第411話
「地下8階も相変わらずの洞窟か」
「いや、それについてはヴィヘラが地下10階までは洞窟だって言ってただろ?」
洞窟の中を歩きながら、呟いたエレーナへとレイがそう声を掛ける。
そんなレイの言葉にエレーナは分かってると頷きつつ、それでも周囲の様子を溜息を吐きながら眺めていた。
「だが、どうにもこのような洞窟の中を延々と進んでいるのは陰鬱な気分になってこないか?」
「気持ちは分かるけど、ダンジョンである以上はしょうがないだろ」
エレーナへと声を返しつつも、小さく笑みを浮かべるレイ。
何しろ愚痴を言うということは、それだけエレーナに対して気を許されているということなのだから。
(取りあえず今まで通り……といったところだな)
ヴィヘラの件もあって色々と気まずい時間を過ごしはしたが、それでもこうして自然とやり取りが出来ているというのはレイにとって幸運と言ってもよかった。
「レイ? どうかしたのか?」
「いや、何でも無い。それより昼も近いし昼食にしたいところだが……どこか休むのにいい場所はないか?」
「ちょっと待ってくれ。……そうだな、この通路を進むと十字路になっている。その十字路を右に進むと行き止まりの小部屋に突き当たるらしい。罠が無ければ、そこで昼食を食べられると思うが……どうする?」
「当然そっちに行くさ。セト」
「グルルゥ」
「キュ!」
レイが呼び掛けると、分かっているとでもいうようにセトが喉を鳴らし、その背に止まっているイエロもまた同様に小さく鳴き声をあげる。
……が、その歩みは十字路を目前としたところでピタリと止まった。
何故セトが止まったのか。その理由はレイにもエレーナにも理解出来ていた。何故なら同じようにセトが止まるというのはこれまでにも何度かあったからだ。
即ち……
「罠、か」
「だろうな。全く、誰が……あるいはどんなモンスターが仕掛けているのかは分からないが、こっちが嫌になる程に的確なタイミングで罠を仕掛けてくれる」
溜息を吐くレイと、不愉快そうに眉を顰めるエレーナ。
だがこうしていても時間を無駄に消費するだけだと判断し、2人は早速とばかりに視線を十字路の方へと向ける。
まずはしっかりと地面を見る。当然と言えば当然だが、最も罠が仕掛けられている可能性が高いのは地面だからだ。冒険者が歩いて進む以上、ある意味で当然なのだが。
「……あれだな」
「うむ、間違い無いだろう。一応巧妙に隠されてはいるが、それでもこうして見れば一目瞭然だ」
レイの視線の先にあるスイッチのような物を見て、エレーナもまた同様に頷く。
「他には無いか?」
「こうして見る限りでは無いように見えるな」
「なら、あのスイッチを避けていくか」
「そうだな。罠が解除出来ればいいのだが……」
「さすがに盗賊でも無い俺達が、そこまで出来るようになるのはちょっと難しいだろ」
前日にビューネと共に行動したおかげで、この階層に設置されている罠ならある程度は発見することが出来るようになっている。だが、それはあくまでも発見することが出来るだけであり、解除するとなるとまた別だった。
いや、寧ろビューネと行動を共にして罠の見分け方のコツを教えて貰ったとはいっても、1日でそれが出来るようになったレイとエレーナがそもそもおかしいのだ。普通の盗賊でも罠の有無を見分けることが出来るようになるには、ある程度の訓練期間を必要とするのだから。
それを考えれば、レイとエレーナの異常さは明らかだろう。
もっとも、そんなレイやエレーナよりも五感の鋭いセトは、殆ど本能に近いもので罠を見つけたりもする。
ともあれ十字路の中央から少し左側にあるスイッチを押さないように、レイ達は目標でもある右の通路へと向かって行く。
「キュキュ」
「グルゥ!」
スイッチが興味深かったのだろう。イエロが小さく鳴いてセトの背から飛び立とうとしたが、それを察知したセトが短く鳴いて制止する。
「……イエロ、好奇心があるのはいいことだが、今は駄目だ」
「……キュ」
自らの主人でもあるエレーナにまで溜息交じりにそう言われ、残念そうに鳴いてセトの背の上に寝転がるイエロ。
羽をパタパタとさせ、短い尻尾を振っている辺り、どこかしょげているらしい。
そんな風にどこかほんわかとするやり取りを見つつも十字路を右に進んで行き、そのまま20分程進むと地図通りに行き止まりになっている小部屋へと辿り着く。
辿り着きはしたのだが……
「グルルルルゥ」
「……だよな、そりゃあダンジョンの中で行き止まりの部屋になってるんだから、モンスターが休憩するには丁度いいか」
