第640話

『さぁ、闘技大会もいよいよ後半戦、試合数も残り少なくなってきた五回戦、次の試合はこれまた注目の一戦だ! ……いや、五回戦までくれば注目のされない戦いとかないのは分かってるんだが、それでもやっぱり注目せざるを得ない!』


 実況の声に、少し前に終わった試合の感想を言い合っていた観客達が、次の試合に対する期待を高めて盛り上がっていく。

 それを理解しているのだろう。実況の声は、どこまでも盛り上がれとばかりに煽り続ける。


『何故なら、次の試合はちょっと異色の戦いだからだ。選手の片方はもう皆も知っている通り、春の戦争とこの闘技大会で一気にベスティア帝国の中でも名が広まった、大鎌を振り回して暴威を振るう深紅の異名を持つランクB冒険者、レイ!』


 レイの紹介がされると同時に、闘技場の舞台の上にレイが姿を現す。

 その手にはデスサイズが握られており、ドラゴンローブのフードを被っているのもいつも通りの格好だ。

 いつも通りではあるのだが、それでもレイの様子を見ている者達は死神という言葉を連想してざわめく者も多い。


『そして、次! 闘技大会でここまで残った純粋な魔法使いというだけで快挙に近い! 短い詠唱で放たれる魔法は、一発の威力そのものは小さいものの、その分手数で勝負する。そして相手に隙が出来れば放たれる大規模魔法! この人に呪文詠唱する為の時間を与えればレイでも相手は厳しいか!? 地と水と風の三属性の魔法を使いこなす脅威の魔法使い、魔風の異名を持つユイトル!』


 実況の声に導かれるようにして、ユイトルと紹介された魔法使いが姿を現す。

 その容姿は、普通の人が魔法使いと聞いて想像する人物像そのものといった感じの外見だった。

 30代の男がローブに身を包み、その手には150cm程の杖。

 魔力を感じる能力のないレイにしても圧迫感を受けるのを考えると、マジックアイテムとしてもかなりの能力を持つのだろう。

 そして頭にはサークルが嵌められており、こちらも何らかのマジックアイテムだろう指輪がその指には幾つか嵌まっている。

 体格自体は戦士のように筋骨隆々という訳ではないが、見るからに俊敏そうに見えた。


(魔風……異名通りに考えれば、三つの属性の中でも風の属性を得意としてるんだろうな。マジックアイテムに関しても、ローブの下には他にどんなマジックアイテムを身につけているか分からないから要警戒だな)


 自分がミスリルナイフを装備しており、あるいはスレイプニルの靴というマジックアイテムを身につけているからこその感想。

 それは同時にユイトルも感じたのだろう。レイを見る視線には強い警戒の色がある。


「お主……強いとは思っていたが、こうして正面から向かい合えば嫌でもその強さを感じ取ることが出来る」

「そっちもな。何しろ異名持ちではあっても純粋な魔法使いでここまで上がってきたんだから、称賛に値するよ」


 言葉としては褒めていたが、それでも言下に自分には及ばないという意図を混ぜたレイの言葉に、ユイトルは面白そうな笑みを浮かべた。


「ふふふ。ここまでやって来た以上、私としても行けるところまで行ってみたいのでな。ここで負けるつもりは毛頭ない!」


 その言葉と共に、持っていた杖を大きく振るうユイトル。

 全力で挑むと、その仕草で表しているのだろう。

 そんな2人のやり取りを見ていた審判が、試合前のやり取りはこれで十分だと思ったのか大きく叫ぶ。


「試合、開始!」


 その言葉と共に、まず先手を取ったのはユイトル。

 杖の先端をレイの方へと向けて素早く呪文を唱える。


『氷の槍よ、我が意思のままに!』


 実況の声が紹介していた通り、短い呪文。同時に2本の氷の槍がその後ろに姿を現す。


『アイシクル・ランス!』


 魔法が発動すると共に、レイの方へと向かってくる2本の氷の槍。

 異名とは違い、風ではなく氷の魔法に驚きつつも、レイは自分に向かっているその槍に対して命中するかどうかのギリギリの瞬間を見計らい、身を翻して回避する。

 だが何もない空間を通り過ぎていった氷の槍は、空中を大きく曲がりながら再びレイへと向かって突き進む。


(ホーミング機能付きか。あの短い呪文で良くもまぁ)


