第755話
空を飛ぶセトの背の上に座りながら、レイは地上へと視線を向ける。
地上にはフリツィオーネ一行が存在しており、丁度空へと向かって飛び立ったセトとレイを見て指さしている者も多い。
空から見下ろす地面は夏であれば緑色の絨毯が見えたのだろうが、今の季節は既に秋。
草も枯れており、枯れ草や地面が剥き出しになっている影響もあり、茶色い絨毯という、ちょっと目に楽しくない光景が広がっていた。
「ま、空から偵察する分には、地上が緑でも茶色でもそう大差ないんだけど」
見えているかどうかは分からないが、地面に向かって軽く手を振ってからセトの背中を撫でる。
丁度フリツィオーネ達も進み始めており、それを置いていくようにしてセトは翼を羽ばたかせる。
そもそも、上空から地上を偵察するのだからこれ程有利なことはない。
森や林といった場所に隠れていれば多少は見つけにくいかもしれないが、グリフォンとしての驚異的な目の良さを持っているセトにしてみれば、木々の間から光を反射している鎧や武器を見つけるのはそう難しくはない。
また、レイにしてもその五感は通常の人間とは比べものにならない程に鋭く、偵察という意味では圧倒的だった。
だからこそ……いち早くそれを見つけることに成功する。
「やっぱりな。向こうはとうに気が付いてたって訳か」
「グルルルルゥ」
空を飛ぶセトと、その背に乗るレイが見つけたもの。
それは、フリツィオーネ一行が進んでいる方向に展開している部隊の姿だった。
数は約五百人程と、これまでの討伐軍に比べればそれ程多くはない。
だが、それでもフリツィオーネ達は戦闘可能なのが四百人程。補給部隊を入れて五百人程であり、そこまできてようやく互角だ。
(どうする? いっそこのまま上空から攻撃を仕掛けるか? あの程度の人数なら、魔法を使えば一掃出来なくもないし)
そう考えたレイだったが、そもそも今回の自分達の役割は偵察であるということを思い出し、すぐにセトの首を撫でながら口を開く。
「セト、フリツィオーネ達のところまで戻るぞ。このことを知らせた方がいい」
「グルルゥ?」
いいの? と自分の方を見て喉を鳴らすセトに、レイは頷きを返す。
「フリツィオーネの性格を考えると、恐らくここで攻撃して敵を殲滅しても悲しむ……」
そこまで告げ、言葉を一旦止める。
そう、フリツィオーネが元々争いを好まないというのは、当然カバジードにしても知っていた筈。
兄と妹として長年付き合ってきた以上、それは間違いない。
(それで……丁度フリツィオーネの進行方向に、同数の戦力を用意する? 何だ、この出来すぎな展開は)
もし自分ならどうするか。そう考えるも、自分とカバジードの頭では向こうの方が良すぎて参考にはならないと気が付き、首を横に振る。
レイに思いつくのは、ここで大軍を持って待ち伏せをし、一気にフリツィオーネ達の士気を挫いてしまうくらいしか思いつかない。
「グルゥッ!」
その時、不意にセトが鋭く喉を鳴らす。
「どうした?」
「グルルルゥ」
尋ねるレイに、喉を鳴らしながら視線を向けるセト。……ただし、眼下に広がっている待ち伏せ部隊ではなく、街道脇にある森の方へと。
そちらの方へと視線を向け、じっと眺めるレイ。
だが、特に何か異常があるようには見えず……
「うん?」
だが、ふと眼下の森の光景に何かの違和感があった。
それを確認すべく、更に森の中へとじっと視線を向けていると、ようやく何がおかしいのかに気が付く。
森の中で何かが動いているように見えるのだ。それも、一つや二つといった数ではなく、もっと大量に。
それが何なのかを直感的に悟るレイ。
「あれって……奇襲する為に伏せている部隊か!?」
思わず呟くレイに、その通りだと喉を鳴らすセト。
改めて森の方へと視線を向けると、確かにそこには兵士達が潜んでいるのが見えた。
最初は分からなかったのだが、一度そこにいると理解すれば確かにそこにいるのが見える。
「にしても、考えたな。確かにああいう風にすれば見つかりにくい」
感心の言葉を呟くレイ。
基本的にセトやレイが上空から地上の様子を探る時、最も目に付きやすいのは光の反射だ。
具体的には、金属製の武器や防具に日の光が反射している光景。
だが、街道沿いの森の中に潜んでいる部隊はその反射がない。
