第517話

 プリは目の前で繰り広げられている光景が理解出来なかった。……いや、正確に言えば理解したくはなかった。

 自らがこれまで生み出してきた人形達。人間とは違い絶対に自分を裏切らない愛し子。その人形達が次々に魔法陣から姿を現し、人魔と化したオリキュールに飛び掛かっていっては、その肩甲骨から伸びた先端が鋭利に尖っている腕によって次々に破壊されていく。


「や……めて……」


 微かに漏れる声。

 だが、それは誰も聞いていない。次から次に、まるで自ら命を捧げるかのようにオリキュールへと向かって武器を構えながら突っ込んでいく人形にも、そして飛び掛かってくる人形を鎧袖一触とばかりに、触れる端から破壊していくオリキュールにも。

 人形達が次々に破壊されていくその光景を、プリは何をするでもなく見ているしかない。

 もし相手がただの人間であるのなら……それこそ、ランクAやランクSの冒険者であったのなら、プリにも何か出来ただろう。

 勝ち目のある無しにも関わらず、自らがこれまで研究してきた成果を発揮して宝石を使った魔法を幾度となく繰り返していた筈だ。

 だが……人魔と化したオリキュールは、放たれた魔法が無意味であると言わんばかりに雷の檻を斬り裂き、放たれた魔法を無視して次々に姿を現す人形を一掃していく。


「……いい加減に飽きてきたナ。もう何か他に手はないのかナ?」


 オリキュールの挑発するような声に、プリは奥歯を噛み締め絶望に抗う。

 最初にこの魔法陣のある部屋に姿を現した時には、自らこそがこのエグジルの支配者であるといわんばかりの自信に満ちあふれていたプリだったが、その根拠ともなっていた、贄となる人間そのものを使って生み出された宝石を使った魔法が一切の効果が無いと知ってからは、とてもではないがあれ程自信に満ちあふれていた人物ではあると思えない程の外見となっていた。

 今にも床に崩れ落ちそうな見窄らしい中年の女。

 その身体には未だに幾つも宝石が身につけられており、それらの金額を考えれば本来ならとても見窄らしいとは言えないだろう。

 だが、それでも……自らの寄って立つものが全くの無意味であると知ったプリは、人形に守られているだけの見窄らしい中年の女でしかなかった。


「マスター、イマノウチニオニゲクダサイ!」


 再び魔法陣から姿を現した人形が、全く動く様子を見せない自らの主人にそう告げ、ナイフを手にオリキュールへと飛び掛かる。

 だが、まともに相手をするのも面倒だとばかりに首を大きく回すと、腰の辺りまで伸びた髪が大きく弧を描く。

 鋭く尖っている髪の毛の先端が、まるで無数の針の如く人形へと突き刺さって一瞬にしてボロ屑へと変える。

 中には持っていた武器で髪の毛を防ごうとした人形も当然いる。だが、所詮1対の腕で持てる武器はどうやっても2本でしかない。

 そこに襲い掛かってきた無数の……それこそ、まるで髪の毛自体が意思を持っているかのような存在をどうにか出来る筈も無く、武器を持った人形達も結局はボロ屑へと変わるのが数秒程延びたに過ぎなかった。


「……めろ……やめろぉっ!」


 自らの生み出した人形達が次々に散っていくその様子を見ながら、再びプリは魔力を込めて口を開く。


『風の如く』


 その言葉と共に、プリの右足首に嵌まっていた黄色い宝石がその能力を発揮する。

 本来であれば軽い跳躍。だがその軽い跳躍は、まるで風そのものに祝福を受けているかのように素早い動きへと変わり、次の瞬間にはオリキュールのすぐ横までプリの身体を運んでいた。


『氷の抱擁を』


 右手親指の青い宝石が効果を発揮し、オリキュールの周囲は瞬時に冷気に満ちる。


「無駄なことヲ」


 人魔化の影響なのだろう。嗜虐的な笑みを浮かべつつ、再び肩甲骨から生えている2本の腕を振り回して魔力によって生み出された冷気を霧散させ、その隙を突いたかのように飛び掛かってきた人形を迎撃しようと1歩踏み出そうとしたところで、ふと足が動かないのに気が付く。


「なニ?」


 それでも慌てずに両腕を上げ、振るわれる槍の穂先をそのまま受け止め、へし折る。

 次の瞬間には手の中にあった折れた穂先を手首の動きだけでそのまま投げつけ、槍を持っていた人形は身体を貫かれたまま飛んでいき、そのまま数度のバウンドの後で床に倒れた。

 自らが攻撃した人形の行く末に興味は無いとばかりに視線を下へと向けると、そこにあるのは床に凍り付かされている両足。

 足を動かそうにも、その氷によってピクリとも動かすことが出来ない。


『炎よ、踊れ!』


 右耳のピアスの宝石に手を触れ、魔力を込めて言葉を紡ぐ。

 同時に現れた10以上の拳大の炎。

 その炎は言葉通りに踊るかのように空中を駆け巡り、次々とオリキュールへと向かって飛んでいく。


「児戯だナ」


 吐き捨てるような言葉と共に振るわれる肩甲骨から伸びた2本の腕。

 鋭利に尖っている先端が炎へと触れると、当然の如く霧散する。


(足の氷は無効化出来なかった。何故だ? いや、待て。もしかして無条件に魔法を無効化してるんじゃなくて、オリキュール自身が意図的に魔法を無効化させているのか?)