 半ば感心しつつ、レイもまたデスサイズを構えて呪文を唱える。

 この戦いでレイが己に課している枷は、肉体的な攻撃を行わずに魔法のみで相手を倒すこと。

 幸か不幸か、闘技大会に出場してからレイが魔法を使ったのは予選でのみだ。

 ノイズという格上の相手に勝つ為には、自らの優れている能力を十分に使いこなさなければならない。

 そしてレイの場合、本人の性格的には肉弾戦の方が得意なのだが、純粋な才能という意味ではその莫大な魔力が挙げられる。


『炎よ、我が意に従い敵を焼け』


 ユイトルに負けない程の短い呪文。

 その呪文を唱え、魔法発動体でもあるデスサイズの先端に生み出されたのは、直径30cm程の火球。

 それを確認し、レイは魔法を発動する。


『火球』


 振るわれるデスサイズに導かれるようにして火球は飛んでいく。

 だが……周囲の観客達は、レイが無駄なことをしているようにしか思えなかった。

 何故なら、レイに向かってくる氷の槍は2本。それに対して、放たれた火球は1つのみなのだから。

 つまり氷の槍を1本火球で破壊したとしても、まだ1本残っていることになる。

 それなら身体能力を活かして回避するのか? そんな風に思っていた周囲の観客や、そして何よりユイトル本人もそんな未来を予想していたのだろう。勝利を確信……とまではいかないが、それでも自分に有利な結果に終わるだろうと判断していた。

 しかし……

 轟っ!

 氷の槍に命中して起きたその爆発は周囲に巨大な爆炎を作り、火球と正面からぶつかった氷の槍だけではなく、少し離れた場所を飛んでいたもう1本の氷の槍をも爆炎へと飲み込む。

 そして、ユイトルにとっては更に信じられないことに、爆炎へと飲み込まれた氷の槍は瞬時に溶かされ、その姿を失う。

 ユイトル自身が知っている限りでは、自分の放った氷の槍がこうも容易に溶かされるということは有り得なかった。

 もしあるとすれば、それは魔法の術式がどうこうではなく圧倒的な地力や才能の差。……つまりその魔法に込められた魔力の差によるものだ。

 事実、ユイトルにしても極限まで魔力を込めれば、今目の前で行われたような現象と似たような結果――属性の違いはあるが――を引き起こすのは難しくない。

 それでも唖然としてしまったのは、そんな真似をすれば魔力の運用に大きな無駄が出来るからだ。

 本来10の魔力を込めて10の威力を発揮する魔法に、50の魔力を込めたとしても発揮出来る威力は15から20がいいところだ。そんな真似をするのなら、最初から50の魔力を必要とする魔法を使った方がいい。


(あるいは、それを許容出来る程の魔力を持つのか)


 魔力を感じ取るという能力のないユイトルは、ここにきてようやくレイ自身が莫大な魔力を持つということを理解する。

 自分とてここまで来るだけの実力を持っているのだから、その辺にいる魔法使いよりも多くの魔力を持ち、素質があると理解していた。だが、そんな自分をも楽々と上回るだろう魔力の持ち主。

 一瞬弱気になりそうな心を叱咤する。


(落ち着け、魔法使いにとっては確かに魔力の量というのは重要だが、それだけではない。魔法術式の構築や、使用魔法の選択といった技能も合わさってこその優秀な魔法使いだ。奴は確かに巨大な魔力を持ってはいるだろうが、あくまでも魔法戦士。純粋な魔法使いではない以上、私が不利ということにはならない筈だ!)


 折れそうになった心を一瞬にして立て直し、まだ周囲を先程の爆炎の余波で煙が覆い隠しているのをこれ幸いと再び呪文を唱える。


『風よ、全てを斬り裂け』


 呪文の詠唱と共に、ユイトルの持つ杖に風の刃が生み出される。その数は先程の氷の槍よりも多い3つ。

 魔風の異名を持つユイトルが放った風の刃だけに、煙が吹き荒れている舞台の影響もあって土系統や水系統の魔法よりもレイに視認されにくいと考えたのだろう。

 事実、その考えはそれ程的外れなものではない。

 通常の魔法使いを相手にするのであれば、相手は回避しきれずに風の刃の洗礼を受けていただろう。

 だが……


『炎よ、我が前に現れ出でよ』


 短い呪文が煙の中から聞こえ……その魔法が発動する。


『炎壁』


 その言葉と共に、周囲に存在している煙そのものを燃やし尽くすかのような炎の壁が作り出される。

 呪文の詠唱が短かった為に、炎の壁はそれ程大きくはない。だがそれでも、レイを守るという役目を果たすには十分な大きさは維持していた。

 レイを斬り裂くべく向かっていた風の刃は、炎の壁に当たった瞬間に燃やし尽くされ、跡形もなく消え失せる。


「ぬぅっ!」


 その結果に、思わず唸るユイトル。

 だがその唸りは、魔風の異名を持つ自分の風の魔法を容易く消し去ったことに対する唸り声。

 もしこの時、ユイトルがレイの放つ短い詠唱を初めて使ったというのを知ったとしたら、その唸り声すら出ていたかどうか怪しいだろう。

 つまり、レイは殆ど即興で魔法術式を構築して魔法を放ったのだから。

 もっとも、即興だけに炎の壁の効果は長続きしない。

 風の刃を燃やし尽くすと、炎の壁は消滅する。効果時間にして、30秒程だろうか。


(短い詠唱で魔法を使うとなると、その分効果も短いか。より詠唱を短く、それでいて効果を的確に……)


