第1258話
手続きをして図書館の中に入ったレイは、予想していた以上に人の姿が多いことに驚く。
机に本を何冊も重ねて読んでいる魔法使いの男がいるかと思えば、少し離れた場所では狼の獣人がつまらなさそうに何かの本を読み、少し離れた場所では羊の獣人と思われる女がテーブルを枕にして眠り、エルフの男に揺すって起こされていた。
レイがこの図書館に最初に来たのは、ギルムに来てからそう時間が経っていないころだった。
それからも何度かこの図書館には足を運んでいるが、冬に顔を出したことは殆どない。
だからこそか、図書館にこれ程の人がいるというのは、レイにとっては少し驚きだった。
(読書でも流行ってるのか?)
本を読むという行為が嫌いではない……寧ろ好きなレイにとって、図書館を利用する人が増えるというのは決して悪いことではない。
だが、図書館を利用する者が増えるということは、その利用者達が読んでいる本をレイが読めないということにもなってしまう。
(というか……今の時点で、もう俺が読む本がなくなってたりしないだろうな?)
図書館に到着する前にケニーと幾らか話をしていたのだが、それで出遅れた……訳ではない。
そもそもの話、図書館は朝から開いているのだ。
それに対してレイが宿を出たのは午前十時くらい。
普通にその時点で図書館の利用者は多かっただろう。
(銀獅子の素材について、何かあればいいんだけどな)
この図書館に来た目的を考えながら、本を探す。
途中で何人かがレイの姿を見て驚きの視線を向けていたが、レイは気にしない。
元々レイはギルムでは目立っていたのに、そこに加えてダンジョンを攻略したと公表されたのだ。
自分に視線があつまる理由は理解していたし、その視線を気にしているようではストレスに負けることにもなりかねない。
視線を無視しながら本棚を順番に調べていくレイだったが、モンスターの素材について書かれている本はあるものの、それはランクCやD……あってもランクAのみであり、ランクSモンスターの素材について書かれている本はなかった。
だが、考えてみれば当然だろう。
そもそも、ランクSモンスターというのはそう簡単に出会える存在ではない。
寧ろランクAモンスターですら、一生に一度出会えるかどうかといった存在なのだ。
……もっとも、ギルムの住人は毎日のようにランクSモンスター相当のセトと会っているのだが。
ともあれ、セトは例外としても、そのような高ランクモンスターと出会う機会がそうそうないのだから、そもそも本に書くような知識そのものが伝わっていないのは当然なのだろう。
勿論今までランクSモンスターと戦い、勝った者はいるので、知識が皆無という訳ではないのだろうが。
だが、それは当然非常に稀少な例であり、ランクB以下のモンスターと比べると非常に少ない。
そうなれば当然ながら、情報が出回ることも多くはなかった。
また、この世界では情報を広めるということが行われることは多くなかった。
「結局はないか。……ギルムだし、もしかしたらあるかもしれないと思ったんだけどな」
ここが普通の村や街、都市であれば、レイもこんなに残念がったりはしなかっただろう。
しかし、ギルムは辺境であるが故に、稀少なモンスターとの遭遇例も決して少なくはない。
だからこそ、もしかしたら……そうレイが期待をしてもおかしくはなかったのだろう。
「なら、他に何か……」
目的の本がなかった以上、レイが図書館にやってきた意味は失われた。
それでもわざわざ図書館まで来たのだから、何か本でも読むかと面白そうな本を探していく。
だが、当然ながら面白い本というのは他の者も読みたい訳で、そのような本は早い者勝ちとなる。
勿論人によっては面白いと思うのは違うので、全ての面白い本がなくなっている訳ではない。
だが、レイが読みたいと思う本は殆ど存在しない。
本棚の前を歩きながら、何かないかと思っていたレイだったが、ふとその中の一冊が目に入る。
「レップルスの冒険……?」
レイにも、何故その本が気になったのかは分からない。
それでも手を伸ばしてその本を手に取ったのは、やはり何らかの意味があったからこそなのだろう。
空いている机を探し、そこに座る。
そうして開いたレイが見たのは、絵も何もない文章だけで出来た物語。
エルジィンの本としては一般的な形式のその本を、レイは読み進めていく。
内容としては、よくある英雄譚といった形だった。
少年が洞窟の中で岩に突き刺さっていた長剣を見つけ、それを引き抜いたことにより力を手に入れ、様々な試練に打ち勝ち、最終的には英雄と呼ばれるようになる物語。
よくある……本当によくある話ではあったが、一時間も掛からずにそれを読み終わったレイは首を傾げる。
それは、この英雄譚におかしなところがあった訳ではない。
だが、その物語にはどこか見覚えがあった為だ。
例えば、受ける試練の幾つかには、レイが日本にいた時に読んだ小説や漫画と同じようなものがある。
岩に突き刺さった長剣を引き抜くというのは、形式美とも呼べるのでこの世界でも珍しいものではない。
だが、それ以外の多くの場所に見覚えのある設定があったのだ。
(これって……間違いなく日本の、それも漫画とかの知識がある奴が書いたんだよな?)
