」
屋台の店主が、嬉しそうに笑みを浮かべてレイとセトへと感謝の言葉を告げる。
そんな言葉を、レイは串焼きの大半をミスティリングへと収納しながら聞く。
一本をセトに、そしてもう一本を自分用に残したレイの横で、セトは早く食べさせて! と円らな瞳に期待を浮かべてレイへと向けてくる。
雲一つない、冬晴れと表現するのが相応しいような天気の中で、レイはセトに串焼きを渡すと大通りを歩き始めた。
「また来てくれよ!」
背後から、嬉しそうな屋台の店主の声を聞きながら。
一気に三十本もの串焼きを購入するようなレイは、屋台の店主にとっては上客と呼ぶべき存在だ。
売り上げが一気に上がったのだから、店主が上機嫌になるのは当然だった。
「それにしても……ここ最近はかなりゆったりとした時間をすごせているよな」
「グルルゥ」
串焼きを食べながら大通りを歩いているレイは、しみじみと呟く。
自分の力を隠すような真似を殆どしなかった為、ある意味自業自得と言われても仕方がないのだが、レイはこのエルジィンへやって来てから様々なトラブルに巻き込まれてきた。
それこそ、普通の冒険者であれば一生に一度経験するかどうかというトラブルに連続して巻き込まれてきたのだ。
だが、この冬は珍しく……本当に珍しく、何のトラブルにも巻き込まれてはいない。
(ヴィヘラの意識を取り戻したり、ダンジョンで銀獅子と戦ったりもしたけど……あれはまだ雪が降る前で、秋だったしな)
冬になってからの騒動としてレイが思いつくのは、やはり銀獅子の肉を食べたパーティだろうか。
まだ雪上バーベキューパーティが終わってから一ヶ月も経っていないのだが、それでも随分と昔のように思える。
……銀獅子の肉を思う存分食べたせいで、数日は食事に満足出来なかったのはレイにとってもいいような、悪いような、そんな思い出だった。
「あ、セトちゃんだ! セトちゃん、一緒に遊ぼうよ!」
大通りを歩いていると、小さな子供がセトの姿を見つけてそう叫ぶ。
同時にその子供と遊んでいた他の子供達も、当然のようにセトと一緒に遊びたいと口にし、レイとセトの周囲に集まってくる。
「グルゥ?」
いい? と小首を傾げて尋ねてくるセトに、レイは頷く。
今日は特に何か用事があって大通りを歩いている訳ではない。
ぽっかりと空いた時間を潰す為に、こうして散歩をしていたのだから、セトが子供と遊ぶ時間をとるくらいはどうということはなかった。
「グルルルルゥ!」
レイの許しを得て、セトは嬉しそうに鳴きながら子供達と一緒に移動を始める。
向かう先は、広場になっている場所だ。
数年前にはここにも店が建っていたのだが、親が倒れたという理由で店を畳みギルムを出ていった人物の店。
その後に色々とあって、結局店は取り壊され、現在は少し広めの空き地となっている場所。
今は雪が積もり、広場の端には幾つもの雪の塊が存在していた。
(大通りに面してるんだし、誰かがこの土地を買って店をやるなりなんなりしても良さそうなんだけどな)
早速雪遊びをしている子供達を見て、そんな風に思う。
だが、それでも新しい店が建たないということは、何か理由があるのだろうと考える。
「レイにーちゃん、レイにーちゃんも一緒に遊ぼうよ!」
セトと遊んでいた子供の一人が、レイを見てそう叫ぶ。
冒険者の間では色々と恐れられることもあるレイだったが、子供には関係ないのだろう。
もっとも、レイの外見が冒険者にありがちな筋骨隆々の大男ではなく、寧ろ線の細い女顔の小柄な男だというのも関係しているのかもしれないが。
ともあれ、特に何か用事もなかったレイは、たまにはいいかと子供達と一緒に遊ぶ。
……セトが一緒に遊ぼうと、円らな瞳で訴えていたというのも大きいのかもしれないが。
「それで、何をして遊ぶんだ?」
「えっとね、えっとね……何して遊ぶの?」
レイに一緒に遊ぼうと声を掛けてきた子供が、何故か何をやって遊ぶのかとレイに向かって尋ねる。
「いや、お前が誘ったんだろうに。……そうだな……」
子供の数は全部で四人。
その全員が、レイにどうやって遊ぶのかと期待の視線を向けていた。
だが、何をして遊ぶのかと言われれば、レイも悩む。
ここに坂でもあれば、スキーやソリ、場合によってはスノーボードで遊ぶということも出来たのだろうが。
