第462話

 岩陰から飛び出したセトは、その瞬間に自らへと向かってきた何かを反射的に感じ取り、身体を強引に斜めに傾ける。

 一瞬後にはセトの身体があった場所をジュエル・スナイパーという名前通り、魔力による衝撃波で狙撃された攻撃が通り過ぎる。

 レイという存在と、そのレイが持っているデスサイズ。本来であれば100kgを優に超える重量を持つ大鎌を背に乗せて今のセトのような軽やかな動きをするのはまず無理だろう。

 だが、それはあくまでも普通に考えた場合だ。

 セトにしろ、デスサイズにしろ、そのどちらもが魔獣術によって生み出された存在であり、それ故にセトはレイと同様にデスサイズの重量を感じることなく軽やかに動くことが出来た。

 だが……


「ちぃっ! やっぱり連射されると厄介だな!」


 セトの背から落ちないようにしっかりと捕まっているレイが叫ぶ。

 叫んだ原因は、マニュアル操作により自分とセトを覆い隠すように展開されていた光の盾だ。

 ほぼ全ての攻撃を防ぐことが可能な光の盾だが、絶対とも言える防御力は1度だけと回数が限定されている。

 その1度だけの盾は、既にレイの視線の先で霞のように消え去ろうとしていた。

 何故そうなったのかは言うまでも無い。その1度だけの防御を使用したからだろう。


「セトッ!」

「グルルルルルゥッ!」


 レイの呼びかけに、高く鳴き声を上げるセト。

 1度だけの防御で出来た猶予を使い、激しく翼を羽ばたかせる。

 その背に乗っているレイは、見る間に周囲の景色が過ぎ去っていくのを感じていた。

 同時に、ジグザグの軌道を描きつつ進んでいるセトが通った軌跡を追うかのように魔力の衝撃も空中を貫いていく。

 最初にマジックシールドが消滅した猶予を使って一気に速度を上げたセトは、既にジュエル・スナイパーから放たれる魔力の衝撃波に命中することはない。

 勿論純粋な速度で言えば衝撃波の方が速度は上だろうが、放たれる軌道はあくまでも直線でしかない。空中を駆けるかのようにジグザグに空を飛ぶセトを点で捕らえるのは難しく、それ故に全ての攻撃はセトに命中せず、射線軸上にある岩を穿つだけに終わっていた。


「セト、ジュエル・スナイパーの場所は見えるか!?」

「グル、グルルルルゥッ!」


 レイの問い掛けに、大きく翼を羽ばたかせながらも自信ありげに鳴き声を上げるセト。

 元々グリフォンは鷲の上半身を持っているだけあり、その視覚は他の五感以上に鋭く発達している。そのセトの鋭い視線は、レイでもまだ放たれた攻撃の場所を大まかにしか把握出来ていないジュエル・スナイパーの姿をしっかりと捉えていた。 

 その視線が捉えているのは、1km程も離れた場所の巨大な岩の途中でじっと動きを止めている虫型のモンスター。

 背中には身体の半ば程もある赤い宝石が埋め込まれており、その宝石が光った次の瞬間。


「グルゥッ!」


 翼を大きく羽ばたかせて強引に進行方向を変えると、一瞬前までセトの身体があった場所を魔力による衝撃波が通り過ぎていく。


「グルルルルルルゥッ!」


 ジグザグに軌道を取って前進しながら、セトのクチバシから放たれる雄叫び。

 それはただの鳴き声では無い。セトの持つスキルの1つ、王の威圧。その声を聞いた者は足が竦み、あるいは動きが鈍くなるという効果を持つ。

 まだ700m程の距離はあるが、それでもある程度の効果は発揮したのだろう。セトに向かって飛んでくる衝撃波は間違いなく間隔が大きくなっていた。

 それでもやはり距離があった為に完全に動きを止めることが出来ず――王の威圧のレベルが1なのも影響しているのだろうが――に、放たれる衝撃波を回避しながら距離を縮めていく。

 500m、飛んできた衝撃波を翼を強引に羽ばたかせることで再び回避し、再度軌道を変更。

 300m、レイの目にも岩肌に取り付いているジュエル・スナイパーの姿を確認出来るようになる。放たれた衝撃波をロール回転、いわゆるバレルロール回転をして回避する。レイはデスサイズを右手に持ったまま、セトの背にしがみついていた。

