第544話

 話の纏まったレイと商人達は、早速これからどうするかの話し合いに入る。

 商隊を率いる気弱な商人……トレイディアと名乗った商人は、レイに向かって切り出す。


「それで、盗賊を誘き寄せるという話でしたが……どうするのでしょうか?」

「そうだな、まずは……セト」

「グルゥ?」


 レイとトレイディアを始めとした商隊の者達との話し合いがされている間、街道の脇にある草原に寝転がっていたセトが静かに首を上げ、小さく喉を鳴らしながら、自分の名前を呼んだレイの方へと向かってどうしたの? と顔を向ける。


「さっきの盗賊達を誘き寄せる必要があるが、そこにセトがいれば向こうも警戒して手を出してこない。だから一旦セトはこの商隊から離れて、奴等に見つからない場所に隠れていてくれ。で、盗賊達が襲ってきたら退路を断つように背後から襲い掛かってくれ」

「グルルゥ?」


 首を傾げるセトが何を言いたいのかを理解したレイは、小さく頷く。


「そうだな。相手が騎兵である以上、後ろをとっても横に逃げられるだけだとは思う。けど、奴等を混乱させることが出来ればそれで十分だよ」


 その言葉に満足したのか、セトは上げていた頭を再び下ろして目を瞑る。


「で、俺達はここで暫く待機する」

「ちょっと待て。何だって急にそんな……」

「言っただろう? 盗賊を誘き寄せる為だって。さっきの逃走中に馬車が壊れたと見せかけて、それを修理する為に街道の脇に立ち止まって盗賊達を誘き寄せる」

「……分かりました」

「トレイディア!?」


 他の商人達が渋る中、レイの提案を受け入れる決断をしたのはトレイディアだった。


「落ち着こう、皆。どのみち彼がいない状態でアブエロに向かっても、盗賊達に再び襲われる可能性が高い。なら彼の言う通りにして、盗賊達に襲われる心配をなくした上で移動した方が、最終的にはいいと思う」


 その言葉に全員が納得した訳ではないだろう。

 実際、何人かの商人は不服そうな表情を浮かべているのだから。

 だが、それでも商隊の長でもあるトレイディアが決めたことである以上は……と、それ以上の不満は口に出さず、レイの指示通りに馬車を街道の脇へと寄せる。

 その様子を見ながら、レイは寝転がっているセトの下へと向かう。


「セト、じゃあさっき言った通り、ここから離れて様子を窺っていてくれ。で、盗賊達が襲ってきたら……」

「グルゥ!」


 分かった、と喉を鳴らしながら寝転がっている状態から立ち上がるセト。

 喉を鳴らしながら顔を擦りつけてくるセトの頭を撫でてやると、やがてそっとセトが離れていく。

 数歩の助走で翼を羽ばたかせて飛び去って行ったセトの姿を見送ったレイは、街道の脇に止まった馬車へと視線を向ける。

 傍から見れば、車体が何らかの故障をしてそれを直しているように見えるだろう。


(さて、後はさっきの盗賊団が偵察か何かを出してこっちを見つけてくれればいいんだけどな)


 そんな風に考えながら、念の為とばかりにレイは馬車の中に入る。

 もしも盗賊団の中にレイの顔を知っている者がいたりしたら、折角セトがこの場からいなくなったというのに意味が無いからだ。

 自意識過剰か? そんな風にも思ったレイだったが、これまで幾つもの盗賊団を襲撃してきたのは事実であり、同時に盗賊同士の横の繋がりというのも決して馬鹿に出来るものではない。