警戒に喉を慣らしつつ、行き止まりの小部屋へと鋭い視線を向けるセト。レイやエレーナも、姿はまだ見えないが小部屋の中からは幾つもの気配を感じとっている。
「確かにな。だが、このまま見逃すとは考えていないのだろう? 異常種がいるとすれば、レイにとっても美味しい相手だしな」
レイのことは当然見抜いているとばかりのエレーナの言葉だったが、実際にレイはそのつもりであった為に何を言うでも無く小さく肩を竦めることで無言の同意をする。
「キュキュ、キュ?」
セトの背の上でしょげていたイエロも、今のやり取りで多少は気を持ち直したのだろう。小さく鳴き声を上げながらレイとエレーナの方へと視線を向けていた。
そんなイエロの頭を軽く撫でたレイは、デスサイズを構えながら口を開く。
「さて、どんな敵がいると思う?」
「そうだな、こうして見ると部屋そのものがそれなりに大きいように見える。となると、やはりゴーレムのパペット系モンスターではないか?」
口では部屋と言っているし、地図でもそのように描かれている。だが、実際にそこにあるのは扉も何も無い行き止まりの空間だけであり、中にいるモンスターにもレイやエレーナの声は聞こえているのだろうが、それでも中から何かが飛び出てくる様子は全く無い。
マッドパペットやストーンパペットであればゴーレム系のモンスターであるが故に、人の気配を感じれば策も何も無くただ突っ込んで来る筈……というのが、レイの考えだったのだが。
(となると、パペット系じゃなくてウィンド・バットか? 炎の魔法を叩き込み……いや、駄目だな)
手っ取り早く中の敵を全滅させる方法を考えるも、すぐに却下する。何しろ小部屋の中にいるのはモンスターだが、モンスター『だけ』であるとは限らないのだ。
もっとも戦闘音の類が聞こえてきている訳でも無いので、もし冒険者が中にいたとしても既に死んでいる可能性が高いのだが。
「……このままじっとしててもしょうがないか。エレーナ、俺とセトが最初にあの部屋の中に突っ込む。そのすぐ後ろをついてきてくれ。何かあった時、すぐにフォロー出来るように」
「分かった。お前の背は私が守ろう」
決意を込めるように頷き……そうしながらも、口元に小さく笑みが浮かんだのは、やはり自分が信頼されていると実感した為か。
前日のヴィヘラとの一件があるだけに、余計にそれが嬉しく感じたらしい。
そんなエレーナの乙女心に気が付かないまま、レイはデスサイズを構えてセトの頭を軽く撫で……そのままセトと共に部屋の中へと向かって走り出す。
危険を感知したのだろう。イエロが1人と1匹の邪魔にならないようにとセトの背から飛び立ち、エレーナがレイの後を追っていくのを黙って見守る。
「キュ」
自分の身体が小さい為、大好きな主人や友達の役に立てないことを残念に思いながら。
小部屋の中に入った瞬間、レイの耳にキーン、という耳鳴りが聞こえて来る。
(何だ!?)
一瞬敵の攻撃かと警戒したレイだったが、その耳鳴りも1秒と経たずに消え去る。
その耳鳴りが気にはなったが、それ以上の被害は特に無いので今は後回しとばかりに小部屋……というよりは、ポッカリと空いた空間の中を見回す。
その中は暗く、外のように壁や鍾乳石が光ってはいない。
だが、それでも暗闇の中、何かが近づいて来ているのを反射的に感じ取り持っていたデスサイズを横薙ぎにする。
「キキキキィッ!?」
その瞬間、そんな悲鳴のような声と共にデスサイズの刃により何かを斬り裂いた感触。そして1秒と経たずに地面へと何かが落ちる音が聞こえてきた。
(斬った感触はかなり軽かった。となると、パペット系じゃない。それにあの斬った位置から考えると……)
瞬間、レイの脳裏に幾度か戦った蝙蝠の姿が過ぎる。
「ウィンド・バットだ! 暗闇に紛れて襲ってくるぞ!」
叫びながらまたもや自分に近付いてくる何かの感触を感じ取り、デスサイズを振るう。先程同様の軽い感触。
それを確かめるまでもなく、レイはセトへと指示を出す。
「セトッ、王の威圧だ! そのすぐ後にファイアブレス!」
デスサイズを振るいながらセトへと指示を出す。戦闘をしながら周囲の気配を探ってみたところ、自分達以外にはモンスター、ウィンド・バットの気配しか感じられなかった為、そして自分の能力を理解しているが故の素早い指示だった。
「グルルルルルルルゥッ!」
そんなレイの指示に従い、セトは躊躇無くクチバシを開いて高く鳴く。同時にレイ達に向かって襲い掛かってきていたウィンド・バットは、その全てが動きを止める。
その一瞬の隙を見逃さず、セトは王の威圧を使い終わって閉じたクチバシを再び大きく開く。
轟っ!