 呪文を唱えた後で舞台に突き刺して魔法を発動させたデスサイズを手に、レイの口から再び呪文が紡がれる。


『炎よ、我が意のままに現れよ』


 呪文と共に、デスサイズの刃が赤く染まる。

 その刃を大きく振るいながら、魔法を発動。


『流炎』


 同時に、レイがデスサイズを振るった軌跡をなぞるかのように炎が生み出され、ユイトルへと向かってその炎の舌を伸ばしていく。


「ぬおっ!」


 自らに迫る炎を見た瞬間、このまま呪文を唱えても間に合わないと判断したのだろう。ユイトルは持っていた杖の下の部分を舞台へとついて魔力を流す。

 同時にその杖から緑の蔦が瞬時に生み出され、炎とユイトルを遮るかのような緑の蔦で出来た壁を作り上げる。

 炎と蔦の壁がぶつかり合い、周囲へと焦げ臭さが漂う。

 だが、炎と蔦の壁の衝突は数秒と経たずに終わる。

 蔦の壁を燃やさんとしていた炎が、不意にその姿を消したのだ。


(ちっ、炎の持続時間に関しては問題ありか)


 それでも数秒だけ生み出された炎は、蔦の壁を炎の軌跡に沿って燃やしていた。

 だが……


「なっ!?」


 次の瞬間に起こった出来事に、思わずレイの口から驚きの声が漏れる。

 レイの炎によって燃やされて消滅した周囲の蔦が盛りあがり、再び新たな壁を作り出したのだ。

 更に、驚いたのはそれだけではない。


『ストーン・ランス!』


 蔦の壁が修復される瞬間、そんな声が聞こえてきたのだ。

 それを聞き、レイは咄嗟にその場を跳躍して離れる。

 すると次の瞬間、一瞬前までレイのいた場所へと舞台の石材が槍へと姿を変え、姿を現していた。

 もしレイがそのまま移動していなければ、足下から貫かれていただろう。

 更に、槍の攻撃はそれだけでは終わらない。レイが移動したのを追うように、幾つもの石の槍が生み出されていく。


「ちぃっ、このままだと厄介だな。……なら!」


 後方へと大きく跳躍し、一旦石の槍と距離を取る。

 勿論石の槍はそんなレイを追いかけるように生み出されて追ってきてはいるのだが、それでも跳躍した距離が大きかった為に、追いつくのに時間が掛かるのは間違いなかった。

 それを視線で一瞬確認して、呪文の詠唱を開始する。


『炎よ、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く降り注げ』


 呪文の詠唱と共に、レイの背後へと炎の矢が形成されていく。 

 その数、約50本。


『降り注ぐ炎矢!』


 魔法の発動と共に、50本程の炎の矢が一気に乱れ飛ぶ。

 その全てが蔦の壁へと向かい、炎の矢が命中するや否や蔦の壁を炎で包み込む。

 炎の矢の数本でそれなのだから、その後に続く残りに貫かれればどうなるのかは明白だった。

 ユイトルにしても、このまま片手間で防ぐだけではいずれ押し切られると判断したのだろう。レイに向かって繰り返し放たれてきた石の槍を作り出す魔法を中断し、その魔力を蔦の壁の維持へと充てて炎の矢をやり過ごそうとする。

 だが……この判断は完全に失策だった。ユイトルが幾ら魔力を自らの魔法発動体であり、マジックアイテムでもある杖へと流し込んだところで、互いが保有している魔力に……そして魔法やマジックアイテムに込められた魔力に違いがありすぎるのだ。

 炎の矢が数発当たった時点で既に蔦の壁は炎に包まれており、多少杖に流す魔力を増したとしても、文字通りの意味で焼け石に水でしかない。

 蔦の壁の維持を多少伸ばすことは出来たものの、それも十数秒。次々に着弾する炎の矢に抗い続けることは出来ず、やがて蔦の壁全体が炎に包まれ、燃やし尽くされる。 

 それでもユイトルは諦めずに火には水とばかりに水の槍を作り出して対抗しようとしたのだが、こちらもまた込められている魔力の違いにより火が水により消火されるのではなく、水が蒸発するという結果をもたらし……そこでこれ以上は抵抗しても勝算がないと判断したユイトルの降参により、五回戦は決着するのだった。

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