 100m、再び放たれた魔力の衝撃波を、レイがデスサイズを振るい、飛斬を放って迎撃。

 30m、デスサイズに魔力を流して飛んできた衝撃波を切断する。

 ……そして、0m。翼を大きく羽ばたいて速度を殺し、ジュエル・スナイパーが張り付いている岩肌のすぐ隣へと四肢を突っ張って着地したセトの背から手を伸ばしたレイは、衝撃波を放つ宝石に触れないようにしながら確保することに成功する。

 完全に遠距離からの狙撃に特化しているらしく、手で身体を捕まれても短い足を伸ばして抵抗するだけで他に対抗する手段は無かった。

 ようやく攻撃から解放されて落ち着くことが出来たレイは、自分が捕まえているジュエル・スナイパーへと視線を向ける。

 形で言えば、巨大なテントウ虫と表現するのが正しいだろう。

 背中の中心に赤く大きな宝石が埋め込まれている為に、テントウ虫のような翅は存在していない。だが、円形の宝石に合わせるようにずんぐり、むっくりとしたそのフォルムは、やはりレイにテントウ虫を連想させた。


(もっとも、この世界にテントウ虫がいるかどうかは分からないけどな)


 幸いなことに、ジュエル・スナイパーをその手で掴んで以降は背中の宝石から衝撃波を放つこともなく、ただひたすらに足を動かしてレイの手から逃れようとしている。

 その様子を眺めていると、どこか愛嬌のようなものが湧き上がってきた。


(さっきまで俺達を狙ってたってのに、妙な感じがするな。……ん?)


 セトの背の上でジュエル・スナイパーを逃がさないように改めて掴み直していると、ふと地上に転がっている何かを発見する。


「冒険者の死体か?」


 レイが口にしたように、視線の先に倒れている死体は鎧を身に纏っており剣を手にしている。それは間違いなく冒険者の死体だった。


「なんでこんな所で……って、聞くまでも無いか」


 視線の先にある死体は、胴体の真ん中に拳大の穴が開いている。

 まるで、レイが全力で投擲した槍を正面から食らって貫通したかのような、そんな穴。

 何が原因で出来た穴なのかは、考えるまでも無い。


「愛嬌、ね」


 1分程度前に感じた自分の思いに、自嘲の笑みを浮かべる。

 確かに一見するとテントウ虫に似ており、愛嬌もあるだろう。その身体に埋め込まれている宝石は美しいとすら言える。

 だが、それでもジュエル・スナイパーはその名前の通り遠くから人を狙い撃つ歴としたモンスターなのだ。


「セト、地上に降りてくれ。見つけた以上はギルドに連れて行った方がいい」

「グルゥ」


 レイの言葉に短く鳴き、そのまま翼を羽ばたかせながら地上へと降下していく。

 背の上にレイを乗せているにも関わらず音を立てずに着地し、地上へと降りたレイは左手にデスサイズ、右手にジュエル・スナイパーという状態から、デスサイズをミスティリングへと収納する。

 その後、地面に倒れて死んでいる冒険者の男へと触れてミスティリングへと収納したレイは、これ以上ここにいるのは無用とばかりに再びセトの背に跨がって、先程自分達が飛び立った場所へと向かう。

 ジュエル・スナイパーを捕まえる時は集中していた為か一瞬程度の距離に思えたのだが、1km程の距離であるだけに飛んでいても多少の時間は掛かる。

 もっとも、普通に地上を歩くよりも何倍、何十倍も速いのだが。

 特に下が迷路になっているとなると、その差は下手をすれば何百倍にもなるだろう。


「あそこだな」

「グルゥ」


 そのまま空を飛び、やがてエレーナ、ヴィヘラ、ビューネの3人の姿を見つける。

 まだレイがジュエル・スナイパーを捕らえたとは分かっていなかったというのに、隠れていた岩陰から出てきているのはレイとセトの実力を信頼しているからこそか。


「ま、信頼にしろ信用にしろ、されてないよりはいいけどな」

「グルルルゥ?」


 どうしたの? と小首を傾げて尋ねてくるセトに、レイは何でも無いと首を振って背中を撫でる。

 その感触に上機嫌そうに喉を鳴らしつつ、セトは地上へと降りていく。


「ん!」


 地上に降りた途端、ビューネがいつものように表情を変えずにレイへと駆け寄っていく。

 その表情はともかく、態度を見る限りではやはり受けた依頼の成果に直結するので気になっているのだろう。


「ビューネはジュエル・スナイパーを生け捕りに出来たのかって心配みたいだけど……どうやら無駄な心配だったみたいね」


 ヴィヘラの視線がレイの右手、宝石の埋め込まれた巨大なテントウ虫のようなモンスターを鷲掴みにしているレイを見て、小さく笑みを浮かべてそう告げる。


「約束は守るさ。……確認しておくが、サイクロプスの魔石と交換。それでいいな?」


 ジュエル・スナイパーの宝石の嵌まっている背中を地面に向けながら差し出すレイに、ビューネは無言で小さく頷く。

 ヴィヘラはと視線を向けると、そちらも同様に問題無いと小さく笑う。

 もっとも、サイクロプスの素材や魔石、討伐証明部位の全てがレイに右手首のミスティリングに収納されている以上は、ここで無理矢理約束を違えようとしても意味は無いのだが。


