第1196話

「おう、レイ。やっと来たか。思ったよりも時間が掛かったな」


 ギルドの倉庫……今は臨時の錬金術研究所と呼ぶべき場所になっている中へとレイが入ると、そんな声が聞こえてきた。

 レイとヴィヘラの二人は、声の聞こえてきた方へと視線を向ける。

 そこにいたのは、レイの予想通りというべきかアジモフの姿だった。

 仕事……というより、自分の趣味に全力投球出来たのが嬉しかったのか、非常に満足そうな表情を浮かべている。


「その様子を見ると、今回のアンブリスを探す探知機を作ったのはやっぱりアジモフだったか」


 馬車の中で聞かされた、アンブリスの探知機の制作の成功。

 最初にそれを聞いた時には驚いたレイだったが、黄昏の槍のような強力なマジックアイテムを作ることが出来たアジモフであれば、アンブリスの残滓を見つけ出してそこから探知機を作ることが出来ても不思議ではなかった。

 少なくても、レイの中ではそのような認識であり、実際に倉庫の中の現状を見る限りではその予想はそれ程間違っていなかったのだろう。


「デスサイズの方はちょっとお手上げだったが、黄昏の槍は俺が作ったマジックアイテムだしな。そこから手を出すのはそんなに難しくなかったよ」

「……普通、それでも十分難しいと思うんだけど。けど、俺しか使えないって?」

「ああ。もっと時間を掛ければ、他の奴でも使えるように調整出来るだろうけど……残念ながら今は少しでも早く使える現物が欲しいってことだったからな」


 アジモフが残念そうに呟くと、周辺の錬金術師達も同様に残念そうな表情を浮かべていた。


(皆同類か)


 レイの脳裏にそんな言葉が浮かぶも、今はそれどころではないだろうと判断して口を開く。


「つまり、この時間に俺を呼び出したってことは、その探知機がきちんと動くかどうかを確認する為か?」


 若干の呆れはあったが、同時にそれも仕方がないだろうという判断もあった。

 現状ギルムにおいてアンブリスというのは最優先でどうにかしなければならない相手だ。

 である以上、その探知機が出来たのなら、一刻も早くそれが正常に動くのかどうか……そして動かないのであれば、何が理由なのかを確認する必要がある。

 そして無事に動くのであれば、次にレイだけではなく他の者も使えるようにするという仕事が残っていた。


(というか、考えてみれば俺やヴィヘラが寝起きだったって事は、つまりこいつら徹夜だったのか? ……いや、驚くべきことじゃないかもしれないけど)


 趣味を仕事にしている者達だけに、徹夜にも苦労はないのだろう。


「ああ、そうだ。じゃあ、早速だが試して貰えるか?」


 そう言って渡されたのは、掌大の大きさのマジックアイテム。

 形としては、水晶を押し潰したかのような平べったい形となっている。

 ただし、水晶の中には黒い霧が……アンブリスの残滓と同じようなものが中に入っていた。


「また、妙な形だな。……で、どうやって使えばいいんだ?」

「魔力を流してくれれば、それでいい。後はアンブリスのいる方に水晶の中の黒い奴が移動するから、そっちに向かっていけばアンブリスに辿り着く筈だ」

「……これだと、アンブリスが何匹もいる場合、どうなるんだ?」

「一番近くにいるアンブリスの場所を示すことになる……筈だ」


 少しだけ自信なさげな言葉がアジモフの口から出たのは、やはり実際に試すことが出来ていないからだろう。

 このマジックアイテムを使用出来るのは、あくまでもレイのみだというのが足を引っ張っている形だ。


「つまり、これを使ってみろってことだな」


 レイが尋ねると、アジモフと他の錬金術師達が頷く。


「分かった。……じゃあ、やるぞ?」


 そう告げると、手の中にある探知機に魔力を流す。

 すると探知機の中にあるアンブリスの残滓がゆっくりとだが動き始める。


『おおおおおお!』


 それを見ていた錬金術師達が、皆揃って声を上げた。

 自分達で作ったマジックアイテムだけに、きちんと動くという自信はあったのだろう。

 だがそれは、実際に試していない……まさに机上の空論に等しいものだった。

 それだけに、こうして実際にマジックアイテムが動いているのを見た時の嬉しさはより強かったらしい。


(へぇ……こんな風に動くのか)