 だからこそ、意表を突いた氷の魔法は効果を発揮したのではないか。


(そもそも全ての魔法を無条件に無効化するとなれば、もし傷を負ったとしても回復魔法ですら無効化することになる。人魔化というのにどこまでオリキュールの意思が反映されているのかは分からないが、それでもあの抜け目のない男だ。その辺のことをあらかじめ考えていないとは思えない)


 そこまで考え、そこから更に考えを進めていく。


(それに……魔法が無効化されるのが、あの青くなった皮膚や入れ墨のようになって浮き出ている場所の影響だとすれば、効果があるのはあくまでも表面のみ。つまり内部破壊するような魔法には効果が無いか、そこまでいかなくても薄くなる可能性は十分にある)


 そんな風にレイが考えている間にも、オリキュールとプリの戦いは更に激しさを増していく。


『石よ、在れ』


 プリの口から出たその一言により、鋭く尖った石の矢……否、大きさから考えれば石の槍とでも言うべき代物が空中に10本近く生み出される。

 そして、一斉に放たれる石の槍。

 それを迎え撃つのは肩甲骨から伸びている第2の腕。

 目まぐるしく動くその腕は、石の槍に触れるだけでその形を崩して砕いていく。

 だが、プリとしては今更そのような攻撃が通じるとは思っていなかった。自分が放つのはあくまでも目眩ましの為の攻撃。

 事実、オリキュールの振るう第2の腕に触れられて破壊された石の槍は、石の破片となって周囲へと散らばり視界を遮っている。

 更に今のオリキュールは炎の魔法を食らった今でも両足が床に凍り漬けにされたままであり、身動きするのにも支障があった。


「今だよ! 全員で掛かって、兄弟達の仇を取るんだ!」


 細かな石の破片……既に砂と表現してもいいようなものがオリキュールの視界を塞ぐ中、プリが叫ぶ。

 自分の魔法ではオリキュールに対して致命的なダメージを与えることは出来ない。ならば頼るのは自らが生み出した人形達のみ。

 そんな思いで放たれたプリの言葉に、人形達も答える。

 魔法陣の繋がっている倉庫から、全ての人形が姿を現して一斉にオリキュールへと襲い掛かったのだ。

 手に持つのは剣、槍、槌、棍、短剣、バトルアックス、ハルバード、鎌……その他諸々、考えられる限りの武器を持った人形が100体以上がオリキュールへと向かって襲い掛かる。

 この数は、正真正銘現在プリが館の警備として配置している以外、動かせる全ての人形の数だった。


「……」


 そんなプリの戦闘の様子を見ながら、レイは微かな歯ぎしりの音を聞く。

 そちらへと視線を向けると、そこにはいつもは殆ど変えない表情を不愉快そうに眉を顰めたビューネの顔。

 ビューネにしてみれば、自分の両親の仇でもあるプリが人形達の仇といっていること自体許せなかったのだ。

 幾ら憎悪によって暴走することの愚かしさを知り、同じ愚を犯さないと決めていたとしても……いや、だからこそプリの言動には怒りを覚えざるをえない。

 持っている短剣の柄に力を込めて握りしめたビューネだったが、不意にその肩に手が乗せられる。

 自分を今まで守ってくれた手、そして何よりも先程は自分の暴走のせいで重傷を負わせてしまった相手の手。

 それを意識するだけで、ビューネの中に再び吹き荒れようとしていた憎悪の嵐は押さえ込まれる。


「ビューネ」

「う゛ぃへら」


 久しぶりに口に出す言葉は、まだ慣れないのかやはりどこか周囲には聞き苦しい声音。


「……え?」


 だが、初めてまともに聞くビューネの声に、エレーナは小さく目を見開く。

 先程も感じたことだが、この短時間でビューネに何があったのかと。

 もっとも、その理由を悟るのはそう難しくはない。ビューネの視線の先にいる、人形と共に人魔と化したオリキュールに戦いを挑んでいるプリに向けられている視線を考えれば一目瞭然だったのだから。

