第1079話

 世界樹の全快と、その原因となっていた巨大蝉の討伐、集落へと襲い掛かって来たモンスターの群れの排除といった問題の全てが解決したことを祝う宴は、夜中まで続いた。

 そうなると当然寝るのが遅くなり、必然的に朝起きるのも遅くなる。

 そんな朝……レイはセトと共に借りている家の厩舎の近くへとやってきていた。

 まだ朝早く、集落の殆どが眠りに付いている時間帯。

 当然人目を気にした行為をするのであれば、これ以上に相応しい時間帯はない。


「この集落にやってきてから、妙に魔石の吸収を行っているような気もするけど……まぁ、これだけモンスターの数がいるんだから当然か」


 呟くレイの手には、緑色の狼……フォレストグリーンウルフから得た魔石が二つと、拳二つ分程の大きさの魔石がある。

 後者の魔石は、昨夜の宴の中で興に乗ったオプティスが巨大蝉から取り出してくれた魔石だ。

 巨大蝉の剥ぎ取りそのものは終わっていないのだが、レイにとっては取りあえず魔石だけでも取り出すことが出来たのは幸いだったと言える。

 今回のメインと言ってもいい巨大蝉の魔石は取りあえず近くに置いておき、最初に視線を向けたのはフォレストグリーンウルフの魔石だ。


「フォレストグリーンウルフか。ランクDモンスターだから、一般的には雑魚って訳じゃないんだけど……今回も他はゴブリンとかコボルトとかが多かったんだし」


 フォレストグリーンウルフはレイが持っているモンスター辞典に載っていなかったので、どのような能力を持っているのかというのは、昨夜の宴の際にラグドから聞いていた。

 ランクDモンスターのフォレストグリーンウルフは、その名の通り森の緑に紛れることを得意としている狼型のモンスターだ。

 体毛も濃淡併せ持つ緑であり、森の木々や茂みといった場所に集団で擬態して一気に獲物へ襲い掛かるといった集団での奇襲を得意としている。

 それでもフォレストグリーンウルフ自体の身体能力はそこまで高くはなく、その為にランクDという扱いとなっていた。

 勿論ランクDというのはレイが口にしたように一般的には雑魚という扱いではないのだが、それはあくまでも一般的にということであって、レイにとっては話が違う。

 現にフォレストグリーンウルフの魔石は、レイがモンスターの集団の中に突っ込んでデスサイズを使って手当たり次第に敵を斬り殺した時に得た物なのだから。


「このモンスターの能力を考えると、上手くいけば……セト!」


 頼むから予想通りのスキルを習得してくれと、そんな思いを込めてレイがフォレストグリーンウルフの魔石を放り投げると、セトはクチバシでその魔石を咥え……次の瞬間には飲み込む。


【セトは『光学迷彩 Lv.四』のスキルを習得した】


 脳裏に響くその声に、レイは笑みを浮かべる。

 周囲に溶け込むという特性がある以上、恐らくレベルがあがるとすれば光学迷彩なのだろうと予想はしていたのだ。

 それが見事に当たったのだから、これで嬉しくない訳がなかった。

 それも、光学迷彩はセトの持っているスキルの中でも極めて強力なものだ。

 ファイアブレスのように派手な訳ではなく、自分の姿やセトに触れている者の姿を消すというただそれだけのスキルなのだが、グリフォンのセトが姿を消して移動するのだから敵対している者には堪ったものではない。


「後はどれだけスキルの効果時間が延びてるかだけど……」


 レベル一の時は十秒、レベル二で二十秒、レベル三で四十秒。倍、倍、倍と来てるのだから、レイの予想が正しければレベルが四になったことで八十秒の間セトが消えていることが出来る筈だった。

 それを確認するべく、レイはセトに向かって声を掛ける。


「セト、早速だけど使ってみてくれるか? レベル四の状態で限界まで消えてみてくれ」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは喉を鳴らして光学迷彩を使う。

 見る間に周囲の景色に溶け込んでいくセト。

 そしてレイはセトが消えてから心の中で時間を数え始める。

 十秒、二十秒、三十秒、四十秒と過ぎていき……八十秒近くなったところで、セトは姿を現す。

 レイが数えた限りでは八十秒ではなかったが、そもそも正確に時間を計った訳ではない以上、約八十秒というのを体感出来ただけでも十分だった。


「よし。こっちは予想通りだな。……まぁ、飛斬の例を考えるとスキルのレベルが五になれば極端に性能が上がるんだから、レベルが五になった時点で百六十秒になるとは限らないけど」