そう思うレイが疑問を覚え……その本を手に、司書の下へと向かう。
「ちょっと聞きたいんだけど、この本は誰が書いたものか分かるか? もし知ってたら教えて欲しいんだけど」
「え? はぁ、えっと……レップルスの冒険ですか? この本は随分昔からあるものですから、誰が書いたのかは……」
司書は申し訳なさそうに首を横に振る。
「随分昔? それは具体的にはいつくらいだ?」
「さぁ? 少なくても私が子供の時は祖父から読み聞かせて貰った覚えがあるので、最低でもそれくらい前の話だと思うんですけど。写本の数も数え切れないくらいあるようですし」
司書の年齢は四十代程。
その司書が子供の時に祖父から読み聞かせて貰ったとなると、二十年や三十年以上前ということになる。
「そう、か」
てっきりレイは、自分以外にも日本からこのエルジィンにやってきた者がいるのではないか。
そう思っていただけに、残念そうに溜息を吐く。
「そうか、悪いな」
「いえ、正確な年月が分からなくて申し訳ありません」
司書はレイに向かって小さく頭を下げる。
だが、レイはそんな司書に対して首を横に振って構わないと告げ、再び先程の席へと戻っていく。
レイの後ろでは、ようやく頭を上げた司書が他の司書に羨ましそうな視線を向けられていた。
レイと話したというのが、羨ましかったのだろう。
ギルムの中でのレイの知名度を思えば、そんな態度を取る者がいてもおかしくはない。
背後で行われている行為には気が付かず、レイは椅子に座ると再び本へと視線を向ける。
(これを書いたのは、多分……いや、間違いなく日本からきた奴だ。それも、ここに書かれている元ネタを考えると、俺がこの世界に来る数年前ってところか。いや、そうとも限らないか?)
元ネタに使われている内容はレイの認識で日本にいる時の数年前に発売した漫画等のものが多いが、だからといってレイの数年前にエルジィンへ来たとは思えない。
もしかしたら、偶然この本に書かれている内容に使われているのが作者の知識の中でその辺りのものが多く、実際にはもっとそれよりも先の世界に生きていた人間かもしれなかった。
(まぁ、年数的に色々と不自然なのは、それこそタクムの時で分かっていた筈だし。……待った。もしかしてこれは、タクムが書いたのが今まで残っていたとか、そういうことか? まさか、カバジードが書いた訳じゃないだろうし)
ベスティア帝国の第一皇子がこのような小説を書いたというのは、少しイメージに合わない。
そもそも、三十年、四十年も前からかなり有名な作品だったのであれば、カバジードに出来る真似ではないだろう。
(けど、タクムなら?)
