第1156話

 セトの背から地上へと落ちていったレイは、空中でミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 まだ二槍流として使うのは難しい……というか不可能に近いが、現状ではその二つの武器を使用する方が良かった。

 林の中……周囲に木々が生えている中で、デスサイズは使いにくいという面がある。

 そのような場所では、突きを放てる黄昏の槍の方が便利だった。

 勿論デスサイズでも石突きを使って突きは放てるのだが、やはり巨大な刃の部分が邪魔になる。

 そう考えれば、通常の攻撃に黄昏の槍を、スキルの使用にデスサイズを使うというのは最善の選択肢だった。

 そうしていつものようにある程度落下した場所でスレイプニルの靴を使用して速度を落とし、何度か空中を蹴りながら地面へと着地する。

 突然上空から現れたレイの姿に、最初ゴブリン達は気が付いていなかった。

 ……それだけ、現在熱中しているもの……蔦によって木にぶら下げられている一人の男に石や木といったものをぶつけることに集中していたのだろう。

 鎧や服の類も剥がされ、何も服を着ていない状態でぶら下げられた男。

 男だと判断したのは裸だったからこそであり、顔を見て判断することは出来なかっただろう。

 その顔は酷く腫れ上がり、出血し、とても元の顔がどのようなものだったのかの見分けが出来ないのだから。


「ギャギョ?」


 最初にレイの存在に気が付いたのは、少し離れた場所で手に持っている石を弄んでいるゴブリンだった。

 他のゴブリンよりも大きい身体を見る限り、ほぼ間違いなくそのゴブリンがこの群れを率いてるゴブリンリーダーであるのは間違いないのだろう。

 そう判断したレイは、右手のデスサイズを大きく振るう。


「飛斬!」


 その言葉と共に、デスサイズの刃から斬撃が飛ぶ。

 真っ直ぐに飛んでいったその斬撃は、ゴブリンリーダーが何か動きを見せようとした瞬間、首を切断する。

 投げられたボールのように空中を飛んだ首は、やがて地面へとぶつかり鈍い音を周囲に響かせた。

 この時点になって、ようやくレイの出現に気が付いたゴブリンが出て来たのだが、それよりも前にレイは行動を起こしていた。


「はぁぁぁっ!」


 苛立ちを込めて振るわれたデスサイズの刃は、数匹のゴブリンを纏めて胴体から切断する。

 その一撃を放ったまま、左手に持っている黄昏の槍を突き出す。

 二槍流の練習をしている時は、この二つの武器を自由自在に操るといった真似は出来なかった。

 勿論今もそのような真似は出来ていないのだが、それでも多少の動きは可能となっており……黄昏の槍の穂先は、ゴブリンの頭部を砕く。


「ギャギャ!」


 そこまできて、ようやく周囲のゴブリン達もレイの存在に気が付いたのだろう。

 大声を上げながら何匹かのゴブリンがレイに向かって襲い掛かっていく。

 相手の力量を確認する……といったことをせず、そのまま襲い掛かったのだ。

 ゴブリンだからこそと言えばその通りなのだが、それでもその行為は迂闊としか言いようがなかった。

 あるいは、ゴブリンリーダーが生きていれば、まだ違った対応が出来ていたかもしれない。

 だがゴブリン達にとっては不幸なことに、ゴブリンリーダーはレイの放った飛斬の一撃によって既に死んでいる。

 そして纏める者がいなければ、当然ゴブリンは烏合の衆と化してそれぞれ好き勝手な行動を行う。

 結果として、木に吊されている男に対する興味は既にゴブリン達にはなく、今あるのは目の前にいるレイをどうやって倒すかということのみ。

 ……既にゴブリンリーダーを含めて数匹が死んでいるというのに、まだ逃げ出さないというのはレイにとっても少しだけ意外だった。


(まぁ、こっちに意識を集中してくれるというのは、俺達にとっても悪いことじゃないけどな)


 ゴブリン達を牽制するように右手のデスサイズを振るいながら、一瞬だけ視線を空へと見上げる。

 殆どの場所が生い茂った葉により空を見ることは出来ないが、それでもレイはセトが地上へと向かってやって来ているというのは本能的に悟っていた。


(向こうの吊されている男の救出を無事に済ませるのなら、今はとにかく俺の方にこいつらの意識を集中させる必要がある。それでいながら、ここから逃がさないようにもしないといけないから、倒しすぎても駄目、と)