「グルルルゥ?」


 どう? どう? と首を傾げながら喉を鳴らすセトに、レイは笑みを浮かべて頭を撫でてやる。


「やっぱりセトの能力は凄いな」


 レイに褒められたのが嬉しかったのか、セトは猫の如く嬉しそうに喉を鳴らす。

 少しの間そんなセトを撫でていたレイだったが、やがてもう一つのフォレストグリーンウルフの魔石を手に取る。

 

「さて、デスサイズでも何かスキルを習得出来ればいいんだけど……な!」


 その言葉と共に空中へと魔石を放り投げ、デスサイズを一閃。

 鋭い一撃は魔石を真っ二つに切断し……そのまま数秒が経っても、脳裏にスキル習得のアナウンスメッセージが流れることはなかった。


「駄目か」


 少しだけ悔しそうな表情を浮かべるレイ。

 セトがスキルを習得したのだから、デスサイズの方でもスキルを習得出来るのではないか。

 そんな思いを抱いていた為だ。

 だが、魔石を吸収してスキルを得ないというのはこれまでに何度も経験している。

 だからこそ立ち直りは早い。

 ……残っているのが巨大蝉の魔石だというのも関係あるのだろうが。


「さて、この魔石をどうするかだけど……どうしたらいいと思う?」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、セトは小さく首を傾げる。

 セトにとっては、レイが思う通りにすればいいと、そう態度で示していた。


「全く、セトは人が良いな。いや、人じゃないんだし、グリフォンが良いって言うのか? ともあれ、これをどうするかは迷うな」


 巨大蝉という、色々な意味で特別なモンスターの魔石だ。間違いなくスキルを習得出来るだろうという確信がレイにはあった。

 であれば、セトはフォレストグリーンウルフの魔石でスキルを習得したのだから、デスサイズにスキルを習得させてもいいのではないかという思いがある。

 そんな風に思いながらも、セトを強くしたいという思いがあるのも事実だ。

 大抵セトとは一緒に行動しているが、今回の件のように別行動を取るということも皆無という訳ではない為だ。

 以前セトだけが別の場所に転移したことや、ギルドでのランクアップ試験で別行動を取ったこともある。

 そう考えると、やはりレイはいざという時にセトが怪我をしないようにセトに新たなスキルを習得させるか、もしくはスキルをレベルアップさせた方がいいのかもしれないという思いもあった。


「うーん……どうするべきだろうな」

「グルゥ……」


 レイの言葉にセトが同意するように鳴き声を漏らす。

 そのまま数秒程考えていたレイだったが、ふと空中を飛んでいる光球を目にする。

 それが何なのかというのは、レイには考えるまでもなく分かった。


「世界樹がこうも好き勝手に動き回ってもいいのか? いや、世界樹本体はきちんと生えてるんだから問題はないんだろうけど」


 レイの視線が集落のどこにいても見ることが出来る世界樹へと向けられる。

 青々とした葉を茂らせているのを見れば、昨日枯れかけたというのは普通ならとても信じられるものではない。

 それで枯れかけ……否、死にかけたのは事実なのだから、もう少し安静にしている方がいいのではないかというのが、レイの正直な気持ちだった。


(まぁ、マリーナに話を聞いた限りだと、光球になれるようになったのは俺の魔力が原因っぽいから、余り強くはいえないんだけど)


 自由に動かせるようにしておきながら動くなというのは、色々な意味で酷だろう。

 光球はレイの側へとやって来ると、挨拶をするかのように明滅する。


「お前は自由だな。いや、自由を満喫してるなって言うべきか?」


 若干呆れ気味のレイの言葉に、光球は抗議するように激しい明滅を繰り返す。

 そんな状態のままレイの周囲を飛んで回るのだから、レイから見ると非常に鬱陶しい。


「分かった、分かったから。俺が悪かったから止めろって」


 一応謝罪を口にすると、光球も満足したのかレイから離れる。

 そんな光球を見ながらレイは手に持った巨大蝉の魔石を手に、少しだけ考える。

 この光球の前で魔石の吸収を行ってもいいのかと。

 だが、少し考えてすぐに構わないだろうと決断する。

 そもそも、光球が意思表示出来るのはあくまでも明滅だけだ。

 つまり、もし光球が魔獣術のことを知っても誰にもそれを教えることが出来ないということを意味している。


(まぁ、マリーナの一族は世界樹と深い関係にある血筋らしいけど……オプティスも含めて俺の秘密を知ったからってどうこうするとは思えないし。ただ、一応念は押しておくか)


 光球の方を見ながら、レイは言い聞かせるように口を開く。


「いいか? これから俺とセトは大事な……凄く大事なことをする。お前がこれを見てるのはいいけど、これを人に教えるような真似はしないでくれよ?」


 レイの言葉に頷くように、光球は何度も明滅する。

 それが了承の印だと判断したレイは、光球がここにいるのはこれ以上気にしないことにして、改めて巨大蝉の魔石へと視線を向ける。

 レイの拳二つ分くらいの大きさの魔石を、セトに吸収させるか、それともデスサイズに吸収させるか。


(セトに吸収させるにしても、今までのモンスターの魔石と比べると結構大きいんだよな。……飲み込めるか?)