 そんな視線が向けられているというのにも気が付かず……より正確には、そんな余裕もないままにプリはオリキュールとの戦いへと専念していた。

 何しろ、宝石を使って普通の魔法よりも圧倒的に素早く魔法を放ってもすぐに掻き消され、無効化され、あっさりと魔法その物を破壊されてしまうのだ。

 その速度に負けることなく魔法を放ち続け、少しでも視界を遮り、オリキュールの意識を自分へと向けることにより人形達に攻撃の機会を生み出す。

 それが魔法の殆どを無効化されるプリに出来る唯一のことだった。

 だが、それでも……そう、そこまでやっても、オリキュールへと襲い掛かる人形は殆どダメージを与えることなく殆ど一方的に破壊されていく。

 いつの間にか凍り付いていた足も解放されており、剣を振っても、槍を突いても、斧を叩きつけても……その全てが肩甲骨から伸びている第2の腕により防がれ、受け流され、逆に武器を破壊される。

 はたまた、何も持っていない方の掌であっさりと受け止められる。

 どう見繕っても勝ち目がないとしか言いようがない戦いだったが、それでもプリは諦めずに攻め込んでいく。

 だが……オリキュールが人魔化によって得た力は、プリの頑張りでどうにか出来るようなものではなかった。

 いや、相性が悪いと言うべきだろう。プリの放つ宝石を使った魔法は、そのほぼ全てが無効化されるのだから。

 そして……


「それで終わりカ? もうこれ以上何もないようなラ、お前は用済みダ」


 大道芸人の芸を見飽きた。そんな様子で呟いたオリキュールは、肩甲骨から生えている腕を鋭く一閃する。


「……え?」


 何が起きたのか、まるで分からないかのように呟くプリ。

 だが、次の瞬間には自分の腕が……愛すべき宝石の指輪が、腕輪がついている左右の腕が空中を飛んでポトリと床に落ちたのを見て、ようやく何が起きたのかを理解する。


「あああ、あああああ……ああああああああああっ!」


 両肩から噴出する大量の血飛沫を撒き散らしながら、プリは立っていられずに床へと倒れ込む。


『マスターッ!』


 人形達の叫びが周囲へと響き渡り、オリキュールへの攻撃を即座に停止して自らの創造主でもあるプリの下へと向かう。

 激痛により悲鳴を上げ続けるしかない、自らのマスターの下へと。

 ……それが、オリキュールの狙いであると半ば悟ったまま。


「だ……駄目、よ! 攻撃の手を休めては!」


 マースチェル家当主の矜持か、あるいは自らが生み出した人形達への思いからか。

 ともあれプリは攻撃を続けるように口にするが、人形達は自らの敵を倒すよりもプリの身を案じるのを優先した。


「ははははははハ、死ネ……いヤ、壊れロ!」


 両手から大量の血を流し続けるプリの前で、第2の腕を使いながら次々に……それこそ見せつけるように人形を解体していくオリキュール。

 その様子は、まさに自分の愛し子を目の前で殺される母親の如き心境だったのだろう。

 両手を切断された痛みすらも一時的に忘れ、悲痛な声で叫ぶ。


「やめて……お願い、止めてちょうだい!」

「ははははハ。まさかお前のような女でも愛情を理解するとはナ。残念ダ、お前が最初から我等が神の教えを心底から信じていれバ、このようなことにはならなかったものヲ」


 憐憫とも嘲りともつけぬ笑みを浮かべたままにオリキュールの腕が振るわれ、その一撃は小さい少女を連想させるような人形の手足をもぎ、首を捻じ切り、胴体を真っ二つに引きちぎる。


「ああああ、あああああああ!」


 全ての人形が破壊されたことで頭に血が上ったプリは、そのまま口を開く。


『光の槍よ、在……』

「させんヨ」


 最後まで言葉を口にさせず、瞬時にプリの身体を斬り裂く第2の腕と鋭利に尖った髪。

 残っていた両足も膝から切断し、髪は首飾りを切断しながら吹き飛ばす。

 頭部の髪飾りだけは破壊しなかったが……それは慈悲ではなく、冷酷なる判断からのもの。

 髪飾りの宝石は、装備しているものの傷を癒やす。より正確には死なない程度に癒やす。

 本来なら死なないようにされている状態で回復魔法なりポーションなりを使うのを前提としているのだが……プリは回復魔法は使えずに、ポーションも今は持っていない。

 つまり、プリは四肢を切断された状態のまま死ぬことすらも出来ずにいるのだ。


「その髪飾りの宝石の効果、以前自慢していただろウ? だから残してやったゾ」


 それだけを告げると、子供が興味のつきた玩具を捨てるかのようにプリの身体を蹴飛ばして吹き飛ばす。

 人魔とかしたオリキュールの蹴りで肋骨のほぼ全てを粉砕され、内臓を傷つけられながらも死ぬことが出来ず延々と苦しみ続けるプリをそのままに、振り向く。


「さテ、では続きといこうカ?」

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