その理由に関しても、上空から目を懲らして森の中を見ればすぐに理解出来る。
そもそも金属製の鎧を装備せず、革の鎧、レザーアーマーの類を装備しているのだ。
更に、レザーアーマーの表面は森の中に紛れるように地味な色合いに染められていたり、土で汚し、木の枝を張り付けていたりする。
まさに、迷彩と呼ぶに相応しい光景。
「これって、どう考えても上空からの偵察を警戒してのことだよな。地上にいれば木や茂みの陰に隠れればいいんだし」
「グルルゥ?」
どうするの? 攻撃する? と喉を鳴らして聞いてくるセトだったが、レイは数秒迷った結果、首を横に振る。
自分の立場が護衛だというのは知っている。
その役目を全うするのであれば、ここで待ち伏せている相手を纏めて倒してしまうのが最善だろう。
しかしフリツィオーネの性格を考えれば、先制攻撃を許可するとは思えなかった。
まず最初に話し合いを試み、それでも駄目なら仕方ないと武力行使を決定する。
そんな性格の人物なのだから。
(最後の最後まで武力行使を禁止して、味方を縛るような相手じゃなかったってのはラッキーだったな)
内心で呟き、セトに合図を送ってフリツィオーネのいる方へと戻っていく。
本来であれば軍隊の速度で徒歩二時間程といったくらいの距離が離れていたのだが、空を飛ぶセトの速度を考えれば瞬時……というのは言い過ぎだが、それでもレイにしてみれば、そのくらいの感覚だった。
視界にフリツィオーネ率いる第1皇女派の姿が見えてきたのだが……
「うん?」
予想していたよりも第1皇女派の移動速度が速いことに気が付き、思わず首を捻る。
そのまま周囲を見回すと、何となく足を速めている理由が判明する。
第1皇女派の最後尾……その更に後ろ。
ある程度の距離を空けた場所に、二十人程の集団がいるのだ。
そう、まるで第1皇女派を追いかけているかのように。
「いや、けどそれにしてはたった二十人程度で何が出来るのかって話だよな」
そもそも、今回フリツィオーネに同行している兵士や冒険者、傭兵といった戦力は、第1皇女派の中から選りすぐった精鋭揃いだ。
義勇兵にしても、当然腕の立つ者の方が多く、多少腕が立つ程度の者達が二十人程度集まったところでどうにか出来る筈がない。
(実はフリツィオーネに好意的な存在からの援軍?)
首を傾げつつも、結局は直接聞いてみなければ答えは出ないとしてセトに合図し、地上へと向かう。
翼を広げ、滑空しながらフリツィオーネの乗っている馬車から少し離れた位置へと着地するセト。
そんなセトの様子に、一瞬馬車の周囲を固めていた白薔薇騎士団が緊張した様子を見せたが、降りてきたのがセトだと知ると、すぐにその緊張を解く。
アンジェラか……もしかして、セトを気に入ったフリツィオーネの仕業だったりするのかもしれないと思いつつ、レイはセトに乗ったままフリツィオーネの馬車へと近づいて行く。
「レイ殿、お待ちしていました。早速報告をお願いしたいのですが」
「ああ、頼む」
馬に乗ったままレイを出迎えたウィデーレに短く言葉を返し、そのまま案内されていく。
幾らレイとセトがフリツィオーネに対して友好的な存在であったとしても、周囲の目を考えれば素通しするという訳にはいかなかったのだろう。
また、白薔薇騎士団にいるレイを嫌っている者達が妙な真似をしないとも限らなかった。
幾らレイに対して好意的な存在が多くなったとしても、どうしても気にくわないという者は少なからずいる。
特に貴族出身の者に多いのだが、その辺はフリツィオーネに対する口の利き方がなっていないレイの自業自得だろう。
もっとも、セトを直接その目にしたことにより、レイ容認派とでも呼ぶべき派閥がこの短時間で増えているのも事実だが。
……尚、熊の死体をぶら下げてきたのは完全に見なかったことになっているらしい。
「そう言えば、熊の死体の方は?」
「勿論きちんと運んでいる。多少苦労したが、幸い荷物の方も上手い具合に移動しながら寄せることが出来たし」
「グルゥ!」
熊の死体という言葉で、自分のお肉! とばかりに目を輝かせて鳴き声を上げるセト。
そんなセトの様子に、どこかほんわかするものを感じつつレイは言葉を続ける。
「移動しながら?」
「うむ。なるべく速く帝都から離れた方がいいとアンジェラ隊長が言うのでな」