(そう言えば、小学校の時は学校でスキーをやったよな)
スキーから、ふと小学校の時のことを思い出すレイ。
レイが通っていた小学校は、学校のすぐ近くに坂があった。
長さにして百m近い坂は、冬になると学校の授業でスキーをやったのだ。
そして授業がある時は当然ながら通学する時にスキーを履いて通学することになり……
(うわ、懐かしいな。……けど、そんな真似はここでは出来ないし)
懐かしがるレイだったが、スキーやソリを出来る坂がある訳ではない以上、ここでそんな真似は出来なかった。
元々スキーの類もないのだが。
しかし、スキー、坂……という連想から、あるアイディアがレイの脳裏を過ぎる。
それは、レイが日本にいた時、何度も作った物だ。
それこそ、小さい頃から作った数は数え切れない程。
「かまくら、って知ってるか?」
「かまくら? しらなーい」
「何それー?」
レイの口から出た言葉を知っている者は、当然ながらいなかった。
「よし。じゃあ……そうだな。まずはこの広場の中央に雪を集めるんだ。それこそ、山になるくらいにな」
幸いと言うべきか、今は晴れているものの、昨夜はそれなりに雪が降っていた。
広場に積もっている雪もそれなりにあるし、ギルムの大通りでも店員がそれぞれ自分の店の前に積もっている雪を纏めてこの広場へと運んできていた。
(なるほど、雪捨て場としての役目もあるんだな)
丁度荷車に雪をたっぷりと詰め込んで持ってきた男が雪を捨てようとしているのを見て、レイが口を開く。
「ちょっと待ってくれないか?」
「うん? どうしたんだい?」
四十代程のその男は、レイに話し掛けられたことに少し驚きながらも言葉を返す。
有名人のレイに、まさか自分が話し掛けられるとは思ってもいなかったのだろう。
「その雪だけど、捨てるのならこっちに持ってきて欲しいんだけど」
「まぁ、それは別に構わないけど、どうするんだい?」
「ちょっと子供達と一緒に遊ぼうと思って」
そんなレイの言葉に、男は特にそれ以上は事情を聞く様子もなく荷車を引っ張って広場の入り口からレイ達がいる中央の方へとやって来る。
荷車の車輪が雪を踏みしめる音が周囲に響き、荷車に一定以上の雪が積まれていることを教えていた。
そうして広場の中央までやって来ると、男はここでいいのかと視線で尋ね、レイが頷くのを見ると荷車を斜めにしてそこに雪を下ろす。
その行為の何が面白かったのかは分からないが、子供達はその光景に歓声を上げながら周囲を走り回っていた。
「これでいいかい?」
「ああ、ありがと」
「いやいや、別にこのくらいで感謝されるようなことじゃないさ」
男にとっては、本当にそうなのだろう。
ただ雪を捨てる場所が少し遠くなっただけで、余計に必要になったのは荷車を広場の中央まで運んでくる労力くらいのもの。
それも長距離を移動するのではなく、それこそ一分も掛からない場所に運ぶというだけなのだから、気軽にそう答えるのは当然だった。
そうして去っていった男を見送ると、再びレイは周囲にいる子供達へと向かって口を開く。
「よし、いいか。こんな風に雪をここまで運んできたら、こうして山にしていくんだ。ただし、すぐに崩れないようにしっかりと押し固めてな」
「うん! 分かった!」
一人の子供がそう言うと、皆がそこら中に散らばっていく。
そして雪を抱えながら、レイの下へと持ってきては、最初に山になった雪へと追加していった。
勿論レイやセトも、それを黙って見ていた訳ではない。
せっせと雪を持ってきては、雪山へと追加していく。
レイやセトが持ってくる雪は、当然のように離れた場所にある雪だ。
雪を運ぶだけでも、子供達にとってはそれなりに疲れるのだと、そう理解している為だ。
……この辺り、日本にいた時に散々雪かきをした経験が生きているのだろう。
ただ雪を運ぶだけという行為だったが、それでも子供達は喜んで運ぶ。
子供達にとっては、これだけでも十分に面白い遊びなのだろう。
そんな行為をしていれば、当然大通りを歩いている者達の目にもつき、何人かの子供が合流していく。
また、子供以外にも、またレイが何かをしているといった風に、足を止め、興味深く見守っている者もいる。