 あるいは、レイが滅ぼした盗賊団の生き残りが他の盗賊団に拾われて……というのも、当然あるだろう。

 それを考えれば、自分が表に出るような真似は一切しない方がいい。そういう判断だった。


「俺はこの馬車に隠れているから、暫く馬車を修理している振りでもしててくれ。それと、通りすがりに誰かに聞かれても俺のことは言わないようにしてほしい」

「分かりました。では、すぐに作業に入ります」

「……いや、別に本当に馬車を修理する必要はないんだぞ?」

「確かに必要はないかもしれませんが、実際今回はかなり無理をしているので車体に不具合が出てきているのも事実なんですよ。なので、この機会に手を加えさせて貰います」


 トレイディアはレイに向かってそう告げ、馬車の下へと潜り込んでいく。

 商隊の長であるにも関わらず、自分から率先して動くのはトレイディアの長所と言えるのだろう。

 そう考えながらレイは車体の中にある椅子へと座り、不審な相手が近づいてきた時にすぐ分かるように聴覚に意識を集中するべく目を瞑る。


「なぁ、本当にあんなのを信用してもいいのか?」

「しっ、声がでかい。トレイディアも言ってただろ? あの坊主は深紅とか呼ばれる程の冒険者なんだって。なら腕は確かなんだろうよ」

「けど……」

「言いたいことは分かってるよ。あの外見だろ? けど、グリフォンを従魔にしているってのは事実だ。その目で確認しただろ」

「まぁ、その辺は確かに」

「噂の半分……いや、4分の1だけが事実であっても、盗賊程度なら一掃するだろうよ」

「うーん……そこまで言うなら一応信じてみるか。ただ、何かあったらすぐに逃げ出せる用意だけはしておくぞ。俺達に余裕なんて殆どないんだからな」


 馬車から少し離れた場所で話している声。

 それを話している本人達は聞かれているとは思っていないだろうが、当然の如く通常の人間よりも五感が鋭く、更に盗賊達を警戒して聴覚に集中しているレイには聞こえていた。


(いっそ、盗賊達が逃げていくのを追えば……いや、駄目だな。あれだけ統率が取れている集団だ。これまでのような盗賊団とは違う。どちらかと言えば、草原の狼が近いか)


 内心で呟いたレイの脳裏に、スキンヘッドで顔中傷だらけの強面の男の顔が思い浮かぶ。

 エッグ。かつて草原の狼を率いていた男であり、現在はダスカーの諜報部隊の一翼を担っている男だ。


(そう言えばギルムでは見なかったが……普通に考えれば今回の件でアブエロに派遣されているのか? さっきの一件を見る限り、今回の敵はかなり統率が取れてる。俺の予想通り傭兵団か何かが盗賊の真似事をしているだけなら、それを壊滅させて簡単に済むんだが。問題はどこかの誰かが依頼してこの辺を荒らしたりしている場合か。……ん?)


 エッグの顔から連想して盗賊団について考えながら周囲の様子を警戒していると、不意にこちらの方へと近づいてくる音が聞こえてきた。

 一瞬盗賊達が戻ってきたのかと思ったレイだったが、その近づいてくるのは馬の足音の他に車輪が回る音、即ち馬車の進む音も一緒に存在しているし、速度も非常にゆっくりだった為に緊張を解く。

 外で馬車の修理をする振りをしていた商人達も、一瞬緊張したがすぐに安堵する。


「おやまぁ、こんな場所でどうしました?」


 馬車の周辺にいた商人達へと声を掛けてきたのは、40代程の人が良さそうに見える男。


「いやいや、ちょっと馬車がね。幸い簡単に修理出来るから、今はこうして修理しているところさ」

「ふーむ、なるほど。この辺は最近物騒だって話を聞いてるんだが……大丈夫かね?」

「そうらしいな。こうなるなら護衛を雇っておけば良かったと思うよ」

「護衛も無しで今この時期にここを通るというのは、剛毅と言うか何と言うか……」


 驚きと呆れが混ざったように呟くその男の言葉に、商人達も苦笑を浮かべる

 金に余裕があれば護衛を雇ってもよかったのだが、今は少しでも多く金を貯める必要があっての苦渋の決断だった。

 自分達なら盗賊に襲われても逃げ切れると判断したのも、護衛を雇わなかった理由だったのだが……まさか盗賊団が30騎近い騎兵を有しているというのは全く想像もしていなかった。