自分と同じく日本出身で……それでいながら、魂だけでこの世界にやってきた自分やカバジードと違い、肉体そのままでやってきた相手。
そして自分やカバジードよりも遙か昔にこの世界にやって来たタクムであれば、本の一冊や二冊書いても不思議ではないだろう。
……それでもタクムが生きていた時代は数十年単位の昔ではないのだから、写本であってもその時の本がまだ残っているというのは不思議に思うが。
(やっぱりタクム以外の誰かか? まぁ、可能性としては十分にあるよな。俺はともかく、タクムやカバジードは何でエルジィンにやってきたのかも不明なんだし)
生きている時代を考えれば、タクムやカバジード、そして自分以外にも日本からやってきた人物がいると考えてもおかしなところはない。
「結局この作者のことをすぐに調べるのは無理か」
もしまだ生きているのであれば、どんな手段を使ってでも接触したい。
そう思ったレイだったが、そもそも生きていないのであればどうしようもない。
もしかしたら子孫がいる可能性も否定は出来ないが、レイが会いたいのは日本人な訳で、その子孫ではない。
勿論会えるのであれば会ってみたいが、本人に会えるかもしれないと思う程に力を入れて探したいとは思えなかった。
「ま、その辺はしょうがないか」
色々と残念に思いながらも、レイはそれ以上拘ることはなく、改めて自分の同類が書いたと思われる小説へと目を通していく。
レイにも覚えのある展開でありながら、それでも読んでいてその物語に心を奪われていく。
そうして一時間も立たずに読み終えると、その本を本棚へと戻す。
もしかしたら同じ作者が書いた小説は他にもあるんじゃないか?
そんな思いで本棚を見ていくのだが、本には作者の名前が書かれていない物も多い。
(学術書とかだと、結構しっかり作者の名前が書かれている奴も多いんだけどな)
残念に思いながらも、レイは何か本を選ぼうとし……
不意に自分の腹が激しく自己主張する音に、そう言えばそろそろ昼だったかと思い直す。
そもそもこの図書館にやって来たのが午前十時すぎであり、本を読んでいた時間を考えれば昼になってていもおかしくはなかった。
また、図書館の外で待っているだろうセトの姿を思い出せば、昼になって腹を空かせているセトをそのままにしておくというのは有り得ない選択肢だった。
銀獅子の素材についての情報を得ることが出来なかったのは残念だったが、それでも先程読んだ小説を見つけることが出来たというのは、図書館に来た意味は十分にあっただろう。
無駄足ではなかったことに満足感を覚えながら、レイは図書館を出て……
「まぁ、そうだよな。セトがいればそうなるか」
視線の先に広がっている光景に、呆れながらも妙に納得してしまう。
そこでは、セトの周囲に何人もが集まり、それぞれにセトを撫でたり、食べ物を与えたりしている光景があった。
集まっている者の人数は、直接セトを撫でたり食べ物を与えたりしている者以外にも、その様子を見て満足している者達もいる。
全てを合わせると、十人は優に超えているだろう。
セトはそんな面子に構われながら、嬉しそうに喉を鳴らして身体を撫でられていた。
サンドイッチや串焼きといったように持ち運びがしやすい料理にも舌鼓を打っている。
「あ、レイ隊……レイさん!」
そんなレイの姿を見て、セトの周囲にいた者の一人が嬉しそうに手を振る。
ヨハンナと一緒にダンジョンに行っていたパーティメンバーの一人だ。
「そろそろ呼び方に慣れないか?」
「あははは。すいません、どうしても……」
レイと元遊撃隊の面々の付き合いはそれなりに長くなっているが、その中でもレイが隊長として元遊撃隊の面々と接したのは、それ程長い間ではない。
それこそ、ベスティア帝国の内乱が終わってからの付き合いの方が既に長いだろう。
だが、それでも元遊撃隊の面々にとっては、レイは隊長なのだろう。
それだけ遊撃部隊の者達が内乱の時にレイを見て受けた衝撃が大きく、だからこそレイは隊長という印象が強く刻みつけられているのだ。
レイもそれが分かっているだけに、あまり強く責めることは出来ない。
何だかんだと、結局はなぁなぁで済まされているのが現状だった。
もっとも、レイが隊長と呼ばれるのに嫌悪感があるというのであれば、もっとしっかりと言い直させたりもしたのだろうが。
結局はレイがそこまで嫌がっていないというのが、現状の理由だった。
「そう言えば、その……例のパーティはいつにします?」
「ああ、そっちもあったな。……そうだな。折角だし、雪の中でバーベキューパーティというのも面白いかもしれないな」
ふと思いつき、レイは笑みを浮かべながらそう呟くのだった。
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