「なら、契約成立だ」


 レイもまた頷き、ジュエル・スナイパーを差し出す。


「一応忠告しておくが、こいつは背中の宝石から魔力の衝撃波を放つ。こうして胴体を握っていれば衝撃波を発することは出来ないようだから、くれぐれも注意してくれ。一応念のためにこの状況でもこいつの背中を人に向けたりしないようにな」

「ん」


 ビューネが頷き、レイの手から依頼の標的でもあるジュエル・スナイパーを受け取る。


「へぇ、こうして横から見るだけでも真っ赤な宝石を持ってるのが分かるわね」

「うむ。確かにこれだけ美しい宝石は滅多に見ることが出来ないだろう。希少価値が高いというのも納得せざるをえないか」


 その様子を横から見ていたヴィヘラが感嘆したように呟くと、珍しくその意見に同意するようにエレーナも頷く。


「ともあれ、これで依頼は達成だろう? これからどうするんだ? 俺達は当然この迷路を抜けて、地下15階に向かう階段を目指すが」

「……ん」

「私達は残念ながらこれで戻るわ。何しろ、モンスターを生け捕りにしたままでついていくのはさすがに色々と問題あるでしょうし。……私個人としては、レイと一緒にダンジョン攻略をしたかったんですけどね」


 ヴィヘラが呟いたその瞬間、レイの隣でエレーナが咳払いをする。


「あら? 風邪かしら? 健康には注意しないと駄目よ? レイの足を引っ張ることになりかねないんだから。ああ、でも大丈夫ね。もしそんなことになったら、私がレイのパーティに入ってあげるし」

「余計なお世話だ。安心しろ、私は健康そのものだからな。それより、依頼の品を早く持っていったらどうだ?」

「ん!」


 エレーナの言葉に、近くでジュエル・スナイパーを両手で持っていたビューネもまたいつものように一言呟き、ヴィヘラを急かす。


「ふぅ、まぁ、確かに生きているモンスターを地上まで運ぶんだから、急いだ方がいいかもね。じゃ、レイ。預かって貰っている素材に関しては、ギルドで待っているからそこで分配してちょうだい」

「分かった。こっちもなるべく早く地下15階に向かう階段を見つけて地上に戻るよ」

「ええ、お願いね。ビューネ、行きましょう」

「ん!」


 ヴィヘラの言葉に、ビューネはレイに向かって小さく頭を下げてから元来た方向へと戻って行った。

 それを見送っていたエレーナが、ふと呟く。


「そう言えば、魔法陣のある部屋にはモンスターが近づけなくなっている筈だが……使い魔の類で無くても大丈夫なのか?」

「大丈夫だろ」


 エレーナの疑問に、レイはあっさりと頷く。

 視線を向けてくるエレーナに対し、小さく肩を竦めてから説明を続ける。


「そもそも、転移用の魔法陣はモンスターを寄せ付けないという効果は持っているが、転移させないという訳じゃない。それはバンデットゴブリンメイジの件が示している。なら、冒険者の手で強引に転移用の魔法陣に入ってしまえば転移は可能だ。……多分、な」

「……自信満々だった割には頼りない言葉だな」


 どこか呆れた視線を向けてくるエレーナに、セトへと視線を向けるレイ。


「セトは正確には違うが、それでもダンジョン内でモンスターをテイムした時に地上に連れて帰る方法が必要な筈だろ? 実際俺達が泊まっている宿はダンジョンでテイムしたモンスターを休ませることが出来ないってことで厩舎を新しくしたとか言ってたし」

「……そう言えば宿の人間から聞いた覚えがあるな」


 エレーナは何かを思い出すようにして呟き、頷く。


「さて、この件に関してはこの辺にして、ともかく地下15階の階段まで進むか。あの2人もギルドで待ってるだろうしな」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトが喉を鳴らし、エレーナもまた頷く。

 こうして、レイ達は地下14階の探索を再開する。

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