「けど、そっちも護衛がいるようには見えないけど?」

「ん? ああ、馬車の中にいるよ」


 コンコン、と馬車の車体を男が軽く叩くと、窓から冒険者と思しき鋭い目つきの男が顔を見せる。


「ふーん、随分と強そうな人だな」

「まぁ、そりゃあね。何て言ったって護衛なんだから。……さて、じゃあ悪いがそろそろこっちも行かせて貰うよ。なるべく早くアブエロに着きたいからね」

「おう、分かった。じゃあ気をつけてな」

「ああ、そっちこそ。護衛も無しにこんな場所にいるとなるといつ盗賊に襲われるかも分からないから、なるべく早く修理を終わらせられるように祈ってるよ」


 御者はそう返すと、止まっていた馬車を進ませる。

 その後ろ姿を見送った商人は、ガリガリと頭を掻く。

 本当にこんなことをしていて大丈夫なのかと。

 たった今、言われたではないか。いつ盗賊に襲われるかも分からない、と。

 勿論馬車の中にいるレイがそれを望んでいることは知っている。だが、商人としてはさっさとここから移動してアブエロに向かうのが正しいのではないかという思いが強くある。

 心の中で迷いつつも、商人は盗賊達が来て欲しいような、来て欲しくないような、複雑な表情で離れていく馬車を見送るのだった。






「……どう思った?」


 そう呟いたのは、先程レイの潜んでいた馬車の近くにいた商人と話した御者。

 既に止まっていた馬車は見えなくなる程に離れたところで、商人と話していた時の人当たりの良さは既に消え失せ、鋭い目つきのまま馬車に乗っている男へと問い掛ける。


「商人しかいなかったな。だから言っただろ、幾ら何でも気にしすぎだって」

「馬鹿が、お前も見ただろ? さっき降りてきたのは間違いなくグリフォンだ。普通ならこんな場所にいるモンスターじゃねえ。となると、春の戦争が早期決着した原因の深紅に違いない。ギルムを根城にしているっていう情報は本当だったらしいが……お前、異名持ちと戦いたいのか? 俺はごめんだな」

「……分かってるよ。けど、そのグリフォンだってあそこにいなかったじゃねえか。ならきっと助けた後でもういなくなったんだろうよ。恐らく通りすがりか何かだったんだろうし」


 後ろから聞こえてくるその言葉に、御者をやっていた男も少し考えて頷く。

 実際、あの場所にグリフォンの姿が見えなかった以上、さっきのは通りすがりでしかなかったのだろうと。


「偶然だろうと何だろうと、異名持ちが出てくるようになったんだったら、もうここは引き上げた方がいいのかもしれねえな」

「うえ? 本気か? ここは物凄く稼げるじゃねえか。もうちょっとくらい……」

「その、もうちょっとってのが問題なんだよ。もうちょっと……もう1回、最後の1回……そんな風にして儲けに目が眩んで引き上げ時を見失っている時に、異名持ちの冒険者が出てきたらどうするんだよ。ただでさえ、ここは稼ぎはいいけど辺境ってことで冒険者の質が高いんだからな」

「……分かった。あんたに逆らう気はねえよ」


 商人達の前で取った態度とは違って御者の方が立場は上らしく、後ろに乗っていた人物がそう言葉を返す。

 言うまでもなくこの2人は、先程商隊を襲おうとしていた集団の者達である。

 その正体は血塗られた刃という傭兵団だった。

 いや、より正確には傭兵団兼盗賊団というべきだろう。

 傭兵の仕事がある時は傭兵団として戦争に参加し、それが無い時は盗賊団に鞍替えする。

 普通の盗賊とは違って傭兵としても活動しているので実戦経験は非常に豊富で、練度も高い者が揃っている。

 また、荒稼ぎをしている為に維持するのに大量に金が掛かる軍馬も30頭程揃っていた。

 そんな集団が辺境近くまでやってきて盗賊として働いているのは、懐に余裕がないからだった。

 騎兵だけで30人程、雑用兼歩兵は30人程。それ以外に雑用だけをやっている者も含めれば、全部で70人を優に超えるだけの人数だ。当然維持するのにもそれなりに金が必要となるのだが……春の戦争で稼ぐ筈だったというのに、中立派のラルクス辺境伯が率いる戦力がベスティア帝国軍を圧倒してしまった。

 結果的に血塗られた刃は全く働くことが出来ず、最低限の報酬だけを貰って戦争は終結してしまう。

 金が無ければ傭兵団を維持するのも難しい。それが70人を超える大人数であれば尚更だ。

 最終的に活動資金を稼ぐという目的と、何よりもそれを邪魔した意趣返しの意味も込めて、血塗られた刃はラルクス辺境伯の治めるこの地へとやってきた。

 その狙いは当たり、辺境の商品を運ぶ商隊や商人を襲っては莫大な資金や物資を稼ぐことに成功していた。

 他にも辺境特有の稀少な品々もそれなりの数を得ることが出来ていたので、血塗られた刃の者達にしてみれば戦争を1人で終わらせるような存在と遭遇するというのは絶対に避けたい。

 商隊を襲おうとした時にグリフォンが姿を見せ、その結果素早くその場を離れたのはそういう理由もあってのことだった。

 もっとも、その判断をしたのは血塗られた刃を率いている頭目や、今は御者をやっている男のような幹部の面々だけであったが。


「おい、頭に連絡を送れ。深紅の姿はすでにないから、襲うのは今だってな」

「分かったよ」


 御者をやっていた男の言葉に頷き、部下の傭兵は血塗られた刃のテイマーがテイムした小鳥の足に幾つかの色の紐を巻き付けて空へと放つのだった。

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