 手の中のマジックアイテムを見ながら、レイは感心したように考える。

 平らな水晶の中を、黒い霧は右斜め前へと動いていた。

 そうして平らな水晶の中で次第に右斜め前から少しずつ……本当に少しずつだが真っ正面の方へと移動していた。

 これは、探知機が発見したアンブリスが右から左の方へと動いていることを意味している。


「やっぱりアンブリスはこんな時間でも動いているんだな。……で、この探知機は俺が持っていってもいいのか? アンブリスの残滓を使ってるんだろ? つまり、これを持っていけばもう探知機は作れないんじゃないか?」


 今はレイにしか使えないが、いずれ他の冒険者でも使うことが出来るようになる。そう言っていたのを思い出して尋ねるが、アジモフは自信に満ちた笑みを浮かべて頷きを返す。


「その探知機の中に入っているのは、デスサイズや黄昏の槍から取り出したアンブリスの残滓全てじゃない。ある程度の量はこっちでも確保してあるから、心配はいらない」

「抜かりないな。……じゃあ、この探知機は俺が貰っていってもいいんだよな?」

「ああ。お前しか使えないんだから、正直ここにあっても意味はない。まぁ、参考にする為に改めて見直すといった手段は可能だが」


 探知機が動いたのであれば、もうお前に用はないと言わんばかりのアジモフ。

 そんなやり取りに少しだけ苛ついたレイだったが、改めてレイが何か口を開くよりも前にアジモフが口を開く。


「向こうにデスサイズと黄昏の槍があるから、持っていけ。デスサイズはちょっと俺も手が出せない代物だったが、黄昏の槍の方は細かく修正しておいた。まぁ、機能が増えたとかじゃなくて、手入れって感じだけど」

「……アンブリスの件で、忙しいんじゃなかったのか?」

「ふんっ、このくらい俺でなくてもどうとでも出来るに決まってるだろ。それより、早く行け。お前はまだやるべきことがあるんだろ」


 ふいっとレイから顔を逸らしながら告げるアジモフだったが、少し離れた場所にいた女錬金術師がレイに近づいてくる。


「ふふっ、アジモフさん、ああ見えて結構レイさんのことを大事に思ってるんですよ? 借りたマジックアイテムからアンブリスの残骸を分離した時も、他人にやらせないで自分でやったんですから」

「おらぁっ! ワーシャ! いらないことを話してないで、とっととこっちに来い! 作業を始めるぞ!」

「わきゃっ! わ、分かってますよ! 怒鳴らないで下さい!」


 アジモフの大声に驚いた女錬金術師……ワーシャと呼ばれた女は、アジモフに文句を言いながらもそちらへと向かう。

 そうして、アジモフを始めとした錬金術師達が、ああでもない、こうでもないとそれぞれに自分の意見を言いながら、誰でも探知機を使えるようにするにはどうしたらいいのか話し合う。

