第1118話
領主の館で食事に招かれたレイがリューブランドに聞かれたのは、オウギュストに味方をするのか……正確にはティラの木を植えてモンスターに対抗するのに反対なのかということだった。
それにレイが返した言葉が……
「分からない、か。出来ればすぐに返事を聞かせて欲しかったのだがな」
「そう言われても、俺はゴーシュに来たばかりですし。何よりそのティラの木というものについても殆ど知りません。であれば、どちらに味方をするにせよティラの木についてはしっかりと調べる必要があるかと」
レイは、自分が持つ力というものをある程度は理解している。
冗談でも何でもなく、もしダリドラ派とオウギュスト派が争いになった場合、レイがついた方が勝つだろうと確信していた。
それこそ、ゴーシュという街そのものと戦いになっても勝つ自信がある。
だからこそここでどちらにつくのかを明確に口には出来ない。
レイの心情としては、やはりオウギュストにつきたいと思っているのだが。
だがそれはあくまでもレイからオウギュストを見ただけの思いであり、ダリドラのことは全く分かっていない状況ではどうとも出来ない。
(ダリドラが嫌な奴だってのは事実なんだけどな)
ゴーシュに初めてやって来た時に見た、ダリドラとオウギュストのやり取り。
それを見た限り、自分とダリドラは全く合わないだろうというのがレイの純粋な思いだった。
だが、そんな自分の心情だけで全てを決める訳にもいかない。
「……ふむ。貴族である私が是非ダリドラに協力して欲しい。そう言っても駄目だと?」
「はい」
そこだけは躊躇なく答える。
そもそも、レイにとって貴族という地位は大して意味を持たない。
ミレアーナ王国の貴族でさえそうなのだから、その属国……しかも属国の中でも国力の低いソルレイン国の貴族に対して遠慮する筈もなかった。
しかし、そんなレイの態度がリューブランドにとっては面白くなかったのだろう。微かに眉を顰める。
「私を前にして堂々とそう言い切るとは、いい度胸をしているな。ここで私を怒らせるような真似はしない方がいいと思うが?」
貴族に不遜な態度を取るような存在はいないと思っていただけに、リューブランドはその不愉快さからレイに対して少し脅すように告げる。
だが……それは悪手。
「俺に敵対をするというのであれば、それも結構。もし俺を力でどうにかしようというのであれば、こちらも相応の態度で返すだけです。そう、例えばゴーシュの壊滅……」
そう告げたレイの表情はどこまでも本気だ。
リューブランドもそれは分かったのだろう。笑い飛ばそうとするも、それが出来ない。
「は、まぁ、他の住民にとっても不幸な出来事でしかないですしね。そんなことはしませんよ」
一瞬前の真剣な表情はどこにいったのかと言いたくなるように、笑みをうかべて告げる。
そんなレイの姿に、リューブランドは安堵の息を吐き……
「まぁ、この屋敷を丸ごと消滅……焼滅させる程度なら簡単ですが」
そう告げるのだった。
「……何?」
リューブランドは今何を言われたのか全く理解出来ずに、問い返す。
何があったとしても自分に危害が加えられることはないと思っていただけに、レイが何を言っているのかは理解出来ないでいた。
「この屋敷と、そこに住んでいる者全てを焼き殺す程度ならいつでも出来る。そう言ったんですが、聞こえませんでしたか?」
「本気か?」
「ええ、勿論。寧ろ俺の方が聞きたいですね。それが出来ないと思う理由はなんですか? 俺は、これまでに幾つもの戦いを潜り抜けてきました。それこそ戦争と呼べる規模の戦いもです。その戦いで俺が奪ってきた命は、百や二百ではありません。そこにこの屋敷に住んでいる者達の数が追加されるだけですよ」
目の前にいる人物は狂っているのではないか。
そう思ったリューブランドがレイの目を見るが、フードを下ろしていることによってしっかりと見ることが出来るレイの目はいたって正気のものに見える。
(つまりこの男……本気で言ってるのか!?)