そうして二十分程が経つと、集められた雪の高さは一m近くになっていた。
(まぁ、少し小さいけど、俺やセトがはいるんじゃないんだし、いいか。子供なら問題ないだろうし)
もう少し集めるつもりになれば大きくすることも出来ただろうが、子供達の体力を考えればこの程度で十分だろうと判断する。
「よし、じゃあ念の為にもう少しこうやって周囲を固めていくぞ。ただし、強くしすぎて雪山を崩さないようにな」
「わかったー!」
そう言いながら、子供の一人が思いきり雪山を叩き……次の瞬間、雪の山に手首が埋まる。
「……これは悪い見本だから、注意するように」
『はーい!』
子供達が一斉に返事をし、ペチペチと手袋を履いた手で雪山を叩き、硬めていく。
子供の数が多くなっている関係もあり、レイやセトはそれを外から見ているだけだった。
そして山がそれなりに硬くなったのを確認すると、次にミスティリングの中からスコップを取り出す。
エルジィンでも土木工事がある以上、当然スコップは存在する。
中にはミスリルを使ったスコップを持っている……という土木工事のプロもいるというのを、以前レイはどこかで聞いた覚えがあった。
勿論レイが持っているのは、あくまでも普通のスコップだ。
(雪山を固める時に使えば良かったか? ……けど、スコップはそんなに数はないしな)
自分の中から出て来たアイディアを即座に却下し、改めてレイはスコップを雪山に突き立てる。
しっかりと固めた為だろう。新雪特有の軽い触感ではなく、ザクリとした重い触感が手に返ってきた。
そのまま素早く掘り進めていき、やがて子供が二人くらい入れるようになったところで口を開く。
「後はお前達がこの中に入って、手で削っていけばいい」
「えー、レイにーちゃんのスコップ貸してくれない?」
「……物理的に色々と無理だろ。ああ、シャベルがあるなら持ってきてもいいかもな。手で削っていっても構わないし。その辺は自分達で考えろ。それでお前達全員が入れるようになったら、かまくらの完成だ」
「かまくら?」
首を傾げて尋ねてきたのは、五歳くらいの少女だ。
「ああ。簡単に言えば、雪で作った家だな。スノーハウスとも呼ばれる。寒いところではこの中で夜をすごすという祭りもあるらしいぞ」
「えー、嘘だー! だって雪だよ、雪!」
「そうそう、絶対寒いよ!」
そんな風に文句を言ってくる子供もいたが……
「え? うそ? 暖かい!?」
好奇心に負けたのか、真っ先にかまくらの中に入った子供が驚いたように叫ぶ。
それを聞いた他の子供達は、信じられないような表情を浮かべるも……それでも、友達がそう言うのであれば、と一人がかまくらの中へと入っていく。
「うわ、本当だ! え? 何で!?」
「外の寒い風が遮られてるからだな。それに、寒い場合はかまくらの中で……」
そこまで考えたレイは、そこで言葉を止める。
七輪の類がミスティリングに入ってはいないし、かといって焚き火では火力が強すぎて雪が溶けるのではないかと、そう思った為だ。
「レイにーちゃん、どうしたの?」
「いや、何でもない。とにかく風を通さないから、かまくらの中は外に比べると随分暖かいんだ。分かったら穴を掘っていけ。ただし、間違って穴を掘りすぎて貫通するなよ」
「分かった! まず俺が掘る!」
「ちょっと待てよ、俺にもやらせろよ!」
「俺もやるー!」
「私も!」
子供達が騒ぎながら、雪山の中をくり抜いていく。
雪を掘るというだけの作業だったが、それでも十分に楽しいのだろう。子供達の歓声が周囲へと響いていた。
そして暫く経つと……やがてそこには立派なかまくらが出来上がっていた。
「うわー、本当に暖かい!」
中から聞こえてくるその声に、レイはミスティリングの中から幾つかオークの串焼きを取り出す。
「ほら、これでも食え」
「え? あ、串焼き!」
「ちょっ、ずるい! 俺にも、俺にも串焼き!」
騒ぎながら、子供達は串焼きを受け取り、美味そうに食べる。
(本来なら、七輪で餅でも焼けばもっとかまくららしいんだけど……な)
そんな風に考えながら、久しぶりに見るかまくらにレイは満足そうに頷くのだった。
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