 錬金術師達が固まってそれぞれに自分の意見を言い合っているのだが、そうなれば当然レイの周りは静かになる。


「ねぇ、私が来る意味があったと思う?」


 小さくヴィヘラが呟く。

 こんな時間に呼び出されたのは、レイが探知機を使えるかどうかというのを調べる為だ。

 つまり、ヴィヘラはぐっすりと眠っていた時に叩き起こされてギルドまで連れてこられたにも関わらず、全く何もすることがなかったのだ。

 ただいるだけ。そんな状況にする為にこんな時間にギルドまで連れてこられたというのは、ちょっと納得出来ることではなかった。


「でも、レイだけを呼んでいれば怒ったんでしょう?」


 不意に後ろから聞こえてきた、聞き覚えのある声にレイとヴィヘラが振り向く。

 そこにいたのは、いつものようにパーティドレスを着たマリーナの姿。

 ギルドマスターとしてまだ眠っていなかったのか、それともレイ達と同じように朝早くから起こされたのか。

 そのどちらかはレイにも分からなかったが、それでも姿を現したマリーナは疲れているようには見えなかった。

 そんなマリーナに、ヴィヘラは笑みを浮かべて頷く。


「当然でしょう? レイを呼ぶのなら、私も呼んで貰わないと」

「なら、文句を言わないでちょうだい。……それで、私は今来たばかりなんだけど、あの様子を見る限りだと探知機は動かなかったの?」


 激しくやり合っている錬金術師達を見てマリーナが尋ねるが、レイはそれに首を横に振る。


「いや、そっちは問題なく動いた。それで探知機が正常に動くというのは分かったからな。今は俺以外にも使えるように改良する話し合いだな」

「……正直なところ、三百年前に一度現れて、今また現れたアンブリスを探す探知機を作っても、あまり使い勝手がいいとは思わないんだけど」

「そうね。けど、アンブリスが現れるのがここだけとは限らないでしょ? だとすれば、他の場所にアンブリスが現れた時とか、そういう時に使えるわ。それに……」


 艶のある笑みを浮かべたマリーナは、レイの持っている探知機へと視線を向ける。


「別にその探知機で探せるのがアンブリスだけとは限らないでしょう? 今はまだアンブリスしか探せないけど、他のモンスターを探せるようになったらどうなると思う?」

「討伐依頼は楽になるな」

「ええ。しかも狙っているモンスターのいる場所に真っ直ぐ進めるから、その途中で無駄なモンスターに遭遇したりもしなくて済むわ」

「それは……便利だな」


 討伐依頼で何が大変かと言えば、討伐対象のモンスターを倒すこともそうだが、何よりもそのモンスターを探す事だ。

 寝ているところを探すといった真似をしない限り、モンスターは動いていることが多い。

 その動いているモンスターと上手く遭遇出来るかどうかというのは、冒険者の追跡の技量や運といったものが大事になる。

 だが、探知機でそのモンスターがどこにいるのか分かれば、間違いなく討伐依頼の成功率は高まるだろう。


「……まぁ、実際にそんな風になるのは遠い未来になるでしょうけど」


 レイとヴィヘラだけに聞こえるように、マリーナが小さく呟く。


「うん? 何でだ? このマジックアイテムがアンブリス以外にも使えるようになって量産されれば……」

「それが難しいのよ」


 レイの言葉に、マリーナが断言した。

 不思議そうな視線を向けてくるレイとヴィヘラへ、マリーナは笑みを浮かべて口を開く。


「レイが持っているその探知機……作るのにかなり稀少な素材を幾つも使っているわ。それこそ、白金貨どころか、下手をすれば光金貨にすら届くくらいにね」

「……本当か?」


 恐る恐るといった風に、レイは自分の手の中にある探知機へと視線を向ける。

 掌大の平らな水晶を見る限り、とてもそれ程稀少な素材を使っているようには見えない。

 だが、この状況でマリーナが嘘を言うとも思えず、つまり今レイの手の中にある探知機はそれ程高価な代物であるというのは間違いないのだろう。


「光金貨か。……マジックアイテムを作る際にそれだけの価値がある物を使うのは分かるけど……」


 レイの脳裏を過ぎったのは、黄昏の槍。

 それに使われている素材の多くは稀少な物であり、自分で材料を持ち込まずに全てを錬金術師に用意して貰って作るとすれば、それこそ光金貨が必要になるだけの金額は必要だろう。


(まぁ、ノイズの使っていた魔剣なんて実際に金を出して買うとなれば、光金貨とか普通にするだろうし)


 そう考えれば、黄昏の槍は材料を持ち込んだおかげで非常に安く出来上がったと言えるだろう。


「分かるでしょう? その値段の物を量産するのは難しいし、仮に量産出来たとしても買える人は一握りよ」

「……ギルドで貸し出すというのはどうなの?」

「ヴィヘラの意見も分かるけど、それはちょっと難しいでしょうね。これがせめて銀貨……いえ、金貨数枚程度の価値であれば、貸し出すことも可能でしょうけど。光金貨のマジックアイテムを貸し出すような真似は出来ないわ」


 それは持ち逃げされるという可能性もあるし、戦いの中で破壊される、または紛失するという危険がある為だ。

 ギルムのギルドは辺境にあるという地理的な特性故に稀少な素材が集まる。

 だからこそ他の街にあるギルドよりも資金的な余裕があるが、だからといって光金貨を幾らでも捨てることが出来る程に裕福な訳ではない。


「これで、もう少し安く作ることが出来れば話は別なんでしょうけどね。……とにかく、今はそんなことよりもアンブリスの方が最優先よ。今からすぐに……とはいかないけど、街の外に出られるようになったらお願い出来る?」

「ああ」


 マリーナの言葉に頷き、レイは手の中の探知機を……アンブリス討伐の為の鍵へと視線を向けるのだった。

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