目の前にいる人物は、自分を……貴族を何とも思っていない。
ダリドラからその話は聞いていたが、それはあくまでも噂……行きすぎた噂だと思っていた。
しかしその情報は真実であり、今目の前にいるレイがその気になれば自分の命はあっさりと消えてしまう。
それを実感したのだろう。リューブランドは知らぬ間に自分の手が震えていることに気が付く。
「そ、そうか。それは剛毅だな。だが、そう簡単に人を殺すといったことは口にしない方がいいのではないか?」
「生憎と、俺は冒険者ですから。殺し合いが日常ですよ。それがモンスターであれ……人であれ」
人という言葉に、リューブランドはもはや隠すことが出来ない程に足が震えてしまう。
テーブルクロスに隠れてその震えている様子が見えないのは、貴族としての面子を大事にしているリューブランドにとって幸いだっただろう。
そんなリューブランドに対し、レイは笑みを浮かべて口を開く。
「あれ? 食事を盛り上げる為の冗談だったけど、面白くなかったですか?」
「……そうだな。食事時にはあまり相応しくない話題だろう。出来ればそのような話題は以後遠慮して欲しい」
レイにとっては冗談半分の言葉だったが、それがリューブランドにとってレイという人物がどれ程危険な相手なのかというのを理解させてしまった。
冗談半分ということは、レイにとって半分は事実であるということでもあったのだが。
(危険だ……この男は本当の意味で危険な男だ)
ようやくそれを心の底から理解したのだろう。リューブランドはたった今交わされた会話を全く気にした様子もなく、香辛料を多目に使って焼き上げた肉料理を食べているレイへと視線を向ける。
だが、レイの姿に恐怖を感じると同時に、グリフォンを従魔とする異名持ちの冒険者というのはこのような者かと納得もしてしまう。
(危険だな。貴族を貴族とも思わない……いや、それよりも更に不味い。貴族を貴族であると知っていながら、何の躊躇もなく殺すと口に出来るその異常性。ダリドラから聞いた話によればラルクス辺境伯が重用しているという話だが)
よくもまぁ、このような危険人物を重用出来るものだと。リューブランドはしみじみと思う。
そうやって目の前の人物から思考を逸らしたのが良かったのだろう。いつの間にか身体の震えは消えていた。
それを理解しながら、リューブランドは再び口を開く。
「さて、ではお主が……いや、異名持ちの高ランク冒険者を相手にお主はないか。レイがこれからどうするのかはまだ決まっていないということでいいのだな?」
レイがどのような人物なのかを理解したからか、お主ではなくきちんと名前で呼ぶリューブランド。……それでいながら呼び捨てなのは、貴族ではないレイに敬称を付けるのを嫌ったからか。
だが、レイはそんなリューブランドの様子を気にした風もなく頷きを返す。
「はい、そうですね。そもそも俺がゴーシュに来たのも殆ど成り行きに近いものですから。もしかしたら、明日にでもすぐに去ってしまうかもしれませんし」
「……そうか、分かった。お前がどうしたいかというのは、私からは何も言えんだろう。だが、私やダリドラとて何も遊びでティラの木の件を進めている訳ではないと覚えておいて欲しい」
じっと自分の方を見て告げてくるリューブランドに、レイは頷きを返す。
「分かりました、その話はしっかりと覚えておきます」
「なら、いい。さて、難しい話はこのくらいにして食べるか。折角の料理だ。冷めたら味も落ちる」
普通であればこうして話している間にも料理は冷えるのだが、料理が乗っているテーブルに何か仕掛けでもあるのか、料理が冷える様子はない。
手を伸ばしたスープの温かさに、レイは少しだけ驚きの表情を浮かべる。
(これもマジックアイテム、か?)