次の瞬間、セトのクチバシからは炎のブレスが吐き出され、そのまま首を動かすことによって王の威圧により地面に墜落しそうだったウィンド・バットを十数匹纏めて燃やし尽くす。
ファイアブレスに触れたウィンド・バットが瞬時に燃え尽き、骨や魔石までもが灰と化して地面へと落ちていく。
(くそっ、威力が高すぎたか)
ファイアブレスによって照らされた明かりによって見えた光景に、内心で舌打ちをするレイ。
とは言っても、既にやってしまったものはしょうがないとばかりに、セトへと叫ぶ。
「セト! ファイアブレスの威力をもう少し抑えろ!」
「グルルルルゥ」
レイの声にセトが鳴き声を上げ、そのクチバシから放たれる炎の威力が下がる。ウィンド・バットを焼き殺す威力ではありながら、灰にまではしない程度。その状態のままセトはファイアブレスを吐き出しつつ首を振り、幾つものウィンド・バットが丸焼きに近い状態になって地上へと落ちていく。
その様子を見ながら、レイとエレーナもまた広範囲攻撃を行っているセトの邪魔にならないように攻撃を開始する。
レイにしろエレーナにしろ、魔法やスキルといった広範囲攻撃の手段を持ってはいる。何故それを使わずに武器を振るっているかと言えば、単純に部屋の中で2人と1匹が広範囲攻撃を行える程の広さが無いからだ。
「はああああああぁっ!」
エレーナの声と共に振るわれた連接剣が、流された魔力により鞭状になりながら空中で複雑な軌道を描きつつ当たるを幸いとばかりに複数のウィンド・バットへと傷を与えていく。
翼を斬られて地面へと墜落するもの、あるいは胴体を上下、左右といった風に切断されては血や肉、内臓といったものを地面へとぶちまけているものも多い。
「飛斬っ!」
そんなエレーナの近くでは、レイが飛ぶ斬撃でもある飛斬を使用し、こちらもまた複数のウィンド・バットを纏めて切断していく。
本人達としては広範囲攻撃を行っているつもりはなかったのだが、傍から見れば、間違い無く広範囲攻撃を行っていると思われるような攻撃方法の数々だった。
更に……
「風の手!」
デスサイズの石突きにより伸ばされた風の触手が、ウィンド・バットを絡め取って近くまで引き寄せては刃を振るって胴体を真っ二つにする。
そんな戦闘が何分続いただろうか。5分は超えていたが10分には満たない。それ程の短時間で、部屋の中に無数に巣くっていたウィンド・バットはその全てが息の根を止められていた。
「……ふぅ。何とかなったな」
「確かに何とかはなったが……ちょっとやり過ぎたんじゃ無いか?」
「そうか?」
エレーナの言葉に、周囲を見回すレイ。
既に暗闇に慣れた目で地面を見ると、確かにそこには無数のウィンド・バットが屍を晒している。
特にセトのファイアブレスにより丸焼きにされたウィンド・バットは、どこか香ばしい香りを漂わせてもいた。
「グルルゥ」
その匂いに食欲を刺激されたのだろう。セトが喉を鳴らしながら許可を得るようにしてレイへと顔を擦りつけてくる。
「あー、分かった分かった。ただし、食べるのは胴体だけにしておいてくれよ。目玉は一応素材だから」
「グルゥ」
「キュ!」
戦闘が終わったと判断して入って来ていたのだろう。イエロも空中を飛びながら、レイの言葉に嬉しそうに鳴き声を上げる。
そのままセトと共に少し早めの昼食を食べに掛かった2匹を横目に、レイとエレーナも昼食を食べる前に素材や魔石、討伐証明部位の回収を始めるのだった。
何しろファイアブレスにより丸焼きにされているので、その臭いにより他のモンスターを引き寄せないとも限らなかったのだから。
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