その言葉に感心するレイ。
この軍隊の後ろからついてきている二十人程の歩兵の姿を知っていたのか、それとも単純にそうした方がいいと思ったのか。
どちらの理由かは分からないが、それでもアンジェラの判断は適切だっただろうと。
「それは後ろからついてきている奴等が原因か?」
「うむ。詳しいことはフリツィオーネ殿下の前で話そう」
話している間に、先頭を進むフリツィオーネの乗る馬車へと近づいて行く。
馬車の周辺を守っている白薔薇騎士団は、ウィデーレの姿を見るとすぐに道を空ける。
尚、本来であれば王族が軍を率いるような場合は、軍の中央に王族がいるのが一般的だ。
敵が前後どちらから現れても対処可能だというのが理由だが、前方、後方の両方に指示を出しやすいというのもある。
だというのにフリツィオーネの馬車が先頭を進んでいるのは、自らの騎士団である白薔薇騎士団に対する厚い信頼というのもあるし、追撃部隊を派遣する以上は後方が最前線になるだろうという考えもあった。
事実、今この軍勢の背後から二十人程の者達が追っているのだから。
また、フリツィオーネが乗っている馬車自体が非常に強力なマジックアイテムでもあり、その防御力は百人近い兵士達に襲われても対処可能な代物である。
しかし……この判断は、カバジードやシュルス、あるいはその副官でもあるアマーレを甘く見ていることでもあった。
「フリツィオーネ殿下、レイ殿をお連れしました」
「お帰りなさい、レイ。それとセトも。……それで、偵察の方はどうだったの? こちらは後ろから妙な人達が追ってきているのだけれど」
「ああ、上からも見えたよ」
馬車の横をセトに乗って移動しながら言葉を交わすレイとフリツィオーネ。
勿論フリツィオーネがいるのは馬車の御者台ではなく、馬車の中だ。
そこから窓を開けて顔を見せているフリツィオーネに、レイは蹴散らしてくるか? という意味を込めて視線を向ける。
それに対する返答は、首を横に振るというもの。
予想していたレイとしては、特に残念がる様子もなく口を開く。
「なら、どうするんだ? ずっとあいつらをついてこさせるのか? ……俺達を待ち伏せしている奴等のいる場所まで」
レイの口から出た言葉に、周囲で耳を傾けていた白薔薇騎士団の騎士達が目を見開く。
また、それはレイと共にここまで来たウィデーレや、フリツィオーネの馬車のすぐ側にいたアンジェラにしても同様だ。
だが……
「……そう、私達を待ち伏せしているの。人数はどのくらい?」
恐らくこの中で最も戦闘力が低いフリツィオーネは、まったく動揺した様子も見せずにレイへと尋ねる。
既にこの状況になることを予想していたとでも言いたげな、堂々とした姿。
その様子に一瞬驚きの表情を浮かべたレイだったが、フリツィオーネは小さく笑みを浮かべて言葉を続ける。
「シュルスはともかく、カバジード兄上の目を完全に誤魔化すことが出来るとは思っていないわ。それに、ウィデーレが戻ってきた時に城の外でカバジード兄上と遭遇したと聞かされた以上、こうなるような気がしていたのよ。ウィデーレ、レイを連れてきて貰ったばかりで悪いけど、ログノス侯爵を呼んできてちょうだい」
「は!」
素早く馬首を返し、馬車の後ろにいる軍勢の方へと去って行くウィデーレ。
ログノス侯爵という名前は、レイにも聞き覚えがあった。
レイが小屋の中で過ごしている時にアンジェラが来た時に聞いた名前だし、城の中から出てくる前に軽くではあるが顔合わせもしている。
(確か、第1皇女派の中でも高い影響力を持っている人物だったか。あの髭が一番印象に残ってるけど)
ドワーフの如き立派な髭を思い出していると、やがてウィデーレがログノス侯爵と共にやって来るのが見えた。
少し前に見たばかりの顔だが、やはりというか当然というか、相変わらずドワーフのように立派な髭をしている。
レイの脳裏に知り合いのドワーフでもある、ランクCパーティの砕きし戦士に所属しているブラッソの顔が思い浮かぶ。
「フリツィオーネ殿下、私をお呼びと聞きましたが」
セトに乗っているレイに目礼し、フリツィオーネに向けて一礼した後、堂々とした態度で尋ねるのだった。
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