 右手にデスサイズ、左手に黄昏の槍。

 計らずも二槍流の実戦デビューとなってしまった今の状況に、レイは少しだけ笑みを浮かべていた。

 出来ればもっとしっかりとした場所で、強力な相手を前にして二槍流を見せつけるといった真似をしたかったのだが。

 それでも今回はあくまでもお披露目ではなく、二槍流の実戦練習の相手だと考えれば決して悪い話という訳でもなかった。

 頭のいいゴブリンリーダーが生きたままであればどうなったかは分からないが、そちらは既に倒しているので問題はない。


「ほら、どうした? 俺に向かって掛かってこいよ。ほら、ほら!」


 黄昏の槍を振るい、デスサイズを振るう。

 そんな真似をしながら、挑発を繰り返す。


「ギャギャギョ!」


 そんなレイの行為に苛立ちを覚えたのだろう。一匹のゴブリンがその辺の木の枝を折って作ったと思われる棍棒を手にしてレイへと向かって襲い掛かってくる。

 そして、襲い掛かって来たのはその一匹だけではない。周囲にいる他のゴブリンもまた同様にレイへと襲い掛かった。


「よく来てくれたな!」


 振るわれるデスサイズにより数匹のゴブリンが胴体や手足、首といった場所が切断され、黄昏の槍がゴブリンを数匹纏めて貫く。


「そっちもだ!」


 ゴブリンの胴体を黄昏の槍で貫いたまま、レイは強引に左腕を振るう。

 その勢いにより、貫かれたゴブリンはそのまま吹き飛んでいき、レイに襲い掛かろうとしていたゴブリンへとぶつかる。

 自分と同じ大きさのゴブリンがぶつかったのだから、当然ぶつけられた方も堪ったものではない。

 仲間の身体に押し潰されるように、地面に崩れ落ちる。

 それを見逃すレイではなく、数匹のゴブリンを切断した動きのままにデスサイズを振るう。


「飛斬!」


 放たれた斬撃は、地面に倒れていたゴブリンを切断する。


「ギギ?」


 ここまでやって、ようやくレイの強さを理解したのだろう。何匹かのゴブリンが逃げ道を探すように周囲を見回し……


「グルルルルルゥ!」


 瞬間、雄叫びと共に放たれた上空から落下しながらの一撃に、逃げ道を探そうとしたゴブリンは瞬く間に頭部を砕かれ、命を失う。


「うわわわわっ! ええい、くそっ!」


 セトが一撃を放つ前に放り投げられたのだろう。木の枝に引っ掛かっていたヘスターは、悲鳴を上げながらも何とか地面に着地することに成功する。

 そうして地面に着地したヘスターは、慌てて周囲を見回し……


「っ!? パンプ、か?」


 木の枝に吊り下げられている男の姿に気が付く。

 顔は血と腫れで誰かも分からなくなっており、身体中にも殴られ、刺され、焼かれた跡がある。

 それでもヘスターがその人物をパンプだと判断出来たのは、腕にある刺青に見覚えがあったからだろう。

 生まれ育った村では成人の証として腕に刺青を彫る。

 その刺青も大部分が火傷によってまともに見ることが出来なくなっていたが、それでも何とかその痕跡とでも呼ぶべきものは確認出来た。


「っ!? くそっ、すぐに助ける!」


 憎悪に満ちた視線をゴブリンに向けたヘスターだったが、それでも自分の感情に素直に従うのではなく、現在何をすればいいのかは分かっていたのだろう。

 木の枝に吊り下げられているパンプを縛っている木の蔓をナイフで切り、地面に落ちそうになったパンプを受け止める。


「うー……あ?」


 もはや言葉を喋ることも出来ないのかと思ったヘスターだったが、パンプの顔を見て、更に怒りに顔が歪む。

 ……当然だろう。パンプの舌は切断され、血止めの代わりだとでも言いたげに火傷の跡があったのだから。

 舌がなければ、人間は喋ることが出来ないのは当然だった。

 いや、そもそも意識が朦朧としているのだから言葉を喋ることも出来ないのだが。


「殺してやる」


 ヘスターの口から漏れた言葉は、その声の小ささとは裏腹に、殺意に染まっていた。

 パーティの仲間をこのような目に遭わされたのだから、当然だろうが。

 それでも、現在はパンプをそのままにして殺意に身を任せるような事は出来なかった。

 今のヘスターに出来るのは、殺意を滲ませながらレイとセトに蹂躙されるゴブリンを見つめることだけ。

 ヘスターがゴブリンへの憎悪に身を焦がしているとも知らず、レイは二槍流の丁度いい練習とばかりに、次々とゴブリンを屠っていく。

 戦闘というのは命を懸けた全身運動であり、当然のように長い間戦い続けるのは難しい。

 体力か精神力のどちらかが少なくなれば、それは当然のように命に関わってくる為だ。

 だからこそ、幾らゴブリン程度ではあっても百匹も相手にするようなことになれば、冒険者の体力は尽きてゴブリンに負ける。

 だが……それは、あくまでも普通ならばの話だ。

 普通ではない存在……ランクB冒険者にも関わらず異名を持ち、本人の身体も魔人と呼ばれたゼパイルやその一門が作り上げたものであれば……その上、グリフォンのセトという相棒がいるレイが普通である筈がない。