 セトが魔石を吸収するには、魔石を体内に入れる必要がある。つまり、魔石を飲み込まなければならないのだ。

 今までに得た魔石は小さい物が多く、体長二mのセトであれば容易に飲み込めた。

 だが、拳二つ分ともなれば、少し飲み込みにくいのではないかと、そう考えたのだが……


「グルゥ?」


 小首を傾げるセトを見ていると、何故か多分大丈夫なんだろうなという思いがわき上がってきた。


「……そうだな、やっぱりセトに吸収させるか」


 セトを見ていたレイが、少し前の迷いは何だったのかと言いたくなるくらいにあっさりと決断する。


「セト、この魔石はお前が吸収しろ」

「グルルルウゥ?」


 いいの? とセトがレイの方を見ながら小首を傾げるが、レイはそれに頷きを返す。


「ああ。この魔石は間違いなくセトの力になってくれる筈だ。……だから、セトが吸収してくれ」

「グルルルゥ……」


 レイがデスサイズに吸収させたいと思っているのは、セトにも理解出来た。

 セトも魔獣術により生まれた以上、当然ながら多くの魔石を吸収したいとは思っている。

 だが、それでも今回はデスサイズに吸収させてもいいのでは? と思っていた。

 大きな理由としては、やはりレイと同じく今回の巨大蝉との戦闘があった。

 レイと別れて戦闘をするというのは、セトにとっても色々と思うべきところがあったのだ。

 エアロウィングの魔石の時は拗ねて見せたが、その時はレイと別々に戦うことになるとは思わなかった。

 勿論これまでも何度かセトとレイが離れて戦闘したことはある。

 だが、それでも今回の戦闘にはセトも色々と考えるところがあった。

 そんなセトの視線を向けられたレイだったが、構わないから早く吸収しろと視線で促されれば、セトも巨大蝉の魔石には興味がある。


「グルルゥ」


 ありがとうという気持ちをレイへと顔を擦りつけることで現し、セトのクチバシは巨大蝉の魔石を咥えると、次の瞬間には飲み込む。

 それを見ながら、どんなスキルを習得するのか、それとも考えたくもないことだがスキルの習得が出来ないのか……そんな風に考えていると……


【セトは『王の威圧 Lv.二』のスキルを習得した】


 そんなメッセージがレイとセトの脳裏を過ぎる。


「王の威圧? ……王?」


 以前に王の威圧を入手したのは、オークキングの魔石を吸収した時だった。

 オークキングである以上、王の威圧を入手したのも納得出来たのだが……今回は別に王という訳ではない。


(もしかして俺が知らないだけで、実は蝉型の魔物の王とかだったりするのか?)


 首を傾げたレイは、魔石を飲み込んだのに驚いたのか激しく明滅しながらセトの周囲を跳び回っている光球へと視線を向ける。

 セトも光球を目で追ってはいるが、特に何かをするつもりはないらしい。


(世界樹の樹液と魔力を吸収したからか? それはなんとなく理解出来そうではあるけど……いや、魔力は俺か。だとすれば、俺の魔力と世界樹の樹液を吸収して成長したモンスターだから、王の威圧を? なら……もしかして……)


 ふと、自分の魔力を使えば巨大蝉のようなモンスターを再び生み出すことが出来、その魔石を吸収出来るかもしれない……そんな考えがレイの脳裏を過ぎるのだった。






【セト】

『水球 Lv.三』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.二』new『毒の爪 Lv.四』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.四』new『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.四』『嗅覚上昇 Lv.一』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』


王の威圧:自分より弱い敵に対して、怯えさせて動きを止めることが出来る。動きが固まらない相手に対しても、速度を二割程低下させることが可能。ただし、自分と同等以上の相手には効果はない。


光学迷彩:使用者の姿を消すことが出来る能力。ただしLv.四の状態では透明になっていられるのは八十秒程であり、一度使うと再使用まで三十分程必要。また、使用者が触れている物も透明に出来るが、人も同時に透明にすると四十秒程で効果が切れる。

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