保温機能を持つテーブル。
あれば便利で羨ましいと思うのだが、砂漠で必要かと言われれば首を傾げざるを得ない。
(まぁ、夜になれば冷えるんだから、無用の長物って訳じゃないだろうけど)
それでも夕食はまだ日が沈みきる前に食べるのが普通であり、砂漠らしく氷点下近くになってから食事をする者はいない……とまでは言わないが、少ない。
特にこのゴーシュを治める領主ともなれば、何かが急の事態ということも決してない訳ではなかった。
そのような時にこのマジックアイテムと思われるテーブルがあれば、間違いなく便利だろう。
「うん? ああ、気が付いたか? そうだ、このテーブルはマジックアイテムでな」
「随分と便利なマジックアイテムを持ってるんですね」
「はっはっは。これもダリドラのおかげよ」
「……なるほど」
いわゆる賄賂の類かと納得するレイだったが、そこに責める色はない。
このエルジィンにおいて、賄賂というのは違法という訳ではない。
勿論行き過ぎれば処分されるし、決して褒められた行為ではないので人によっては不快に思うだろう。
また、レイが拠点としているギルムの領主ダスカーのように、賄賂を嫌っている者も多い。
その辺の判断は人によって様々であり、だからこそレイはリューブランドやダリドラを責めるつもりはなかった。
レイに賄賂を要求してきたのなら、その時は断固とした態度を取るつもりだったが。
(その点もオウギュストが後手に回ってる理由なんだろうな)
脳裏にオウギュストの人の良さそうな顔を思い浮かべる。
純粋に商人としての才覚では、決してオウギュストはダリドラに負けてはいないだろう。
だが、オウギュストはその実直さが足を引っ張り、ダリドラは手段を問わずに行動へと移すことで現在の地位を築いていた。
「このパンは、ゴーシュのオアシスで獲れた魚の身を焼いて挟んだものだ。私はこの手の料理が嫌いではなくてな。……ただ、行儀が悪いと料理人に怒られるのだが。他にも妻がその手のことにうるさくてな」
だから、今日は特別だ。そう言いながら、リューブランドは魚の切り身が挟まれているパンへと手を伸ばす。
(結構いい性格はしてるんだよな。こういうファーストフード的な料理が好きだったり。まぁ、パンに挟んでいるのが魚だから、ゴーシュでは豪華な料理なんだろうけど。にしても、料理人が注意するのに作ってくれるのか?)
リューブランドが食べている料理を見ながら、レイもまた同じ料理へと手を伸ばす。
しっとりとしたパンには、焼かれて解された魚の身とソースが乗っている。
ソースがパンに微かに染みているのを見れば、長い時間放っておけばソースが染みすぎて食べにくくなるのは間違いない。
タマネギのような食感を持つ野菜のみじん切りが、魚と一緒に食感を刺激して口を楽しませてくれる。
「どうだね? なかなかのものだろう?」
「そうですね。この料理は美味い。気軽に食べる……という訳にはいきませんが」
気軽に食べるというには魚の値段が高く、また作ってから時間を置けばソースがパンに染みて掴みにくくなる。
そう考えれば、この料理はファーストフードと呼ぶには多少無理があった。
(レタスみたいな葉野菜を魚とかの下に敷けば……いや、それともマヨネーズとかオリーブオイルとかみたいなのを薄く塗るのでもパンがベチョベチョになるのを防げるか?)
何故かそんなことを考えていたレイは、やがてそれに気が付き思わず苦笑する。
食べ物に強い感心を持つのはオウギュストだけではなく、自分もそうなのだろうと。
「うん? どうかしたのか?」
突然笑ったレイに、リューブランドが尋ねる。
「いえ、何でもないです。ただ、この料理は美味いと改めて思っただけですよ」
「……そうか」
それから十数分、レイとリューブランドの二人は共に食事をする。
そして食事が終わり、デザートとしてメイドが持ってきた果実を前に、再びリューブランドが口を開く。
「レイ、最後にもう一度聞きたい。私とダリドラに協力をする気はないか?」
そう尋ねてくるリューブランドに、レイは何も言わずに首を横に振る。
それ以上は何を言っても無駄だと判断したのだろう。リューブランドは目の前にあるデザートへと舌鼓を打つのだった。
「レイ殿、今日はリューブランド様の頼みを聞いて下さり、ありがとうございました」
食事が終わり、領主の館の門から出たところでメバスチャンがレイに向かって深々と一礼する。
そんなメバスチャンに、レイは首を横に振って気にするなと態度で示す。
レイの隣で、こちらもまた美味い料理を沢山食べてご機嫌のセトが、嬉しそうに喉を鳴らす。
「俺にとっても今日の件は悪くない出来事だったからな」
「そうですか。……では、本当に今日はありがとうざいました」
深々と一礼をするメバスチャンをその場に残し、レイはセトと共にその場を去るのだった。
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