 振るわれるデスサイズは数匹のゴブリンを纏めて切断し、この場から逃げようとするゴブリンに対して黄昏の槍を投擲する。

 背後から貫かれ……または頭部を砕かれたゴブリンはそのまま地面に死体を晒し、次の瞬間黄昏の槍はレイの手元に戻る。

 まさに今のレイはゴブリンにとって死神と呼ぶに相応しい存在だった。

 ……もっとも、それは結果的にと言うのが正しい。

 初めて実戦で二槍流を使うだけに、色々とミスも多かった。

 片手で振るうデスサイズの間合いを間違え、本来なら刃で胴体を切断するところを柄の部分で殴り飛ばしたり……または黄昏の槍でゴブリンの頭部を貫く筈が、デスサイズの柄に黄昏の槍の柄がぶつかりあい、その深紅の刃でゴブリンの喉を斬り裂いたりといった具合に。

 それでも的確にゴブリンの死体が量産されているのは、レイの強さがそれだけ異常だということなのだろう。

 ここまでくれば、ゴブリンもレイの強さに恐れを成して逃げ出そうとするのだが……ゴブリン程度の速度で、セトから逃げ出せる筈もない。

 これがもう少し頭のいいモンスターなら、自分だけでは逃げ切れないので全員が別々の方向に逃げ出すといった選択も出来たのだろうが……残念ながら、ゴブリンではそこまで頭が回らない。

 このゴブリン達を指揮していたゴブリンリーダーも、真っ先にレイの手でその命を奪われている。

 自分が危険だと判断して個々に逃げ出し、それが偶然ある程度の数になることもあるのだが……それも結局セトやレイの持つ遠距離攻撃の手段により、あっさりと息絶える。

 そうして気が付けば、ヘスターのパーティ四人がどうしようもなかった百匹のゴブリンを相手に、レイとセトは一人と一匹だけで殆ど全滅させることに成功した。

 殆どとしたのは、やはり何匹かが同時に逃げ出した時、偶然にも林の木々が盾の形となったことにより、何匹かを逃がしてしまったからだ。


「ま、ゴブリンリーダーがいなくなったんだから、たった数匹のゴブリンで何が出来る訳でもないしな」

「それは分かるけど……納得は出来ない」


 レイの呟きに、パンプの護衛をしていたヘスターが不満そうに言い返す。

 ヘスターの立場としては、自分のパーティメンバーをこのような目に遭わせたゴブリンを、一匹たりとも生かしておきたくはない。

 だが、ヘスターの実力でそれが出来ないのは分かりきっているので、言葉でそう告げるだけだった。


「……レイさんのおかげで、パンプを助けることが出来たのは感謝している。ありがとう」


 最後にそう告げ、言葉を締める。


「ああ、納得してくれたのならそれでいい。それより……まずはそのパンプをどうにかする方が先だな」


 安堵したのか、それとも体力的に限界だったのか……ともあれ、いつの間にか意識を失い気絶しているパンプを眺めながら話すレイに、ヘスターはセトへと視線を向けた。

 その視線の意味するところは、自分と同じように運べないかということだったが……

 どうするの? とセトはレイに視線を向ける。

 レイもまた、どうするべきかと迷う。

 ヘスターなら問題ないのだろうが、今は意識を失っているパンプが目を覚まして暴れると、間違いなく危険だ。

 だが、このまま放って置いていい訳ではない。

 今のパンプは、それこそいつ死んでもおかしくない状況なのだから。


「頼む」


 迷っているレイに、頼むようにヘスターが頭を下げ……結局一時的な回復ということで、ヘスターが持っていたポーションでパンプをある程度回復すると、移動中に意識を取り戻して暴れないようにミスティリングから出したロープで縛り、ゴブリンから魔石をとるのは面倒だとそのままにし……その上でゴブリンリーダーの死体を回収すると、その場を飛び立つのだった。

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